花瓶かびん)” の例文
適当な花瓶かびんがなかったからしばらく金盥かなだらいへ入れておいた。室咲きであるせいか、あのひばりの声を思わせるような強い香がなかった。
病室の花 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
室は綺麗きれいに掃除されたり。床の間の掛物、花瓶かびん挿花さしばな、置物の工合なんど高雅に見えて一入ひとしおの趣きあるは書生上りの中川がたしなみあらず。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
毛糸なぞも編むことが上手で、青と白とで造った円形の花瓶かびん敷を敷いて、好い香のする薔薇ばらでその食卓の上を飾って見せたものだ。
刺繍 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そのはずみに部屋の隅に置いてあった花瓶かびんを置く為の高い台を倒し、台の上の品物が、開けはなしてあった窓から飛び出したのである。
夢遊病者の死 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
餅菓子と煎餅とが菊の花瓶かびんの間に並べられる。小使は大きな薬罐やかんに茶を入れて持って来て、めいめいに配った茶碗についで回った。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
卓上にらんの花をけた花瓶かびんが置いてあり、「お帰りになったらお知らせ下さい、御一緒にお茶を戴くつもりでお待ちしております」
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
十数畳の大広間片側に金屏風をめぐらし、十四、五の少女一枝の牡丹をり来りてこれを花瓶かびんはさまんとすればしきりにその名を呼ぶ者あり
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
「そりゃ誰かに聞いたんでしょう、うそをつく事はなかなか名人ですからね」「どうもそうのようで」と花瓶かびんの水仙を眺める。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それはグルゥバッハ夫人の住居で、おそらくこの家具や敷物や花瓶かびんや写真やでいっぱいの部屋は、今日はいつもよりいくらかゆとりがあった。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
なまじっか、花のない花瓶かびんが置いてあるのが、かえってわびしい。赤や緑のあさましい色ガラスをはめこんだ窓から、下のぞめきが聞えてくる。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
毛糸のショールの残り糸から、あみかけのレースの花瓶かびんしきまで、こまごまと一つのふろしきにまとめて入っていたりする。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
饗庭あいば様へこの花瓶かびんをお届けせにゃならぬ。口やかましいお方だ。またぽんぽんいいおるだろう。お前、すまんがな、どうせ少しのまわり道だ。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
朝、いつものように出勤して、楽屋へ入って来た爺さんは、脚の欠けた喫煙卓子の上に、赤い花をした一輪差の花瓶かびんをみつけてまず驚かされた。
溜息の部屋 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
またいらいらするような暑い夏の日に、昼のお茶に行って見れば、床の間の薄暗い涼しい所にかかっている花瓶かびんには、一輪の百合ゆりを見るであろう。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
手のもげかかった仏像、傷ものの陶磁器、エキゾチックな水甕みずがめ花瓶かびん、刀剣やつば更紗さらさの珍らしいきれなども集めていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
花が枯れて水が腐ってしまっている花瓶かびんが不愉快でたまらなくなっていても始末するのが億劫で手の出ないときがある。
泥濘 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
今日もカスタニアンと云う黄いろい薔薇ばらがざくりと床の間の花瓶かびんに差されている。銀杏いちょうの葉、すこしこぼれてなつかしき、薔薇の園生そのうの霜じめりかな。
晩菊 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
お昼ごろ、つれの人と頂きました花瓶かびんなんですがね、可なり大きさのあるこわれものですから、お店で、すぐ荷造りを
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
中央に地蔵尊を彫り、かたわらに一人の僧が敬礼をしており、下の方に、花瓶かびんれんしてある模様が彫りつけてある。
薔薇ばらなどがきれいな花瓶かびんにさしてありまして、そのせいですか、どうですか、軽い柔らかな、いいかおりが、おりおり暖かい空気に漂うて顔をなでるのです。
あの時分 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
時はちょうど五月の初めで、おきよさんという十五、六の娘が、菖蒲しょうぶ花瓶かびんしていたのを記憶している。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
金属製の花瓶かびんが六百ドル(後で聞いた所によると、これ等はみな外国へ売るためにつくったものである)。
「コーヒー茶碗ちゃわんとか、花瓶かびんとか、灰皿とか、スタンドとか、そういったものを、あれっとか、あらっとかいいながら、じゃんじゃん下にとして壊してください」
什器破壊業事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それらの連中の考えはただ一つしかなくて、花を見れば花瓶かびんにさしたくなり——小鳥を見ればかごに入れたくなり——自由な人間を見れば奴僕になしたくなるのである。
僕のテーブルの上の花瓶かびんけられている白百合しらゆりの花。僕のまわりの世界は剥ぎとられてはいない。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
同じ花瓶かびんに目をつけて、手紙を読みかけているところへ、自分が帰ってきたものと判断すれば、一応前後のつじつまが合うように考えられるが、その虚無僧ふたりが
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とこした秋海棠しゅうかいどうが、伊満里いまり花瓶かびんかげうつした姿すがたもなまめかしく、行燈あんどんほのおこうのように立昇たちのぼって、部屋へや中程なかほどてた鏡台きょうだいに、鬘下地かつらしたじ人影ひとかげがおぼろであった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
しかし父のめききでは何でもたいした値打ちのものだといわれる古びた花瓶かびんが置かれてあった。
『では花瓶かびんけるめにえだられても、あなたがたはそうまずくはおもわないでしょう?』
春の女王にょおうの好意で、仏前へ花が供せられるのであったが、それはことに美しい子が選ばれた童女八人に、ちょうと鳥を形どった服装をさせ、鳥は銀の花瓶かびんに桜のさしたのを持たせ
源氏物語:24 胡蝶 (新字新仮名) / 紫式部(著)
娘さんは顔を赤くして、ためらいながらも枕元に寄って来て、菊の花をみんな花瓶かびんから抜いて、挿し直しに取りかかった。いいひとに直してもらえて、僕はとてもうれしかった。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
なんでもある霧の深い晩、僕は冬薔薇ふゆそうびを盛った花瓶かびんを中にゲエルの話を聞いていました。
河童 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そして、両側の柱には四幅しふくの絵をけて、その中間になった所にも何かの神の像をえがいた物を掛けてあった。神像の下には香几こうづくえがあって、それには古銅の香炉こうろ花瓶かびんを乗せてあった。
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
平たい敷石しきいしをしいた屋根の上に——そこの欄干らんかん瀬戸物せとものでできているように見えます——白い大きな風鈴草ふうりんそうをさした、きれいな花瓶かびんが置いてありましたが、そのそばに美しいペーが
コスモスの花瓶かびんにホンのすこしアスピリンをいれました。ぐったりしたから。
二三分立つと、二人は這入はいって戸口の戸を締めた。窓の戸は開けてある。寝台ねだいそばに据えてある小卓こづくえの上には、常の花瓶かびんに赤い薔薇ばらの花がけてある。そのにおいが部屋に満ちている。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
ピアノの上の花瓶かびんに、真紅の小薔薇ばらが一束挿してあった。時折この薔薇が真黒な薔薇に見えると京子は怖えた様子で話した。あの頃から、京子の心身には、今日の病源が潜んでいたものらしい。
春:――二つの連作―― (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
いくつかの花瓶かびんにそれを活けていたが、私の意を伝えると、きのう主人夫婦も横浜から来たばかりで、何でも、もうクリスマスには大ぜいな客があるように申しておりましたけれども、……まあ
雉子日記 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
私のただ今ペンをとっている書斎には、机があり、座ぶとんがあり、インキつぼがあり、花瓶かびんなどがあります。いずれもこれはみな一です。しかし、机が一で、花瓶が一でないとはいえないのです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
男はいきりたってきて、ぱっととびつこうとしますと、それがちょうど、小さなテーブルの下で、つまずいて転び、テーブルはひっくりかえり、上にのってた花瓶かびんが、大きな音をたててこわれました。
金の目銀の目 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
かめびん花瓶かびん、管、煉瓦れんが
花瓶かびんの中の水は凍りつめているのに、買ってした南天の実は赤々と垂下って葉も青く水気を失わず、活々いきいきと変るところが無い。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
みぞれた井戸車の上に、何とも知れぬ花瓶かびんが載っていて、その中から黄色い尺八の歌口うたぐちがこのの邪魔をしている。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
濤川惣助なみかわそうすけ氏の無線七宝むせんしっぽう花瓶かびんと、あなたの作の矮鶏とを出品中のおもなるものとして陳列することに決議しましたから、どうかお作を出すことにして下さい。
「君、そのうしろの花瓶かびんの花を抜いて、花瓶丈けをね、この窓から外の塀を目がけて力一杯投げてくれないか」
何者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
新吉は外方そっぽうを向いて、壁にかかった東郷大将の石版摺せきばんずりの硝子張ガラスばりの額など見ていた。床の鏡餅に、大きな串柿くしがきが載せてあって、花瓶かびんに梅がしてあった。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ヴェランダの上にのせた花瓶かびん代用の小甕こがめに「ぎぼし」の花を生けておいた。そのそばで新聞を読んでいると大きなあぶが一匹飛んで来てこの花の中へもぐり込む。
沓掛より (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
かの国では、花梗かこうのみ、いわば胴のない頭だけが乱雑に花瓶かびんにさしこんであるのをよく見受ける。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
内庭の向うを覗くと、なるほど、斑竹はんちくのすだれ越しに、花瓶かびんの花、四ふく山水さんすい掛軸かけじく香卓こうたく椅子いすなどがいてみえる。——燕青えんせい禿かむろの女の子の手へ、そっとおかねを握らせた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
元日の朝、とこ花瓶かびんにかれはめずらしく花をけた。早咲きの椿つばきはわずかに赤く花を見せたばかりで、厚いこい緑の葉は、黄いろい寒菊かんぎくの小さいのとおもむきに富んだ対照をなした。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)