さお)” の例文
……お前さんに漕げるかい、と覚束おぼつかなさに念を押すと、浅くてさおが届くのだから仔細ない。ただ、一ヶ所そこの知れない深水ふかみずの穴がある。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
仏勤めはするのであるがまだ数珠じゅずは近い几帳きちょうさおに掛けられてあって、経を読んでいる様子は絵にもきたいばかりの姫君であった。
源氏物語:55 手習 (新字新仮名) / 紫式部(著)
安倍川の中ほどに、鵜殿甚七と元康とを乗せて、密談に時を移していた小舟は、やがて話もすんだとみえ、さおさして岸へ帰って来た。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
赤い毛氈もうせんを敷いた一艘いっそうの屋形舟は、一行を載せ、夏の川風に吹かれながら、鮎やはえなどの泳いでいる清い流れの錦川をさおさして下った。
御萩と七種粥 (新字新仮名) / 河上肇(著)
地酒の一瓢いっぴょうをたずさえたかどうか、記憶にないが、船は二十人ばかり乗れるのがあった。私は北上川に育って、さおには自信満々である。
胡堂百話 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
「願望」が「自然」に打克うちかつように見えるのは、その「願望」が「自然」に即し「自然」の流れにさおざしている時だけなのである。
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
船頭はやはり二人で、さおをつつッと突張つっぱるや否や、あとのがべそを調べると、櫓をからからとやって、「そおれ出るぞぉ」である。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
品川の一角、高輪の台、海を見下ろした高台に、宏大な屋敷が立っていて、大門の左右に高張り提灯が、二さお威光を示していた。
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
わらの穂にまだ若干の籾がくっついて残ることになり、それを集めてさおで打って、今一度残りの籾を落す作業が必要になってくるのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
古ぼけた箪笥たんすが二たさお、片方へゆがんだ茶箪笥、ふちの欠けた長持、塗のげた葛籠つづらなどが、幾つかの風呂敷包と共に壁にそって置いてある。
雪と泥 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
食後の小憩を未醒氏渚の扁舟へんしゅうさおさして湖心にづ。木川子は真裸になりて水中に泳ぐこと一、二分、たちまち躍り出して「アー冷たい」。
くわ煙管ぎせるで頑張り、岸から二、三段の桟橋、もやった船には客が二、三人、船頭はさおを突っ張って「さあ出ますよウ」と呶鳴どなる。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
京都から引き揚げる将軍家用の長持が五十さおも木曾街道を下って来るころは、この宿場では一層荷送りの困難におちいった。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
尾張町おわりちょうで自分だけ下りてお伺い致しました、と、そう云って、これはお嬢ちゃんにと、日光羊羹ようかんを三さおと絵端書とを出した。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
舟の周囲、船頭のさおの届く範囲だけでも何百あるかわからない。しかるにその花は、十間先も、一町先も、五町先も、同じように咲き続いている。
巨椋池の蓮 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
ともの高い五大力の上には鉢巻きをした船頭が一人一丈余りの櫓を押していた。それからおかみさんらしい女が一人御亭主に負けずにさおを差していた。
本所両国 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ほばしら、電柱、五月鯉さつきのこいさおなどになるのが、奇麗に下枝をろされ、殆んど本末の太さの差もなく、矗々すくすくと天を刺して居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
お島は絞ったものを、片端から日当ひあたりのいいところへ持っていってさおにかけたりした。日光がれただれたように目に沁込しみこんで、頭痛がし出して来た。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「とこしへに民安かれと祈るなる吾代わがよを守れ伊勢の大神おおかみ」。そのまことは天にせまるというべきもの。「取るさおの心長くもぎ寄せん蘆間小舟あしまのおぶねさはりありとも」
謀叛論(草稿) (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
川の真中へ出ると、船頭はゆっくりさおをさします。やっと落ちついて後を振返ると、土手の眺めがよいのです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
苦しまないで死ねるのは、今晩のような晩だけです、楽しんで死ねるのは、こういう晩でなければございません、二人に死ねと言ってさおが奪われたのです。
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「おれは、もっと、駛りたい。どうも、さっきの岩の腹を突いて曲がった時なんか実に愉快だった。ねがわくは船頭のさおを借りて、おれが、舟を廻したかった」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そして彼は水さおでぐっと一突きして、舟を気ままに右や左へあやつりながら危険な水路の中へはいっていった。
船頭は馴れているので平気でさおを突っ張ると、今日はふだんより流れのぐあいが悪かったとみえて、急に傾いてゆれた船はたがいにすれ違う調子をはずして
半七捕物帳:33 旅絵師 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
が、もとより恋の流れにさおさしていさえすればよい栄三郎ではなかった。若い血のときめきと武門の誓い!
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ただこの竜神必ず中ほどでさおを捨て、扇を持ち綱の引手を見するが極りの様なるにこれは終まで棹を振り通しにてありしは奇なりといひしが、余が見たるときは
両座の「山門」評 (新字旧仮名) / 三木竹二(著)
「せんせ、わたしのうちは、井戸のはねつるべのさおがまっ二つに折れて、井戸ばたの水がめがわれたん」
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
すっかり安心してうれしくなってしまい、座敷と座敷の境のしきいのところに立ったまま、そこらを見廻すと、八骨の右手の壁に沿うて高い重ね箪笥たんすを二さおも置き並べ
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
と是から船に乗ると、百姓が繋縄もやいほどいてさおを揚げて、上手うわての方へ押出し、艪杭ろぐいしめしてだん/\と漕ぎ初めたが、田舎の渡船ぐらい気の永いものは有りません。
緑雨は逍遥や鴎外と結んで新らしい流れにさおさしていた。が、根が昔の戯作者系統であったから、人生問題や社会問題を文人には無用な野暮臭い穿鑿せんさくと思っていた。
斎藤緑雨 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
それは、こういう親しげな応対に対するかすかな警戒と、相手方の陣営にさおをさしてみることであった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
いままで知らなかったさびしさを深く脳裏にりつけた。夫婦ふたりの手で七、八人の子どもをかかえ、僕がさおを取り妻がかじを取るという小さな舟で世渡りをするのだ。
去年 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
あの大きなからだを三味線の上へ尻餅しりもち突いて、三味線のさおは折れる、清元の師匠はいい年して泣き出す、あの時の様子ったらなかったぜ、おらは今だに目に残ってる……だが
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
清少納言と共通するもののあるのを知っていたのかとも思われるのは、随感録「さおのしづく」に
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
船頭せんどうさおりなほしてふねさうとするのを、玄竹げんちくは、『あゝ、こら、て/\。』とめて
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
いかだ乗りが青竹のさおをしごくと水しぶきが粉雪こなゆきのやうに散つて、ぶん流し、ぶん流し行く筏の水路は一条の泡を吐いて走る白馬だ。筏板はその先に逃げて水とほとんど一枚板だ。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
無情の船頭、船のもやいを解いてさおを岸の石に突き立てる、船は岸を離れる、もウこれが別れ。
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
米国の都市には汽車を渡す大仕掛けの渡船があるけれど、竹屋の渡しの如く、河水かわみず洗出あらいだされた木目もくめの美しい木造きづくりの船、かし、竹のさおを以てする絵の如き渡船はない。
そこには二たさお箪笥たんすと小机と鏡台が置いてあるばかり、人の隠れる場所とてもない。老人の許しを受けて、座敷に上がり、押入れをひらいてみたが、そこにも別状はなかった。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
にんじんは、口をつぐませるために、それを打とうとでもするように、そっと玉網のさおを引き上げると、これはまた、あしの繁みから、大きな図体ずうたいをした蝲蛄ざりがにがいくつとなく現われてくる。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
同じ流れにさおさすとも、本流に乗るものがあり、支流に走るものがあろう。澄むもの濁れるもの、健かなるもの病めるもの、人々は別目けじめもなくすべてを工藝と呼ぶ。積るちりはすでに厚い。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
そこでさおをさし渡して御船に引き入れて、サヲネツ彦という名を下さいました。
支那に於いてはさおの端に五色の糸をかけてお祭りをするのだそうであるが、日本では、やぶから切って来たばかりの青い葉のついた竹に五色の紙をり下げて、それを門口に立てるのである。
作家の手帖 (新字新仮名) / 太宰治(著)
同じく東洋に国を為している日本が逸早いちはやく世界的文明の潮流にさおさして、かれの長を採ると共にわれの短を補い、およそ世界の善を見てこれに移った結果、今日の新文明を産み出したのを見ると
「種々の別離を己はけみした」という様な心持である。これを聞いている間は、純一もこれまで自分が舟にさおさして下って行く順流を、演説者も同舟の人になって下って行くように感じていた。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そして毎年まいとし船をどっさり仕立てまして、その船底ふなぞこかわくときもなく、さおかいの乾くまもなもないほどおうかがわせ申しまして、絶えず貢物みつぎものたてまつり天地がほろびますまで無久むきゅうにお仕え申しあげます
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
それは、負けても賞金の貰える勝負に限って、すがめの男が幾度となく相手かまわず飛び出して忽ち誰にもさおのように倒されながら、なお真面目にまたすがめをしながら土俵を下って来る処であった。
南北 (新字新仮名) / 横光利一(著)
時節柄関口の滝の下の緑蔭下に、小舟にさおし遊ぶ者もかなり多いが、あれが江戸川橋からずっと下流の方まで、両側の葉桜の下の流れを埋めて入り乱れ続いていた一頃の如き賑いは見られないようだ。
早稲田神楽坂 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
かえって思う去歳○○○ 酒を載せて孤舟月にさおさすとき
妖怪学 (新字新仮名) / 井上円了(著)
さおふれしいかだ一瀬ひとせ過ぎながらなほ影なびく山吹の花
人々に答ふ (新字旧仮名) / 正岡子規(著)