見惚みと)” の例文
僕が畜生とまでぎつけた女にそんな優しみがあるのかと、上手下手じょうずへたを見分ける余裕もなく、僕はただぼんやり見惚みとれているうちに
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
そうだ、あのとき私は、銀玉に見惚みとれていた。横に細いみぞのある銀玉だった。ああ、そうすると……あの銀玉に薬が入っていたのだ。
ゴールデン・バット事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
上州屋の帳場でも器量のいお若さんが伊之助を尋ねて参ったんですから、すこし岡焼の気味でな、番州はじめ見惚みとれておりまする。
「いゝえ、伯父をぢちやん、僕がお辞儀するのは、自動車に乗つてる人ばかしだよ。」と子供は相手の大きな図体に見惚みとれながら言つた。
「月にばかり見惚みとれていないで、少し急ごうじゃないか。公用で少し遅刻したが、吾々は、今夜の世話人の中にはいっているんだ」
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私はまばゆい程華やかな店先にたたずんでトント夢中に見惚みとれて居たものと見え、店の主人が近よつて声をかけました時ビツクラしました。
黄金機会 (新字旧仮名) / 若松賤子(著)
親子兄妹が同じ町内に住んでいながら、顔を合せば畳の上へ額をりつけて礼をするのも、奇怪以上に美しく梶は見惚みとれるのであった。
厨房日記 (新字新仮名) / 横光利一(著)
あっしは暴れるのをやめてボンヤリと見惚みとれてしまいましたよ。向うの部屋の状態ようすがアンマリ非道ひどいんで、呆れ返ってしまったんです。
人間腸詰 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
苦しいながらも思わず荘厳雄大なる絶景に見惚みとれて居りますと「久しくここにとどまって居ると死んでしまいますから早くくだりましょう」
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
その時はお角が、ちゃんと、おばさん気取りで附いて行くものだから、お客はうっかり手出しもできないで、うっとりと見惚みとれて
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
窓際の籐椅子とういすに腰かけて、正面にそびえる六百山ろっぴゃくざん霞沢山かすみざわやまとが曇天の夕空の光に照らされて映し出した色彩の盛観に見惚みとれていた。
雨の上高地 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
みちは続けざまに、「まあ、まあ」と云いながら、身を捻ったり、裾をひろげたり、酔ったような顔でいつまでも見惚みとれていた。
山椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それを見惚みとれて、砂塵の風のなかで立つて居る子供の彼自身が、彼の頭にはつきりと浮んで来た。それが思ひ出の緒口いとぐちになつた。
「私は虹に見惚みとれておりましたのです、院長さま。こんな大きな美しい虹は私は生れてからまだいちども見たことがありませんでしたので」
葡萄蔓の束 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
中にも青木女監取締りの如きは妾の倦労けんろうを気遣いて毎度菓子を紙に包みて持ち来り、妾のひとり読書にふけるをいとうらやましげに見惚みとれ居たりき。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
睫毛に覆われた眼は切れが長いらしく、開いたらどんなに美しかろう、本庄は思わず低い歎声をもらして見惚みとれてしまった。
黒猫十三 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
甚だ病弱だった私は裏に住む漢方医者に腹をでてもらいながらも、その滝に見惚みとれた。その医者が、ちょっと竹にすずめぐらいの絵心はあった。
この多い若者のうちに自分の友が交つて居はせぬかとも思はぬではなかつたが、さりとて別段それを気にも留めずに、たゞ余念なく見惚みとれて居た。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
怪しい者は小さくなって、いわやの奥へ逃げ込んでしまった。お葉は茫然ぼんやりと立っていた。重太郎も黙ってその顔やかたち見惚みとれていた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
きりかすれて、ひた/\とまとひつく、しもかとおもつめたさに、いたが、かれ硝子がらすおもてをひたとけたまゝ、身動みうごきもしないで見惚みとれた。
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「こんなところに、こんな難所があるとはおもわなかった」将校も、操縦の下士も、あまりの物凄さに、しば見惚みとれた。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
そればかりでなく、今のさき彼女が公園で遊びに見惚みとれた、あの無邪気な子供等までも憎らしく思われるのであった。
小さきもの (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
するとスタールツェフはすっかり見惚みとれてしまって、有頂天のあまり一言も口がきけず、ただもう眼をみはったままにやにやしているばかりだった。
イオーヌィチ (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
つい見惚みとれて一緒にはまつた——その生命いのちの瀬戸際に飄然と現はれて救ひ上げて呉れた眞黒な坊さんが不思議にも幼兒にある忘れがたい印象を殘した。
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
愛らしく結んだ唇なぞを眺めているうちに……クッキリと盛り上がった胸や柔らかな腰の線に見惚みとれて思わず手紙を書く手をやすめてしまいました。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
私は雨の中を歩きながらじっとその人の姿に見惚みとれていた。同時にこれは芸者だろうという推察が、ほとんど事実のように、私の心に働らきかけた。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「ほう。何と云ふいゝ色あひだ。肌の味だ。」男は女の言葉も耳に這入らぬらしくかう云つて、そのこんたすに見惚みとれながら何遍もそれを撫でてゐた。
大次、いつの間にか腕を磨いて、おそろしい使い手になったものだ——と、われを忘れて見惚みとれていた文珠屋は、そのとき、わっと人声に気がつくと!
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
彼は川っぷちの平べったい石に見惚みとれていたのだ。日向に白く輝いて、上にはとぐろを巻いた青大将が温っていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
しばらくのあいだわたくしまったくすべてを打忘うちわすれて、砂丘すなやまうえつくして、つくづくと見惚みとれてしまったのでございました。
「いや、何時いつ逢っても美しいきんさんだと見惚みとれていたのさ……」「そう、私も、そうなの。田部さんは立派になったと思って……」「逆説だね」田部は
晩菊 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
倉子の美くしきは生れ附の容貌に在りとは云え衣類の為に一入ひとしお引立たる者にして色も其黒きに反映して益々白し余は全く感心ししば見惚みとるゝのみなりしが
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
両国橋の上や、本所浅草の河岸通りの人々は、孰れも首を伸ばして、此の大陽気に見惚みとれぬ者はありません。
幇間 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
東側の露台の上で気球係の男が軽気球バルーンの修繕をしている景色に見惚みとれていた私に向って、静かに声を掛けた。
デパートの絞刑吏 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
そして、ほかのそれらの男性や女性と同じように、京子の美貌ばかりに見惚みとれて居て、京子のこころにまで入って行かなかったのも、加奈子は皆と同様だった。
春:――二つの連作―― (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
彼女はびんを少し引っ詰め加減の島田に結い、小浜の黒の出の着つけで、湯島の家で見た時の、世帯しょたいくすぶった彼女とはまるで別の女に見え、常子も見惚みとれていた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
工場にも行つて見た。活字を選り分ける女工の手の敏捷すばしこさを、解版台の傍に立つて見惚みとれて居ると、「貴方は気が多い方ですな。」と職長の筒井に背を叩かれた。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
妻は吸い取られるように暖かそうな火の色に見惚みとれていた。二人は妙にわくわくした心持ちになった。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ちりをだにゆるさず澄みに澄みたる添景のうちに立てる彼の容華かほばせは清くあざやか見勝みまさりて、玉壺ぎよくこに白き花をしたらん風情ふぜいあり。静緒は女ながらも見惚みとれて、不束ふつつか眺入ながめいりつ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
彼は手を附けたらば、手の汗でその快よい光りが曇り、すぐにも錆が附きやしないかと恐るるかのように、そうっと注意深く鑵を引出して、見惚みとれたように眺め廻した。
子をつれて (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
二人は、小さな猪口ちょくを、さしつおさえつ、さも楽しげに献酬けんしゅうしながら、演技に見惚みとれるのだった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
と言ひながら、彼女の顔に見惚みとれるやうな視線を据ゑながら、パチパチと大きなまたゝきをした。
髪の毛と花びら (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
それは何も秋山図に、見惚みとれていたばかりではありません。翁には主人が徹頭徹尾てっとうてつび鑑識かんしきうといのを隠したさに、胡乱うろんの言を並べるとしか、受け取れなかったからなのです。
秋山図 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
しかも、その人の眼つきはその言葉よりも更に雄弁に、どうしておまえはそんな気違いじみた眼つきをしてその鏡に見惚みとれているかと、わたしに問いかけているのであった。
「昼間みたい!」細君は海や森や村の家々が凝つと月光を浴びてゐる風景に見惚みとれてゐた。
鶴がゐた家 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
確に正氣で確に眼を覺まして、其の螢を眺めてゐた。餘り美しくて、餘り澤山ゐるので、頓とつかまへて見やうといふ氣も起らない。自分はうツとりとして、螢に見惚みとれてゐると
水郷 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
若殿は恍惚うっとりとして、見惚みとれて、ござの上に敷いてある座蒲団ざぶとんに、坐る事さえ忘れていた。
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
よく見惚みとれるんですな、全くの話! おや、ロジオン・ロマーヌイチ、なんだってあなたはそう青くなってしまったんです、息苦しいんじゃないんですか、窓でもあけましょうか?
しかかれつてるのは幾屈曲いくくつきよくをなして當時たうじである。かれ何時いつにか極端きよくたん人工的じんこうてき整理せいりほどこされた耕地かうち驚愕おどろきみはつた。かれ溝渠こうきよ井然せいぜんとしてるのに見惚みとれてしまつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
後ろにつつましく控えたのは、二十二三の内儀、白粉おしろいも紅も抜きにして少し世帯崩しょたいくずれのした、——若くて派手ではありませんが、さすがの平次もしばらく見惚みとれたほどの美しい女でした。