躑躅つつじ)” の例文
途中に幾人いくたりもいたじゃありませんか。松の木のてっぺんにもいたし峠の躑躅つつじの繁みの中にもいました。みな鉄砲を持っていましたよ。
勿論、兇器きょうきは離さない。うわそらの足がおどつて、ともすれば局の袴につまずかうとするさまは、燃立もえた躑躅つつじの花のうちに、いたちが狂ふやうである。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
それから又座敷からかはやを隠した山茶花さざんくわがある。それの下かげの沈丁花ぢんちやうげがある。鉢をふせたやうな形に造つた霧島躑躅つつじの幾株かがある。
そのほかに梅と楓と躑躅つつじと、これらが寄り集まって夏の色を緑に染めているが、これは幾分の人工を加えたもので、かどを一歩出ると
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
と、武田勝頼は、父祖数代の古府——甲府の躑躅つつじさきからこの新府へ——年暮くれの二十四日というのに、引き移ってしまったのである。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
不規則な池を人工的にこしらえて、その周囲にわかい松だの躑躅つつじだのを普通の約束通り配置した景色は平凡というよりむしろ卑俗であった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私はいつものようにたのに「ええこんなに、そう、何千株と躑躅つつじの植っているおやしきのようなところです」と、私は両手をひろげて
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
それと言ふのも、六月に石楠花しやくなげが咲き、七月に躑躅つつじが咲くといふやうな深い山の中から採つて來るからである。漆の芽なども旨い。
日光 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
そして処々に一かたまりの五月さつき躑躅つつじが、真っ白、真っ赤な花をつけて、林を越して向うには、広々と群青ぐんじょう色の海の面がながめられます。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
最も美しいのは石榴ざくろである。門の内には驚く程美事な赤い躑躅つつじの生垣があった。我国の温室で見るのと全く同じ美しい植物である。
かくて、甲府城下の躑躅つつじさきの古屋敷でした時のように、一応刀を抜きはなして、それを頬に押当てて、びんの毛を切ってみました。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
けれども、幸いに、大きな天災地変もなく、五月に入ってからは急に暖かくなって、実験室の前の躑躅つつじが一時に咲き揃いました。
現場の写真 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
霧島躑躅つつじ 常——常談云つちやいけない。わたしなどはあんまり忙しいもんだから、今年だけはつい何時にもない薄紫に咲いてしまつた。
新緑の庭 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
はる子はさっきから自然木の腰かけから手をのばして、霜で赤く色づいている躑躅つつじの堅い葉をむしっていたが、やがて居ずまいを直して
道づれ (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
釣り上つて昼飯に薪を拾つて河原で飯盒はんごうに味噌汁を煮るのがうれしい。山吹の黄と山躑躅つつじの朱。味噌汁の中には山の幸たらの芽。
釣十二ヶ月 (新字旧仮名) / 正木不如丘(著)
「嘉助がよく御厄介に成ったもんですから、帰って来てはその話サ——柿だの、すももだの、それから好い躑躅つつじだのが植えてあるぞなしッて」
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その堀の向うが西部二部隊であったが、仄暗ほのぐらい緑の堤にいま躑躅つつじの花が血のように咲乱れているのが、ふと正三の眼に留った。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
椿つばき、どうだん、躑躅つつじなどの丈の低い木はそれほどにも思いませんが、白梅の古木やかえでなどは、根が痛まず、さわりのないようにと祈られます。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
雲を吐く老杉の梢では四十雀しじゅうからしきりに囀り、清い谷川の水が其そばをゆたかに流れ、朱色の躑躅つつじの花が燃え上る炎のように木の下闇を照していた。
秩父のおもいで (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
鹿角かづの郡などの最も草深い田舎をあるくと、はなやかな笑い声よりもさきに目に入るのは、働く女たちの躑躅つつじ色、牡丹ぼたん色などのかぶり物である。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
花物では二十年頃から山茶花さざんか、三十年頃には久留米躑躅つつじ、花を見る柘榴ざくろ、ことにさき分けの錦袍榴きんぽうりゅうは珍品とあって特別扱い
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
白い岩のうえに、目のさめるような躑躅つつじが、古風の屏風びょうぶの絵にでもある様なあざやかさで、咲いていたりした。水がその巌間いわまから流れおちていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
躑躅つつじヶ崎の信玄の館が、真北にあたって聳えていた。その方角から一瞬間、消魂けたたましい物音の聞こえたのは、癩人が寄せて行ったからであろう。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
林は奥へ往くにしたがって、躑躅つつじと皐月が多くなった。しゅべにしろといちめんに咲き乱れた花は美しかった。憲一はその花の間をうて往った。
藤の瓔珞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
この躑躅つつじの盛りを見る所は六甲山の高原であると云ふのであつて、躑躅は白などではなく臙脂と樺色であつたのであらう。
註釈与謝野寛全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
峰頂みねを踏んで、躑躅つつじや山吹、茨などの灌木の間を縫うて行くことは、疲労を忘れしめるほどの愉快を感ずるものである。
茸をたずねる (新字新仮名) / 飯田蛇笏(著)
五月に入つて、山の手の町に躑躅つつじが赤く燃えた頃、四ツ谷の與吉——八五郎と馬の合ふ若い岡つ引が八五郎を引つ立てるやうにしてやつて來ました。
それがだんだん近づいて来て、其処に落してやつた煙草の吹殻すいがらを食ふてまたあちらの躑躅つつじの後ろの方へ隠れてしまふ。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
小さな躑躅つつじ金盞花きんせんかなどの鉢植はちうえが少しずつ増えた狭い庭で、花を見降している高次郎氏の傍には、いつもささやくようなみと子夫人の姿が添って見られた。
睡蓮 (新字新仮名) / 横光利一(著)
大正三年一月十六日 大阪瓦斯倶楽部ガスクラブの俳句大会に列席。会者八、九十名。青々、墨水、一転、躑躅つつじ、巨口、月村、露石、素石、月斗げっと、鬼史、王城等。
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
下町したまちの姉さんたちは躑躅つつじの花の咲く村と説明されて、初めてああそうですかと合点がてんする位でしたが、今ではすっかり場末の新開町しんかいまちになってしまいました。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
フレップもトリップも躑躅つつじによく似た葉の細い小さい灌木である。舟が着いて上ると私たちは皆二時間ほどをその灌木林で悠遊した。いい日和であった。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
庭石の根締めになっていたやしおの躑躅つつじが石を運び去られたあとの穴の側に半面、あおぐろく枯れて火のあおりのあとを残しながら、半面に白い花をつけている。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
途で四谷見附の躑躅つつじを見た。桃散り桜散り、久しく花の色に餓えたりし僕は、ただもう恍惚として酔えるがごときうちに、馬車は遠慮なくガタガタと馳せて行った。
獄中消息 (新字新仮名) / 大杉栄(著)
とっくにもう花を失っている躑躅つつじしげみの向うの、別館べっかんの窓ぎわに、一輪の向日葵ひまわりが咲きでもしたかのように、何んだか思いがけないようなものが、まぶしいほど
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
光琳の躑躅つつじなどは、セザンヌ、モネー、ゴーギャン、誰の画よりも、すぐれていると思われました。
トカトントン (新字新仮名) / 太宰治(著)
躑躅つつじに囲まれた池があり、そこでは鯉が(産卵期なのだろう)しきりにばちゃばちゃと騒いでいた。
日日平安 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
早く、躑躅つつじの照る時分になってくれぬかなあ。一年中で、この庭の一番よい時が、待ちどおしいぞ。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
「あやかし」という名前はこの鼓の胴が世の常の桜や躑躅つつじちがって「あやになった木目を持つ赤樫あかがし
あやかしの鼓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
左に躑躅つつじの植ゑてある所を通り過ぎると、平地になる。手入れの悪い芝生の所々に、葵やなんぞが咲いてゐる。小学生徒らしい子供が寝転んだり、駆け廻つたりしてゐる。
田楽豆腐 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
躑躅つつじと同科のアセミまたアセボを『万葉集』に馬酔木あせみと書き、馬その葉を食えば酔死すという。
「本当にま、きれいな躑躅つつじでございますこと! 旦那様、どちらでお採り遊ばしました?」
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
椿、躑躅つつじ、ぼけ、こんなもんなら、一株二十銭も出せば、臍までぐらゐのやつがあるよ。
長閑なる反目 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
田舎田舎した好みの、並べた石にきどりをみせた植込に躑躅つつじのあざやかに咲いたのをみながら門を出て、足の向くなりに、昨日俥でとおったみちを、逆に停車場のほうへあるいた。
春深く (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
「あなたのおへやは、まだ私どもの家にそのままになっています。」と彼女は言い進んだ。「この頃はまあどんなに庭がきれいになったでしょう! 躑躅つつじが大変みごとになりました。 ...
躑躅つつじなぞはみんな紫なの、百合もそんな色をしているの、それから岩照いわてらしや、雪の下などという花があったり、ずいぶん珍らし花があるんですて、町の方ですっかり桜が散ったころに
不思議な国の話 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
松、杉、ひのきかし、檞、柳、けやき、桜、桃、梨、だいだいにれ躑躅つつじ蜜柑みかんというようなものは皆同一種類で、米、麦、豆、あわひえきび蕎麦そば玉蜀黍とうもろこしというような物もまた同じ種類であります。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
去年はこの翡翠ひすいの色をした薔薇の虫と同種と思われるものが躑躅つつじにまでも蔓延した。もっともつつじのは色が少し黒ずんでいて、つつじの葉によく似た色をしているのが不思議であった。
蜂が団子をこしらえる話 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
勝沼かつぬままちとても東京こゝにての塲末ばすゑぞかし、甲府かうふ流石さすが大厦高樓たいかかうろう躑躅つつじさき城跡しろあとなどところのありとはへど、汽車きしや便たよりよきころにならばらず、ことさら馬車腕車ばしやくるまに一晝夜ちうやをゆられて
ゆく雲 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
さすがに差切新道よりは広い景、水の色も彼よりすぐれておる。ぬしすむという淵の上、必ずかぶものをとるという船頭もおらず、時ならねば躑躅つつじ船もない、水は青く、しずかに流れていた。
雪の武石峠 (新字新仮名) / 別所梅之助(著)