)” の例文
しかし、盛夏のうだるような暑さの中では、冬ほどうなぎは美味ではないけれど、食いたいとの欲求がふつふつとき起こって来る。
鰻の話 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
小説にしようか、絵の修業をしようか——まとまりようのない空想が、あとからあとからいてくる。つい、うっとりとしていると
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
十年ほど前に御霊ごりょうの文楽座を覗いた時には何の興味もかなかった要は、ただその折にひどく退屈した記憶ばかりが残っていたので
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
昔のことを思うと眼に涙がいてきた。しかし彼にとっては、一通の手紙を書くのは、大譜表を書くに劣らないほどの大仕事だった。
何にも無い、畳の摺剥すりむけたのがじめじめと、蒸れ湿ったそのまだらが、陰と明るみに、黄色に鼠に、雑多の虫螻むしけらいて出た形に見える。
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それは、とつぜん空中に、どこからいたか、すばらしい金色の翼を張った超重爆撃機が数百機、頭上に姿をあらわしたのであった。
二、〇〇〇年戦争 (新字新仮名) / 海野十三(著)
うじがわくように、いつのまにやら、誰が言い出したともなく、もくもくいて出て、全世界をおおい、世界を気まずいものにしました。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
だが、そうして、あとに残ったものとして当然この現地にある部署を襲うと、怒りはあの人たちと同じような調子でいて来るのだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
関所はすたれ、街道には草蒸し、交通の要衝としての箱根には、昔の面影はなかったけれども、温泉いでゆ滾々こんこんとしていて尽きなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
しかし、蹄の音がまだ消えるか、消えないうちに、たちまち屈託のない、野放図のほうずな百姓たちの笑い声が、にぎやかに雲のようにきあがる。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
昔の旅の伴侶はんりょの顔を見れば、いつでも、愉快な情景や、面白い冒険や、すばらしい冗談などの尽きぬ思い出がきでてくるものだ。
駅馬車 (新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
風がはげしくなり、足下あしもとくもがむくむくとき立って、はるか下の方にかみなりの音までひびきました。王子はそっと下の方をのぞいてみました。
強い賢い王様の話 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
基督の信は、常にうちに神を見、神の声をけるより来たり、ポーロの信は、其のダマスコ途上驚絶の天光に接したるよりき出でたり。
予が見神の実験 (新字旧仮名) / 綱島梁川(著)
歳子は襟元えりもとへ急に何かのけはひが忍び寄るものゝやうに感じたが、牧瀬に対してまた周囲の情勢に対して何の不安もかなかつた。
夏の夜の夢 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
頼家 あたたかき湯のくところ、温かき人の情も湧く。恋をうしないし頼家は、ここに新しき恋を得て、心の痛みもようやく癒えた。
修禅寺物語 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
子ながらも畏敬いけいの心の女御にょごの所へこの娘をやることは恥ずかしい、どうしてこんな欠陥の多い者を家へ引き取ったのであろう
源氏物語:26 常夏 (新字新仮名) / 紫式部(著)
楯無しの鎧を背後うしろにして動かざること山の如く端然と坐っていた信玄も少からず好奇心をかせたと見えて、長老の様子を眺めている。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
生家うち出奔しゅっぽんしたんだ、どうしたんだ、こうしたんだとまるで十二三のたんだがむらむらとかたまって、頭の底から一度にいて来た。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お常は只胸のうちき返るようで、何事をもはっきり考えることが出来ない。夫に対してどうしよう、なんと云おうと云う思案も無い。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
彼は自分の内部なかからいて来るもののために半ば押出されるようにして、隅田川すみだがわの水の中へでも自分の身体を浸したいと思付いた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
シューベルトにおいては、作曲は少しも労苦ではなく、旋律と和声の噴泉が、絶えずき上って、その奔注ほんちゅうの道を求めていたのである。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
手水鉢はから柄杓ひしゃくはから/\だが、誰もお参りに来ないと見えるな、うんそう/\、此方こっちへ来な、聖天山の裏手に清水のく処がある
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
友人はこれを聞き、カッとしてわが胸中にきいずる同情の海に比ぶれば二千、三千の金はその一てきにだもあたいせずと絶叫ぜっきょうしたと聞いた。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
綺麗きれいな綺麗な、水晶のようなのがいていましたし、——だから、おばあさんは何にも心配することも、いそがしい用事もない訳でした。
でたらめ経 (新字新仮名) / 宇野浩二(著)
家には老婢ろうひが一人遠く離れた勝手に寝ているばかりなので人気ひとけのない家の内は古寺の如く障子ふすまや壁畳からく湿気が一際ひときわ鋭く鼻をつ。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
毎度このモデル問題では大真面目おおまじめでありながら滑稽こっけいに近い話などがいて、家のものなども大笑いをしたことが度々たびたびありました。
再び峠の頂きに来る。振り返ってまた来たい心がしきりにく。私は近いうちにそれを果したいと今も思っている。 昭和六年五月二十六日
日田の皿山 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
こうした春の日の光の下で、人間の心にいて来るこの不思議な悩み、あこがれ、寂しさ、とらえようもない孤独感は何だろうか。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
周囲の負傷者は殆ど死んで行くし、西田の耳にはうじいた。「耳の穴の方へ蛆が這入ろうとするので、やりきれませんでした」
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
『どうも無造作すぎるな』とわたしは、思わずき上がる嫌悪けんおの情をもって彼女のぶざまな様子をじろじろながめながら、心の中で考えた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
こういう大官や名家の折紙が附いたので益々ますます人気をかして、浅草の西洋覗眼鏡を見ないものは文明開化人でないようにいわれ
何しに降つていた事もなければ、人との紛雑いざなどはよし有つたにしろそれは常の事、気にもかからねば何しに物を思ひませう
にごりえ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
あのます紙鳶を買ふには、この十倍ものおあしが必要であるといふことを。しかし、それにもかかはらず、栄蔵の心には希望のぞみの泉がき出した。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
雖然周三は、其れにすら何等の不滿を感ぜず、したと胃の腑の欲望よくぼうを充すよりも、寧ろ胸にゆたかな興趣きやうしゆくのを以つて滿足した。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
あっけにとられて見ていた竹童は、居士こじにいいつけられたまま、岩のあいだから、こんこんときいでている泉をすくってきた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やがて食卓から立って妻児が下りて来た頃は、北天の一隅に埋伏まいふくし居た彼濃い紺靛色インジゴーいろの雲が、倏忽たちまちの中にむら/\とった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
それ故にこそ電火一閃いっせんするごとに拍手くが如きなれ。ただ小町のことばに和歌のために一命を捨つるはうらみなしとあるは利きたり。
だが虎穴に入らずんば虎児を得ずという一かばちかの気持ちで、降っていた奇妙なアバンチュールに身をもってあたってみることにした。
謎の女 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
そして向岸の暗みへゆきつくと、間もなく、あおじろい夜明けがやってくるらしいのだ。あそこは水も冷たい。別な新しい水がいている。
寂しき魚 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
留守城はよろこびのためにどよみあがり、城下町の隅ずみまで、活気のある賑わいにきたった。……そのさ中のことである。
日本婦道記:萱笠 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
この頃になってようやく叔孫にも、この近臣に対する疑いがいて来た。なんじの言葉は真実か? ときつとして聞き返したのはそのためである。
牛人 (新字新仮名) / 中島敦(著)
一匹の牛が皮の前掛を振うか、あるいは乾いた地面をひづめるかすると、虻の雲がうなり声を立てて移動する。ひとりでにいて出るようだ。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
夏の暮れ方は、一種あわただしいはかなさをただよわして、うす紫の宵闇よいやみが、波のように、そこここのすみずみからきおこってきている。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ルンペンが大声にどなると、たちまち地上の各所から「やかましい」「静かにしろ」などというしかり声がくように起こった。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
毎年新たな感想がくたびに書きつけて、この本の増刷されるたびに、年代順に添えて行く、というのが私の楽しみであった。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
それでもこのなが星霜つきひあいだにはなにやとあとからあとからさまざまの事件こといてまいり、とてもその全部ぜんぶ御伝おつたえするわけにもまいりませぬ。
将校は旅行者のさきほどの冷淡さにはほとんど気づかなかったのだが、相手の今やき始めた関心には感づいたようである。
流刑地で (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
私はというと、間もなくその猫に対する嫌悪の情が心のなかにき起るのに気がついた。これは自分の予想していたこととは正反対であった。
黒猫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
そこを去つて川上の方に行くに、林中からいた泉が流になつてそそぐところがある。そこに二人の童子が一人のもりに連れられて遊んでゐた。
イーサル川 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
すがすがしい朝を前触れるきよめの嵐なのではあるまいかと、わたくしごとの境涯を離れて広々と世を見はるかす健気けなげな覚悟もいて参ります。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)