うな)” の例文
「田町の大澤彦四郎といふ、工面くめんの良い浪人者が、軒下にうなつてゐる急病人を助けたばかりに、危なく殺されかけたといふ話ですよ」
ことにっと不思議なことは、晩、登山したものが、この堂宇の裏から陰気な犬の遠吼とおぼえのようなうなりが絶え間なく漏れてくること
天狗 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
呼び起してくれたのは三間みまばかり隔てて寝ていた若党源八げんぱちであった。そこまで聴こえる程の高声で純之進はうなされていたのであった。
丹那山の怪 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
するとその声に母親が逆上して、声を荒らげるために親子の叫喚となり、それが、高い天井てんじょうに反響して、うわん、うわんとうなるのだ。
刺青 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
さてはや、念佛ねんぶつ題目だいもく大聲おほごゑ鯨波ときこゑげてうなつてたが、やがてそれくやうによわつてしまふ。取亂とりみださぬもの一人ひとりもない。
旅僧 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
あっと思いながらわたしはよろめいた。倒れてはいないのがわかった。なにかが走り抜けたあとの速さだけがわたしの耳もとでうなる。
火の唇 (新字新仮名) / 原民喜(著)
電信柱のごうごうと云ううなりも蓮沼のカサカサと云う音も聞えなくなって、ただ海のとどろきばかりがいまだに地響きをさせて鳴っている。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
伯爵はうなっていた。主翁は小紐を出して、そっと伯爵のくびに捲こうとした。と、小紐は風に吹き寄せられるように手許てもとに寄って来た。
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
わしは、汗みどろになって、泣きながら、うなりながら、燭台をふるった。休んでは始め、休んでは始め、一時間程も、石壁と戦った。
白髪鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
爛酔の客が、またもかく言ってうなり出した。その気配を見ると、部屋の真中に大の字になって、いい気持に紅霓こうげいを吹いているらしい。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
またすぐに、冷笑したり、うなり声を出したり、口笛を吹いたり、指先で調子を取ったり、鼻声を出したり、楽器の真似まねをしたりした。
と、洞穴の外で異様なうなり声がした。わが棲家すみかのうちの怪しき気ぶりに鏡のような眼をぎすまして帰って来た小虎の親のめすだった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まず、身長三尺五寸程と思われる小児の姿が法水の眼に映ったのであるが、なんと意外なことには、次の瞬間幅広い低音バスうなり出した。
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
人妻になった万竜を一度見掛けた事があったが、惚々ほれぼれとするような美しい女であった。きんはその見事な美しさにうなってしまった。
晩菊 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
彼は努めて驚きを隠し、はるかに△△を励したりした。が、△△は傾いたまま、ほのおや煙の立ちのぼる中にただうなり声を立てるだけだった。
三つの窓 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
呼吸をめていた、兵さんは、ウンとうなりながら、ほとんど奇蹟きせき的な力で腰をきった。が、石は肩に乗り切らないで背後うしろに、すべった。
あまり者 (新字新仮名) / 徳永直(著)
この間を縫うて四人は一歩一歩辿たどった。ちょうど中頃の最も崩壊の甚だしい処に至ると、頭上とうじょううなりを生じて一大石塊が地にちた。
「喧嘩ではないぞ! 単なる、単なる、ううむ、単なる、単なる、ううむ」とうなって、とほうに暮れたように、僕のほうをちらと見た。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
鈍重なうなり声を上げながら喜平は上半身を起こそうとしたが、正勝の掌の中の刃物はふたたび喜平の心臓を目がけて突き刺さった。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
ふーんと俺はうなっていた。慷堂の話は、血湧き肉おどるという形容が誇張でなく当てはまる話だったが、それで俺が唸ったのではない。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
「君、僕ももうもとの徳蔵ではないよ、お金はうなる程出来るし、加之おまけに弟は貴族院にるし、何一つこの世に不足は無くなつたよ。」
朝になっても、体中がれふさがっているような痛みを感じて、お島はうんうんうなりながら、寝床を離れずにいるような事が多かった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
かしましき田畑たはた人聲ひとごゑと(あいちやんのつてる)へんじました、——遠方ゑんぱうきこゆる家畜かちくうなごゑは、海龜うみがめ重々おも/\しき歔欷すゝりなきであつたのです。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
細君のうなる声が絶間たえまなく静かな夜のへやを不安にき乱した。五分経つか経たないうちに、彼女は「もう生れます」と夫に宣告した。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
飛行機を初めあらゆる近世の科学が生んだ器械や発動機とを、同時に鳴かせ、えさせ、うならせ、きしらせた如きものであると云ふ。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
そしてほどなく、うーんとうなった。気持のよさそうな、ああいい心持だというような唸り方であった。それが死ぬ合図であった。
ゆうれい貸屋 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そこにはあのゆるやかな抑揚ある四拍子の「子守こもり歌」の代わりに、機械的に調律された恒同な雑音とうなり音の交響楽が奏せられていた。
糸車 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「うむ」寺本医師はうなった。「じゃ、この死んでいる男は小浜信造じゃないのだな。これアいよいよ警察の仕事になって来たわい」
青服の男 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
第一に、ボリシチとか号するスウプに類したものには油が玉のように浮んで、二きれの偉大な肉が煩悶の極うなり声を上げている。
踊る地平線:01 踊る地平線 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
ブーン、ブーン——竹トンボをまわすようなうなりは、しだいにこちらへちかづいて、やがて、山小屋の上空までやってきた。と、思うと
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
三吉は最早もう響の中に居た。朝の騒々しさが納まった頃は、電車のうなりだの、河蒸汽の笛だのが、特別に二階の部屋へ響いて来た。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
死んでくれと祈る人にはお金がうなるほどあって、共白髪の末までもと祈る人には金はなし……なぞとそんな安っぽい同情を並べてないで
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
一事が万事、坂田の対局には大なり小なりこのやうな大向おほむかふをうならせる奇手が現はれた。その彼が急に永い沈黙を守つてしまつたのである。
聴雨 (新字旧仮名) / 織田作之助(著)
唐寺の謎をくものはないか! うなっているのだ、恐ろしいものが! 日本の国は買われるだろう、日本の国は属国となろう。
南蛮秘話森右近丸 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
うなる、苦しむというわけで、医者も手の着けようがないような始末になりましたので、主人は勿論、手前共もいろいろと心配いたしまして
半七捕物帳:13 弁天娘 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
一匹の牛が皮の前掛を振うか、あるいは乾いた地面をひづめるかすると、虻の雲がうなり声を立てて移動する。ひとりでにいて出るようだ。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
僕はひどい流感りゅうかんにやられましたが誰も看病してくれるものがないので、三日ばかり呑まず食わずに本所ほんじょの木賃宿でうんうんうなっていました。
日増しのお経みたようなものを大勢でうなっている横で、鼻の詰まったようなイキンだ掛け声をしながら、間の抜けた拍子で鼓や太鼓をタタク。
能とは何か (新字新仮名) / 夢野久作(著)
与兵衛はかう言ひましたが、悲しい事には猿に人間の言葉は通じませんから、親猿は却つて歯齦はぐきき出してうなるのでした。
山さち川さち (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
やま全体ぜんたいうごいたやうだつた。きふ四辺あたり薄暗うすくらくなり、けるやうなつめたかぜうなりがおこつてきたので、おどろいたラランは宙返ちうがへりしてしまつた。
火を喰つた鴉 (新字旧仮名) / 逸見猶吉(著)
そう思うと同時に、眼前の赤犬の顔のなかから、私の小学校時代のある同級生の顔が二重写しのように見えてきた。あいつだ、と私はうなった。
犬の生活 (新字新仮名) / 小山清(著)
溝の蚊のうなる声は今日こんにちに在っても隅田川を東に渡って行けば、どうやら三十年前のむかしと変りなく、場末の町のわびしさを歌っているのに
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
銃声は聞えていたが、外から、耳へ入るので無く、耳の底のどっかで、うなっているように感じた。前方の地に、小さい土煙が、いくつも上った。
近藤勇と科学 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
黒い速度のような鈍いうなりをあげて通る風に背を向け、炉端にひとり坐っていると、いつか読んだ、「まのままの真は、せよりも偽せだ。」
「けちなことァおいてくんねえ。はばかンながら、あしたあさまで持越もちこしたら、はらっちまうだろうッてくれえ、今夜こんや財布さいふうなってるんだ」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
「此の猫だツて、誰かに可愛がられて、鼠を踏んまへてうなツたことがあるのだ……ふゝゝゝ。」と無意味に、ひやゝかに笑ツて
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
無形一刀、天下無二の使い手神保造酒先生は、紫いろの線香のけむりがユラユラとからむ首を白眼にらんでウウム! とうなった。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
夜の八時ごろ、船体が微妙に震動しんどうし、ひとの心をしめつけるような無気味なうなりが、どこからともなくひびいてきた。
呂宋の壺 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
いくらのばしてものびきれぬように、そっくりかえってうんうんうなりつづけた。そしていつのまにかねむり、目がさめるともう日は高くなっていた。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
その上、森の奥深くへ来ると、森全体が恐ろしいいきおいうなり出しました。けれど王子達の方には宝の鏡がありました。
夢の卵 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)