御手洗みたらし)” の例文
片側は土手、片側は鉾杉ほこすぎ小暗おぐらい林で、鳥の声もかすかである。御手洗みたらしの水の噴きあげる音が、ここまでかすかにひびいてくる。
顎十郎捕物帳:05 ねずみ (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
不躾ぶしつけですが、御手洗みたらしで清めた指で触って見ました。冷い事、氷のようです。湧いて響くのが一粒ずつ、てのひらに玉を拾うそうに思われましたよ。
半島一奇抄 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今と違って遊山半分でもマジメな信心気も相応にあったから、必ず先ず御手洗みたらしで手を清めてから参詣するのが作法であった。
それから、江戸時代の神社仏閣の御手洗みたらしにかけてある奉納手ぬぐいを、至るところの休み茶屋や、室で見ることである。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
おッとッと、そう一人ひとりいそいじゃいけねえ。まず御手洗みたらしきよめての。肝腎かんじんのお稲荷いなりさんへ参詣さんけいしねえことにゃ、ばちあたってがつぶれやしょう
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
その「新小説」に附いていた口絵の、飜る納め手拭の下、御手洗みたらしの水に白い手をさしのべた、若い芸妓の恰好をさえいまなおわたしは覚えている……
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
彼は、御手洗みたらしの水で口漱くちすすいだ。さらにもう一杓子ひとしゃくし含んで、刀の柄糸へきりを吹き、わらじのにもきりを吹いた。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
先ず成裕は御手洗みたらしに手を清めて社参すべく拝殿に向い、鈴を鳴らそうとして、手綱の蛇の首に眼が着いた。
壁の眼の怪 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
甲州佐久さく神社の七釜ななかま御手洗みたらしという清水なども、人がその傍を通ると水がたちまち湧きあがり、細かな砂が浮き乱れて、珍しい見物であるという話であります。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
もしかしてそこまで来ないのではないかと思ったが、かれらが境内へ入るのと殆んど同時に、渡辺蔵人という男の声が聞え御手洗みたらしのところへ二人の来るのが見えた。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
二重にも三重にも建てめぐらされた正方形なる玉垣の姿と、並んだ石燈籠の直立した形と左右に相対して立つ御手洗みたらしの石の柱の整列とは、いずれも幽暗なる月の光の中に
霊廟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それは平生へいぜい見かける枯れ葉のたまった水のない石の御手洗みたらしかたわらにある石燈籠いしどうろうの燈であった。
雀が森の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
浦安の宮のきざはしの傍に立つ、紅の手綱、朱の鞍置いた、つくりものの白い神馬は、やがて後段の昇天の馬の姿である。その宮の前の御手洗みたらしに水を求めた稚兒は、旱魃を救ふ爲めの女神だつた。
「恋せじと御手洗みたらし川にせしみそぎ神は受けずもなりにけらしな」
源氏物語:53 浮舟 (新字新仮名) / 紫式部(著)
御手洗みたらしの屋根も横倒しになって潰れている。
静岡地震被害見学記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
御手洗みたらしや相染川の両岸もろぎしに対ひて明る連翹の花
海阪 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
去年の夏だ、まだ朝早いのに湯島に参って、これから鰐口わにぐちを鳴らそうと思うので、御手洗みたらしで清めようとすると、番の小児こどもが水銭をくれろと云った。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
多摩川南北の平原中には、このほかになお数十百の小井ノ頭がある。『新篇風土記稿』を読むと、これらの泉の附近にはこれを御手洗みたらしとして必ず古い社または堂がある。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
と、まだ幾分か、宿酔しゅくすいの眼まいを感じるらしく、ふら、ふら、と御手洗みたらしの方へあるいて行った。
無宿人国記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なにひとつ心願しんがんなんぞのありそうもない、五十をした武家ぶけまでが、雪駄せったをちゃらちゃらちゃらつかせてお稲荷詣いなりもうでに、御手洗みたらし手拭てぬぐいは、つねかわくひまとてないくらいであった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
赤いメレンスの帯ばかりめて娘姿むすめすがたが、突然とつぜんたつた一日のあひだに、丁度ちやうど御手洗みたらしで手を洗つてゐる若い芸者そのまゝ姿すがたになつてしまつたのだ。薬指くすりゆびにはもう指環ゆびわさへ穿めてゐた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
納め手拭を御手洗みたらしの柱へかけて、やしろへちょっと拍手かしわでをうち、茶屋の婆へ愛想よく声をかけてから、崖っぷちへ行って、雪晴れの空の下にクッキリと浮き出した筑波山の方を眺めていた……。
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
その水は、御手洗みたらし川であった。旅館梅月へ着く。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
多津吉は、手足を力なく垂れた振袖を、横抱きに胸に引緊ひきしめて、御手洗みたらしの前に、ぐたりとして、蒼くなって言った。
「すまねえが、御手洗みたらしの水をすくってきて、お千絵様を介抱して上げてくれ。おれはその間に渡し船を探してくる。とても、この火事騒ぎじゃ、橋を越しちゃ行かれねえから」
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
社の前にある御手洗みたらしの池に、この石を浸して雨を祈れば、必ずしるしがあると信じていましたが、どうしたものか後には御幣ばかりになって、もうその石は見えなくなったといいます。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
赤いメレンスの帯ばかりめていた娘姿が、突然たった一日のあいだに、丁度今御手洗みたらしで手を洗っている若い芸者そのままの姿になってしまったのだ。薬指にはもう指環ゆびわさえ穿めていた。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
伊豆石いずいし御手洗みたらしあらったを、くのをわすれた橘屋たちばなや若旦那わかだんな徳太郎とくたろうが、お稲荷様いなりさまへの参詣さんけいは二のぎに、れの隠居いんきょ台詞通せりふどおり、つちへつかないあしかせて、んでたおせんの見世先みせさき
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
百日紅さるすべりあり、花桐はなぎりあり、また常磐木ときわぎあり。梅、桜、花咲くはここならで、御手洗みたらし後合うしろあわせなるかの君の庭なりき。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あふれる水にれた御手洗みたらしの石がひるがへる奉納ほうなふ手拭てぬぐひのかげにもうなんとなくつめたいやうに思はれた。れにもかゝはらず朝参あさまゐりの男女は本堂の階段をのぼる前にいづれも手を洗ふめにと立止たちどまる。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
加賀の横山の賀茂かも神社においても、昔まだ以前の土地にこのお社があった時に、神様が鮒の姿になって御手洗みたらしの川で、面白く遊んでおいでになると、にわかに風が吹いて岸の桃の実が落ちて
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
崇徳院の丸木ノ御所の建物をここに移したびょうがある。紫宸殿になぞらえて、左近の桜、右近の橘もあったと聞かされたが、眼に沁みたのは満目の落葉と、昼も解けないでいる御手洗みたらしの薄氷。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
笛も、太鼓もを絶えて、ただ御手洗みたらしの水の音。しんとしてその更け行く。この宮の境内に、きざはしかたから、カタンカタン、三ツ四ツ七ツ足駄の歯の高響たかひびき
茸の舞姫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あふれる水にれた御手洗みたらしの石がひるがえる奉納の手拭てぬぐいのかげにもう何となくつめたいように思われた。それにもかかわらず朝参りの男女は本堂の階段をのぼる前にいずれも手を洗うためにと立止まる。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
御手洗みたらしに張った薄氷うすごおりを割って、小柄杓こびしゃくに水をすくったのである。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
御手洗みたらしは清くて冷い、すぐ洗えばだったけれども、神様の助けです。手も清め、口もそそぐ。……あの手をいきなり突込つっこんだらどのくらい人をそこなったろう。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
季忠は、御手洗みたらし泉屋いずみやに立って
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今来て見れば御手洗みたらし
偏奇館吟草 (新字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
やがて近づく、御手洗みたらしの水は乾いたが、雪の白山はくさんの、故郷ふるさとの、氏神を念じて、御堂の姫の影を幻に描いた。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
御手洗みたらしを前にして、やがて、並んで立った形は、法界屋が二人で屋台のおでん屋の暖簾のれんに立ったようである。じりじりと歩を刻んで、あたかもここに位置を得た。
魔をけ、死神を払う禁厭まじないであろう、明神の御手洗みたらしの水をすくって、しずくばかり宗吉の頭髪かみを濡らしたが
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
宗吉はかくてまた明神の御手洗みたらしに、更に、氷にとじらるる思いして、悚然ぞっと寒気を感じたのである。
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あわれさまざまのものの怪しきは、すべてわがまなこのいかにかせし作用なるべし、さらずば涙にくもりしや、すべこそありけれ、かなたなる御手洗みたらしにて清めてみばやと寄りぬ。
竜潭譚 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あはれさまざまのもののあやしきは、すべてわがまなこのいかにかせし作用なるべし、さらずば涙にくもりしや、すべこそありけれ、かなたなる御手洗みたらしにて清めてみばやと寄りぬ。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
箒を堂の縁下えんしたに差置き、御手洗みたらしにて水をすくい、かみ掻撫かきなで、清き半巾ハンケチたもとにし、階段の下に、少時しばしぬかずき拝む。静寂。きりきりきり、はたり。何処どこともなく機織はたおりの音聞こゆ。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……其処そこ屋根囲やねがこいした、おおいなる石の御手洗みたらしがあつて、青き竜頭りゅうずからたたへた水は、つすら/\と玉を乱して、さっすだれ噴溢ふきあふれる。其手水鉢そのちょうずばち周囲まわりに、ただ一人……其の稚児ちごが居たのであつた。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
其の御手洗みたらしの高いふちに乗つて居る柄杓ひしゃくを、取りたい、と又稚児ちごう言つた。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
すぐわきに、空しき蘆簀張よしずばりの掛茶屋が、うもれた谷の下伏せの孤屋ひとつやに似て、御手洗みたらしがそれに続き、並んで二体の地蔵尊の、来迎らいごうの石におわするが、はて、このはの、と雪に顔を見合わせたまう。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
額堂の軒、宮のひさし、鳥居のもと御手洗みたらしの屋根に留まった鳩が、あちらこちらしばしば鳴いて、二三羽、二人が間をはらはらと飛交わした。納豆々々の声はるかに、人はあたりになかったのである。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……そこに屋根囲やねがこいした、おおいなる石の御手洗みたらしがあって、青き竜頭りゅうずからたたえた水は、且つすらすらと玉を乱して、さっすだれ噴溢ふきあふれる。その手水鉢ちょうずばち周囲まわりに、ただ一人……その稚児が居たのであった。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)