こま)” の例文
まずあなたの特色として第一に私の眼に映ったのは、ゆたかな情緒をこまやかにしかもきりかすみのように、ぼうっと写し出す御手際おてぎわです。
木下杢太郎『唐草表紙』序 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
今度はいっそう広大に硫黄の火よりもハッキリとして白く、朝霧よりもほんのりとしてこまやかに、東の壁の書卓の下から立上った。
白光 (新字新仮名) / 魯迅(著)
薫は女のようななまめかしい両腕で涙を拭いた。小初は砂金のようにこまかく汗の玉の吹き出た薫の上半身へ頭をもたれ薫の手をとった。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
美艶香びえんかうには小町紅こまちべに松金油まつがねあぶらの匂ひこまやかにして髪はつくもがみのむさむさとたばね、顔は糸瓜へちまの皮のあらあらしく、旅客をとめては……
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
大人がかたわらにいるうちは黙っているが、それでも独言ひとりごとや心の中の言葉が数を増して、感情のようやくこまやかになって行くのがよくわかる。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「よく参った。関羽はすでに世に亡く、桃園に会した義兄弟も今はそちとただ二人ぞ。体は壮健か」とこまやかに彼の悲情を慰めた。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この御歌は、豊かで緊密な調べを持っており、感情がこまやかに動いているにもかかわらず、そういう主観の言葉というものが無い。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
野兎が木の間を駈けて通り、山蟻が地面を列をなして通り、が酒のような黄金こがねの光を、こまやかに四方にみなぎらしていた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
何の物音も聞えなくなった。……同時に世界中がシンカンとなって、私の睡眠がシックリとこまやかになって行く…………。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
こまやかな友情や甘い恋の話を聞いたり読んだりした時には、し自分もそんな境涯であったなら、どんなにか嬉しかろうと、うらやまぬではなかった。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼の残していった感情をもっともこまやかに鮮明に受け取っておいたのは雅子であった。そういう意味で、雅子はもっともかなしい恨みの中にあった。
街頭の偽映鏡 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
と、まばゆそうに入日にかざす、手をるる、くれないの露はあらなくに、睫毛まつげふさって、霧にしめやかな松の葉よりこまかに細い。
山北道子の可愛がりようは又法外で、母親より乳母の方が愛情がこまやかな事があるように、この家庭教師も、親身になって教え子を育てて居りました。
葬送行進曲 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
いくら鴎外にわたくしがなかったといっても、こまやかな夢を持たずに、あれだけの秀抜な芸術は創造されなかったであろう。
あんなにこまやかな、しかもあんなにも報いられぬ愛情を寄せてくれた男を、もっと近く寄ってつくづく眺め、その人柄を呑み込もうとするかのようで
イオーヌィチ (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
朝ちらちら粉雪が降ったかと思うと、昼頃ぱっと日が照って、夜はこまやかな霧が市街を包む。次の日は風が強く吹いた。喉が痛むほど空気が乾燥する。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
そして味わって見ると中々こまやかな味のある戦であり、やり、刀、血みどろ、大童おおわらわという大味な戦では無いのである。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
が、それほど情がこまやかだったので、同じ遊蕩児でも東家西家と花を摘んで転々する浮薄漢ではなかったようだ。
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
おたがいにこまやかなれと祈るまでもなく、希望するまでもなく、安心なものだという気があるからでしょう。
親子の愛の完成 (新字新仮名) / 羽仁もと子(著)
また満洲でも、五月の末から六月の初めでなければ見ることの出来ないものであつた。露はしつとりと草や木の緑の上に置いた。秋のやうに深くこまやかに置いた。
アカシヤの花 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
それは多くの点でまことに善良な性格をもった、こまやかな感じの上流婦人であった。やがて長老が彼女のほうへ近づいたとき、彼女は歓喜にあふれてそれを迎えた。
それは、廣々とした丘の凹地くぼちをとりまいてゐる氣高い連山の、こまやかな青緑と陰影の多い見晴しや、黒い岩や泡立つ渦にみちた輝かしい溪流を見ることであつた。
男の心がますます動いて来た時になって、始めて許したら、その二人ふたりの愛情はかえってこまやかで、多情な人のすみやかに受けいれるものにはまさろうというのである。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それに小さいときから机をならべていたというこまやかな思い出が、二人の間にいっそう離れがたき執着をつないでいた。私はこの友の存在が確認したくてならなかった。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
負えるあり、いだけるあり、児孫じそんを愛するが如し。松のみどりこまやかに、枝葉しよう汐風しおかぜに吹きたわめて、屈曲おのずからためたる如し。そのけしき窅然ようぜんとして美人のかんばせよそおう。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
この若い寡婦はまた、その男とは結婚しないと云う約束のもとに二、三年もこまやかな愛情をささげおうていると云うことだが、こんな恋愛は新らしいとは云えないだろうか。
恋愛の微醺 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
夫妻の愛情はますますこまやかになるばかりで、英国科学奨励会(British Association of the Advancement of Science)
またあれほどこまかいニュアンスを出した歌が、技巧に熟達せずに作れるものではない。
歌集『涌井』を読む (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
こうして二人の愛情はいよいよこまやかになったが、なにぶんにも小間物の担ぎ商いをしている現在の男の痩腕では、江戸のまん中で女と二人の口を養ってゆくのがむずかしいので
半七捕物帳:30 あま酒売 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
水蒸気があまりにこまやかであったため、待ち設けなかった御来光が、東の空にさした。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
調しらべが清らかで、愛情のこまやかに滞るなく流れている名歌である。光明皇后の美しい御歯並さえしのばるるではないか。高貴な血統に育った方の気高さがおのずからにじみ出ている。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
ぽつんと一ぽんはじめた、桔梗ききょうはなのそれにもして、つゆべによりこまやかであった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
田園の風致いよいよこまやかな頃、今戸焼の土鉢に蒔きつけた殻の青々と芽生えて、さながら早苗などの延びたらんようなるに、苧殻おがらでこしらえた橋、案山子人形、魚釣りなんどを按排し
残されたる江戸 (新字新仮名) / 柴田流星(著)
危うく友情を失うかもしれない恐れに臨んだために、その友情はいっそうこまやかになった。つまらぬ誤解は消えてしまった。二人の性格の差異がかえって二人をひきつける種となった。
雪消の名残を止めた小石交りの斜面には、目も醒るばかりに鮮かな深山毛莨みやまきんぽうげの群落に交って、大桜草のくれないが口紅こまやかな御達等の面影を偲ばせている。其中に転がって見たいようだ。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
蹄鉄屋の先きは急に闇がこまかくなって大抵の家はもう戸じまりをしていた。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
その男と彼女との仲のこまやかな関係がはっきりかたそなえて眼に見えて来た。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
こまやかなる君にしてこの子を失われた時の感情はいかがであったろう。
我が子の死 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
色々な試みもしてゐるが、此集は、わりあひに、創作動機のこまやかに動いた痕は見えない。可なり安易な気分で辞をつけて居る様な風にさへ見える。さうした時々優美に徹した歌を交へてゐる。
と夫人が情こまやかそうな瞳をまばたく。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
またかすかにもこまやかに
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
垣根の葉がこまかい。
忘春詩集:02 忘春詩集 (新字旧仮名) / 室生犀星(著)
鬼子おにことよべどとびんだるおたかとて今年ことし二八にはちのつぼみの花色はないろゆたかにしてにほひこまやかに天晴あつぱ當代たうだい小町こまち衣通そとほりひめと世間せけんさぬも道理だうりあらかぜあたりもせばあの柳腰やなぎごしなにとせんと仇口あだぐちにさへうはされて五十ごとう稻荷いなり縁日えんにち後姿うしろすがたのみもはいたるわかものは榮譽えいよ幸福かうふくうへやあらん卒業そつげふ試驗しけん優等證いうとうしようなんのものかは
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
あなたの頭の働らきは全く科学的でありながら、其こまやかな点が、あなたの情緒の描写によく調和して、綿密によく行き渡っています。
木下杢太郎『唐草表紙』序 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
死なば諸共もろともという気分が、こういう場合ほどこまやかにき立つ時はあるまい、年功を経た応召兵達の胸を打割った正直な述懐を聞くことが出来た
それが待遠まちどおえぬとすれば、やはりこういう多少のゆかりある雑談を試みて、ちょっとでも今日の希望をこまやかならしめるのが、よいかと思う。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ドヴォルシャークの曲は、一編ごとにこまやかな人間愛があふれ、あたたかさと美しさが行き渡っている。あえて「新世界交響曲」ばかりを言う必要はない。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
身を起してそこに行き見るに、塚は小高き丘をなして、丘の上には翠の葉かげこまやかに竹美しく生い立ちたり。
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
あの子のたったひとつの取柄とりえは、からだじゅうに数限りもなく、非常に深いこまやかな陰影があることだ。
鏡地獄 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
わかれを惜しむ気持でもあり、愛着する気持でもあって、女の心のこまやかにまつわるいいところが出て居る。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)