砥石といし)” の例文
一枚二枚の判金を、若い奉公人が扱ひます時は、萬一の間違ひの無いやうに、砥石といしの上へ叩いて見るのが店の仕來りになつて居ります。
銭形平次捕物控:274 贋金 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
この十九日にゃあ一日仕事を休むんだが、休むについてよ、こう水をあらためて、砥石といしを洗って、ここで一挺念入ねんいりというのがあるのさ
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
截り取りたる石屑いしくづ及び砥石といしに用ゐしとおもはるる石器等を比較ひかくすれば、正しくコロボックルが磨製石斧をつくりたる順序じゆんじよを知るを得るなり。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
町の中ほどに大きな荒物屋があってざるだの砂糖だの砥石といしだの金天狗きんてんぐやカメレオン印の煙草たばこだのそれから硝子ガラスはえとりまでならべていたのだ。
なめとこ山の熊 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
かすかに聞えた歌の音は窖中こうちゅうにいる一人の声に相違ない。歌のぬしは腕を高くまくって、大きなおの轆轤ろくろ砥石といしにかけて一生懸命にいでいる。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そうしてこの部屋の出入り口に近い、片寄ったところには大蔵おほくらやつ右衛門うえもんが、大鉞おおまさかり砥石といしへかけて、ゴシゴシといでいた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あの本居宣長が儒仏や老荘の道までもその荒い砥石といしとして、あれほど日本的なものをみがきあげたのを見ても、思い半ばに過ぐるものがあろう。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
線香花火の火花は、回転砥石といしから出る鉄の火花に通ずるが、この鉄の火花が冷めたものは、直径十分の一ミリ程度のきわめて小さい鉄の球である。
比較科学論 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
剃刀かみそりをとぐ砥石といし平坦へいたんにするために合わせ砥石を載せてこすり合わせて後に引きはがすときれいな樹枝状のしまが現われる。
物理学圏外の物理的現象 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
をぢさんと二人で、仕事場のすみ砥石といしでかんなの刃を研いでゐました。よく見るとけふは、ちやんと仕事着をきて、黒い前垂まへだれをかけてゐます。
かぶと虫 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
「鯵のつまだって」源六は砥石といしから眼をあげずに云った、「……つまなんか有合せで結構だぜ、あんまり気取られるとぜんが高くなっていかねえ」
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
家の前庭はひろく砥石といしのように美しい。ダリヤや薔薇ばらが縁を飾っていて、舞台のように街道から築きあげられている。
温泉 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
鋏は我国で羊の毛を切る鋏に似ている。剃刀は鋼鉄の細長くて薄い一片で、支那の剃刀とはまるで違う。剃刀をとぐ砥石といしは、箱の下の方に見えている。
井戸端ゐどばたをけにはいもすこしばかりみづひたしてあつて、そのみづにはこほりがガラスいたぐらゐぢてる。おつぎはなべをいつもみがいて砥石といし破片かけこほりたゝいてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
板戸の隣で、砥石といしへ物を当てている力がひびいて来るのである。何をいでいるのか? ——それは問題でない。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ところが、ここにすこぶる機転のきく男がいて、あらかじめ細長い砥石といしを用意して行って女と同衾どうきんし、あわやという瞬間に、自分のものをそれとすりかえた。
えぞおばけ列伝 (新字新仮名) / 作者不詳(著)
中味は生のままだね。まだ……だから巴里の砥石といしにかけるんだ。い/\しい上品な娘に充分なりそうだよ。
巴里祭 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
庖丁ほうちょう砥石といしでしかとげないと思っていた茂緒に、茶碗のいとじりで庖丁がとげることを教えてくれたのも扶佐子だった。即席の漬物つけもののつけかたも彼女に教わった。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
「うまく説明出来ないけれど……わかる? 自分を砥石といしにかけてみたいの。だから、わたしロシア語なんか知らなくたっていいわ。そこで生きてみるんだもの……」
二つの庭 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
それから、木の角箱つのばこに入れて腹の下にさげている砥石といしで刃を立てる。今度はひげでもれるようになる。
私が裏の池のほとりにつくばつて草刈鎌を砥石といしいでゐるところへ、父はその葉書を持つて来て
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
佩刀サアベルをシッカリと握ったまま、その井戸端の混凝土タタキの向側に置いてある一個の砥石といしに眼を付けた。
巡査辞職 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
近くは西の方木曾山脈の山々の、雪や氷の砥石といしに、風の歯はがれて、鋭くなり、冷たさがいや増して、霧を追いまくり、かつ追いかけて、我らの頬に噛みつくのである
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
「外へでて、あたしの牧場まきばってね、刈りとった草をほしておくれ」と言って、銀のものでは、(立っていて使う)大きな草刈鎌くさかりがまを、黄金きんのものでは砥石といしを一つわたして
そこの石畳は一つ一つが踏みへらされて古い砥石といしのように彎曲わんきょくしていた。時計のすぐ下には東北御巡遊の節、岩倉具視いわくらともみが書いたという木の額が古ぼけたままかかっているのだ。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
仰ぐと眼の前に聳えた高い山の頂の赤く禿げたあたりに暮れかかった日影が映っていたがだんだんその光りも衰えて来た、小屋に立去った褐色の悪者は、大きな砥石といしを持ち出した。
捕われ人 (新字新仮名) / 小川未明(著)
孝助は玄関に参り、欄間らんまかゝってある槍をはずし、手に取ってさやはずしてあらためるに、真赤まっかびて居りましたゆえ、庭へり、砥石といし持来もちきたり、槍の身をゴシ/\ぎはじめていると
唄にあわせて砥石といしにかけているものらしく、拍子をとって、声に力がはいっている。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
婦人の通行する際、もし砥石といしをまたぎて過ぐるときは、その石破壊すべしとなす。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
すると斜酣は蛇の首を靴のかかとで踏み砕いておいて、直ぐ蛇の皮を剥いでしまった。砥石といしの粉色の斑点を全身に艶々と飾っていた山かがしは、俄に桃色の半透明な肉の棒と化してしまったのである。
採峰徘菌愚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
ああ思いついたりと小行李こごうりとく/\小刀こがたな取出し小さき砥石といし鋒尖きっさき鋭くぎ上げ、やがくしむねに何やら一日掛りに彫りつけ、紙に包んでお辰きたらばどの様な顔するかと待ちかけしは、恋は知らずの粋様すいさま
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
砥石といし庖丁ほうちょうに刃をつける時に使え。使用後の手入れをちょっとなまけると、すぐに庖丁はさびのきものをきてしまう。たまねぎも、きものを脱がして食べるのだから、庖丁も、きものを着たまま使うな。
味覚馬鹿 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
その大門から砥石といしのような広い段垂だんだらの道を登り形に行くこと二丁余り、その道の左側には兵営もありまた小さな練兵場もありまた右には競馬場があります。登り詰めた道の正面に内殿の接客室がある。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
それから石皿いしざらといふものや、砥石といしのようなものもあります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
老母はびた庖丁ほうちょう砥石といしにかけて、ごしごしやっていた。
挿話 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
高みゆく砥石といしの響——鈍刀なまくらえゆくすべり——
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
砥石といしはそこにある」
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
「御同様⁉」と五助は日脚を見て仕事にかかる気、寮の美人の剃刀を研ぐ気であろう。おけの中で砥石といしを洗いながら、慌てたようにいい返した。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もしあの本居宣長のような人がこの明治の御代みよを歩まれるとしたら、かつてシナインドの思想をその砥石といしとせられたように
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「それにあの刃物は、心得のある人間の使う道具じゃない。柄に籐を巻いた、恐ろしい荒い刃で、おまけに菜切庖丁の砥石といしでゴシゴシやっている」
それは事実だが、彼女の顔はいつものとおり砥石といしのように平静で、感情を動かされたようなけはいはまったくなかった。
季節のない街 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
五十年前に父が買った舶来のペンナイフは、今でも砥石といしをあてないでよく切れるのに、私がこのあいだ買った本邦製のはもう刃がつぶれてしまった。
断水の日 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そこで砥石といしに水がられすっすとはらわれ、秋の香魚あゆはらにあるような青いもんがもう刃物はものはがねにあらわれました。
チュウリップの幻術 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
あだと呼び合う者とはいえ、絶えたる者はなつかしい。まして、互いに砥石といしとなってみがき合っている仇である。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私の父は潔癖家で、毎朝、自分の使う莨盆たばこぼんの灰吹を私に掃除させるのに、灰吹の筒の口に素地きじの目が新しく肌を現すまで砥石といしの裏に何度も水を流してはらせた。
東海道五十三次 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
掘立小屋ほつたてごや出來できてから勘次かんじはそれでも近所きんじよなべかま日用品にちようひんすこしはもらつたりりたりして使つかつた。おつぎはあひだしんけた鍋釜なべかま砥石といしでこすつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
鉄工場などで、廻転砥石といしで刃物をとぐ時、赤い火花が散ることは、誰でも見ている。
黒い月の世界 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
「つまりその砥石といしの上で刃物の撞着どうづいて、抜けないようにしたと云うのですな」
巡査辞職 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そこでありあわせの砥石といしを真赤に焼いて、手のひらにのせてやると
えぞおばけ列伝 (新字新仮名) / 作者不詳(著)
ちょうど、小さい太郎のあごのところまである格子こうしに、くびだけのせて、仕事場の中をのぞくと、安雄さんはおりました。おじさんとふたりで、仕事場のすみの砥石といしでかんなのをといでいました。
小さい太郎の悲しみ (新字新仮名) / 新美南吉(著)