彼方あちら)” の例文
「如何です、お差支えなかったら彼方あちらでお茶でも差上げたいと存じますが、ちょっと十五分ばかりお附合いになって下さいませんか」
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
垣根のかえでが芽をく頃だ。彼方あちらの往来で——杉林の下の薄暗い中で子供が隠れ事をしている。きゃっきゃっという声が重い頭に響く。
黄色い晩 (新字新仮名) / 小川未明(著)
丘は起伏して、ずっと彼方あちらの山にまで連なっていた。丘には処々草叢くさむらがあり、灌木の群があり、小石を一箇所へ寄せ集めたうずたかがあった。
雪のシベリア (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
「私は女軽業師、幸い斯うして、彼方あちらから此方こちらへ、藤蔓が引渡して御座いますから、それを伝って行けば何んでも無い事で御座います」
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
「こんなに荒れると、本当に自動車はお危なうございますわ。一層こんな晩は、彼方あちらでお宿りになるとおよろしいのでございますが。」
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
大阪であつても、私の郷里であつても、彼方あちらの地方の人は、万人共通に何事かの場合に着る着物の質の標準と云ふものが決まつて居ます。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
彼方あちらでも堅人と仰有る。此方でも堅人と仰有る。お母さん、これは案外目っけものですよ。しょうの知れない秀才よりも安心です」
嫁取婿取 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
何か此のかた内々ない/\の用談があっておでになったのだから、みん彼方あちらって、此方こっちへ来ないようにするがいゝ、お連れがあるようですね
彼方あちらの方で、来ないか、と言ってくれる人が有りましてネ……まあ二三年、私も稽古けいこのつもりで、彼方の株式仲間へ入って見ます
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
トお勢を尻目しりめにかけてからみ文句であてる。お勢はまた始まッたという顔色かおつきをして彼方あちらを向てしまう、文三は余儀なさそうにエヘヘ笑いをする。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
彼方あちらから来ればこねくる奴が控えて居る。何でも六、七人手勢てぜいそろえて拈込ねじこんで、理屈を述べることは筆にも口にもすきはない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
しごきの縮緬ちりめん裂いてたすき凛々敷りゝしくあやどり、ぞろりとしたるもすそ面倒と、クルリ端折はしをつてお花の水仕事、兼吉の母は彼方あちら向いてへつつひの下せゝりつゝあり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
「さあ唯今ちよつと手が放せませんので、御殿の方に居りますから、どうか彼方あちらへお出なすつて。ぢき其処そこですよ。婢に案内を為せます。あのとよや!」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「羽柴どの。いま彼方あちらで、あなたと親しげに語っていた僧は、安国寺恵瓊えけいとか申す人相をよくるひとではありませんか」
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「これから手前にあるものは、みんな僕のものさ。それに彼方あちらがわの、あの青く見えている森と、森の向うにあるものも、みんな僕のものだよ。」
彼方あちらへお連れ申し上げて下され……お二方さま、何やら私はこの席が急に厭わしゅうなりました。我ままついでに此の席を、直ぐに移して下さりませ
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
羽前西村山郡左沢あてらざわ町は、『出羽風土略記』によれば、五百川いもがわ左岸の地であるがゆえに左の字を宛て、これをアテラというのは彼方あちらの義であるという。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
といふやうに刹那々々に氣が彼方あちらへ行つたり此方こちらへ來たりする、氣は靜かに一處へ注定する譯には行かぬのである。
努力論 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
これは彼方あちらへ行ってから、銘々判読するとして、ここで申上げて置き度いのは、その中に『夏至げしの日の正午しょううまこく
古城の真昼 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
入口いりくち彼方あちらなが縁側えんがはで三にん小女こむすめすわつてその一人ひとり此方こちらいましも十七八の姉樣ねえさんかみつてもら最中さいちゆう
湯ヶ原ゆき (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
なんでも彼方あちらの習慣通りにやられてはたまらない。ぼくが会って、あなたのことも、明瞭めいりょうに、あやまらせて置きます
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
琵琶湖の岸を彼方あちら此方こちら見めぐるうち、両願寺と言ったか長等寺と言ったか、一つの寺に『源兵衛の髑髏』なるものがあって、説明者が殉教の因縁を語った。
取返し物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
だからこの場合には、均衡点の彼方あちらにおいて、商品の需要はその供給より大であって、これは価格の騰貴を生ぜしめる。換言すれば、均衡点を離れしめる。
「へえ。いろ/\珍しい者がありました。二三百はちがつたのを集めて蔭干しにして取つといたのぢやけど彼方あちらの學校を止めた時に皆んな燒いて來ました。」
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
かれ普通ふつう場合ばあひやう病人びやうにんみやくつて、ながあひだ自分じぶん時計とけい見詰みつめてゐた。それからくろ聽診器ちやうしんき心臟しんざううへてた。それを丁寧ていねい彼方あちら此方こちらうごかした。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
其の時自分は父の顏を見い/\、壺を引き寄せて、少しばかり手鹽に取り分けたのを喰べてゐたが、父は厭な/\顏をして、お駒に彼方あちらへ行けと眼配せをした。
父の婚礼 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
「森の家へ行くことになつてゐるから——彼方あちらで皆なが待つてゐるから——彼処あそこで待つてゐる者だけが僕の友達であり、親類なんてには何の用もないから——」
南風譜 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
『何だか、混雑してをりますのねえ。彼方あちらに長らくをりましては、何かにつけて不便で困りますの……』
くづれた土手 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
彼方あちらへもお顔をと言われるにも、気がさして、われからすすむともなく廊下を押されて、怪談の席へつらなった。人は居余いあまるのだから、端近はしぢかを求むるにたよりはい。
露萩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
内儀かみさんが大きなお尻だけ見せて、彼方あちら向いて事もあらうに座敷の中でパツと紺蛇目じやのめ傘を拡げる。
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「その名は、まだ不幸にして指摘する時機には達しておりません。しかし、その男の出現には、れっきとした証拠があがっているのです。夫人おくさん、実は彼方あちらからなんですよ」
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
長く彼方あちらにいるつもりであったから、その中には、私に取って何よりも大切な書籍ほんもあった。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
彼方あちらの人数の真中に囲まれたデップリした頭領らしい男が、最後に笠を取って打振りました。
これがめかけかけにしたのではなし正當しようたうにも正當しようとうにもひやくまんだらたのみによこしてもらつてつたよめおや大威張おほゐばり出這入ではいりしてもさしつかへはけれど、彼方あちら立派りつぱにやつてるに
十三夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「日の移り」という言葉は、文字通りに解すると、此方こちらから彼方あちらへ移動するもののように思われるが、映ずるという意味の「うつる」場合にも、昔はこの字を使っている例がある。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
彼方あちらへ往くたんびに札びら切って、大尽風をふかしているお爺さんが、鉱山やまが売れたら、その女を落籍ひかして東京へつれていくといっているから、それを踏台にして、東京へ出ましょうかって。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
郵便は一日に一度午後の八時頃に配達して来るので彼は散歩から帰って来ると来ているのが常であった。彼は狭い村を彼方あちらに一休み此方こちらに一休みして、なるべく時間のかゝる様にしてまわった。
恭三の父 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
騎士は剣で手当りしだいに左右の敵を切りまくる役目だ。僧正達でさへもやつきになつて戦ふ。そして城は軍隊で其の側面を護られながら、彼方あちらへ行つたり此方こちらへ行つたりして、移りまはる。
みのるは彼方あちらを向いて、自分も着物を着代へながら然う云つた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
『コラ、彼方あちらへ行け。』と、校長は聞きかねて細君を叱る。
足跡 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
それを彼方あちら此方こちらげなければなりませんでした。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
彼方あちらは男たちであった。此方こちらは女たちであった。
一体彼方あちらは返すつもりで居るんでしょうか。
お久美さんと其の周囲 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
活け下手べたの椿に彼方あちら向かれけり 蓼太りょうた
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
もう彼方あちらをとんでゐた
(新字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
「こんなに荒れると、本当に自動車はお危のうございますわ。一層こんな晩は、彼方あちらでお宿とまりになるとおよろしいのでございますが。」
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
運を天にまかして船の漂うまゝに彼方あちらへ揺られ、此方こちらへ流されて居ります内に、東の方がぼんやりと糸を引いたように明るくなりました。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
夜遅くまで仕事をやって、もう寝ようと思って戸の口を出るとその気味の悪い赤い提燈が三つ、彼方あちらの野原を歩いているのが見えたという。
北の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
それでなくとも自分は彼方あちらに居た六ケ月の間、心の中で毎日子にひざまづいて罪を詫びない日はなかつたのであるからと思つて居た。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
その時Uさんの話にも、阿父も彼方あちらで教員してるそうです。まあ食うだけのことには困らん……それにしても、あんなに家を
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)