しょう)” の例文
余計な事でございますがね——しょうが知れちゃいましても、何だか、おんなの二人の姿が、鴛鴦の魂がスッと抜出したようでなりませんや。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして、一体彼は何か仕事をしているのか、どうか疑わしいほど、労働がきらいなしょうのように見えた。彼の職務は倉庫番であった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
亭「へい中身なかごは随分おもちいになりまする、へいお差料さしりょうになされてもおに合いまする、お中身もおしょうたしかにお堅い品でございまして」
久次郎のおふくろというのが、その春の末頃からしょうの知れない病気でぶらぶらしているので、茅場町に上手な行者があるという噂を
半七捕物帳:26 女行者 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
もうもう私の増長したのにはあきれて了った、到底とても私のようなしょうの悪い女は奥様につかえないということを御話しなさいましたのです。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ところが細君の方はもともと役者がしょうに合っている訳なんだからかどうか分りませんが、何となくめたくなかったのであります。
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
持って生れた平和なしょうから、不満な家庭の味気なさに安住することに努め、内にも外にも、人間らしい色彩を失いかけていた彼である。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
由来、懐柔かいじゅう、外交、隠忍いんにんなどは彼のしょうに合ったものではない。だから一面では、相変らず烈しい猛断と攻撃は敵にそそがれつつあった。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「加内はいまのお役がしょうに合っているからとお断わり申したのでしょう、それにおんなの口からお役目のことなど云えはしませんからね」
日本婦道記:風鈴 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
これはしょうが悪くて、客が立止って一度価を聞こうものなら、金輪際こんりんざい素通りの聞放しをさせない、たもとを握って客が値をつけるまで離さない。
江戸か東京か (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
すなわち今彼に向って「やあやあなんじは人間のしょうか河童のたぐいか」とどなっているのは、鬼河原家の三太夫さんだゆう氏の声にちがいない。
未来の地下戦車長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼方あちらでも堅人と仰有る。此方でも堅人と仰有る。お母さん、これは案外目っけものですよ。しょうの知れない秀才よりも安心です」
嫁取婿取 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「女をたらすしょうの悪い若僧を、ぶった斬ること出来ませぬので、代わりといたしまして、殺人鬼めの足をぶった斬りましてござりますよ」
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
私は事実そのような疑問にひっかかり、「私」という主人公を、一ばんしょうのわるい、悪魔的なものとして描出しようと試みた。
春の盗賊 (新字新仮名) / 太宰治(著)
佐助は何という意気地なしぞ男のくせ些細ささいなことにこらしょうもなく声を立てて泣くゆえにさも仰山ぎょうさんらしく聞えおかげで私が叱られた
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
わたしたちはずいぶん性質せいしつがちがっていた。たぶんそれでかえってしょうが合うのかもしれなかった。かれはやさしい、明るい気質きしつを持っていた。
かの女は居坐りを直し、寒くもないのに袖を膝に重ねて青年のしょうの知れない寂寞が身に及ばないような防ぎを心に用意した。
高原の太陽 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
こらえしょうというものが全くなく、怒りだすと手がつけられない。身のまわりにるものなら飯櫃めしびつでも、金魚鉢でも手あたり次第に投げつける。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
このあわれなようすを見ると、森川夫人は我慢もこらしょうもなくなったように梓さんのそばに走り寄って、腕の中に抱きとり
こらえしょうのない人々の寄り集まりなら、身代が朽ち木のようにがっくりと折れ倒れるのはありがちと言わなければならない。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「あなた、吃驚びっくりしていらっしゃるわね、びっくりなさるのも御無理はございませんが、御安心くださいまし、しょうの知れたお金でございますから」
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「あなたはこの先まだまだありますよ。どうして減刑が不必要なんです、どうして不必要なんです! あなたは実にこらえしょうのない人ですなあ」
「親父が武家上がりで、二三十本ありましたが、しょうの良いのは売ってしまいましたし、手頃なのは、弟が持出しました」
彼はこのしょうを自分ながら不審に思った。そうして、恐らく自分の持って生れた臆病な性質が、その原因になって居るだろうと考えるのであった。
死の接吻 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
思えば思うという道理で、しょうが合ったとでもいう事だったが、先方さきでも深切にしてくれる、こっちでもやさしくする。
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ただかんがしょうな主人の頭には、花前のように、きのうときょうとの連絡れんらくもなく、もちろんきょうとあすとの連絡もない。
(新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
それでも五右衛門は、二度の失敗にしょうこりもなく、また三度目の考えをいたしました。例の通り橋の上にお爺さんを呼び出して、ぜひにと願いました。
泥坊 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
と、自身で自身をしかって見たが、私にはただたわいもなく哀れっぽく悲しくって何か深いふちの底にでも滅入めいりこんでゆくようでこらしょうも何もなかった。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
しかし御承知の通り父はとてもしょうでしたので、がなかなか八釜やかましくて職人は面喰い通しだったそうです。
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しょうにおえない鉄道草という雑草があります。あの健康にも似ていましょうか。——私の一人相撲はそれとの対照で段々神経的な弱さをあらわして来ました。
橡の花 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
伯母おばさんが、おまえのしょうだから、今年ことしから自分じぶんいえでも、へちまのみずるといいといったんだよ。」
へちまの水 (新字新仮名) / 小川未明(著)
隷属し、奴隷化した精神という言葉をきいてさえ、それらの人々はただ冷笑して平気であるほど、きょうの日本文学の精神のある部分はしょうがぬけきっている。
「道標」を書き終えて (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
そりゃアただの博奕なんかよりはしょうが悪いだけに、それだけまた面白いんでしょう……いや、競馬どころの騒ぎじゃアありませんよ……それで、最初は、二
あやつり裁判 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
どうも、その方がしょうにあっているらしい。坊さんたちは、いかにもけげん顔。恐らく、親切な彼らにも、私の真の気持ちは、ついに通じなかったかもしれない。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
お口に合わねえ品かも存じませぬが、しょうはたしかの生の鯛、気は心でごぜえやすから、よろしくお召し上がり下せえまし——と、このように書き認めてござります
しょうこりもなくじゃれつく牝犬もこれほどしつこくはあるまいと思われ、若者達も流石さすがに根負けのじぶんになって、お綱は淫乱そのものの瞳を燃やして歓声をあげ
禅僧 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
(『維摩経ゆいまきょう』に曰く、「もし生死しょうじしょうを見れば、すなわち生死なし。ばくなくなく、ねんせずめっせず」と)
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
諸君は、わたしをしょうのない夢想家だと笑うかもしれないが、ともかくもその靄が消えるとともに、彼女の顔も玲瓏れいろうたる鏡のなかへ消え失せてしまったのである。
その上で言ひたい事をも申すべしと存じそうらひしにはちがいなく、かやうな悪しき心を持ち候ひし事、今更申すも恥しく候、さて女のしょうは悪しきものと我ながら驚き候は
そめちがへ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
お猿のしょうの保君は、誰よりも森がすきなのです。眼鏡猿やパンの木に味をしめて、また何か見つけたいものだと、道もない森の中を、奥へ奥へと歩いて行きました。
新宝島 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しょうの悪き牛、乳をしぼらるる時人をることあり。人これを怒つて大に鞭撻べんたつを加へたる上、足をしばり付け、無理に乳を搾らむとすれば、その牛、乳を出さぬものなり。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
誰でも大概な人間というものは、私みたいなしょうのわるいやつでも、人の物がある、少し綺麗だと盗みたい……というのは少しおかしいが、欲しいという考がちょッと起る。
人格の養成 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
酒を火鉢ひばちかんをしてのむなど甚だ不行儀で、そのくせ、必要な客との応対などは尻込みをして姿を隠すなど、なかなか奇癖のある人物で、私とはどうもしょうが合いかねました。
吾太夫を足蹴にする処も、重左衛門に理窟をいふ処もしょうがある様でない様な工合実に妙なり。
彼は非常に上品な風采ふうさいの五十がらみの男で、頭髪は銀のように白く、そのむっくりとふとった血色のいい顔には善良のしょうがあらわれ、その眼は間断なく微笑にまたたいていた。
路傍みちばたの農家にチョンまげの猿のような顔をした老爺おやじが立っていたので、またしてもしょうなく
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
多分その道楽がこうじてのことかと思われるほどのしょうで、風邪かぜの気味でふうふう言っている時でも、いざ開帳となると、熱のあるのも忘れて、起き出して来るのであった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
が、召抱えるということは、しょうの分らないこの剣客には、家老達も不賛成をした。何かの理由のもとで、何処どこかへ封じてしまったらという発議が、城内役人の間に起っていた。
天狗 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
腰にも、腕にも、脇の下からはすに肩へ掛けても犇々ひしひしと搦んだ恐ろしいしょうの悪い藻で有った。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
生物以外に形の悪いもの、しょうの知れないものは食べられませんでした。シャコ、エビ、タコ等は虫か魚か分らないような不気味なものだといって、怖気おぞけをふるっておられました。
泉鏡花先生のこと (新字新仮名) / 小村雪岱(著)