かみ)” の例文
今度の下宿は、小官吏の後家さんでもあらうと思はれる四十五六のかみさんが、ゐなか者の女中相手につましくやつてゐるのであつた。
哀しき父 (新字旧仮名) / 葛西善蔵(著)
甚吉は人違いであるということを世間へ吹聴ふいちょうすれば、それが自然にかみの耳にもはいると思って、偽幽霊の狂言をかいたらしいのです。
真鬼偽鬼 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
あわただしく作られた軍用市は機能を喪失し、川に沿ったかみしもの町は、機械的に一本の道路で貫かれているだけで、麻痺に陥った。
播州平野 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
又女の見えない理由にいろいろ想像を加へなどもした。が、わざわざ無愛想な主人に「おかみさんは?」と尋ねる心もちにもならない。
あばばばば (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「お前が來てから、お靜の調子がすつかり變つたのさ。氣の毒だが、御用聞の平次に、く女房があつちやおかみの御用が勤まらねえ」
昼席ひるせきであるから、余り客が多くはない。上品に見えるのは娘を連れた町家のおかみさんなどで、その外多くは職人のような男であった。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
こんな立派な皮で、この通りおかみの検査済みの刻印の付いた奴が、只の十円と云いたいが、思い切って八円半までお負けしとく……。
其の時院のけしきかはらせ給ひ、汝聞け、帝位は人のきはみなり。人道にんだうかみより乱すときは、天のめいに応じ、たみのぞみしたがうて是をつ。
「おっと、御念ごねんにはおよばねえ。おかみゆるしておくんなさりゃァ、棒鼻ぼうはなへ、笠森かさもりおせん御用駕籠ごようかごとでも、ふだててきてえくらいだ」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
「きみは杉山あたりのまねをしちゃなりませんぞ。かみにまじわりてへつらわずしもにまじわりておごらず、男らしくやってもらいたい」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
マレーに固有なその平然さは、周囲の広い喧騒けんそうの中にあってきわ立っていた。四人のかみさんたちが、ある家の戸口で話し合っていた。
「じらすなよ、金はおかみが出すご褒美。それでも不足というんなら、そうだ、頭を下げる。せい、この兄貴が、頭をさげて、こう頼む」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
音「かみ繁右衞門しげえもん殿どんの宅で二十三回忌の法事があるんで、おらア旦那様も往くんだが、うか尼さんにもというのでむけえにめえったのだ」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
そこで旧友の巨勢こせ博士を訪ねて、その意見をきくことにした。二人は一しょに同人雑誌をだしたことのあるそのかみの文学青年であった。
正午の殺人 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
片足かたあしは、みづ落口おちくちからめて、あしのそよぐがごとく、片足かたあしさぎねむつたやうにえる。……せきかみみづ一際ひときはあをんでしづかである。
雨ふり (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
大きな浴舎は三階建で、若いかみさんを始め、番頭達が皆なそろつて丁寧にかれ等を迎へた。まさかにさうした駈落者とは知らずに——。
浴室 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
爾来かみは皇室を始め奉り、しもは一般庶民に至るまで、その祖神として天神・地祇を崇祭すること、あえてその間に区別を置かない。
いかなる階級の人も、かみはお公卿くげさまから、しもはいやしい民にいたるまで、天然痘の病原体は、なんの容赦ようしゃもなくおそいかかりました。
ジェンナー伝 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
そのうちに馬車は次にかみM村の方に近い山に沿った道にすすんだ。自分はその話を聞きながら、その男に対する反抗心が盛んになった。
帰途 (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
かみの御用が多いのか、自身の愛がうすいのか、そうそう見舞ってくれません。お話しになりたいとおっしゃるのはどんなことでしょう。
源氏物語:29 行幸 (新字新仮名) / 紫式部(著)
だからおかみでも高等官一等をこしらえてみたり、二等を拵えてみたり、あるいは学士、博士を拵えてみたりして門外漢に対して便宜を与え
中味と形式 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
下手をマゴつけば押流されてしまう。だから余程かみの方からでも泳いで行かなければ、目的とする岩に取付いて上ることが出来ない。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
恐れながら申しあげまする——かみには、よほど以前のことでございまするが、忠相が伊勢の山田奉行勤役中、殺生厳禁せっしょうげんきんの二見ヶ浦へ網を
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
かみにいへる建豐波豆羅和氣たけとよはづらわけの王は道守の臣、忍海部の造、御名部の造、稻羽の忍海部、丹波の竹野の別、依網の阿毘古等が祖なり。
そして女の跡を追うて、此処ここへ来た頃には、かみさんまで実家さとへ返して、父親からは準禁治産の形ですっかり見限みきりをつけられていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「怪しからんこと」と将軍の眉は動けり「戦争のことはかみ御一人ごいちにん御叡断ごえいだんに待つことで、民間の壮士などが彼此かれこれ申すは不敬きはまる、 ...
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
私がこっそりあたたかい飯を自分の茶わんに入れようとすると『貞吉っとん、それはおかみのんでっせ』と奥に聞えよがしにいう。
手錠をはめられ板木はんぎ取壊とりこわすおかみ御成敗ごせいばいを甘受していたのだと思うと、時代の思想はいつになっても、昔に代らぬ今の世の中
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
私もおまえも、百姓も町人もみんながただ天子様お一人をかみにいただいて、お国のために命を投げ出すべきときがきているんだ。
梟谷物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
榊原は堅気かたぎの家から貰った細君もあれば、十五六の娘を頭に二三人の子供もありましたが、かみさん始め、女中達まで皆桜井を可愛がって
幇間 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
家普請やぶしんを春のてすきにとり付いて」(野)の静かな低音の次に「かみのたよりにあがる米の値」(芭)は、どうしても高く強い。
連句雑俎 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
畏れ多い事だが、かみにん御障おさはりさへなければ、日本国中、誰一人、死んぢやならねえといふ人間はねえんだ。畜生め、承知しねえぞ。
幇勢最も盛んな時は、かみは役人よりしもは游民に至るまで、あらゆる階級の人々を吸集し、清末頃からは女入幇者も沢山あるようになった。
「そうとも。この子は両親がなくって、そのためにおれはずいぶん金を使わされた。おかみからいくらでもはらってもらうのは当たり前だ」
大体福島県は紙漉の村が多いのでありまして、岩代いわしろの国では伊達だて山舟生やまふにゅう安達あだち郡のかみおよびしもの川崎村や耶麻やま熱塩あつしお村の日中にっちゅう
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
磯のかみの中納言が燕の子安貝をとろうとした失敗譚や、帝が武士に命じて竹取の家を囲ませたはなしなどは、おかしみのためである。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
かみさんは顔がゆがんで醜いが、率直でいいところがあるらしい。私は部屋を借りようと思ふ。そこで、いくら支払ふかと問うた。
南京虫日記 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
石船なら神田川からかみにのぼる気づかいはない、くだるほか法がない。なにしろ石船は底が沈んでいるからお茶ノ水からのぼって行けない。
B かみは精養軒の洋食からしもは一膳飯、牛飯、大道の焼鳥に至るさ。飯屋にだってうまい物は有るぜ。先刻さっき来る時はとろろ飯を食って来た。
さればこそ立法者、道徳者達は、常に徴税を以て暴政の表象となし、これを以てかみ王者をふうしも官僚を戒めて来たものである。
三たび東方の平和を論ず (新字新仮名) / 大隈重信(著)
かみでも忠孝の士を殺したら御政道は立つまいというような考えが、心の底にあって、それが存外深く根を張っていたらしい。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
小石川のおかみを動かし、佐藤、朝比奈などという人を幕府がけしかけたのも、お前さん方は知らねえのか? 毒で毒を制しようというのだ。
斬られの仙太 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
ただし最初は熱くて、あびるわけに行かず、それをうめるため、遠くかみ手から本流の水を引いて来るのに、だいぶ骨が折れた。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
例へばかみ十二文字またはしも十二文字を得ていまだほかの五文字を得ざる時、色々に置きかへ見るべし。その置きかへるは即ち動くがためなり。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
えゝえゝ。遠慮はやめやめ。氏のかみづきあひぢやもん。ほい又出た。おれはまだ藤氏の氏上に任ぜられた訣ぢやなかつたつけな。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
行李こうりから本を出すと、昔の私の本箱にはだいぶ恋の字がならんでいる。隣室は大工さん夫婦、おかみさんはだるま上りの白粉おしろいの濃い女だった。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
こんなことをお喋りしてしまっては、御主人様に申訳ございませんが、おかみのお訊ねですから、何もかも申上げてしまいます。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
武助さんは、さををあやつりながら、流しめに良寛さんを見てゐた。良寛さんは、へさきに小さくかがまつて、川のかみしもの方をながめてゐた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
旦那、用心なさいまし、京は、そら、志士って奴が、のさばり返っていて、おかみの者と見ると、ばさりと、やるそうでしてな。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
やがておかみさんはちいさな男のあかちゃんをみました。ところがそれがまたちいさいといって、ほんとうにゆびほどの大きさしかありませんでした。
一寸法師 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)