梯子段はしごだん)” の例文
仕事は放擲うつちやらかして、机の上に肘を突き兩掌でぢくり/\と鈍痛を覺える頭を揉んでゐると、女中がみしり/\梯子段はしごだんを昇つて來た。
業苦 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
その途中の甚だ乱雑なのに驚かされたが、低い梯子段はしごだんのあがり口で、かの守田勘弥かんや出逢であうと、きょうもやはり丁寧に挨拶していた。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それからさっさと土間からかけてある梯子段はしごだんで向うむきのまま靴を脱ぎ、メリンスのカーテンの垂らしてある中二階へ上って行った。
豆腐買い (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それから又足音をぬすんで、梯子段はしごだんを下りて来ると、下宿の御婆さんが心配さうに、「御休みなすつていらつしやいますか」といた。
あの頃の自分の事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
たまに来てもさも気兼きがねらしくこそこそと来ていつのにか、また梯子段はしごだんを下りて人に気のつかないように帰って行くのだそうである。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
梯子段はしごだん踏轟ふみとどろかして上ッて来て、挨拶あいさつをもせずに突如いきなりまず大胡坐おおあぐら。我鼻を視るのかと怪しまれる程の下眼を遣ッて文三の顔を視ながら
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
そうして狭く小さくなった彼の意識の中へかすか跫音あしおとが入って来た。それは二階の梯子段はしごだんをあがって来ているような微な微な跫音であった。
雀が森の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
室へ帰る時、二階へ通う梯子段はしごだんの下の土間どまを通ったら、鳥屋とやの中で鶏がカサコソとまだ寝付かれぬらしく、ククーと淋しげに鳴いていた。
(新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「あ……それなら向うの突当りの梯子段はしごだんをお上りになると、直ぐ左側のお部屋で御座います。十二番と十三番のお二間になっております」
女坑主 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
梯子段はしごだんの二三段を一躍ひととびに駈上かけあがつて人込ひとごみの中に割込わりこむと、床板ゆかいたなゝめになつた低い屋根裏やねうら大向おほむかうは大きな船の底へでもりたやうな心持こゝろもち
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
梅子うめこさん!梅子うめこさん!ぐに手套てぶくろつて頂戴てうだい!』とこゑがして、やがてパタ/\と梯子段はしごだんのぼちひさな跫音あしおとがしました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
女は足を爪立つまだてて台所へ出て、女中に病室へ行っているように差図した。それから帽子と蝙蝠傘こうもりがさとを持って、飛ぶように梯子段はしごだんを降りた。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
とりあえず、その話を簡単に多吉の耳に入れて置いて、やがてその足で彼は二階の梯子段はしごだんを上って行って見た。夕日は部屋へやに満ちていた。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
正吉の重みで梯子段はしごだんきしむと、お美津みつ悪戯いたずららしく上眼でにらんだ。——十六の乙女の眸子ひとみは、そのときあやしい光を帯びていた。
お美津簪 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
梯子段はしごだんを昇る時、何心なく隣の部屋を覗くと、三十二三の遊び人風の男を、十八九の可愛らしい娘が、一生懸命なだめているのが見えます。
その屋根裏へ通うのにはアトリエの室内に梯子段はしごだんがついていて、そこを上ると手すりをめぐらした廊下があり、あたかも芝居の桟敷さじきのように
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
だが梯子段はしごだんりるには下りたが、登るのはよほどの苦痛で咳入せきいり、それから横になって間もなく他界の人となってしまった。
松井須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
君もよく知っている通り、その上げぶたを明けて、繩梯子でもおろしてくれる外には、梯子段はしごだんも何もないんだから。人間業では出られやしない。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そう云って、その友達は、白粉おしろいの濃い綺麗な顔で、店の暗い梯子段はしごだんを降りて来た。——わたしは海添いの旅館に宿をとった。
田舎がえり (新字新仮名) / 林芙美子(著)
やがて荒っぽい足音がきこえると、縁側から二階の梯子段はしごだんへむかっていたたまれぬようにけあがってゆく後姿が見えた。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
晩には、汗まみれになり疲れはてて、緑の帽子を目深にかぶり、監視の者のむちの下に、海に浮かんだ徒刑場の梯子段はしごだんを二人ずつ上ってゆくのだ。
「坊様、暗うございますよ」と言ったぎり、女とともに登ってしまったから僕もしかたなしにそのあとについて暗い、狭い、急な梯子段はしごだんを登った。
少年の悲哀 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
源蔵の眼と、貞四郎の眼とは、梯子段はしごだんの途中と下でじっと結びついていた。女中の来る気勢けはいがしたので、二人は、無言のまま、二階へ戻って行った。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私は嬉しさの余り、二段づゝ急いで梯子段はしごだんを上つた。座敷に入つてゆくと、皆はもういゝ加減に酔つてゐる所だつた。
良友悪友 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
真紀 昨日はお天気だったが明日は雨だろう、とか、家の二階の梯子段はしごだんは十二段だけれどあんたんところは何段ですって話だの、そんな話ばかりかい。
みごとな女 (新字新仮名) / 森本薫(著)
彼らは、次郎が梯子段はしごだんを上る音で話をやめ、一せいにこちらを見たらしかったが、誰の顔も石像のように固かった。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
「靴はお持ち致しますから。さあどうぞこちらの方へ、御二階の方で御座いますが」とその美しい声の主は、真暗な梯子段はしごだんを先に立って案内してくれる。
I駅の一夜 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
箱根竹をめて円蓋えんがいを作り、そのしほんに梯子段はしごだんを持たせて、いつぞやお話した百観音の蠑螺堂さざえどうのぐるぐると廻って階段を上る行き方を参考としまして
お増は浅井に済まないような、ねて見せたいようななつかしい落着きのない心持で、急いで梯子段はしごだんをあがった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
女が梯子段はしごだんを下りて行ったあとで、しばらく男はひとりでいた。ひとりでいると障子が余りに白く鮮やかで、なにかが映ってくるようなあやしい予期をさせた。
香爐を盗む (新字新仮名) / 室生犀星(著)
たるの間を探してみたが、何も居ない。——刑事はあごをしゃくった。その方角に梯子段はしごだんが斜めに掛っていた。
疑問の金塊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
話し声を聞くとどうやらそれは女らしく、しばらくすると、その声の持ち主が梯子段はしごだんを登ってきました。
塵埃は語る (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
なにか心待ちにしていることがあるらしく、何度も何度もそわそわとして、梯子段はしごだんの方をふりかえった。
山県有朋の靴 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
振り払い、振り払い、矢を負った獣物けもののように、私は夢中になって狭い急な梯子段はしごだんを駆けおりた。
梯子段はしごだんを登り来る足音の早いに驚いてあわててみ下し物平ものへいを得ざれば胃のの必ず鳴るをこらえるもおかしく同伴つれの男ははや十二分に参りて元からが不等辺三角形の眼を
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
自分は、起きると下へ行く梯子段はしごだん万朝報まんちょうほうが置いてあるのを取り上げた。京都では東京の各新聞はちょうど一時頃に配達されるのだった。自分は、何気なく万朝報を取上げた。
天の配剤 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
お松は夜着の中から滑り出て、ゆるんだ細帯を締め直しながら、梯子段はしごだんの方へ歩き出した。
心中 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
テカテカする梯子段はしごだんを登り、長いお廊下を通って、ようやく奥様のお寝間ねま行着ゆきつきましたが、どこからともなく、ホンノリと来るこうかおゆかしく、わざと細めてある行燈あんどう火影ほかげかすかに
忘れ形見 (新字新仮名) / 若松賤子(著)
泥々に酔って二階へ押上って、つい蹌踉よろけなりに梯子段はしごだんの欄干へつかまると、ぐらぐらします。屋台根こそぎ波を打って、下土間へ真逆まっさかに落ちようとしました……と云ったうちで。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
其光りで下を見ると梯子段はしごだんの下は一パイの捕手で槍の穂先はか/\と丸で篠薄しのすすきです。三発やると初めに私を捕へた男が持つた槍をトンと落して斃れました。私は嬉しかつた……。
千里駒後日譚 (新字旧仮名) / 川田瑞穂楢崎竜川田雪山(著)
梯子段はしごだんがあぶなくって、女の人はすべって首の骨をへし折っちまいそうなんだ。そいつを僕が平気でりられたもんで、それから、この僕でなけりゃならないってことになったんだ。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
それでね、早速荷物を片附けて、前の下宿へ帰ろうと思って、そう断ろうと梯子段はしごだんを降りると、爺さんも婆さんもいなくて、十二三の女の子がいた。仕方なく、その女の子に話すと
貸間を探がしたとき (新字新仮名) / 小川未明(著)
私はそんな人達から一尺程の金魚の沢山沢山居ると云ふ池やら、綺麗な花の咲いた築山つきやまやら、梯子段はしごだんの幾つにも折曲つたと云ふ二階や、中二階、離座敷の話をして貰ふのが楽みでした。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
お蔦が足をすべらせないように木で張った梯子段はしごだんをおり切ると、眼の前の二間ほどの所に、荒筵あらむしろが二枚だらりと下がっていて、その目を通して、何やら黄色い光が、地獄の夢のように
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
一段高く梯子段はしごだんを上ったところに、浅間神社を勧請した離屋はなれやが、一屋建ててあり、紀伊殿御祈願所の木札や、文化年間にあげたという、太々神楽だいだいかぐらの額や、天保四年と記した中山道深谷宿
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
梯子段はしごだんの上り口を見返るのは、どうも人が上って来るような気配がして、トントンと梯子段の途中まで上って来ては、そこで立ち止まっているものがあるように思われてならないからです。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
二室ばかり向うに抜け梯子段はしごだんを上にあがり、その人の本堂の室へ着きました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
おりから何だか、気味をく思っていないところへ、ある晩高麗蔵さんが、二階へこうと、梯子段はしごだんへかかる、妻君さいくんはまたおどかす気でも何でもなく、上から下りて来る、その顔に薄くあかりして
薄どろどろ (新字新仮名) / 尾上梅幸(著)
暗がりの梯子段はしごだんをよくまあ踏みはづさなかつたと思ふくらゐ、下の座敷へ飛びこんでみると庭の雨戸はいつのまにか一枚のこらず外され、おやもう夜が明けるのかしらと思つたほど明るかつた。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
こういう愛嬌あいきょうを浴びせかけられたので、老人はあいた口もふさがらず、突っ立ったまま、中二階をさして梯子段はしごだんを上って行くわが子の姿を見えなくなるまで、嘲笑あざわらうような顔つきで見送っていた。