すき)” の例文
すきの見える性質ではないかと私は心配しているのだから、侍女どもが勝手なことを宮に押しつけるようなことをさせてはならないよ。
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
あの狡猾こうかつな土蜘蛛は、いつどうしたのか、大きな岩で、一分のすきもないように、外から洞穴の入口をぴったりふさいでしまいました。
犬と笛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ぴたッととまった一隊に答礼する栖方の挙手は、すきなくしっかり板についたものだった。軍隊内の栖方の姿を梶は初めて見たと思った。
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
そこのすきへ、保元・平治の乱で自己の力量に目醒めざめた平家が、西国の富裕な地盤にものをいわせて、無理おしに京都へ押し出てくる。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
塗料の棒に見入るトラ十のからだに、わずかのすきを見出したのであった。帆村の鉄拳てっけんが、小気味よく、トラ十のあごをガーンと打った。
爆薬の花籠 (新字新仮名) / 海野十三(著)
第一、こうしてくまでも床の間を背に、玄蕃に刀をらせないように用心を払う訳もないし、何より、身体にすきがあるはずである。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
男は女が自分に愛されようと身も心も投げだしてくると、すきだらけになった女のあらが丸見えになりたまらなく女が鼻につくそうです。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
吉川と云う方は、明石縮あかしちぢみ単衣ひとえに、藍無地あいむじの夏羽織を着て、白っぽい絽のはかま穿いて居た。二人とも、五分もすきのない身装みなりである。
大島が出来る話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
一々事実にくっ付けて一分一厘すきのないようにキチキチとキメツケて行く苦しさに、いつも書きかけては屁古垂へこたれさせられてしまいます。
涙香・ポー・それから (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼はなるべく兼子の眼付がないすきを窺って、依子の側へ寄っていった。そして膝の上に抱いてやった。依子はじっと抱かれていた。
子を奪う (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
さりとて滅多めったに出してもやられないので、代るがわるに警固しているあいだに、あるとき番人のすきをみて、すっぽんは表へ這い出した。
作業と作業の間に一分のすきもない程に連絡がとれて居り、職場々々の職工たちは、コンヴェイヤーに乗って徐々に動いて来る罐が
工場細胞 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
と驚くすきもありません。やうやく解いてもらつた繩をもう一度掛け直したばかりでなく、今度は念入りに猿轡さるぐつわまで噛ませて引摺り上げます。
団飯むすびからあしごしらえの仕度まですっかりして後、叔母にも朝食をさせ、自分も十分にきっし、それからすきを見て飄然ふいと出てしまった。
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
途々みちみち喰べながらおで、遠いから路を間違っちゃいかんよ、そのうちわしもまたすきをみてあがるからって家に帰ったら言っておくれ」
とびの者は、やけくそにわめきながら、黒い影に組みついて行った。道具方もおくれてはいない、すきを見て怪物の足にからみついた。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
宗門しゅうもんの身のあるところ、すきさえあれば、火の手をあげて、反信長の兵乱を起している現状では、なおさらのことではありませんか。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あのペロペロはどこからどう覚えて来るのですか、あれにも相当のよりどころはあるのでしょう——全く油断もすきもならない奴です
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そして次の障碍しょうがい競走レースでは、人気馬が三頭も同じ障碍で重なるように落馬し、騎手がその場で絶命するというさわぎのすきをねらって
競馬 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
なるほど、あなたのおっしゃることはただそれだけ伺っていれば理窟りくつが通っています。何処どこにも切り込むすきがないように聞えます。
途上 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
自分は、其のすきに太く脂切つた手を振り離して、座敷に駈け込んだ。其處には父が厚い座蒲團の上へ坐つて、金米糖で玉露を飮んでゐた。
父の婚礼 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
時おり彼は、母親が向うを向いてるすきに乗じて、家から外にぬけ出す。初めのうちは、後から追いかけられてつかまってしまう。
それは男の晴やかな額を見てもすぐ分る。いつもは優しいことばを掛けていても、その底にすきうかがっているような、意地の悪い心持ちがあった。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
しかもそれでいて、別段私はスパセニアのすきを見て、ジーナと二人切りになる機会ばかり、うかがっていたというのでもありません。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
なお妾と互い違いにして妾の両足りょうそくをば自分の両腋下えきかはさみ、如何いかなる寒気かんきもこのすきに入ることなからしめたる、その真心の有りがたさ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
すきさえあれば人家に入り自分が食い得る以上に多くへらす故、住民断えず猴と戦争す、欧人たまたま奇物として猴を買うを見て訳が分らず
そのすきを狙って花嫁の顔にその剣を投げつけると同時に、門の戸を開く者がありますので飛ぶごとくに門内に飛び入ってしまう。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
橋場の秋田屋の寮へ国家老の福原數馬という人を招きまして何ぞすきがあったらば……という松蔭がたくみ、濱名左傳次という者としめし合せ
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
それで奥さんは手水ちょうずに起きるたびに、廊下から見て、秀麿のいる洋室の窓のすきから、火の光の漏れるのを気にしているのである。
かのように (新字新仮名) / 森鴎外(著)
雨蛙あまがへる青蛙あをがへるが、そんなはなわざはしなからうとおもつたが——勿論もちろん、それだけに、ふた嚴重げんぢうでなしにすきがあればあつたのであらう。
番茶話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
彼は、女房の手を離れて、い出して来た五人目の女のを、片手であやしながら、窓障子のすきから見える黒い塀を見ていた。
(新字新仮名) / 徳永直(著)
奥さんはいつも控へ目に隣室の入口で編み物をしてゐたのです。こゝに盗み癖のあるアマタルの付け入るすきがある——と彼は思つたのです。
亜剌比亜人エルアフイ (新字旧仮名) / 犬養健(著)
右側の人家は戸が閉って、その戸のすきからかすかに燈の光が見え、小さな冷たい雨がその燈の光を受けて、微なしまっているのが浮んで来る。
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
が、彼女の夫は彼女のすきを見て、彼女を地面に投げだした。そして駆けだした。彼女はすぐに起き上がって、またも夫を追いかけていった。
猟奇の街 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
この卓上電話は見た所はどうもないが、僕は貴様が窓の所に行ったすきに、この受話器を掛ける所に、ちょっとした木片きぎれをかっておいたのだ。
計略二重戦:少年密偵 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
単于麾下きかの諸将とともにいつも単于に従っていた。すきがあったら単于の首でも、と李陵はねらっていたが、容易に機会が来ない。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「そんなことをいったって——」鼈四郎はひょんな表情をして片手で頭を抱えるだけてあったが、伯母の説得は間がなすきがなゆるまなかった。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
寸分すきのないお振る舞い、誠にお慕わしく存じまするがそもそもいかなるご身分のお方か、是非お伺い致したく、右門お願い申し上げまする
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
既に見よ、海浜に近づいて却って怯々として悲しく泳ぎ、恐れてもぐり、驚いて退しりぞきつつ、ひたすらに上陸するすきを窺うて容易に果せぬ成牝カウ
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
しかしひもじいのと寒いのにはどうしても我慢が出来ん。吾輩は再びおさんのすきを見て台所へあがった。すると間もなくまた投げ出された。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
だけど現に気違いでない僕には、到底あんなところにいられませんよ。だから今朝看護人のすきを見てげだして来たんです、ざまあみやがれだ
自殺 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
「気の毒だが正義のためだ!」と猛然一撃、たちまち、三人を殴り倒し、残る者のひるむすきに、さっさと走って峠を下った。
走れメロス (新字新仮名) / 太宰治(著)
もうこのグルデンフイツシユの窓のすきから黒い水のおもてに落ちてゐる明りの外には、町ぢゆうに火の光が見えなくなつてゐる。
彼方あちらから来ればこねくる奴が控えて居る。何でも六、七人手勢てぜいそろえて拈込ねじこんで、理屈を述べることは筆にも口にもすきはない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
そのすきを見て心を幕府に寄せる重臣らが幼主元千代を擁し、江戸に走り、幕軍に投じて事をあげようとするなどの風評がしきりに行なわれた。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「アッ失策しまッた、不意を討たれた。ヤどうもおそろ感心、手は二本きりかと思ッたらこれだもの、油断もすきもなりゃしない」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
それこそ五分のすきもないシックな気取り方で、顔もきりっとした、あれが苦味走ったとでもいうんでしょうよ、ちょっと現代風のいい男なの。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
さすがにすてが洞窟の前の明るい広場に立ったときは、その肉体はすきだらけで柔らかく、もみほぐされてほたついていた。
げるよりほかが無いから、あとの事なんか考へてゐる暇が無い。自分はちつとのすきを見てあとをも見ずにすたこら駈出した。
水郷 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
お糸は稽古のすきうかがってお豊に挨拶あいさつして、「じゃ、晩ほど。どうもお邪魔いたしました。」といいながらすたすた帰った。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)