たか)” の例文
内心に何か感情のたかぶりがあって、それが上機嫌となって発散してるかのようだった。その上、少し酒を飲んできているらしかった。
死の前後 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
あんな風になすっていいものだろうか、由紀はたかぶってくる気持を抑えようもなく、この日ごろの姑の態度を一つ一つ思いかえした。
日本婦道記:藪の蔭 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
血を見れば、自分が血を流したように勇み、槍や長柄の光を見れば、敵を殲滅せんめつして来たものと思いこんで、ただたかぶりさわぐのだった。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だから、この深夜に移動する一隊にいてはお互いに疑惑の目を凝らすのである。それが人間であるから神経はいよいよたかぶるのだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
奴等の顏を見ると、僕はう妙に反抗心がたかまツて來て、見るもの聞くもの、何でも皆頭から茶化して見たい樣な氣持になるんだ。
漂泊 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
白人の不人気は日毎にたかまるようだ。穏和な、我がへンリ・シメレも今日、「浜(アピア)の白人は厭だ。むやみに威張ってるから。」
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
そう考えて来ると、先刻まで晴やかに華やかに、たかぶっていた勝平の心は、苦いにらを喰ったように、不快な暗いものになってしまった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
法律はこれらの絵の売買をさえ禁じているではないか、一目見ると心臓がたかぶるというまでにその裸体は人を動かせるのだからたまらない。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
どうもあれには閉口、まいったよ、そういう言い方は、ヒステリックで無学な、そうして意味なくたかぶっている道楽者の言う口調である。
如是我聞 (新字新仮名) / 太宰治(著)
その話を聞いている内に、刻々素戔嗚の心のうちには、泣きたいような、叫びたいような息苦しい羞憤しゅうふんの念が、大風のごとくたかまって来た。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
しだいに怒りの感情が、胸の中へ盛り上がりたかまって来たのは、当然のことといってよかろう。「莫迦にしているのだ。なぶっているのだ」
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
やがてすべての憤怒、憎悪が女の方に漸次にたかぶつて来た。そして何とも云ひやうのない口惜しさと不愉快な重くるしさが押しよせて来た。
惑ひ (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
かれ其時そのとき服裝なりにも、動作どうさにも、思想しさうにも、こと/″\當世たうせいらしい才人さいじん面影おもかげみなぎらして、たかくび世間せけんもたげつゝ、かうとおもあたりを濶歩くわつぽした。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
しかし、折竹ほどの、男の目にさんさんたる粒が宿るということは、もっと、大きな大きな感情のたかまりでなければならぬ。
人外魔境:03 天母峰 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
併し周三は、實に厄介やくかいきはまるせがれであツた。奈何なる威壓ゐあつを加へてもぐわんとして動かなかツた。威壓を加へれば加へるほど反抗はんかうの度をたかめて來た。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
セエラのきずついた心臓は、ちょうどたかぶっている時でしたので、こんな物のいいようも知らない人からは、早くのがれた方がいいと思いました。
通らなければ、こゝへ來る道はありません。私は自分でも困るほど目ざとい上、昨夜はかんたかぶつて曉方までまんじりともしなかつたんですもの
銭形平次捕物控:130 仏敵 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
そんなことで、次の年々からは秋になると、復一は神経を焦立いらだてていた。ちょっとした低気圧にもかんたかぶらせて、夜もおろおろ寝られなかった。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
神経がたかぶってくる。ちょうど、村の十字架像の前で、彼は帽子をいだついでに、そいつを地べたに叩きつけ、足で踏みにじり、そして叫ぶ——
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
「そいつが、何しろすっかり気がたかぶって、取り止めもねえことばかりいっているので——大した高慢な口を利くだけで、わけがわからねえ——」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
手柄があっても加増も出来ぬとあれば、当藩士の意気組は腐るばっかり。武芸出精しゅっせいの張合が御座らぬ。主君の御癇癖もたかまるばっかり……取潰し結構。
名君忠之 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
天を仰げる鼻のあなより火煙もくべき驕慢きょうまんの怒りに意気たかぶりし為右衛門も、少しはじてや首をたれみながら、自己おのれが発頭人なるに是非なく
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
芝生しばふを横切つていくのに違ひないと察しるんだが、しかし、この時には私の心は恐ろしいものを待受け、神經がたかぶつてゐたので、その早く走る光が
山鹿は、その白藤の皮肉じみた言葉にも気づかぬように、可笑おかしなことには、まだ胸をどきどきとたかまらせながら
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
「癇がたかぶってれ切っているんだもの。あれじゃあからだにも障るだろうよ。あんなにも男が恋しいものかね」
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それは一たい僕にとって何なのだ? と急にパセチックな波がたかまって、この世に苦しむものの、最後の最後の一番最後のものの姿がパッと閃光を放つ。
火の唇 (新字新仮名) / 原民喜(著)
実を言えば、鶴見は結婚後重患にかかり、その打撃から十分にいやされていなかったのである。そればかりか、病余の衰弱はかれの神経を過度にたかぶらせた。
ホールの客の興奮が次第にたかまりのぼって熱して来たとき、突如として外から一団の娘たちが繰り込んで来た。
罌粟の中 (新字新仮名) / 横光利一(著)
お銀様は、ただもう、その古詩を思い出すことによって、感情がたかぶってきましたが、足許はあせらずに、胆吹の裾野の夕暮を、じっくりと歩んでいるのです。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
さて二のうまも済みまして、二月の末になりまして、大きに暖気に相成りました。御舎弟紋之丞様は大した御病気ではないが、如何いかにも癇がたかぶって居ります。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「やろうといったって、鶴はまだない。これから、ひねりに行くんです」とたかぶったようなことをいった。
西林図 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
おりを蹴破り、桎梏しっこくをかなぐりすてた女性は、当然あるたかぶりを胸に抱く、そこで古い意味の(調和)古い意味の(諧音)それらの一切は考えなくともよいとされ
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
投げつけてからおせきは、傍につくねんと立っているおさよに向ってたかぶる胸のうちを奔注させた。
(新字新仮名) / 犬田卯(著)
かつてまのあたりベダイ人を載せた馬が銃火をくぐりて走るを見しに、軽く前脚をあげたり、尻を低くしたり、動くごとに頭頸をたかくして騎手のために弾丸を遮るようだった。
妾は神経がたかぶるのを抑えて、彼が持った小判型の象牙札を見詰めていたのです。佐野は血の気を失って、この世のものとは思えないほど、宗教的な顔をしていました。
バルザックの寝巻姿 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
もっと落着いてくれ、そんなにお前のようにたかぶってはこまるではないか。ねえ、お父さんの眼を
みずうみ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
口惜しさに心がたかぶり、眼がすわつて来ると、ゆき子は急にめまひがして、くらくらとそこにつつぷしてしまつた。下腹に渋い痛みを感じ、肩の力が抜けてゆくやうだつた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
吉田はいよいよ母親を起こそうかどうしようかということで抑えていた癇癪かんしゃくたかぶらせはじめた。吉田にとってはそれを辛抱することはできなくないことかもしれなかった。
のんきな患者 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
そして心に暗いところがあると云われたのが、恐ろしく彼の神経をたかぶらせた。孔子はそれを見逃がさなかった。そして司馬牛が何か辯解をしようとするのを押さえるように
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
雪線をたかめる結果になる、日本アルプスを仮に最北を白馬岳から、最南を富士山より少しく以南(赤石山系の最南端は低いから除いて)までとすれば、おそらく雪線高低の差は
高山の雪 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
書き出してみると次第に鬱積したものがたかぶってきて混乱に陥り、結論だけが妙に歴々と一面にはびこってきてもはや激情を圧えるすべもなくなったので、改めて次の意味を率直に
小さな部屋 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
それからとうものは、ぼくは、バック台をひきながらも、背後の体育室のなかで、かすかに、モーターの廻り出す音でも、聞えると、あなたが来ているかなと、胸がたかまるのでした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
読んでゆく間に、もちろん感情はたかめられたけれども、口を噤むほどのことはなくて、しまいまで読みつづけた。渡瀬さんもそれからはかなり注意しておぬいの訳読を見ていてくれた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ジョヴァンニは、深い心を持たずして——今それをはかってみたのではないが——敏速な想像力と、南部地方の熱烈な気性とを持っていた。この性質はいつでも熱病のごとくにたかまるのである。
彼のたかぶった耳なればこそそれを聞きとったのである。廊下の板にごくかすかに物のれる音だった。クリストフは床の中に身を起こした。軽い音は近寄ってきて止まった。一枚の板がきしった。
先生の気焔きえん益々ますますたかまって、例の昔日譚むかしばなしが出て、今の侯伯子男を片端かたっぱしから罵倒ばとうし初めたが、村長は折を見て辞し去った。校長は先生が喋舌しゃべくたぶれい倒れるまで辛棒して気燄きえんの的となっていた。
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
それは或ひは、さまざまな出来事が彼女を無残に踏み荒したあとの疲労が知らず知らず彼女の情感の反射熱をたかめてゐたせゐに異ひない。情感はいつ知れず彼女の胸に丸やかな肉の線を与へてゐた。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
うまでじやうたかぶつたところへ、はたと宿やどからさがしに一行いつかう七八人しちはちにん同勢どうぜい出逢であつたのである……定紋じやうもんいた提灯ちやうちん一群いちぐんなかツばかり、念仏講ねんぶつかうくづれともえれば、尋常じんじやう遠出とほで宿引やどひきともえるが
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
一層私は少女時代の絵本類に懐かしい追憶をたかめました。
幼き頃の想い出 (新字新仮名) / 上村松園(著)
一層驚異の念をたかめずにはいられなかったのであります。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)