きれ)” の例文
おまけに、この間の水なるものが、非常にきたない。わらくずやペンキ塗りの木のきれが黄緑色に濁った水面を、一面におおっている。
出帆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
旗男は義兄の自信に感心しながら、西瓜のきれをとりあげた。そいつはすてきにうまくて、文字どおりっぺたが落ちるようだった。
空襲警報 (新字新仮名) / 海野十三(著)
家の中には紛失物は無いらしく、天井裏からボロきれに包んで、少しばかり纒まつた金の出て來たのも、後家ごけらしいたしなみでした。
彼は物貰ひのやうに襤褸ぼろきれを身に纏つて、日がな一日ぼりぼりと微かな歯音をたてて、そこらの葉つぱをかじるのに余念がない。
独楽園 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
かへるにくべにはちをくはへてはうんできますが、そのちひさなかへるにくについたかみきれ行衛ゆくゑ見定みさだめるのです。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
彼の眼の前にしろじろと見えているものは、もはや大理石のきれはしではなくて、その一つ一つがみごと円満具足の肉体であった。
イオーヌィチ (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
まず照らされたその谷間の光景はすこぶる狼藉ろうぜきたるもので、かがりの燃えさしだの、木や竹のきれだの、地面に石や穴が散在していることだの
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
つまり彼は真白だと称する壁の上に汚い種々さまざま汚点しみを見出すよりも、投捨てられた襤褸らんるきれにも美しい縫取りの残りを発見して喜ぶのだ。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
お次の間には老女笹尾が御添寝を承わり、その又次の間が当番の腰元二人、綾女あやじょ縫女ぬいじょというのが紅絹もみきれで眼を押えながら宿直に当った。
怪異黒姫おろし (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
念のために一つ一つ紙へ計算をしるして御覧なさい。エート、先ずサンドウィッチの原料として、食パン一きんすく切って二十きれにします。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
女はそれを見るとバケツの中へ手を入れて中の物をつかみ出して投げた。それはなんの肉とも判らない血みどろになった生生なまなましい肉のきれであった。
蟇の血 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
黙って青い水と、水と左右の高い家と、さかさに映る家の影と、影の中にちらちらする赤いきれとをながめていた。すると
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その直感ははずれなかった。脇の飯台で飲んでいた二人が、勘定を払って出てゆくとすぐ、刺身を二三きれたべた前の男が、大きな声で小女を呼んだ。
へちまの木 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
博士はそう云って、私に、二きれの肉塊を与えるのであった。それは何れも七八斤ほどもありそうな大きなものであった。
たったいっぺん国芳師匠のところにいたとき到来物があったのを、上戸の師匠が要らないといい、兄弟子たちとひときれずつ頬張ったばかりだった。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
「この間見たら箪笥の底にこんなきれがあったからね、お前にやろうと思って、内緒でこしらえておいたんだよ」と言った。
そして其の丹念なことは、きれ薄切うすきれたところや、薄くなつてゐる部分を、どんなに手間がかゝつても、綴らなければ気がすまないといふ風であつた。
余震の一夜 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
血痕は点滴てんてきとなって断続し乍ら南へ半丁程続いて、其処そこには土に印された靴跡くつあとや、辺りに散乱している衣服のきれなどから歴然と格闘の模様が想像された。
上海された男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
病弱と老衰と空腹と——空腹と云えば、老人は、今日で三日というものは麺麭パンきれさえ食ってはいない。老人の腹の中にあるものは道々飲んだ水ばかりだ。
死の航海 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
たくさんの哺乳ほにゅう動物の遺骨の中から一本の奥歯を発見したのであるが、それがすなわち先に言うところの五十万年前の人間がのこして死んだ臼歯うすばの一きれである。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
一銭に四きれというのを、私は六片食って、何の足しにということはなしに二銭銅貨で五厘の剰銭つりを取った。
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
手拭いに包んだハムのきれが、支那兵の家に到る途中に落ちると、支那兵は、一時に、三人もころげるようにとび出してきて、嬉しげに罵りながらそれを拾った。
前哨 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
第一、何処へかお出掛けになる時はいつでも俺がお伴を仰付あふせつかるから子、君達が指でもさせば直ぐワンと喰付くらひつく。麺包パンの一きれや二片呉れたからつて容赦は無いよ。
犬物語 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
年老いた下婢かひがひとり彼女のそばに附いていて、その女が時折り飲物をのませたり、小さな冷肉のきれを口のところまで持っていって食べさせてやったりしていた。
狂女 (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
吹矢の筒に紙の小さいきれを入れて吹いて見玉え、その紙は必らずぐるぐる回りながら飛出すよ。水の中に石を落して見玉え、これもぐるぐるまわりながら沈むよ。
ねじくり博士 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そこで今度はまた別のきれを取りあげたが、ちよつと唇に触つたと思つただけで、自分の咽喉へは通らなかつた。三度目もやはり同じやうにわきへれてしまつた。
そうすると他の生徒は後からも前からも一時に囃し立て鼻緒の切れた草履ぞうりを投げ付けたり、たがいに前の者を押しやって清吉に突き当たり、白墨はくぼくきれを投げ付けたり
蝋人形 (新字新仮名) / 小川未明(著)
ところが念のためにダイヤモンドの入っているサックを開けてみると、驚いたことに、中にダイヤはなくて新聞紙のきれを細かに折ったのが入っているばかりであった。
紅色ダイヤ (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
姉のジャンヌおかみさんはよく彼の食べてるそばから、牛肉や豚肉のきれや、キャベツのしんなど、食べ物のいい所を彼の皿から取って、それを自分の子供にくれてやった。
はぢらうてやうやおよ程度ていどにカンテラのひかり範圍はんゐからとほざからうとしつゝ西瓜すゐくわの一きれづつをもとめる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
火の気は無論のこと、一きれ麺麭パンもない下宿の部屋へ帰ったって、どうすることも出来はしない。
小さきもの (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
そいつを一きれ切ってくんねえ。己はナイフを持っていねえから。よし持ってたって、切るだけの力もねえ。ああ、ジム、ジム、己ぁやり損ったようだよ! 一片切ってくれ。
鼠はかう言つて、ボウトのそばを流れてゐる、木のきれやわらくづにかせいをたのみました。
一本足の兵隊 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
それに番号のきれと針と糸を渡されたので、俺は着物のえりにそれを縫いつけた。そして、こっそり小さいるい鏡に写してみた。すると急に自分の顔が罪人になって見えてきた。
独房 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
四のきれより二の腕成り、もゝはぎはらむねはみな人の未だみたりしことなき身となれり 七三—七五
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
きれの菓子パンとコーヒーを貰いたいと彼は几帳面に言った。その女があちらへひきかえそうとすると彼はこう言い足した、「それからね、僕は君に結婚してもらいたいんだが」
百万金よりも、一きれのパンの方が有難い。一杯の水の方が望ましいとは、何という変てこな立場であろう。事実、わしはペコペコに腹が減っていたし、痛い程喉が乾いていたのだ。
白髪鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
さて骨に掛けず流血も少なく尻の肉を四角なきれに刻み去る。牛大いに鳴く時客人一同座に就く。牛は戸辺にあって流血少なし。屠者骨より肉を切り離すは腿や大動脈のある処を避く。
と云いながら、石や木のきれをなげつけたり、ぶったり、蹴ったりしはじめました。
オシャベリ姫 (新字新仮名) / 夢野久作かぐつちみどり(著)
いぎりすのA氏は不器用な手つきで一きれのトマトのために大の男——しかも紳士!——が汗をかき、あめりかのB氏は瞳をひらめかしてあれかこれかといたずらに検査して歩き、C夫人は
踊る地平線:05 白夜幻想曲 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
うしお遠く引きさりしあとに残るはちたる板、ふち欠けたるわん、竹のきれ、木の片、柄の折れし柄杓ひしゃくなどのいろいろ、皆な一昨日おとといの夜のあれ名残なごりなるべし。童らはいちいちこれらを拾いあつめぬ。
たき火 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
仁十郎が、こういったのに答えないで、岩の下に落ちている焚木のきれを拾う。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
その首のめぐりはいつせいに痩せて、ほんのちよつぴり、冬の襟巻マフラアに肖た雲のきれはしをまとつてゐるといふだけ。この灰いろの襟巻。ふゆの遺産。——そこに、まだ春のことぶれはとほい。
(新字旧仮名) / 高祖保(著)
室内の人工の灯りが徐々に流れ込んで、部屋を浸す暁の光線と中和すると、妙に精の抜けた白茶けた超現実の世界に器物や光景を彩り、人々は影を失った鉛のきれのようにひらぺたく見える。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
消え残る夕焼の雲のきれと、紅蓮ぐれん白蓮びゃくれん咲乱さきみだれたような眺望ながめをなさったそうな。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
恨むと見ゆる死顔の月は、肉のきれの棄てられたるやうにあかける満地の瓦を照して、目にるものは皆伏し、四望の空く寥々りようりようたるに、黒く点せる人の影を、彼はおのづか物凄ものすごく顧らるるなりき。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
私としては、餅の一きれなり、飯の一塊まりなり食わせてやりたい。しかしそれは父から禁じられていた。そんな癖をつけると、いつかその犬が内の犬になってしもうて困る、と言うのであった。
私の父 (新字新仮名) / 堺利彦(著)
きつとあなたのお手は寒いのでこゞえてゐらつしやるにきまつてをりますもの。リアや、熱いニィガスを少しこしらへて、サンドヰッチを一きれか二きれ切つて來て下さい。貯藏室の鍵はこゝにあります。
すると、彼は、何のひときれでもかまわない、大急ぎでつめ込んでしまう。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
足許の地面から拾い上げた巻紙のきれに、へたな薄墨の字が野路の村雨むらさめのように横に走っているのを、こう低声こごえに読み終った八丁堀藤吉部屋の岡っ引葬式とむらい彦兵衛は、鶏のようにちょっと小首を傾げた後