頓着とんじゃく)” の例文
さような事に頓着とんじゃくはいらぬから研ぐには及ばん、又憎い奴を突殺つきころす時は錆槍で突いた方が、先の奴が痛いから此方がかえっていゝ心持こゝろもち
自身の書いているものにも、仮名違かなちがいなんぞは沢山あるだろう。そんな事には頓着とんじゃくしないでっている。要するに頭次第だと云った。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
叔父があわてて口の締まりをして仏頂面ぶっちょうづらに立ち返って、何かいおうとすると、葉子はまたそれには頓着とんじゃくなく五十川いそがわ女史のほうに向いて
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
しかして朝起きて夜寝るまで、自分のなすこと、接することを一々数えたてれば、自分が頓着とんじゃくしなくとも善いことが多くありはせぬか。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
知りまへんと芸者はつんと済ました。野だは頓着とんじゃくなく、たまたま逢いは逢いながら……と、いやな声を出して義太夫ぎだゆう真似まねをやる。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかし彼はそんなことには頓着とんじゃくなく、よろよろとよろけながら一人の警官の卓の前に進んで行った、そして卓をたたいて叫んだ。
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
たまたま季題が役に立つ場合があるかも知れないがそれはすくない。季題に頓着とんじゃくなく詠う方が深刻でかつ自由であろうと思う。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
所が私は又その測量者があろうとなかろうと、その推測があたろうと中るまいと、少しも頓着とんじゃくなしに相替らず悠々として居ます。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
放蕩ほうとう懶惰らんだとを経緯たてぬきの糸にして織上おりあがったおぼッちゃま方が、不負魂まけじだましいねたそねみからおむずかり遊ばすけれども、文三はそれ等の事には頓着とんじゃくせず
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
その結果がビフテキ主義となろうが、馬鈴薯じゃがいも主義となろうが、厭世えんせいの徒となってこの生命をのろおうが、決して頓着とんじゃくしない!
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
銃猟じゅうりょう道楽は天下に多し。走獣そうじゅう飛禽ひきん捕獲ほかくするの術は日に新しきを加うれどもその獲物えものの料理法を頓着とんじゃくするものははなはまれなり。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
人も減らした。炉辺に賑やかな話声が聞えようが、聞えまいが、彼はそんなことに頓着とんじゃくしていなかった。ドシドシ薬を売弘めることを考えた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
老奥方おばあさんのお辞儀は段々ふえて、売れ高はグングン減ってゆくが、そんな事に頓着とんじゃくのない老媼おばあさん隣店となりの売行きを感嘆して眺め、ホクホクしていう。
「曇って来た、雨返しがありそうだな、自我得仏来所経、」となだらかにまた頓着とんじゃくしない、すべてのものを忘れたという音調でじゅするのである。
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鬼五郎鬼五郎といってののしりました。そんな事に頓着とんじゃくなく、何の道楽も特別のぜいたくもしず、ただ金をためたのです。
遺産 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
が、小娘は私に頓着とんじゃくする気色けしきも見えず、窓から外へ首をのばして、闇を吹く風に銀杏返しのびんの毛をそよがせながら、じっと汽車の進む方向を見やっている。
蜜柑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
現代とても在来の経典をもって満足し、更に一歩を進めて真理の追窮ついきゅうに当ろうとする、気魄きはくのとぼしき者は多いであろう。それ等に対してわれ等は頓着とんじゃくせぬ。
実名の頓着とんじゃくもなかったまでなのだったが、後に偶然の事から彼の名前は水流舟二郎とぶのだと知らされた。
鬼涙村 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
そして、八反はったんの着物を着たまま、ゴミ眼鏡めがねを顔につけ、部落を乗りまわしたものであった。その姿は全く異様であったが、頓着とんじゃくするどころではなかった。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
小初は貝原の様子などには頓着とんじゃくせず、貝原の言葉について考え入った。——自分の媚を望むなら、それをあたえもしよう。肉体を望むなら、それを与えもしよう。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
しかし老嬢は不平そうな私の顔つきに頓着とんじゃくせず、ひどく安心しきったような鷹揚おうような態度でうなずきながら、「あの児は大へん賢いです」を相変らず繰り返すばかりでした。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ジオゲンは勿論もちろん書斎しょさいだとか、あたたか住居すまいだとかには頓着とんじゃくしませんでした。これはあたたかいからです。たるうち寐転ねころがって蜜柑みかんや、橄欖かんらんべていればそれですごされる。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
着ものなどに頓着とんじゃくしない小野田は、お島の帰りでもおそいと、時々近所のビーヤホールなどへ入って、蓄音機を聴きながら、そこの女たちを相手に酒を飲んでいては
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
霞が浦が如何どうあろうと筑波がこうあろうと頓着とんじゃくもない万作が眼には何も見えぬが、お光の眼には
漁師の娘 (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
にっこりして,「それでもあなた、出来ないくせに大変に好きで」というのをまくらに置いて自分を賞め始めた,前の言葉とは矛盾したが、そこが女の癖で、頓着とんじゃくはなかッた。
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
この娘! この娘! この娘なんだ! どうしてくれようとちらと横眼で見ると恋と妬心としんに先を急ぐ弥生は、同伴つれのお藤が何者であろうといっさい頓着とんじゃくないもののように
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
おとよに省作とのうわさが立った時など母は大いに心配したに係らず、父はおとよを信じ、とよに限って決して親に心配を掛けるような事はないと、人の噂にも頓着とんじゃくしなかった。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
場所柄に頓着とんじゃくなく、しっかり頼みますぞ、など声をかける者がある。それを笑う声も起った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
登は去定の説明を聞きながら、その理論の当否よりも、そういうところに眼をつけ、それを是と信じ、他の反対や不平に頓着とんじゃくせず、すぐに実行する彼の情熱と勇気に感嘆した。
別段悩める容態ようすもなく平日ふだんのごとく振舞えば、お浪はあきれかつ案ずるに、のっそり少しも頓着とんじゃくせず朝食あさめししもうて立ち上り、いきなり衣物を脱ぎ捨てて股引ももひき腹掛け着けにかかるを
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
言いのがれる言いようを教えてもろうたけれど、それには頓着とんじゃくせず、恋のために火をつけたと真直に白状してしもうたから、裁判官も仕方なしに放火罪に問うた、とも伝えて居る。
(新字新仮名) / 正岡子規(著)
これによりて見るも先生の平生へいぜい物に頓着とんじゃくせず襟懐きんかい常に洒々落々しゃしゃらくらくたりしを知るに足るべし。
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
いっしょに集まってうまくゆくようにできてるかどうかには頓着とんじゃくなく、ともかくも各部をくっつけてみたのだ。それで各人は、あらゆる方面から来た断片で作られることになった。
どうせ自分のベストをつくすよりほかにしかたがないのである。人がなんと言おうが、どう思おうが、そんなことに頓着とんじゃくしていられる場合でない。こう思ったかれの心は軽くなった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
基礎ヤ標準ヤニ頓着とんじゃくスルマデモアリマセヌ、タダヤタラニオハナシ体ヲ振廻シサエスレバ、ドコカラカ開化ガ参リマスソウデ、私モマケズニ言文一致デコノ手紙ヲシタタメテ差上ゲマス
斎藤緑雨 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
カングリ警部は涼しい顔で答えたが、巨勢博士はそれに頓着とんじゃくしていなかった。
不連続殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
夜はみちぬかるんでいるがそれにも頓着とんじゃくせず文吉は操を訪問したのである。
愛か (新字新仮名) / 李光洙(著)
私のここに書く物も私の端的な直観を順序に頓着とんじゃくしないで記述する外はない。
鏡心灯語 抄 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
始終うちを外の放蕩三昧ほうとうざんまい、あわれなかないを一人残して家事の事などはさら頓着とんじゃくしない、たまに帰宅すれば、言語もののいいざま箸のろしさてはしゃくの仕方がるいとか、琴を弾くのが気にくわぬとか
二面の箏 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
けれども、そんなことに頓着とんじゃくせず、めくらめっぽう読んで行っても、みんなそれぞれ面白いのです。みんな、書き出しが、うまい。書き出しの巧いというのは、その作者の「親切」であります。
女の決闘 (新字新仮名) / 太宰治(著)
学士は彼の何者にも頓着とんじゃくしない悪達者な腕前に三歎さんたんするより外なかった。
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
これ本邦慾張り連が子孫七代いかに落ちぶれても頓着とんじゃくせず、わが一代儲けさせたまえと祈って油餅を配り廻り、これを食った奴の身代皆自分方へ飛んでくるように願う歓喜天かんぎてんまた聖天しょうてんこれなり。
むくわれたもので胸いっぱいな笑みであった。が、秀吉は頓着とんじゃくなく、一語
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
言いさして話をやめた父の自尊心などに令嬢は頓着とんじゃくしていなかった。
源氏物語:26 常夏 (新字新仮名) / 紫式部(著)
顎十郎は、そんなことに頓着とんじゃくなく、いっそう声をはりあげ
顎十郎捕物帳:09 丹頂の鶴 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
内々直したる初心さ小春俊雄は語呂ごろが悪い蜆川しじみがわ御厄介ごやっかいにはならぬことだと同伴つれの男が頓着とんじゃくなく混ぜ返すほどなお逡巡しりごみしたるがたれか知らん異日の治兵衛はこの俊雄今宵こよい色酒いろざけ浸初しみはじ鳳雛麟児ほうすうりんじは母の胎内を
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
家相に頓着とんじゃくせざる人にてその家の栄ゆるところがある。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
しかしお父さんの意向に頓着とんじゃくしない。
嫁取婿取 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
相手は、そんなことには、頓着とんじゃくなく
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
夫人は根岸で別れてからの時間の隔たりにも、東京とこの土地との空間の隔たりにも頓着とんじゃくしないらしい、極めて無造作な調子で云った。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)