もた)” の例文
もう入梅の気構えの空が鬱陶うっとうしく、車室の中がじっとりと生暖いので、幸子と雪子とはうしろにもたれかかったままとろとろとし始め
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
青々と葉を繁らせている山毛欅ぶなの大木の幹にもたれて蒼空を眺めながら、何考えるともなく取り留めもない物思いにふけっていたのです。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
薫は女のようななまめかしい両腕で涙を拭いた。小初は砂金のようにこまかく汗の玉の吹き出た薫の上半身へ頭をもたれ薫の手をとった。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
俊助は黙ってうなずいたまま、しばらく閑却かんきゃくされていた埃及煙草エジプトたばこへ火をつけた。それから始めてのびのびと椅子いすの背に頭をもたせながら
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
『僕こそ。』と言ひながら、男は少許すこし離れて鋼線はりがねの欄干にもたれた。『意外な所でまたお目にかかりましたね。貴女あなたお一人ですか?』
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
しば浴後ゆあがりを涼みゐる貫一の側に、お静は習々そよそよ団扇うちはの風を送りゐたりしが、縁柱えんばしらもたれて、物をも言はずつかれたる彼の気色を左瞻右視とみかうみ
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
大柄ではあるが、ゆったり椅子にもたれてそう云っている慎一の眼差しのなかには、思慮のこまやかさと心の平らかさを語るつやが籠っていた。
杉垣 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
また、どうかすると、藁束に身をもたせかけたままいつか心持が重くなってついうとうと転寝うたたねの夢に入るような事さえもあった。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
とう寝椅子ねいすに一人の淡青色たんせいしょくのハアフ・コオトを着て、ふっさりとかみかたへ垂らした少女が物憂ものうげにもたれかかっているのを認め、のみならず
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
甲野さんが「無絃むげんの琴をいて始めて序破急じょはきゅうの意義を悟る」と書き終った時、椅子いすもたれて隣家となりばかりを瞰下みおろしていた宗近君は
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
が、父が車に乗つて、その軸物の箱を肩にもたせながら、何処ともなく出て行く後姿を見た時、瑠璃子の心の中の妙な不安は極点に達してゐた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
そして電柱にもたれて此方を見送つてゐる千登世と、圭一郎も車掌臺の窓から互ひに視線をつと喰ひ合してゐたが、やが
業苦 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
かう云ひながら宇津木うつぎはゆつくり起きて、机にもたれたが、宿墨しゆくぼくに筆をひたして、有り合せた美濃紙みのがみ二枚に、一字の書損しよそんもなく腹藁ふくかうの文章を書いた。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
だが同時に眩暈めまひを感じたと見えて、又もや手で額をおほひながら近寄る和作を待ち切れず、もたれかゝるやうに倒れて来た。
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
童子は、母親をなぐさめようとして、笛の掃除を止めかかったその時に、よく甘えるときするようにもたれた。そして低いほとんささやくような声で言った。
後の日の童子 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
余の常にる安楽椅子に、背様うしろざまもたれ、一人の男が顔に得も云えぬ苦痛の色を浮かべ、目を見張った儘に死んで居る、爾して所々に血が附いて居て
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
白糸がたたずみたるは、その裏口の枝折しおり門の前なるが、いかにして忘れたりけむ、戸をさでありければ、渠がもたるるとともに戸はおのずから内にひらきて
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼はデッキチェアーにもたれて、沸々ふつふつとたぎるソーダ水のストローをくわえたまま、眼は華やかな海岸に奪われていた。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
彼はもたれかかってくる妻を両手のうちに強く抱きしめた。それでいい、それでいい、と彼は心の中でくり返した。
恩人 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
広い会所の中は揉合うばかりの群衆ぐんじゅで、相場の呼声ごとに場内は色めきたつ。中にはまた首でもくくりそうな顔をして、冷たい壁にしょんぼもたれている者もある。
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
急に室の内は寂しくなつたので、丑松は冷い鉄の柱にもたれ乍ら、眼をつむつての意外な邂逅めぐりあひを思ひ浮べて見た。慾を言へば、何となく丑松は物足りなかつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
椅子もそれに合はせて造つてあつて、もたれが高く、脚が優美な彎曲わんきょくをなして、なかなか凝つた意匠である。
灰色の眼の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
「なあおめえ、こんでらもけえときにや面白おもしろえのがんだよなあ」とぢいさんのかたもたかゝるものもあつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
夕暮の空ほの暗い時に、柱にもたれてた僕が突然、まなこを張り呼吸いきこらして天の一方をにらむ様を見た者は母でなくとも逃げ出すでしょう。母ならば気絶するでしょう。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
声を尋ねて目をやると、大勢の人が三太太の裏窓にもたれて、庭内を跳ね廻る一匹の小兎を見ていた。
兎と猫 (新字新仮名) / 魯迅(著)
と、浅く日のしている高い椽側えんがわに身をもたせて話しているのはお浪で、此家ここはお浪のうちなのである。
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ひかりを鎧うた浄い暁のなか、むしばまれた祈祷いのりの囁きがたちのぼる。一と夜、悪の扉にもたれてゐたかれらが、聖らかな眼ざめにかへるのだ。——一斉に咒詞を呟きながら。
希臘十字 (新字旧仮名) / 高祖保(著)
「向うももたれかかつて來るのをしほに、僕の方でも靠れかかつて見るの、さ。當つて碎けろだ。」
泡鳴五部作:03 放浪 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
縁側えんがわの柱などであろうか、七夕たなばたの夜二星を迎うる毎に、必ずその柱にもたれる習慣になっている。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
疲れてヘナヘナになつてゐる体をもたせかけるやうにして、窓のガラスに顔をぴつたりよせた。
イボタの虫 (新字旧仮名) / 中戸川吉二(著)
少し喰過くひすぎもたれてあをい顔をしてヒヨロ/\横に出るなどは、あま格好かつこうではござりませぬ。
世辞屋 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
だから主馬頭モンテイロが宮廷に宿直とのいの夜なんか、蒸暑むしあつい南国のことだから窓を開け放して、本人は寝巻か何か引っかけた肉感的エロティックなスタイルのまんま、窓枠にもたれて下の往来を覗きながら
扉口に立つた女はかう張りのある声をかけて扉に片手をもたせながら、胸にかけた小さい金の十字架がぶらりと前に垂れる程頭をかゞめて薄暗い小屋の中の方をのぞくやうに見た。
彼は両腕を伸ばして力を入れ、狭い湯槽ゆぶねの片方に背をもたせ、足を伸してつっぱった。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
今はもうお時に對しても、お駒に對しても、ただ自分の全半身を寄せかけ、もたれかゝつて、少しでも苦痛を忘れさして貰ふといふことより外には、何事も考へてゐない容子ようすであつた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
それをべつに知ろうとも思わないから、わたしは、そのままその前に腰をかけて、右のひじを窓際にもたして、それに頬をのっけてたが、なんだか眼の上に、魚のうろこでもはめられたように
雪の夜の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
なお硝子戸の引いてある手摺てすりもたれて、順々に荷物の積まれるのを見ていたが、小池の采配さいはいですっかり積みこまれなわがかけられるのを見澄ましてから、煙草たばこを一本取り出してふかしはじめ
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
わしは片手をクラリモンドの肩にまはして、彼女の片手をわしの手に執つてゐた、彼女の頭はわしの肩にもたれて、わしは半ばあらはした彼女の胸が軽く、わしの腕を圧するのを感じるのである。
クラリモンド (新字旧仮名) / テオフィル・ゴーチェ(著)
お桐はもたれ蒲団に頭を押しつけて居た、頭を揚げると、赤い真綿でもげた様に、血の塊が口から垂れ下つて居た。平七はお光にお桐の頭をもたせて自分は口から其血の塊をたぐり出した。
厄年 (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
彼女等のクインは、窓辺にもたれて、湾内の船舶を数えた。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
体をもたせて休むだけの固い物もありません。
もたれてあれば物なべておぼめきわたれ
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
三十分ばかり、用もないのに机にもたれて、手紙をかくような風をよそおっていた私は、とうとう根負けがしてしまって声をかけました。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
気分的な主調でつくられた映画を観て益々現代に生きる自分たちの或る気分にもたれかかるような場合も想像されなくはない。
私は一切がくだらなくなつて、読みかけた夕刊をはふり出すと、又窓枠に頭をもたせながら、死んだやうに眼をつぶつて、うつらうつらし始めた。
蜜柑 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
私はまた鉄扉にもたれて眺めるともなく墓の表に眼を注いでいたが、その夫らしい人の歿した年代なぞを凝乎じっと繰ってみると
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
二人が醫院の玄關に入ると、藥局の椅子にもたれて、處方簿か何かを調べてゐた加藤は、やをら其帳簿を伏せて快活に迎へた。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
が、父が車に乗って、その軸物の箱を肩にもたせながら、何処いずこともなく出て行く後姿を見た時、瑠璃子の心の中の妙な不安は極点に達していた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
シォウルの外にたすけを求むる彼の手を取りて引寄すれば、女はよろめきつつ泥濘ぬかるみを出でたりしが、力や余りけん、身を支へかねてどうと貫一にもたれたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
二人共にりの大理石の欄干に身をもたせて、二人共に足を前に投げ出している。二人の頭の上から欄干を斜めに林檎りんごの枝が花のかさをさしかける。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)