あき)” の例文
さすが銭形の平次も驚きあきれるばかり、朝から多勢来た参詣の男女のうち、どれが怪盗風太郎なのか、全くもって見当も付きません。
村越 (あきれたるさまして続く)小父さん、小父さん、どうなすった……どうなさるんです。おいくさん、お前粗相そそうをしやしないかい。
錦染滝白糸:――其一幕―― (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それでも割合にせもやつれもしないのが矢張り気違いの生理状態なのかとあきれる。呆れながら加奈子は却ってそれが余計不憫になる。
春:――二つの連作―― (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「あああきれた。あそこを見なよ。このさわぎのなかに呑気のんきな顔をして将棋をさしている奴がいるぜ。ホラ、あそこんとこを見てみろ……」
空襲警報 (新字新仮名) / 海野十三(著)
勘八は驚きあきれて、取蓄えてあった食物と獲物をそっくり提供すると、この連中はよろこんで、勘八に黄金おうごん二枚を与えて行きました。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
わたしもあきれてただぼんやりしている位で、その博識におどろくと共に、その記憶力の絶倫なるにわたしはきもをひしがれてしまった。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
扇風器の風を湯上りの背中へ浴びながら、彼は自分でもその現金さにあきれるくらい、へんに冷淡に、そそくさとパンツへ脚を通した。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
今黒塗の盆を持ってかしこまっている彼女とを比較して、自分の腹はなぜこうしつこい油絵のように複雑なのだろうとあきれたからである。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
側の者も、あきれ顔した。しかし、さすがに二晩目は、宵のうちに眼がさめて、大欠伸おおあくびを一つすると、それから体をもて余してしまった。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それから林の入口で馬車を降りて、一足つめたい森の中にはひりますと、つぐみがすぐ飛んで来て、少しあきれたやうに言ひました。
よく利く薬とえらい薬 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
「三十とはたちをすぎたおなごが二人、起きぬけでべべも着換えんとからに、十三センチ五ミリの朝顔じゃといや、聞いてあきれら」
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
然しバスに乗りこむと、私はあきれ返って、ウンザリした。厭な奴、思いがけない奴にばかり出ッくわす。土居光一が乗っている。ヤア。
不連続殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
そこで、まずそれを読んだというだけでも、一手柄ひとてがらさ。ところがそこへまたずぶ京伝きょうでん二番煎にばんせんじと来ちゃ、あきれ返って腹も立ちやせん。
戯作三昧 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「エアさん、何んてあきれたことをするのでせう、お坊つちやまをつなんて! あなたの恩人の息子むすこさまを、あなたの若主人を!」
あきれ顔で報告すれば、やがて敵の忘れた鎧を手にして戻るもの、平家の大幕をかついで帰るもの、いずれも口を揃えていうのである。
七十にもなりそうな婆さんまでが、跈跛ちんばひきひき前垂に白米を入れて貰いまして、門を出ると直ぐ人並に歩いたには、あきれました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
あきれるほど自信のないおどおどした表情と、若い年で女を知りつくしているすごみをたたえた睫毛まつげの長い眼で、じっと見据みすえていた。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
けれども王さまは、ひどい勘違いをなさっているので、僕はあきれました。おそれつつしんで退出したのですけれど、いや、ひどいなあ。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
何のゆゑとも知らねども正太はあきれて追ひすがり袖をとどめては怪しがるに、美登利顔のみ打赤めて、何でも無い、と言ふ声理由わけあり。
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
釈尊が当り強い言語で伝道すると聞いてあきれる一段あり(近年まである学者どもは蟻は香を出して意を通じ言語に代うと説いた)。
私は浅ましい彼女の長生きにあきれました。彼女は今はもうゴツ/\の硬い骨の上をたゞ一枚の皮が覆ふてゐるにすぎないのでありました。
白痴の母 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
昨日きのう一昨日おとといも、社へも往かないで、ふざけてたのでしょ、彼奴もひどい奴だわ、あれで名流婦人だなんて、ほんとにあきれるわ」
一握の髪の毛 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
筏を流して来た筏師は驚きあきれてこの有様を見てゐましたが、早い流れでしたから瞬く間に筏は五六十間も下の方へ流れてしまひました。
山さち川さち (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
家のものがいって見ると、黒ぬり蒔絵まきえの重箱が、残ったお萩のはいったまま土中にあったので、かえって本当だったのにあきれた。
これはと大きに驚きあきれて、がさんと力をいだせど少しも離るることなければ、人を頼みて挽却ひきさらしめしも一向さらにその甲斐かいなし。
印度の古話 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
それから、おどれといえばおどるし、すわれといえばすわるし、人形はいうとおりにうごまわるのです。甚兵衛はあきかえってしまいました。
人形使い (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
森君は帽子を取ってペコンとお辞儀をして、坊さんがあきれている暇にさっさと歩きだした。僕も少し呆れながら森君の後について行った。
贋紙幣事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
世間が『書生気質』や『妹と背鏡』や『小説神髄』を感嘆する幼稚さをあきれると同時に、文学上の野心が俄にムズムズして来た。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
僕はあきれて立って見ていると、𣵀麻が手真似で掛けさせた。円顔の女である。物を言うと、薄い唇の間から、鉄漿かねがした歯が見える。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
或時頼んで遣ったら、そこの引手ひきてが三人の女を連れて来て、「どれでもお好きなのをお使い下さい」といったのにはあきれました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
十年前新妻の愚鈍にあきれてこれを去り七年前には妾の悋気りんき深きに辟易へきえきして手を切ってからこのかたわたしは今にひとりで暮している。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「まああきれた」娘は行燈の火を明るくし、六兵衛のようすを吟味するように見て云った、「——あなたはいつもそんな恰好で寝るんですか」
ひとごろし (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
誰しも国の自慢を言わぬものはないけれど、ここまで通り越してしまっては、うっかり相槌あいづちも打てぬとあきれ返ったのであった。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
老婦人はあきれるようにいって、「何であんたはんに会わんのどっしゃろなあ。ここで、私のところでちょっとお会いしやしたらよろしがな」
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
若年じゃくねん折柄おりからしかと意見を致したことはございましたが、此のたびの事には実にあきれ果てましてなんともお詫のしようがございません
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
わたくしあきれてそうさけびましたが、しかしおじいさんはれいによってそんなこと当然あたりまえだとった風情ふぜいで、ニコリともせずわれるのでした。——
わたしはむしろあきれるよりも気の毒になってきました。いったい、どうして彼女はそうした頑固な妄想を得たのであろうか。
メデューサの首 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
この質問には流石さすがに安藤巡査もあきれたと見えまして、暫く眉根をしかめながら考えを絞っていましたが、やがて顔を挙げると
とむらい機関車 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
その様子に胸先ず安く、ついに調金の事を申し出でしに、はからざりき感嘆の体と見えしはしょう胆太きもふとさをあきれたる顔ならんとは。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
見すかされるとたちまち狼心をあらわして、師と頼むべきあなた様へ白刃を向けようとはあきれた奴。恐ろしい奴でございますなあ
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
さふらへど私の取り得べき量を十倍もしたるばかりのかゆを白き平たき皿に盛りて鈴木の参りし時はあきれ申しさふらふ。午後赤塚氏の診察を受け申しさふらふ
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
「なるほど、しかし……」といったんはうなずいたが、熊城は強い非難の色をうかべていった。「君の粋物主義ディレッタンティズムにもあきれたものさ。 ...
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
相手の中尉は元より、双方の介添人たちも少佐の言葉にすつかりあきれてしまつた。が、少佐はそんなことには一切おかまひなく言葉をつゞけた。
風変りな決闘 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
礼助はあきれた顔をしてみせると同時に、世間でも実枝が何時まで若き寡婦やもめで通すのかと興味を持つてゐるのだなと思つた。
曠日 (新字旧仮名) / 佐佐木茂索(著)
お源は亭主のこの所為しょさに気をのまれて黙って見ていたが山盛五六杯食って、未だめそうもないのであきれもし、可笑おかしくもなり
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ところが、その落ちて来た品物を見ますと、何か変ったものでもあればよいがと、少からず期待していた彼は、余りのことにあきれて了いました。
屋根裏の散歩者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
同じ夜半にふたたび庭わたりをしているではないか、凝然ぎょうぜんとして経之はあきれ返ったなかに、女のつよさ、一念の剛直さに眼をはなさないでいた。
野に臥す者 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「どうもあきれたもんだ」と彼は受話器をかけながら言った。「警視庁までが正義党の幽霊にとりつかれているなんて?」
鉄の規律 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
をとこらしうもをなごらしうもえて、獸類けだものらしうもゆるともない振舞ふるまひ! はてさて、あきてた。誓文せいもんわし今少もすこ立派りっぱ氣質きだてぢゃとおもうてゐたに。
風早のおもてはかつあきれ、かつ喜び、かつをそるるに似たり。やがて証書は遊佐夫婦の手に渡りて、打拡げたる二人が膝の上に、これぞ比翼読なるべき。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)