危篤きとく)” の例文
今はただ与倉中佐の危篤きとくを告げるのみでよい。最高なほまれを伝えるおごそかな軍務のひとつとして行えばよい。——が、そうできるか否か。
日本名婦伝:谷干城夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
危篤きとくなような気がする。野々宮君の駆けつけ方がおそいような気がする。そうして妹がこのあいだ見た女のような気がしてたまらない。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一時危篤きとくと云うところまで行ったのが幸いにして持ち直し、二月の下旬に床上げをして、それから二週間ばかり熱海に転地療養したが
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
危篤きとくの電報を石ノ巻にいる義兄へだけ打ったが、それは七月十一日の晩で、十二日の午後姉夫婦が駆けつけ、十三日の朝父は息を引取った。
父の葬式 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
危篤きとくという電報で、取るものも取り敢えず出立しゅったつした、そんなわけでおわかれもせずに来たがゆるしてくれという手紙であった。
十日にはほとんど御危篤きとくと拝せられましたが、その頃がとうげで、それからはわば薄紙をはがすようにだんだんと御悩も軽くなってまいりました。
鉄面皮 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「重態のまんまさ」と春さんは云った、「もうだめか、いま死ぬかっていう危篤きとく状態でいて、それがいっかな死なねえだ」
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
足のきずはやがてえたが、その年の冬風邪かぜから引きつづいて腹膜炎ふくまくえんかかり、赤十字病院に入ると間もなく危篤きとくに陥った。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
かくて両人ともからふじて世の耳目じもくまぬかれ、死よりもつらしと思へる難関なんくわんを打越えて、ヤレ嬉しやと思ふ間もなく、郷里より母上危篤きとくの電報はきたりぬ。
母となる (新字旧仮名) / 福田英子(著)
お梶さまは危篤きとくの時、死の直前のもはや畳をむしる苦悶の力すらも衰えかけたとき、みんな居る、そうきいた。
不連続殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
「ブランデーのびんを大急ぎで持っておいで。それから、吉川様へぐおいで下さるように電話をおかけなさい! 直ぐ! 主人が危篤きとくでございますからと。」
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
それからこういう秘密な事を打明けられるまで、懇意になって、唯今の処じゃ、是非貴女のお耳へ入れなくってはなりませんほど、老人危篤きとくなのでございます。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
危篤きとくだと聞いて、早速駆けつける旨、電話室から病室へ言いに戻ると、柳吉は「水くれ」を叫んでいた。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
やがて虚子が京都から来る、叔父が国から来る、危篤きとくの電報に接して母と碧梧桐へきごとうとが東京から来る、という騒ぎになった。これが自分の病気のそもそもの発端である。
(新字新仮名) / 正岡子規(著)
荻生さんは危篤きとくの報を得て、その国旗と提灯と雑踏ざっとうの中を、人を退けるようにして飛んで来た。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
母親のペラゲーヤは、地主の旦那のお屋敷へ、エフィームが危篤きとくだと、注進にけて行った。もうだいぶ前に出ていったのだから、そろそろ帰って来ていい時分である。
ねむい (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
二十はたちにもなれば、彼女はある日ハハキトクの偽電報にせでんぽう一本で奉公先から呼びかえされ、危篤きとくのはずの母たちの膳立ぜんだてのまま、よくはたらく百姓ひゃくしょうか漁師の妻になるかもしれぬ。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
「母危篤きとくすぐ帰れ」という電報を受取った私は、身仕度もそこそこに、郷里名古屋に帰るべく、東京駅にかけつけて、午後八時四十分発姫路行第二十九号列車に乗りこんだ。
猫と村正 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
ただここに残っているのは、重傷にくるしめるの坑夫ていの男一人いちにんである。これについて厳重に詮議するより他はないが、何分にも生命せいめい危篤きとくという重体であるから、手の着様つけようが無い。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ケートの愛情はコスターを危篤きとくのふちから救った。一同はようやくまゆを開いた。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
しかるに今月こんげつ初旬はじめ本國ほんごくからとゞいた郵便ゆうびんによると、つま令兄あになる松島海軍大佐まつしまかいぐんたいさは、かね帝國軍艦高雄ていこくぐんかんたかを艦長かんちやうであつたが、近頃ちかごろ病氣びやうきめに待命中たいめいちゆうよし勿論もちろん危篤きとくといふほど病氣びやうきではあるまいが
安養寺あんようじさんへ御挨拶にゆくために島を出る。——註。島へ移るまで私は湖畔の安養寺さんの離れに御厄介になっていた。——池田さんの炉ばたで話してるところへ福岡の妹が危篤きとくという電報がきた。
島守 (新字新仮名) / 中勘助(著)
そして、それといっしょにご病勢びょうせいもどっとご危篤きとくになってきました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
突然とつぜんはは危篤きとく報知しらせむねかんじてまいったのでございます。
「なに言ってんのよ。東京のお父うさんが危篤きとくなのよ」
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
彼にたいして、出陣令がくだったのは、九月五日であったが、折わるく、彼の父、足利貞氏は多年の病が重って危篤きとくひんしていたのである。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
父が危篤きとくの報知によって、親戚のものにれられて、わざわざ砂深い小松原を引き上げて、修善寺しゅぜんじまで見舞に来たのである。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私たちは中畑さんのお家で昼食をごちそうになりながら、母の容態ようだいをくわしく知らされた。ほとんど危篤きとくの状態らしい。
故郷 (新字新仮名) / 太宰治(著)
かくて両人ともかろうじて世の耳目じもくを免かれ、死よりもつらしと思える難関を打ち越えて、ヤレ嬉しやと思う間もなく、郷里より母上危篤きとくの電報は来りぬ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
この一月中旬突然彼女の老父危篤きとくの電報で、大きな腹をして帰ったのだが、十日ほどで老父は死に、ひと七日をすます早々、彼女はまた下宿に帰ってきた。
死児を産む (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
土田正三郎は十太夫の危篤きとくが伝えられたとき、仏間にこもって夜を明かした。そういう噂が弘まった。十太夫の死後も、七日ごとの供養をひそかに行なった。
饒舌りすぎる (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
病室の主客しゅかくが、かく亡きおもかげに対するごとき、言語、仕打を見ても知れよう。その入院した時、既に釣台でかつがれて来た、患者の、危篤きとくである事はいうまでもない。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私が危篤きとくの知らせを受けて精神病院へ行ったのはクリスマスの前夜であった。一日の十二時間は昏睡こんすいし、十二時間は覚醒かくせいしている。昏睡中は平熱で、覚醒すると四十度になる。
篠笹の陰の顔 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
しかし、よもやとは思いますけれども、万一危篤きとくの場合には電報でお知らせしますから、何卒姉ちゃんも、そんなことが絶無ではないと云うことを覚悟していらしって下さい。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「ね、そこでかわいそうな人にあったんだよ。母親が危篤きとくでね、田舎へ帰る途中なのに、切符ぐるみお金を落したんだって、必ずかえすから旅費をかしてくれっていうんだよ——」
雑居家族 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
彼女は、さわやかな声を残しながら、戸外のやみに滑り入った。が、自動車が英国大使館前の桜並樹なみき樹下闇このしたやみを縫うている時だった。彼女のおもてには、父の危篤きとくうれうるような表情は、あととどめていなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ひるには、女官の新勾当しんこうとう内侍ないしが、母の危篤きとくとかで、おはしたの女や小女房ら数名と共に、輿こしに乗って、外出していた。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何某(五三)さんは自宅六畳間で次男何某(一八)君の頭を薪割まきわりで一撃して殺害、自分はハサミでのどを突いたが死に切れず附近の医院に収容したが危篤きとく
桜桃 (新字新仮名) / 太宰治(著)
実際相生さんは親分気質おやぶんかたぎにでき上っている。満鉄から任用の話があったとき、子供が病気で危篤きとくであったのに、相生さんはさっさと大連へ来てしまった。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
翌日岡山に到着して、なつかしき母上を見舞ひしに、危篤きとくなりし病気の、やう/\おこたりたりと聞くぞ嬉しき。
母となる (新字旧仮名) / 福田英子(著)
ところで——ちゝの……危篤きとく……生涯しやうがい一大事いちだいじ電報でんぱうで、とし一月いちぐわつせついまだ大寒たいかんに、故郷こきやう駈戻かけもどつたをりは、汽車きしやをあかして、敦賀つるがから、くるまだつたが、武生たけふまででれた。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
危篤きとくだと云う電報が来たのは、浜田に会った翌々日の朝のことで、私はそれを会社で受け取ると、すぐその足で上野へけつけ、日の暮れ方に田舎の家へ着きましたが、もうその時は
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
危篤きとくと聞いてもかけつける者もなく、肉身の誰にも会わずに死んだ八重ではあるが、いねは泣きながらも、写真を見るたびに八重は仕合せであったと大きな救いを見つけだす思いがした。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
翌日岡山に到着して、なつかしき母上を見舞いしに、危篤きとくなりし病気の、ようようおこたりたりと聞くぞ嬉しき。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
葬式にはひがしさんに代理を頼みました。悪くなったのは八月末ちょうどあなたの危篤きとくだった時分ですと云う。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その危篤きとくの時、東京から帰りますのに、(タダイマココマデキマシタ)とこの町から発信した……とそれを口実に——時間は遅くはありませんが、目口もあかない、この吹雪に
雪霊続記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さてはと、すぐそのひとの危篤きとくか死去に聯想したのであったが、やがて涙をぬぐって、秀吉がえりを正した容子ようすを仰ぐと、悲痛な色のうちにも甚だしい厳粛な気と怒りをふくんでいる。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だんだん親しくなり、そのうちに父上の危篤きとくの知らせがあって、彼はその故郷からの電報を手に持って私の部屋へはいるなり、わあんと、叱られた子供のような甘えた泣き声をげた。
リイズ (新字新仮名) / 太宰治(著)
「何もういんだ。てはいるが危篤きとくでも何でもないんだ。まあ兄貴にだまされたようなものだね」
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
十九年の十一月頃、ふと風邪ふうじゃおかされ、漸次ぜんじ熱発はつねつはなはだしく、さては腸窒扶斯チブス病との診断にて、病監に移され、治療おこたりなかりしかど、熱気いよいよ強くすこぶ危篤きとくおちいりしかば
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)