ほとんど)” の例文
寺にゐた間は平八郎がほとんどごんも物を言はなかつた。さて寺を出離れると、平八郎が突然云つた。「さあ、これから大阪に帰るのだ。」
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
松岡毅軒は「墓誌ノ銘ナキハ例ヲ帰震川きしんせんガ『亡児䎖孫ノ壙誌こうし』『寒花葬志』ニ取レリ。而シテ文ノ簡浄紆余うよナルコトほとんどコレニ過グ。」
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
禅僧の心は宇宙の至粋にして心と真理とほとんど一躰視するが如きは、基督教の心を備へたる後に真理を迎ふるものと同一視すべからず。
各人心宮内の秘宮 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
信子は度々心の中でかう妹に呼びかけながら、夫の酒臭い寝息に苦しまされて、ほとんど夜中まんじりともせずに、寝返りばかり打つてゐた。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
博士の造る香水は植物性の香水でそれの持っている芳香はほとんど世界無比であった。自然香水の需要を増し工場は漸時だんだん隆盛になった。
物凄き人喰い花の怪 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
津の人と、和泉の人ははるかに基経のいるところから遠ざかって行き、やっと橘の姿も見えるほどだった。ほとんど、顔を打合わせるようにはしりに馳った。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
尚この会は八月一日第一回を開きほとんど毎日会して八月三十一日に至る。此時の会者、東洋城、癖三酔、松浜、水巴、蛇笏だこつ、三允、香村、眉月びげつ、蝶衣等。
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
きやくのもてなしもしつくしてほとんど倦果うみはてつひには役者仲間なかまいひあはせ、川のこほりくだきて水をあび千垢離せんごりしてはれいのるもをかし。
此辺の田舎でも、ちっとまとまった買物を頼めば、売主は頼まれた人に、受取うけとり幾何金いくらと書きましょうか、ときく。コムミッションの天引てんびきほとんど不文律になって居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
小栗栖村一揆の場は明智の落足おちあしを見する処なれど、光秀のかわりに溝尾が出るまでなればほとんど無用に属す。
うへなき滿足まんぞくもつ書見しよけんふけるのである、かれ月給げつきふ受取うけとると半分はんぶん書物しよもつふのにつひやす、の六りてゐるへやの三つには、書物しよもつ古雜誌ふるざつしとでほとんどうづまつてゐる。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
その前からもほとんど毎年と言ってよいほど、その五、六年というもの、春毎に山へ這入はいったものである。今年こそ、咲きそろった花を、せめてなかかみの千本にわたって見たいものだ。
花幾年 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
水流をわたるのまされるに如かず、され共渉水亦困難こんなんにして水中石礫せきれき累々るゐ/\之をめば滑落せざることほとんどまれなり、衆皆石間せきかんあしき入れてあゆむ、河は山角を沿ふてはなはだしく蜿蜒えん/\屈曲くつきよく
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
爾時そのときは船から陸へ渡した板が真直まっすぐになる。これを渡って、今朝はほとんどど満潮だったから、与吉は柳の中で𤏋ぱっあさひがさす、黄金こがねのような光線に、その罪のない顔を照らされて仕事に出た。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ほとんど毎日死ぬ死ぬと言て見る通り人間らしい色艶いろつやもなし、食事も丁度一週間ばかり一りふも口へ入れる事が無いに、そればかりでも身体からだの疲労が甚しからうと思はれるので種々いろいろに異見も言ふが
うつせみ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
そこで彼女は椅子にかけると、ほとんど習慣になつてゐる、愛想の好い微笑を見せながら、相手には全然通じない冗談じようだんなどを云ひ始めた。
南京の基督 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
聞書は話のほとんどまゝである。君は私に書き直させようとしたが、私は君の肺腑はいふから流れ出た語の権威を尊重して、殆其儘これを公にする。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
諸書に採録せられたこの逸事談は五山をして甚しく尊大の人たらしむるにあらざれば、枕山をしてほとんど礼を知らざるものたらしむるきらいがある。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
美妙に於てはほとんど情熱となづくべきものあるを認めず。舒事家としては知らず、写実家としての彼の技倆は紅葉に及ぶべからず。
情熱 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
きやくのもてなしもしつくしてほとんど倦果うみはてつひには役者仲間なかまいひあはせ、川のこほりくだきて水をあび千垢離せんごりしてはれいのるもをかし。
ほとんど、同じ瞬刻しゅんこくにこの言葉は放たれ、お互の耳の中に人の声としての最後にきくものだった。矢はついに放たれた。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
このうえなき満足まんぞくもっ書見しょけんふけるのである、かれ月給げっきゅう受取うけとると半分はんぶん書物しょもつうのについやす、その六りているへやの三つには、書物しょもつ古雑誌ふるざっしとでほとんどうずまっている。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
現に清寧天皇などは、ほとんど待ちくたぶれておいでになつた様な有様である。
神道に現れた民族論理 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
その内にふと男の耳は、薄暗い窓の櫺子れんじの中に、人のゐるらしいけはひを捉へた。男はほとんど何の気なしに、ちらりと窓を覗いて見た。
六の宮の姫君 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
一大事と云ふことばが堀の耳を打つたのは此時このときはじめであつた。それからはどんな事が起つて来るかと、前晩ぜんばんほとんど寝ずに心配してゐる。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
歌舞伎座今はほとんどその外観を変じたれど元より改築したるにあらねば楽屋の部屋々々今なほかつてわが見たりし当時に異ならず。
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
すで半途はんとにいたれば鳥の声をもきかず、ほとんど東西をべんじがたく道なきがごとし。案内者はよく知りてさきへすゝみ、山篠やまさゝをおしわけへいをさゝげてみちをしめす。
之を以て三百年の政権はほとんど王室の尊厳をさへ奪はんとするばかりなりし、然るに彼の如くもろくたふれたるものは、し腐敗の大に中に生じたるものあるにもせよ
それは一羽のかいつむりが水のなかにもぐり入った姿だった。ほとんどつぶてを打ったほどにしか見えないかいつむりは、はっきりと何鳥だかの区別さえできかねるほどはるかなものだった。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「採物」を見ても、ほとんど山及び山人、山の水に関係ある物ではないか。
眼もほとんど青年のように、ほがらかな光を帯びている。殊に胸を反らせた態度や、さかん手真似ジェスチュアを交える工合は、鄭垂氏よりもかえって若々しい。
上海游記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
坂本等の銃声が聞えはじめてからは、同勢がほとんど無節制の状態におちいり掛かる。もう射撃をするにも、号令には依らずに、人々ひと/″\勝手に射撃する。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
わたしの眼に映じた新らしき女の生活は、あたかも婦人雑誌の表紙に見る石版摺せきばんずりの彩色画とほとんど撰ぶところなきものであった。
十日の菊 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
すで半途はんとにいたれば鳥の声をもきかず、ほとんど東西をべんじがたく道なきがごとし。案内者はよく知りてさきへすゝみ、山篠やまさゝをおしわけへいをさゝげてみちをしめす。
三男は居どころが遠い上に、もともと当主とは気が合はなかつたから。次男は放蕩に身を持ち崩した結果、養家にもほとんど帰らなかつたから。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
若しこの數節の分解にして、甚しき過謬なきものとするときは、逍遙子が用語の變通自在にして逍遙子が立言のほとんど端倪たんげいすべからざりしを知るに足らむ。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
余梅痴上人ノ山房ニ寓スルコトほとんど五、六年ナリ。ソノ間ただニ禅ヲ談ジ道ヲ問フノミナラズ花月ノ唱和マタ虚日きょじつナシ。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
信子は女子大学にゐた時から、才媛さいゑんの名声をになつてゐた。彼女が早晩作家として文壇に打つて出る事は、ほとんど誰も疑はなかつた。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
此年の初には蘭軒はほとんど戸外に出でずにゐたらしい。「豆日草堂小集」の詩に、「春至未趨城市間、梅花鳥哢一身閑、那知雪後泥濘路、吟杖相聯訪竹関」
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
おもむろに序曲の演奏せられる中わたくしはやがて幕の明くのを見た。其の瞬間に経験した奇異なる心況はほとんど名状することの出来ないほど複雑なものであった。
帝国劇場のオペラ (新字新仮名) / 永井荷風(著)
が、外界の障害にはどうにかかうにか打ちつて行つても、内面の障害だけは仕方がなかつた。次男はほとんど幻のやうに昔の庭を見る事が出来た。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
わたくし丁度ちやうどそのときなにひとはなしいてもらひたいとたのまれてゐたので、子供こどもにしたはなしを、ほとんどそのまゝいた。いつもとちがつて、一さつ參考書さんかうしよをもずにいたのである。
寒山拾得縁起 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
忌憚きたんなく言えば少し読書好きの女の目にさえ、これではほとんど読むには堪えまいと思われるくらいのものである。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
をつとはわたしをさげすんだまま、「ころせ」と一言ひとことつたのです。わたしはほとんどゆめうつつのうちに、をつとはなだ水干すゐかんむねへ、ずぶりと小刀さすがとほしました。
藪の中 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
F君はほとんど毎日のように私の所へ遊びに来た。話はドイツ語の事を離れぬが、別に私に難問をするでもない。
二人の友 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
二階は六畳に三畳の二間つづきであるが、前桐まえぎり安箪笥やすだんすと化粧鏡と盆に載せた茶器の外にはほとんど何にもない。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
此処は壁に懸けた軸の外にほとんど何も装飾はない。が、マントル・ピイスの上には、左右一対の焼き物の花瓶に、小さな黄龍旗こうりゅうきが尾を垂れている。
上海游記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
道端に荷をおろしている食物売たべものうりあかりを見つけ、汁粉しるこ鍋焼饂飩なべやきうどんに空腹をいやし、大福餅や焼芋に懐手をあたためながら、両国橋をわたるのはほとんど毎夜のことであった。
雪の日 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
類想の鑄型いがためきて含めるところ少く、久く趣味上の興を繋ぐに堪へざること、眞の美のわづかに個想の境に生ずることをば、今や趣味識の經驗事實なりといひても、ほとんど反對者に逢はざるべし。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
小有天は何しろ上海でも、夜は殊に賑かな三馬路の往来に面しているから、欄干の外の車馬の響は、ほとんど一分も止む事はない。
上海游記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)