数寄すき)” の例文
旧字:數寄
その富豪かねもちも皮肉哲学者に、自家の邸宅やしきを自慢したいばかりに、飾り立てた客室きやくまから、数寄すきを凝らした剪栽うゑこみの隅々まで案内してみせた。
そもそも私の酒癖しゅへきは、年齢の次第に成長するにしたがっのみ覚え、飲慣れたとうでなくして、うまれたまゝ物心ものごころの出来た時から自然に数寄すきでした。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
間もなく、明智と私とは伯父の邸の数寄すきこらした応接間で伯父と対座していました。伯母や書生の牧田まきたなども出て来て話に加わりました。
黒手組 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
父よ、あなたがうつし身でついに叶い得られなかったその数寄すきな望みを、女だてら、娘なるが故に、受け継いで叶えて上げます。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
女史の住宅は数寄すきをこらした家です。それよりも、白雲を驚かしたことは、玉蕉女史が本当の美人であることを見たからです。
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
この教信は好事こうずの癖ある風流人であったから、椿岳と意気投合して隔てぬ中の友となり、日夕往来して数寄すきの遊びをともにした。
これらの人々の注文はいずれも数寄すきに任せた贅沢ぜいたくなものでありますから、師匠自ら製作するのを見ていても私に取っては一方ならぬ研究となる。
花の影、松風の中に一人立つ大工の目を驚かして、およそ数寄すきを凝らした大名の下屋敷にも、かばかりの普請はなかろう。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すなわち数寄すきを尊ぶ武士のこころもちのもつ美しさである。さらに徳川時代ではどうであろう。徳川町人のもつ美には彼らのいきというものがある。
近代美の研究 (新字新仮名) / 中井正一(著)
当時有名な煙管商、住吉屋七兵衛すみよしやしちべえの手に成った、金無垢地きんむくじに、剣梅鉢けんうめばちもんぢらしと云う、数寄すきらした煙管きせるである。
煙管 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
茶器は今万金を要し、茶室は数寄すきをこらし、茶料理は珍味をととのえています。かくなった時すでに茶の道があるでしょうか、あり得るでしょうか。
民芸とは何か (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
これは何とかしなくてはならないと、忙しく思案しながら、数寄すきを凝らした雑賀屋の門内へ、お高を運び入れていた。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
風呂場ふろばを経て張り出しになっている六畳と四畳半(そこがこの家を建てた主人の居間となっていたらしく、すべての造作に特別な数寄すきが凝らしてあった)
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
今のように富限者ふげんしゃが、山の手や郊外に土地をもっても、そこを住居いえにしていなかったので、蔵と蔵との間へ茶庭をつくり、数寄すきをこらす風流を楽しんでいた。
わたしは幼年のころ、橋場、今戸、小松島、言問ことといなど、隅田川すみだがわの両岸に数寄すきをこらした富豪の別荘が水にのぞんで建っていたことをはからずもおもいうかべた。
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
かように治まりたる御代には太刀をさやに納め弓をば袋に入れて置いても、その身その身の数寄すき数寄すきに随い日を暮し夜を明かし慰むべき事じゃ、千も万も入らず
翌朝、起き出てみると、総曲輪そうぐるわとりでづくりらしいが、内の殿楼、庭園の数寄すきなど、夜前の瞠目どうもく以上だった。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
数寄すきということを知らぬから、真面目まじめ一途で駄目だということを記しとどめられたことは前に一度触れた通りで、こうした院の御心と定家の強情な芸人気質かたぎとが
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
麹町の学校や鎌倉の別荘に岡見を見た眼で、その時女中に案内された茶の間や数寄すきこらした狭い庭先を見ると、何となく捨吉は岡見の全景を見たような気がした。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
いかさま舟宿としては一流らしい構えで、数寄すきをこらしたへやべやは、いずれも忍ぶ恋路のための調度器具を備えながら、見るからに春意漂ういきな一構えでした。
都会の紅塵こうぢんを離れ、隅田の青流にのぞめる橋場の里、数寄すきらせる大洞利八おほほらりはちが別荘の奥二階、春寒き河風を金屏きんぺいさへぎり、銀燭の華光燦爛さんらんたる一室に、火炉をようして端坐せるは
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
数寄すきこらした純江戸式の料理屋の小座敷には、活版屋の仕事場と同じように白い笠のついた電燈が天井からぶらさがっているばかりか遂には電気仕掛けの扇風器までが輸入された。
銀座 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
蓮池の自宅の奥に数寄すきらいた茶室を造って、お八代に七代とかいう姉妹の遊女を知行所の娘といつわって、めかけにして引籠もり、菖蒲しょうぶのお節句にも病気と称して殿の御機嫌を伺わなんだ。
名君忠之 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
と思った時は、まるっきり見当も付かぬ家の前——深い木立の中の一軒屋、それはちょうど大名の下屋敷の離屋はなれといった、小さいが数寄すきを凝らした家の庭先へ担ぎ入れられていたのです。
構えが宏壮こうそうという種類のものではなく、隅々すみずみまで数寄すきを凝らしたお茶趣味のものだったが、でっぷり肥った婦人の三年にわたった建築の苦心談をくだけでも、容易なものではなかった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
黒板塀に黒鉄の忍返し、姫小松と黒部をぎつけた腰舞良こしまいらの枝折戸から根府川の飛石がずっと泉水のほうへつづいている。桐のずんどに高野槇こうやまき。かさ木の梅の苔にもさびを見せた数寄すきな庭。
顎十郎捕物帳:02 稲荷の使 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
程近い徒士町おかちまち辺に閑居を構え、数寄すき風流の道に遊んでいるものでありました。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
氷川なる邸内には、唐破風造からはふづくりの昔をうつせるたちと相並びて、帰朝後起せし三層の煉瓦造れんがづくりあやしきまで目慣れぬ式なるは、この殿の数寄すきにて、独逸に名ある古城の面影おもかげしのびてここにかたどれるなりとぞ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
飛び飛びに藁葺わらぶきの百姓家があった。ぼんやり春の月が出た。と一軒の屋敷があった。大名方の控え屋敷と見え、数寄すきの中にもいかめしい構え、黒板塀がめぐらしてあった。裏門の潜戸くぐりがギーと開いた。
銅銭会事変 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
数寄すき光壁くわうへき更たけて、 千の鱗翅と鞘翅目
文語詩稿 一百篇 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
それも室生自身の家の室生自身の庭ではない。家賃を払つてゐる借家の庭にらざる数寄すきらしてゐるのである。
野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
こはこれ、公園地内に六勝亭ろくしょうていと呼べる席貸せきがしにて、主翁あるじは富裕の隠居なれば、けっこう数寄すきを尽くして、営業のかたわらその老いを楽しむところなり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
福松の言う相当の顔役が言っていた、旦那衆もてなしの数寄すきをこらした仮構かりがまえに、庭も広いし、四辺あたり気遣きづかいはなし。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
一体下等社会の者に附合つきあうことが数寄すきで、出入りの百姓町人は無論むろん穢多えったでも乞食でも颯々さっさつと近づけて、軽蔑もしなければいやがりもせず言葉など至極しごく丁寧でした。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
ついふた月ほどまえに松平伊豆守がわざわざそのために造営さしたお庭つづきのおほりばたの、ほんとうに文字どおりお濠ばたの数寄すきをきわめたちいさな東亭あずまやでした。
今日数寄すきをこらし千金を投じて造る茶室の如きは、茶道の真意に悖ると云わねばならぬ。なぜなら茶祖が示した茶の美は「下手げて」であり、清貧の美だからである。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
庭はさすがに堺町人さかいちょうにん数寄すきをこらしたもの、土蔵一側の隔てだが、店先の暑さや騒ぎは別天地のようだ。泉石も、樹々も打水に濡れ、かすかな水のせせらぎが耳を洗う。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
北向道陳きたむきのどうちんなどの風とを引き合わされて数寄すきらされ、又山里にも沈香じんこうの長木を以て、四畳半と二畳敷の数寄屋を建てられ、早くもその道の面々を召してお茶を下されたり
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
つい一昼夜前まで、このあたりにめずらしい、数寄すきをこらした寮の建物のあったあたり、焼け木が横たわり、水と灰によごれた畳、建具がちらばり……まだ焼け跡の整理もついていない。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
その家屋も格子戸こうしど欞子窓れんじまど忍返しのびがえし竹の濡縁ぬれえん船板ふないたへいなぞ、数寄すききわめしその小庭こにわと共にまたしかり。これ美術の価値以外江戸末期の浮世絵も余に取りては容易に捨つること能はざる所以ゆえんなり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ひのきの木口数寄すきらし、犬黄楊いぬつげまがきうち、自然石の手水鉢てうづばちあり。かけひの水に苔したるとほり新しき手拭を吊したるなぞ、かゝる山中の風情とも覚えず。又、方丈の側面の小庭に古木の梅あり。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
つまりは和歌成立の地盤が数寄すきそのものの上に来たことである。文芸をうちこんで作るか、数寄の心をもってたしなむかの問題でなく、数寄の生活の上で、和歌を「詩」にしようとする努力である。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
邸そのものがまた仲々広大なもので、明治の中頃に建てられた煉瓦れんが造りの西洋館、御殿造りの日本建て、数寄すきを凝らした庭園、自然の築山つきやまあり、池あり、四阿あずまやあり、まるで森林の様な大邸宅である。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
数寄すきらせる奥座敷の縁に、今しも六七名の婦人に囲まれて女王によわうの如く尊敬せらるゝ老女あり、何処にてか一度拝顔の栄を得たりしやうなりと、首を傾けて考一考かういつかうすれば、アヽ我ながら忘れてけり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
なお更住居には意表外の数寄すきを凝らした。
また流行ともいえないほど、日常のものになりきっていたが、これに伴う趣向しゅこう数寄すきとか道具のぜいとか、いんすればおのずからどんな道にも余弊よへいの生じるのは同じことで
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
青糸毛あおいとげだの、赤糸毛あかいとげだの、あるいはまた栴檀庇せんだんびさしだのの数寄すきを凝らした牛車ぎっしゃが、のっしりとあたりの人波を抑えて、屋形やかたに打った金銀の金具かなぐを折からうららかな春の日ざしに
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
血に交わりて赤くならずこの通り幼少の時から酒が数寄すきで酒のめにはらん限りの悪い事をして随分不養生もおかしましたが、又一方から見ると私の性質として品行は正しい。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「しかし貴客あなた、三人、五人こぼれますのは、旅籠はたごやでも承知のこと、相宿でも間に合いませぬから、廊下のはずれのかこいだの、数寄すき四阿あずまやだの、主人あるじ住居すまいなどで受けるでござりますよ。」
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
内容の数寄すきを凝らしたことは一目見てもそれとわかるのであります。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)