平地ひらち)” の例文
火葬場は日当りの好い平地ひらちに南を受けて建てられているので、車を門内に引き入れた時、思ったより陽気な影が千代子の胸に射した。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
矢張やっぱ平地ひらちを歩いているつもりで片足を石垣の外に踏み出すや否や、アッと云う間もなく水煙みずけむりを立てて落ち込んでドンドン川下へ流れて行った。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
停車場の近所の平地ひらちを走るときは楽だったが、国境の山へかかるとみちは急になって、玩具の汽缶車は汗をだらだらながして、うんうん言っています。
玩具の汽缶車 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
我等既に聖なるきだを踏みて登れり、また我はさきに平地ひらちにありしときより身のはるかに輕きを覺えき 一一五—一一七
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
「おっかあ、ここで見ていさっしゃい。なにも、試合するには、平地ひらちと限ったこたあねえ。登って行って、あの相手を、眼の下へたたき落してみせる」
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
草に巨人の足跡の如き、沓形くつがたの峯の平地ひらちへ出た。巒々らんらん相迫あいせまった、かすかな空は、清朗にして、明碧めいへきである。
栃の実 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
やがて、広々とした平地ひらちに出た。そこはもう石畳みではなくて、ツルツルすべる板張りの床になっていた。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
脚の長いのは立って休むのにつごうがよいようだが、それは平地ひらちの多い場所のことで、左右が傾斜になった山路やまみちをゆくには、脚はかえってじゃまになるのである。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「あんなにテムプル関門バーから駈け通しで来たんだからなあ、お婆さん、おめえ平地ひらちへつれてくまではおれはおめえの前脚を信用出来ねえよ。」とこのしゃがれ声の使者は
そばへ寄って見ると、そこには小屋掛こやがけもしなければ、日除ひよけもしてないで、ただ野天のてん平地ひらちに親子らしいおじいさんと男の子が立っていて、それが大勢の見物に取り巻かれているのです。
梨の実 (新字新仮名) / 小山内薫(著)
長崎の七不思議、寺もないのに大徳寺だいとくじ平地ひらちなところを丸山まるやまと、古いお宮を若宮と、北にあるのを西山と、桜もないのに桜馬場、玉はあれども大砲なし、しゃんと立ったる松の木を
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
鹽「誠に草鞋喰わらじくいと云うものは悪いものでな、其の癖山道は歩きつけていたが、平地ひらちかえって草臥くたびれるというのは何ういうものだろう、これ/\女中、これから大宮宿までは幾程いくらあるな」
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
りで九番勝つたツた時やらう、何糞ツ天狗が出やがつたら反りで高い鼻折つたるちうんで、親爺さんが泣くやうに言ふて止めはるのを聽かずに、あの官林の赤阪の平地ひらちへ小屋建てゝ
太政官 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
「一体お寺の本山などいふものは、山の腹か頂辺てつぺんかに建ててある。見るとけはしく落つこちさうで危い。そこになると、黄檗はあの通り平地ひらちに建つてゐるので、廓然からりと気持がいゝつたらない。」
猿ヶ石さるがいし川の南の平地ひらちに十時半ころまでにできた。
或る農学生の日誌 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
私たちの通る道は段々にぎやかになった。今までちらほらと見えた広いはたけの斜面や平地ひらちが、全く眼にらないように左右の家並いえなみそろってきた。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
われ疲れ、彼も我も定かに路をしらざれば、われらは荒野あらのの道よりさびしき一の平地ひらちにとゞまれり 一九—二一
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
崕道がけみちがきれると、ややひろい、平地ひらちへ出た。一乗院までには、もう一つの峰をめぐらなければならない。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこで、何か見極みきわめたい気もして、その平地ひらち真直まっすぐくと、まず、それ、山の腹がのぞかれましたわ。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
案「わしなんざア年中ういう所を歩いてるから、平地ひらちかえって歩きにくい」
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その小高こだか所々ところ/″\に、したから石段いしだんたゝんで、てららしいもんたかかまへたのが二三軒目げんめいた。平地ひらちかきめぐらして、點在てんざいしてゐるのは、幾多いくらもあつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
すると、坂の中腹、少し平地ひらちになった草原と空茶店あきぢゃみせから、ひとりの武士、いたちのように顔を出した。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ものの半道はんみちとはのぼらないのに、くるまきしつよく、平地ひらちでさへ、けてさか、一分間ぷんかんに一すんづゝ、次第しだいゆきかさすので、呼吸いきつても、もがいても、腕車くるまは一すゝまずなりぬ。
雪の翼 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
められし者の思出おもひでにとて、その上なる平地ひらちの墓に、ありし昔の姿きざまれ 一六—一八
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
そうしてわずかな平地ひらちに掛茶屋があって、猿が一匹飼ってあった。兄と自分は猿に芋をやったり、調戯からかったりして、物の十分もその茶屋で費やした。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「女の足だ、先は裏道うらの嶮しいところとも知らずに、その平地ひらちな方へ向ったにちがいねえ」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もりなか平地ひらちくぼんで、ところ川幅かははゞも、およそ百畳敷ぜふじきばかり、かはなが青黒あをぐろい。
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
その小高い所々に、下から石段を畳んで、寺らしい門を高く構えたのが二三軒目に着いた。平地ひらちに垣をめぐらして、点在しているのは、幾多いくらもあった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そして、おくへすすめば、すすむほど、土質どしつ肌目きめがあらく新しくなってくる。ところどころに、土をくりぬいただんがあった。段をのぼると平地ひらちになり、平地をいくと段がきりこんである。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
くらつたのはよるだらう、よるくらさのひろいのは、はたけ平地ひらちらしい、はらかもれない……一目ひとめ際限さいげんよるなかに、すみにじんだやうにえたのはみづらしかつた……が、みづでもかまはん
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
そのほか市中たいていの平地ひらちは水害を受けて、現に江戸川通などは矢来やらいの交番の少し下までつかったため、舟に乗って往来ゆききをしているという報知も書き込んであった。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
燕作も石段の数をふんでいく……と道はふたたび平地ひらちの坂となり、それをあくまで進みきると、こんどこそほんとうのゆきづまり、手探てさぐりにも知れるくろがねとびらが、ゆく手の先をふさいでいた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一尺は何でもないようだが、ここでは平地ひらちの十間にも当る。自分は何分なにぶんにも躊躇ちゅうちょした。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
さきに峠の上の平地ひらちで、二挺の山駕を下ろしていた阿波侍の一群れである。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
機嫌は依然として悪いが、うまくすると、どうか、こうかうずの中をぎ抜けられそうだ。向うの言葉にぶら下がって、往ったり来たりするうちに、いつのにやら平地ひらちへ出る事がある。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「いえ、御覧の通り平地ひらちの乏しい所でげすから、地ならしをしてはその上へ建て建てして、家が幾段にもなっておりますので、——廊下だけは仰せの通りむやみに広くって長いかも知れません」
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そのほかに何も見えなかった。やがて右へ切れて堤のようなものをだらだらと下りる心持がしたが、それも六七歩をえると、靴を置く土の感じが不断ふだんに戻ったので、また平地ひらちへ出たなと気がついた。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
幾千年の後にはこの古池が、人の知らぬに、落ちた椿のために、うずもれて、元の平地ひらちに戻るかも知れぬ。また一つ大きいのが血を塗った、人魂ひとだまのように落ちる。また落ちる。ぽたりぽたりと落ちる。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
下から見上げた外部の様子によって考えると、がけの上は幾坪かの平地ひらちで、その平地を前に控えた一棟ひとむねの建物が、風呂場の方を向いて建てられているらしく思われた。何しろ声はそっちの見当から来た。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)