洪水こうずい)” の例文
全く神田明神をめぐって人間の洪水こうずいのようなもので、その中を一刻泳ぎ廻ったところで、誰も見知り人などがあるはずもありません。
しかしながら河川が平穏のときに、堤防やせきを築き運河を掘っておくなら、洪水こうずいとなってもその暴威と破壊からまぬかれることができる。
政治学入門 (新字新仮名) / 矢部貞治(著)
津幡つばたを留守していた城中の将士は、末森方面から、にわかに逆転して来た佐々勢の怒濤どとうを認め、すわと、洪水こうずいを見たように騒ぎたった。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
六国史りっこくしなどを読んで、奈良朝ならちょうの昔にシナ文化の洪水こうずいが当時の都人士の生活を浸したころの状態をいろいろに想像してみると
カメラをさげて (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
日本につぽんでは明治維新めいじいしんのち森林しんりんをむやみにつた結果けつか方々ほう/″\洪水こうずいをかされ、明治二十九年度めいじにじゆうくねんどには二萬九百八十一町村にまんくひやくはちじゆういつちようそんといふものがみづにつかり
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
そういううちにも、水は地下室の床いちめんに、洪水こうずいのように流れはじめました。もう、すわっているわけにはいきません。
少年探偵団 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
かくも大きな洪水こうずいが来たように、慶応四年開国以来のこの国のものは学問のしかたから風俗の末に至るまでも新規まき直しの必要に迫られた。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼の頭の中には、激情のあらしが吹き荒れた。怒と恨との洪水こうずいみなぎった。理性の燈火は、もうふッつりと消えてしまっていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
それからどれくらいったときでございましょうか、あるにわかにわたくしまえに、一どう光明こうみょうがさながら洪水こうずいのように、どっとせてまいりました。
そのために、そこら中は水だらけと相成あいなり、水は集り集って、租界そかい洪水こうずいのようにひたしてしまった、本当の話ですよ。
大きな火事や洪水こうずいがあれば、親きょうだいに死なれ、親類の所在もわからないような孤児の出ることがずいぶんある。
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
小さな声大きな声、バスとバリトンの差はあれども声々は熱狂にふるえていた、実際それは若き純粋な血と涙が一度に潰裂かいれつした至情の洪水こうずいであった。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
バタキーの話では、そのばちがあたって、ヴィネータの都は、洪水こうずいのために海のそこに沈められてしまったそうです。
今や、ヨーロッパ文明は沈消して、アメリカ資本主義のジャズ文明の洪水こうずいは、世界の人達を溺らそうとしている。
大衆文芸作法 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
空に向って雷霆らいてい叱咤しったしたのは此の時の話であるが、その後風雨がなお止まず、遂に鴨川の洪水こうずいを見るに至った。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
新緑をとおした日の光が洪水こうずいのように一室にみなぎりわたった。かれはそこで田原秀子にやる手紙を書き、めずらしいいろいろの花を封じ込めてやった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
秋のはじめに洪水こうずいが出ましても、前から川のつつみが高く築かれていましたので、少しも田畑を荒しませんでした。
お月様の唄 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
声から声がつづいて、待ちうけていたお跡参りの乗り物があとからあとからと、洪水こうずいのように流れだしました。
「またあなたはだまってしまったんですね。やっぱり僕がきらいなんでしょう。もういいや、どうせ僕なんか噴火ふんか洪水こうずいか風かにやられるにきまってるんだ」
シグナルとシグナレス (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
洪水こうずいの中をやっと泳ぐようにして行商体の男は、ムク犬の鋭い威勢を避けながら、お玉のいるところへ来て
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と叫びながら、可憫かわいそうな支那兵が逃げ腰になったところで、味方の日本兵が洪水こうずいのように侵入して来た。
織り物をするところでは、輸出向きのタフタのようなものを、動力をつかった沢山のはたで織っているのですが、ここは千紫万紅せんしばんこう色とりどりに美しい布の洪水こうずいです。
まあ、ここにいる間だけでも、うるさい思念の洪水こうずいからのがれて、ただ新しい船出という一事をのみ確信して素朴そぼくに生きて遊んでいるのも、わるくないと思っている。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そう思ってこの店に入ったのだけれども、洪水こうずい話に巻き込まれて、その気はなくなってしまった。写したければ、勝手に写したらいいだろう。そんな気になっている。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
天地創造の話だとか、洪水こうずいの話だとか、いろんな王さまや、また王さまの中の王さまの話などが。
この洪水こうずいで生残ったのは、不思議にも娘と小児こどもとそれにその時村から供をしたこの親仁おやじばかり。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あだか陸上りくじようける洪水こうずいごとかんていするので山津浪やまつなみばれるようになつたものであらう。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
鉱山こうざん悪霊あくりょうなんというのはばかな話だ」とかれは最後さいごに言った。「鉱山に洪水こうずいが来ている。それはたしかだ。だがその洪水がどうして起こったかここにいてはわからない……」
洪水こうずいの波は、その泥土でいどでわれわれの土地を肥やしたあとに、自分からくずれ去るだろう。
マデレンのくろずんだ巨大な寺院じいんを背景として一日中自動車の洪水こうずい渦巻うずまいているプラス・ド・マデレンの一隅かたすみにクラシックな品位を保ってつつましく存在するレストラン・ラルウ
異国食餌抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「あなたのところへもどりたいんです、旦那?」と、彼らは叫んだが、まるでKこそ乾いた土地であり、自分たちは今にも洪水こうずいのなかにおぼれようとしているとでもいうかのようだった。
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
文字の無かったむかし、ピル・ナピシュチムの洪水こうずい以前には、よろこびも智慧ちえもみんな直接に人間の中にはいって来た。今は、文字の薄被ヴェイルをかぶった歓びの影と智慧の影としか、我々は知らない。
文字禍 (新字新仮名) / 中島敦(著)
洪水こうずい天にはびこるも、の功これを治め、大旱たいかん地をこがせども、とうの徳これをすくえば、数有るが如くにして、しかも数無きが如し。しんの始皇帝、天下を一にして尊号そんごうを称す。威燄いえんまことに当るからず。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
石の洪水こうずい。少しおかしいが全く石の洪水という語がゆるされるのならまさしくそれだ。上の方を見上げると一草の緑も、一花の紅もつけない石の連続がずーうっと先の先の方までつづいている。
槍が岳に登った記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
青玉石の洪水こうずい鼈甲べっこう製品の安価。真鍮と銀の技能。そしてタミル族の女。
ヤトラカン・サミ博士の椅子 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
湿ったページを破けないように開けて見て、始めて都には今洪水こうずい出盛でさかっているという報道を、あざやかな活字の上にまのあたり見たのは、何日いつかの事であったか、今たしかには覚えていないけれども
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
洪水こうずいの古い絵には、そういうふうに子供を差し上げてる母親が見らるる。
(イ)洪水こうずい豫防よぼう。 森林しんりんとはやまをか一面いちめんに、こんもりしげつて、おほきなふかはやしとなつてゐる状態じようたいをいふのです。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
そのおかげで帝都の復興が立派にできて、そうして七年後の今日における円タクの洪水こうずい、ジャズ、レビューのあらしが起こったのかもしれない。
時事雑感 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
頭上には、精鋭なるドイツ機隊のつばさかがやき、そして海岸には、平舟ひらぶねふなべりをのり越えて、黒き洪水こうずいのような戦車部隊が!
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
よしや子分の中に、異心を抱く者があったとしても、七十六の眼玉の光る中、明りの洪水こうずいを浴びた廊下を、どう工夫をして鐘五郎の部屋に近づくでしょう。
今年の夏にはひでりがあるとか、秋には洪水こうずいがあるとか、そういうことを前から言いあてました。王子はそれを聞かれると、いちいち父の国王に申し上げました。
お月様の唄 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
「洲股の御工事は、築きかけた材木も石も職人小屋も、一夜のうちに皆、洪水こうずいに押し流されてしまった」
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それから木曾川の岩石のとがり立った河底を洪水こうずいの勢力によって押し下し、これを錦織村において集合する、そこでいかだに組んで、それから尾州湾に送り出すとも言ってある。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
あるひ七十五尺しちじゆうごしやくといふようなたかさの洪水こうずいとなり、合計ごうけい二萬七千人にまんしちせんにん人命じんめいうばつたのに、港灣こうわん兩翼端りようよくたんではわづか數尺すうしやくにすぎないほどのものであつたし、其夜そのよ沖合おきあひ漁獵ぎよりようつてゐた村人むらびと
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
周囲のものをことごとく枯死さしていた。そして敵がなくなると、たがいにぶつかり合い、猛然とからみ合い、裂き合い、膠着こうちゃくし合い、ねじ合って、大洪水こうずい以前の怪物のようであった。
わずかな間に何と世の中が変ったことかと驚くのであるが、又いつの日にああ云う時代が来るであろうかと懐旧の情に駆られていること、あなた方はあの物凄ものすご洪水こうずいわれたりしたので
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ぼくはもう今すぐでもおらいさんにつぶされて、または噴火ふんかを足もとから引っぱり出して、またはいさぎよく風にたおされて、またはノアの洪水こうずいをひっかぶって、んでしまおうと言うんですよ。
シグナルとシグナレス (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
ある時は部屋全体が、凹面おうめん鏡、凸面とつめん鏡、波型鏡、筒型鏡の洪水こうずいです。
鏡地獄 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
くり返して言うが、今日ではもう影も止めていない。で、今日、偶然その相貌そうぼうを多少つかんできて、頭の中に浮かべようとする時には、あたかもノアの洪水こうずい以前の世界ほどに不思議なものに思われる。