しゃく)” の例文
まず海苔のりが出て、お君がちょっとしゃくをして立った跡で、ちびりちびり飲んでいると二、三品はそろって、そこへお貞が相手に出て来た。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
私は腕をのばして、長兄にも次兄にもおしゃくをした。私が兄たちに許されているのか、いないのか、もうそんな事は考えまいと思った。
故郷 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「先生、まだ心臓が静まりますまい。こういうときは一ぱいやるに限ります。この子にしゃくをさせて、あちらで又一ぱいやりましょう」
悪霊物語 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
女はビンを持って二度目のしゃくをした。それと同時に女の二つの足端あしさきが右の足首にからまるのを感じた。謙作はまぶしそうに眼を伏せた。
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
彼女はわざと抱えと一つの食卓に坐ることにしていたが、芸者たちの居ない時は、親爺のしゃくをしながら、一緒に食べることもあった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ある静かな雨降りの、おれん牧野まきのしゃくをしながら、彼の右の頬へ眼をやった。そこには青い剃痕そりあとの中に、大きな蚯蚓脹みみずばれが出来ていた。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
自分の家へ帰って、一と風呂浴びて来て、久しぶりで一本、女房のしゃくで始めたところへ、我慢のならぬガラッ八が顔を出しました。
「こいつ! 案外、話せん男だ、俺はちと買いかぶったかな。——じゃすすめない、しゃくをしてくれ。君はその唐茄子とうなすでも、食っておれ」
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こう言って、小平太はおしおにしゃくをさせては、ぐいぐいと飲み干した。そして、一本の銚子が空になると、また二本目までつけさせた。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
それから品川の料亭で、愛想の好いおしゃくに、「坊ちゃん。あそこをご覧なさい。お舟がきれいに明りをつけていごいていますね。」
しゃくをしろとも言わず、また一杯ついで静かに口のところへ持って行き、唇へ当てようとしたが、急に思い返したように猪口を下に置いて
それから近村の小作人、出入りの職人まで寄り集まって盛んな祝いであった。近親の婦人が総出で杯盤の世話をし、しゃくをする。
竜舌蘭 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「まアお熱燗あついところを」と、小万は押えて平田へしゃくをして、「平田さん、今晩は久しぶりで酔ッて見ようじゃありませんか」
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
境は、その女中にれない手つきの、それもうれしい……しゃくをしてもらいながら、熊に乗って、仙人せんにん御馳走ごちそうになるように、慇懃いんぎんに礼を言った。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼らはいずれも(たかがへぼ新聞記者が)といったような、お客を充分みくびった顔をしてよそよそしい世辞笑いをしながらおしゃくをしてまわった。
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
どうした訳か今しがたまで機嫌きげんかった女房が、しゃくをしようともしないで、両手をふところに入れてしまって、真正面からぐっと此方を視詰みつめている。
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
何事かといぶかりつつも行きて見れば、同志ら今や酒宴しゅえんなかばにて、しゃくせるひとのいとなまめかしうそうどき立ちたり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
というので安兵衞がしゃくをする、伊之助は痛む方の足を出し盃を口元まで持って参りますと、不思議な事には軒端のきばから一陣の風がドッと吹き入りますると
ところへ細君は小形の出雲焼いずもやき燗徳利かんどくりを持って来た。主人にむかって坐って、一つしゃくをしながら微笑えみうかべて
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
13 酒姫——酒のしゃくをする侍者じしゃ。それは普通は女でなくて紅顔の美少年で、よく同性愛の対象とされた。
ルバイヤート (新字新仮名) / オマル・ハイヤーム(著)
いま、三人で夕餉ゆうげを済ましたところである。喬之助と壁辰が、ぽうっと眼のふちを赤くしているのは、食前に、お妙のしゃくで、さしつされつしたものであろう。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
正木のお祖母さんに促されて、お芳はすぐおしゃくやお給仕きゅうじをはじめ、茶の間や台所にも何度かやって来た。
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
それも主人とみかわすのではなくて、一方がしゃくをしてやってその家来だけに一杯飲ませるので、狂言では普通は扇を使い、何だか烏帽子櫃えぼしびつふたのようなものを
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
吉左衛門も酒はいける口であり、それに勧め上手じょうずなお玉のおしゃくで、金兵衛とさしむかいに盃を重ねた。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
給士しゃく一人して立ち働き、一坐のざわめきに暫時悲しさを紛らしぬ、一坐の歓娯も彼が不運を予言するもののごとく何となく打ち湿り、互いに歌う鄙歌ひなうたもしばしば途切れ
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
冗談でしょう、あんた、と彦太郎は苦笑し、コップを阿部にさした。お流れ頂戴、とコップを押しいただき、女にしゃくをさせたが、三分の一も入らぬうちに、コップをあげた。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
つかねて降る驟雨しゅううしゃくする女がオヤ失礼と軽く出るに俊雄はただもじもじとはしも取らずお銚子ちょうしの代り目と出て行く後影を見澄まし洗濯はこの間と怪しげなる薄鼠色うすねずみいろくりのきんとんを
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
おつや あたしがおしゃくをしますから、あなたもお飲みなさいよ。ちょいと、黒いおじさん。
影:(一幕) (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
光代光代、と呼び立てられて心ならずも光代は前に出づれば、あの今日はな、と善平はきそい立ちて、奥村様はじめ大事のお客であるから、お前にもしゃくに出てもらわねばならぬ。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
ヤッ、これあドウモ奥様のおしゃくで……どうぞお構い遊ばしませんで……手酌で頂戴いたしやす。チイット世界が丸過ぎるようで。ヘヘヘ。オットット……こぼれますこぼれます。
人間腸詰 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
たのしみはうしろに柱前に酒左右に女ふところに金とか申しましてどうしてもねえさんのおしゃくでめしあがらないとうまくないという事で、私などの汁粉党には一向分りませんが
煩悶 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
酒席(というほどのものではないが)ではもっぱら人にしゃくをしたり、求められれば得意のばか踊りや、鉾田地方のうたをうたったりするので、飲み食いに金を出すことはなかった。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
言おう。私は全体理屈は嫌いだが、相手が、理屈屋だから仕方がねい。おッ母さんどうぞおしゃくを……私は今夜は話がつかねば喧嘩けんかしても帰らねいつもりだからまあゆっくり話すべい
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
と、闇太郎、振り袖小姓のしゃくを受けて、今度こそ、腰を落ちつけて飲み出すのだった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
晩餐ばんさんの時、ヘルンはいつも二三本の日本酒をさかずきかたむけながら、甚だ上機嫌に朗かだった。夫人や家族の者たちは、彼の左右にはべってしゃくをしながら、その日の日本新聞を読んできかせた。
然るに今年ことし抽斎が往って見ると、名は発会式と称しながら、趣は全く前日にことなっていて、京水時代の静粛はあとだにとどめなかった。芸者が来てしゃくをしている。森枳園が声色を使っている。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「それほどでもないがね。きょうはしゃくがよすぎたんで、少し過ぎたようだ。」
朴歯の下駄 (新字新仮名) / 小山清(著)
「まアいサ、酒でも飲みましょう」と大友はしゃくを促がして、黙って飲んでいると、隣室にる川村という富豪かねもち子息むすこが、酔った勢いで、散歩に出かけようと誘うので、大友はおしょうを連れ
恋を恋する人 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
母が仕慣れたしゃくの手つきなら見よう見真似で、わたくしにも出来たけれども、それをすることは何となく気恥かしく、わたくしはたゞ徳利を棒掴みに掴んで注ぎ口を池上の方に向けました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
始終うちを外の放蕩三昧ほうとうざんまい、あわれなかないを一人残して家事の事などはさら頓着とんじゃくしない、たまに帰宅すれば、言語もののいいざま箸のろしさてはしゃくの仕方がるいとか、琴を弾くのが気にくわぬとか
二面の箏 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
... 美味いと思わん。むしろ不味まずくって我慢する方だが腹が張った時飲むと胃を刺撃して再び食慾を起す。僕の酒は食うために飲むのだ」主人「何でも食う事ばかり。アハハお登和や、一つおしゃくを ...
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
こっちではけんを打ってる。よっ、はっ、と夢中むちゅうで両手を振るところは、ダーク一座の操人形あやつりにんぎょうよりよっぽど上手じょうずだ。向うのすみではおいおしゃくだ、と徳利を振ってみて、酒だ酒だと言い直している。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「さあ、村川君、君も一杯やりたまえ。さあ、おしゃくをしてあげてくれ!」
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
三味線しゃみせんをいれた小型のトランク提げて電車で指定の場所へ行くと、すぐ膳部ぜんぶの運びからかんの世話にかかる。三、四十人の客にヤトナ三人で一通りしゃくをして廻るだけでも大変なのに、あとがえらかった。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
「まあ私は……それよりもおしゃくしましょう」
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
「おしゃくしましょうか」
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
浅井は初めてそこへ落ち着いたお増に、酒のしゃくをさせながら笑った。もうセルの上に袷羽織でも引っけようという時節であった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「イヤしみじみと、時にゃア懺悔ざんげがしたくなるのさ。こうして、姉さんの、心ならずものおしゃくなんかしていただくと、なおさらのことだ」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
持って来た事があったけれども、あんなのは、一目瞭然いちもくりょうぜん、というのだ、文学のほうではね。どだい、あんな姿で、おしゃくするなんて、失敬だよ。
眉山 (新字新仮名) / 太宰治(著)
白雲からしゃくをしてもらって、恐縮しながら二杯三杯と飲んでしまう。その飲みっぷりが相当にものになっているから、白雲も面白いことに思い
大菩薩峠:28 Oceanの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)