飛沫しぶき)” の例文
そしてその附近一帯に、もう乾枯ひからびて固くなりかかった赤黒い液体の飛沫しぶきが、点々と目につきだした。女中が黄色い声をはりあげた。
三狂人 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
暴風雨あらし模様の高浪を追越し追越し、白泡を噛み、飛沫しぶきを蹴上げて天馬くうはしるが如く、五島列島の北の端、城ヶ島を目がけて一直線。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
さつの剣光がサッと彼の影をかすめた。と見えたと思うとドブンととろの水面に飛沫しぶきが上がり、つづいてもう一人は彼の足蹴を食って
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
瀑壺の周囲まわりは瀑水の飛沫しぶきが霧となって立ち罩めているのに、高い木立の隙間から漏れた陽の光が射して処どころに虹をこしらえていた。
蛇怨 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
その雲と跳びかかる飛沫しぶきとのためにたちまち、船のなかでお互いの姿を見ることもできないくらい、あたりが暗くなってしまいました。
それと同時に腰巻の唐縮緬から、血の飛沫しぶきが八方へ散ったと見たのは、今まで藤蔓に止まっていた赤蜻蛉あかとんぼが、驚いて逃げたので有った。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
その時、雨は飛沫しぶきを飛ばすほどの大降りとなり、初島のあたりにはもはや何物も見えなくなって、夜の色がにわかに濃くなっていきました。
メデューサの首 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
谷から渦まきあが飛沫しぶきのような霧に、次第に包まれて来る、足許には白花石楠花しろはなしゃくなげや、白山一華はくさんいちげの白いのが、うす明るく砂の上に映っている。
槍ヶ岳第三回登山 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
悪罵と怒号とが林を揺すり、乾児たちの抜いた、二十数本の脇差しが、湾に寄せた怒濤が、高く上げた飛沫しぶきのように白光った。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
つまり、僕等には伸子の不在証明アリバイを認めさせた、また、現象的に云うと、それが、上空へ上った飛沫しぶきに対流を起させたのだよ。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ただ水の一部分が時折り形を変えて泡になったり、飛沫しぶきになったりするだけです。それも必ずもとの河水中に帰って来ます。
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
但し、環礁の外は相変らず怒濤どとう飛沫しぶきが白く立っているらしい。耳をすませば、確かに其の音が地鳴のように聞えて来る。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
みんな振り返つて見たけれども、その時はもうそんなものは皆アイスレーベンの町と共に雨飛沫しぶきの中に消え去つてゐた。
キフホイザー (旧字旧仮名) / 野上豊一郎(著)
と、これよりき、中流に中岩というのがあった。振り返ると、いつになく左後ろななめに岩は岩と白い飛沫しぶきをあげている。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
そして寄せて来る半円形の波からちぎられた飛沫しぶきは、蒸気のように白くて、私が今迄に見た何物よりも荘厳であり、また海岸で立てる雷のような音は
西北せいほくそらからどっとせる疾風はやてふねはグルリときをかえ、人々ひとびとたきなす飛沫しぶきを一ぱいにびました。
閉じた眼が……泣き伏しながら着物のれるのもいとわずに飛沫しぶきを挙げて屍骸しがいすがりついた母と小作人の妻と……。
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
たちまち雨の暗中にひときわ黒い飛沫しぶきがとんだかと思うと、はや一人ふたり、あるいは土に膝をついて刀にすがり、あるいは肩をおさえて起ちも得ない。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そして家内の時計が十時を打ち初める音を聞きつけるまで、雨の飛沫しぶきに漏れるのもいとわず軒の下に立っていた。
心づくし (新字新仮名) / 永井荷風(著)
山がかりの巌から、滝がとどろき流れおち、孟宗竹もうそうちくの植込みのあいだから、夏は燈籠とうろうが水の飛沫しぶきをあびて、涼しい風にゆらぐ寒竹やはぎのなかに沈んでいた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
……いちめん雲におおわれて暗くなった空から、斜めに銀の糸を張ったように落ちてくる大粒の雨は、激しい音をたてて地面を叩き、霧のように飛沫しぶきをあげた。
山だち問答 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
風上にいる者は雨の飛沫しぶきを受けるだけで我慢もなるが、風下にいる連中は渦巻く煙にむせび返って眼玉を真赤まっかにし、クンクン狸のように鼻ばかり鳴らしている。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
船の中まで飛沫しぶきましたが、やがてその音もハタと止んで周助の手に灯の入つた提灯がかゝげられると、船の中の一箇所、齒の拔けたやうに人が缺けて居るのです。
女達はその傍若無人ぼうじゃくぶじんに少しの表立った抗議もせず、身をずらせて、この無体むたいな湯の飛沫しぶきから逃れながら、なかば、惚れぼれとして、ミチの白い肉体を見上げる。
刺青 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
卯平うへいはすや/\と呼吸こきふ恢復くわいふくしたまゝくちかない。ぴしや/\と飛沫しぶきどろりつゝ粟幹あはがらのきからもゆきけてしたゝいきほひのいゝ雨垂あまだれまないでよるつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
劔と劔とが物凄く鳴り響き、鉄と鉄とが切り結ばれて、二人の哥薩克は飛沫しぶきのやうな火花を身に浴びた。
いつもは、ゆっくり過ぎるくらいゆっくり平泳ブレストで泳いで来るのに、今日はどうしたというのか、まるで癇癪でも起こしたように、ひどい飛沫しぶきをあげて泳いでいる。
キャラコさん:07 海の刷画 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
飛沫しぶきがかかるどころではない、ザンブザンブ潮水を呑んで、結局私も昨夜の淫売婦と、そう変った考えも持っていやしない。あの女は三十すぎていたかも知れない。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
船はまりのやうに揺れた。そんななかにも博士は、洋行気分を味はせたいと言つて飛沫しぶきの吹き散る甲板に夫人を連れ出して、仔細に山やら岬やらの説明をし続けたものだ。
テーブルの上には蝋燭ろうそくの火がぼんやりと照らしていたが、それも隙間すきまから吹き込んでくる飛沫しぶきに打たれて、幾たびか消えるので、丸山もしまいには面倒になったらしく
麻畑の一夜 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ヒスパニオーラ号は絶えず一様に横揺れし、時々船首の第一斜檣ボースプリットを水に突っ込んでぱっと飛沫しぶきをあげた。上も下もすべての帆が風を孕んでいた。だれも彼も大元気だった。
松浦様の大椎の木あたり、ようやく迫ってきている暮色をいやが上にも暗いすさまじいものにして、はや大粒の雨、そこでは飛沫しぶきを立ててふりだしているかとおもわれる。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
これはまた酷い事、屋根半分はもうとうに風に奪られて見るさへ気の毒な親子三人の有様、隅の方にかたまり合ふて天井より落ち来る点滴しづく飛沫しぶき古筵ふるござで僅にけ居る始末に
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
弾んだ声が唇を離れると同時に、肩に乗せていた彼の手の先には、無意識に力が入って、握っていたペンから、飛沫しぶきになってインクが飛び散るほど、浩の体をゆりこくった。
日は輝けり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
私は飛沫しぶきを浴びながらS—君の帽子を耳までも深く被って全身に力をこめながら立っていた。
みなかみ紀行 (新字新仮名) / 若山牧水(著)
ぎらぎらと光る砂が彼の眼を射すくめたが、陽炎かげろうのあがるその砂丘の向こうに、幻燈のようにまっ青な海が横たわり、防波堤ぼうはていに白い飛沫しぶきをあげて、だうんだうんと鳴っていた。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
躍りあがる飛沫しぶき、湧きたつ泡、逆にはひあがる崖、横つとびにとんでゆく水をみるとたまらない寂しさ恐しさに襲はれてただもう はやく帰りたい、はやく帰りたい と思ふ。
銀の匙 (新字旧仮名) / 中勘助(著)
風落ちたれど波なお高く沖はらいとどろくようなる音し磯打つ波砕けて飛沫しぶき雨のごとし。人々荒跡を見廻るうち小舟一そう岩の上に打上げられてなかば砕けしまま残れるを見出しぬ。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
さうして渚を噛むがいい さうして渚を走るがいい お前の飛沫しぶきで私のまつげを濡らすがいい
閒花集 (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
次第に興奮して飛沫しぶきがさっと岩頭にはねかかるかと思うと、それをおさえるごとく元のしずかさに返るのであった、一同は大鳥のつばさにだきこまれた雛鳥ひなどりのごとく鳴りをしずめた。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
十八度位のがぶりで硝子窓ボウルトに浪の飛沫しぶき夜眼よめにも白く砕けて見えた。低い機関の廻転が子守唄のように彼の耳に通った。為吉の坂本新太郎は暫らくしてすやすやといびきを掻き始めた。
上海された男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
折角せっかくうとうとと眠りかけたところへ、冷たい風がさっと吹き込むと同時に、僕の顔の上に海水の飛沫しぶきがかかったので、はっと眼をさまして飛び起きると、船の動揺のために足をすくわれて
舷側を洗う白い飛沫しぶきの上に、一人の少女の寝姿があった。梨花だ。中国少女の梨花だ。鋼鉄の宮殿の中を、栗鼠のようにちょこちょこととびまわって、雑用をつとめていた梨花の姿だった。
浮かぶ飛行島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
風は帆綱に鳴り、白帆は十分風をはらんだ。船はひらめ飛沫しぶきを飛ばしてせた。かもめは鳴いて大空に輪をいた。そうしてあなたは、海の風に髪をなぶらせつつ、何処どこまでもと、ひた駛せに駛せた。
少年・春 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
窓硝子の悉くが、飛沫しぶきを立て、アスフアルトの路はたちまち川を作つた。
荒天吉日 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
はだかの薄青い岩から、緑の波のたぎり飛ぶ白い飛沫しぶきから、黒い広野の微動だにしない夢想から、雷にたれたかしわの樹の悲哀から、凡てそれ等のものから我々の理解し得る人間的のものを作り来り
甲板かんぱんに出ても、これまで群青ぐんじょうに、かがやいていたおだやかな海が、いまは暗緑色にふくれあがり、いちめんの白波が奔馬ほんばかすみのように、飛沫しぶきをあげ、荒れくるうのをみるのは、なにか、胸ふさがる思いでした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
飛沫しぶきをちらす大波のなかをいなびかりのひらめきがわななきながら通りぬけると、頭上にむらがる黒雲は、ちりぢりにひき裂かれたように見え、そのあとの暗闇くらやみはいっそうすさまじくなるのだった。
船旅 (新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
船長の屍は、にぶい寂しい飛沫しぶきをあげて、船の格子を離れていった。
さればその日光は積水の底より入りて、洞窟の内を照し、窟内の萬象は皆一種の碧色を帶び、艪の水を打ちて飛沫しぶきを見るごとに、紅薔薇の花瓣を散らす如くなるなれ。ララは合掌して思を凝らせり。