幾何いくら)” の例文
『然う?』と、靜子は解きかけたネルの單衣にものさしを使つて見て、『七寸……六分あるわ。短かゝなくつてよ、幾何いくら電信柱さんでも。』
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
木客の数は多いので幾何いくらでも応ずる事ができた。と、そのうちに前方の声が弱って来て、小さな声になり、やがてそれがぴたりやんだ。
死んでいた狒狒 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「それで一日いちんち幾何いくらすといてれるんです」と小六ころくいた。「鐵砲てつぱうでもかついでつて、れふでもしたら面白おもしろからう」ともつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
犯人は途々みちみち毒の入った餌で豚を釣りながら線路の上まで連れて来ると、それから軌条レールの間へ動かない様に縛って尚幾何いくらかの毒餌どくえを与える。
とむらい機関車 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
たとえば、かねがいくらたまったら、みせをりっぱにしようかとか、また、はやく幾何いくらかになれば幸福さいわいだとむねうちえがいていたのかもしれない。
火を点ず (新字新仮名) / 小川未明(著)
其手じゃア往かねえ、何しろ一日でも早く来て、俺ッちの地獄の責苦を何とかして呉れなけりゃ、余命いのち幾何いくらもありゃしねえや
監獄部屋 (新字新仮名) / 羽志主水(著)
貴方あなたが、幾何いくらおつしやつても、僕は政治などには、興味が向かないのです。殊に現在のやうな議会政治には、何の興味も持つてゐないのです。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
幾何いくらかの前借で、さきに申したカフェー・パローマに住み込んだので、パローマに来てから春一にはじめて会うまで六カ月位だったそうです。
死者の権利 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
集っていた人の中で、丁度其少年のお祖父さん位の年頃の紳士が、ポケットに手を入れて幾何いくらかのお金を少年に渡しました。
私の見た米国の少年 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
不測の運命に臨んでいる身と思いながら段〻りてまいりまして、そうしてようやく午後の六時頃に幾何いくらか危険の少いところまで下りて来ました。
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
と、私も何だか観せてやりたくなって、芝居だって観ように由っては幾何いくら掛るもんかと、不覚つい口を滑らせると、お糸さんがいつになく大層喜んだ。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
いゝエ妾になれって明白はっきりとは言わないけれど、妾々ッて世間で大変悪く言うが芸者なんかと比較くらべると幾何いくらいいか知れない
二少女 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
れが悲みもれが涙もれが失望の絶叫もすべいとたくみなる狂言には非ざるや、藻西太郎の異様なる振舞も幾何いくらか倉子の為めにれるには非ざるや
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
その代りなめし賃が高価たかい。差引くとあとは幾何いくらにもならないのを、今云ったようなわけで捨て売りにするんだ……。
「御勝手の道具で、売って幾何いくらにも成らないようなものは、皆なあの老婆ばあやにりましたよ」と豊世は附添えた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
忘れて云ひつのりけるを段右衞門はなほ冷笑せゝわらひイヤ/\此阿魔あま幾何いくらめん大王鬼だいわうきに成ても此身に覺えの無事は然樣さうだなどゝは云れぬ者よフヽンとはなであしらうを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
知らないだろうけれども、この会社が此処ここへこうやって、やって来るために、幾何いくらもうけていると思う? 大したもんだ。六カ月に五百万円だよ。一年千万円だ。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
その関係を前後混同して彼此かれこれ云ったところで、所詮しょせん戯論に終わるので、理窟は幾何いくらくわしいようでも、この歌から遊離したうわそらの言辞ということになるのである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
「それでも其家そこの親爺様は幾何いくら飲んでも、家の親爺の様に性根なしにならんさかい宜いけれど。」
恭三の父 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
生命いのち一つを繋ぎ兼ねるものがごろごろ幾何いくらあるか知れない、悪いことをした罰では決してない、天災というものは、例えば貴下のような正直ものでも用捨なくひきさらうのだから
厄払い (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「銀行へ行って幾何いくらでも貰って来る。それぐらいのことを知らなくてうするんだい?」
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
富裕な家に生れて攫むべき機會は幾何いくらも與へられながらそれに對して冷淡な事は驚く計りである。一かどの專門家たり得べき才能を持ちながら、それを其の方向に用ゐようとはしない。
半日 (旧字旧仮名) / 有島武郎(著)
そこで問題の庄司署長であるが、彼は当時学窓を出て未だ幾何いくらも経っていない。彼には意気組みの素晴らしいものがあると同時に、十分な職業的良心を持っていた事と私は信じる事が出来る。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
両手に提げるより幾何いくらましだが、使ひ馴れぬ肩と腰が思ふ様に言ふ事を聴いてくれぬ。天秤棒に肩を入れ、えいやつと立てば、腰がフラ/\する。膝はぎくりと折れさうにからだ顛倒ひつくりかへりさうになる。
水汲み (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
此邊では停車する毎にプラツト・フオオムの賣店へ寶石を買ひに降りる女が大勢ある。私も其店へ一度行つて見た。紫水晶の指の觸れ心地の好い程の大きさのを幾何いくらかと聞くと五十圓だと云つた。
巴里まで (旧字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
此辺このへんでは停車するごとにプラツト・フオオムの売店へ宝石を買ひに降りる女が大勢ある。私もその店へ一度行つて見た。紫水晶の指の触れ心地ごゝちい程の大きさのを幾何いくらかと聞くと五十円だと云つた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
幾何いくら、何某誰殿へ、使い誰と、一字一点毛頭まで、うの毛ほども違いなく、両手にげる大帳を半日ばかりに書きしまい、これでもかねにならぬかと、空嘯いておわしければ、家城大いに肝を潰し
「手に届かんといって——一本幾何いくらぐらいだ。オイ正直に応えろ」
軍用鼠 (新字新仮名) / 海野十三(著)
買ってもどった天秤棒で、早速翌朝から手桶とバケツとを振り分けににのうて、汐汲しおくみならぬ髯男の水汲と出かけた。両手に提げるより幾何いくらましだが、使い馴れぬ肩と腰が思う様に言う事を聴いてくれぬ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
あと続々と幾何いくらともなく、詰めかけ参る様子にござります」
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「お前さんはこれを幾何いくらで離しなさるんだ」
「それは幾何いくらですか。」
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
『然う?』と、静子は解きかけたネルの単衣にものさしつかつて見て、『七寸……六分あるわ。短かなくつてよ、幾何いくら電信柱さんでも。』
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
貴方あなたが、幾何いくらおっしゃっても、僕は政治などには、興味が向かないのです。ことに現在のような議会政治には、何の興味も持っていないのです。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ところ叔父をぢ意見いけんによると、あの屋敷やしき宗助そうすけ自分じぶん提供ていきようしてつたのだから、たとひ幾何いくらあまらうと、あまつたぶん自分じぶん所得しよとく見傚みなして差支さしつかへない。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
ルポルタージュでは、男幾何いくら、女幾何と明瞭に書かれた方がいいのです。それが根拠で筆者の感想も湧くのですから。
ルポルタージュの読後感 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
これが、舞子か……と私は、思っていたより淋しい処であり、斯様こんな処なら、越後の海岸に幾何いくらもありそうな気がした。
舞子より須磨へ (新字新仮名) / 小川未明(著)
月の明るい晩、それがしと云う者が北の庄の大手のあったところを歩いていたところで、幾何いくら往っても同じ処へ帰って来て、どうしても他へ往くことができなかった。
首のない騎馬武者 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
此処ここへ身を横たえて酒精アルコールの力に身をたくし高い大空を仰いで居る間は、僕の心が幾何いくらか自由を得る時です。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
そうすれば、きっと幾何いくらか包まっしゃるけに……非人の分際で、お役人を追い使うて済まんばってん……
大伴家持が、「病に臥して無常を悲しみ修道をほりして作れる歌」二首の一つである。「数なき」は、年齢の数の無いということ、年寿の幾何いくらもないこと、幾ばくも生きないことである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
「俺は積極的に活動することなら幾何いくらでも平気だが、病人の看護には閉口だ」
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
今度このたびはいうべき事もかねて用意して、じれッたそうに挿頭かんざしで髪をきながら、漸くのおもい間隙すきを見附け、「公債は今幾何いくらなの?」とくちばしさんでみれば、さて我ながら唐突千万! 無理では無いが
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
問 幾何いくら燃えたか。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
幾何いくら叱つても山内さんを見れや然う言ふもんですから困つて了ひますよ。ホホヽヽ。七月兒だつてのは眞箇ほんとで御座いませうかね?
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
それに、独歩のやうな作品は、外国の自然派の作家には幾何いくらでもあるのだからね。先駆者と云ふよりも、或意味では移入者だ。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
翌日あくるひも例刻に学校へ行つて講義を聞いた。講義の間に今年ことしの卒業生が何所其所どこそこ幾何いくらで売れたと云ふ話を耳にした。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
金は、幾何いくらも残っていなかった。おあいは、葬式をすまして、仏事を奇麗に営んだ。せめて、これが亡き叔母に対して尽すべきつとめであるように思った。
凍える女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「だめだ、幾何いくら隠したって証拠がある、それとも君は、それを知らないのか、町内に知らぬは主翁ていしゅばかりなり、君は気がかんのか、おめでたい人間だな」
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
あんまり不思議なので上衣のポケットに両手を突込んでみると、右手には新しい四ツ折のハンカチと鼻紙、左手には幾何いくら這入っているかわからないが、やわらかに膨らんだ小さな蟇口がまぐちさわった。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)