吹雪ふぶき)” の例文
良寛 旅の僧でございますが、この吹雪ふぶきで難儀いたしております、誠に恐れ入りますが、一夜の宿をお願いいたす事はできますまいか。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
その大きな部屋には、今はただ光の弱い電燈一つだけがビールのせんの上で輝いていた。外もやはりまだ深い暗闇で、吹雪ふぶきのようだった。
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
そのくるも、また、ひどい吹雪ふぶきでありました。五つのあかいそりが出発しゅつぱつしてから、三日みっかめに、やっとそらは、からりとあかるくれました。
黒い人と赤いそり (新字新仮名) / 小川未明(著)
焦躁しょうそうの気を眉にあつめて、不落の敵城を見つめたまま、独り沈思していると、吹雪ふぶきを衝いて、陣へたどり着いた早打ちがあった。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ある夜、その夜も屋外はひどい吹雪ふぶきであった。ちょうど真夜中とも思われる頃、房子が彼女の部屋の中で急にけたたましい声で
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
そして、雨を降らしたり、谷間に吹雪ふぶきを積らせたりする雲が、このわびしい、淋しい住居よりも下の方にかかることもめずらしくなかった。
まれヘンリー四世は吹雪ふぶき雪崩なだれに覆われたアルプスを越えて、北イタリヤのカノッサの城へまで辿って行ったのである。
ローマ法王と外交 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
二人の子供こどもの食べるものがなくなったその日も朝から雪で、午後からは、ひどい吹雪ふぶきになりました。二人の子供は外へ出ることも出来ません。
神様の布団 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
その晩から天気は激変して吹雪ふぶきになった。翌朝あくるあさ仁右衛門が眼をさますと、吹き込んだ雪が足から腰にかけてうっすら積っていた。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
眠る前にいくらか小降りになったかと思われた雪はいつしか吹雪ふぶきになっていた。その上に突風がそれに加っているらしい。
恢復期 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
遭難者は、もはや助かる筈はない。怒濤にもまれて、ひょっとしたら吹雪ふぶきの夜だったかもしれないし、ひとりで、誰にも知られず死んだのです。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
途中であいにく吹雪ふぶきになった。右翼の慷堂との音信は、綾子が右翼だと言った百成に頼んでもいいわけだが、そいつはやっぱりちょっとまずい。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
冬の日電柱に寒風がうなり、吹雪ふぶきの朝、電柱の片面に、雪が吹きつけられて凍っているのがちょうどそのおもてに日でも当たっているように見える。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
船は、あと一日で、目的の極地へつくはずになっていたが、あいにく今になって、猛烈な吹雪ふぶきに見舞われ、船脚ふなあしは、急にがたりとおちてしまった。
地底戦車の怪人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
巡洋艦に劣らぬ戦闘力を持つ『吹雪ふぶき』級大駆逐艦二十四隻が、真新まっさらな旗をひるがえしているのが、絵のように美しい。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
それでも吹雪ふぶきの晩などは、雪まじりの冷い風が遠慮なく部屋の中に吹き込んで、朝起きて見ると炉の脇に雪が積っているようなことがたびたびであった。
追手おっての人々もおなじ村境むらざかいまで走って来たが、折柄おりからの烈しい吹雪ふぶきへだてられて、たがいに離れ離れになってしまった。其中そのなかでも忠一は勇気をして直驀地まっしぐらに駈けた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
良久しばらく御目に掛りませぬでした」と、篠田も丁重ていちように礼を返へして、「此の吹雪ふぶきの深夜御光来おいで下ださるとははなはだ心懸こゝろがかりに存じます、早速承るで御座いませう」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
それどころでなく、朝の六時の観測の時などは、真暗な中を、吹雪ふぶきをついて、吹き溜りの中を泳ぐようにして、やっと露場へたどり着くこともあるそうである。
ツンドラへの旅 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
吹雪ふぶきの永い淋しい冬籠りは、ほとほと過ぎ去った花のころを忘れしめるばかりで、もしか今度はこのままで雪の谷底に閉ざされてしまうのでないかというような
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
まはりにかさがいことわざにもふ、そのかさがいとても、なつみづのないくさいきれ、ふゆくさ吹雪ふぶきのために、たふれたり、うもれたり、行方ゆくへれなくなつたとく。
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「平湯まで出る途中、多少難所があるけれど、吹雪ふぶきにでもならなければ心配は要りませんよ——」
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
傘を傾けて杉の下に立って見て居ると、また一しきりはげしく北から吹きつくる吹雪ふぶきの中を、黒い外套姿が少し前俛まえこごみになって、一足ぬきに歩いて行く。第一の石橋を渡る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
それがおおよそ百年に一遍くらいちょっとした吹雪ふぶきがあったとすると、それはその国には非常な天災であって、この災害はおそらく我邦の津浪に劣らぬものとなるであろう。
津浪と人間 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
益々そのすうを増し、道々の花は踏みにじられ、蹴散けちらされて、満目の花吹雪ふぶきとなり、その花びらと湯気としぶきとの濛々もうもうと入乱れた中に、裸女の肉塊は、肉と肉とをり合せて
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
が、その間のなんとなく一抹いつまつの危機をはらんでいるような沈黙は、戸外で荒れ狂う吹雪ふぶきうなりを明瞭はっきりと聴かせて、いっそう凄愴なものにしてしまった。法水はようやく口を開いた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
小止おやみもなく紛々として降来ふりくる雪に山はそのふもとなる海辺うみべの漁村と共にうずも天地寂然てんちせきぜんたる処、日蓮上人にちれんしょうにんと呼べる聖僧の吹雪ふぶきに身をかがめ苦し山路やまじのぼり行く図の如きは即ち然り。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
馬車の窓からはらはらはらはらまるで吹雪ふぶきのように降り込んで来ましてね、ほほほ、まげに花びらがとまってましたのを、もうおりるという時、気がついて伯母がとってくれましたッけ
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
闇から湧き上がったように、サッと吹込む一団の吹雪ふぶき、それに包まれると見るや
灰は風の吹くたびに木からばさばさ落ちて、まるでけむりか吹雪ふぶきのようでした。
グスコーブドリの伝記 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
この間中あいだじゅうは見るからに、万紅ばんこうを大地に吹いて、吹かれたるものの地に届かざるうちに、こずえから後を追うて落ちて来た。忙がしい吹雪ふぶきはいつか尽きて、今は残る樹頭に嵐もようやくおさまった。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
吹雪ふぶきの夜半、くりやで物の凍る朝、津多女はわが子をおもって泣いた。ことに、正月三日だけ帰って、また山へ戻らせるときは、子供が可哀そうで、見送ることができなかったということである。
へうとして何かに呼ぶ声すなりちまた吹雪ふぶきけまさるらし (現、新)
文庫版『雀の卵』覚書 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
新庄以北、釜淵・及位のぞきあたり、山手にかかっては雪がますます深く、山の斜面には雪崩なだれの跡が所々に見える。駅の前は吹雪ふぶきけの葦簀よしずの垣根が作られている。同車の客の土木請負師らしい人は言う。
春雪の出羽路の三日 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
……そうはらえると、銅提ひさげが新たに榾火ほたびから取下ろされて、赤膚焼あかはだやきの大湯呑ゆのみにとろりとした液体が満たされたのを片手にひかえて、折からどうと杉戸をゆるがせた吹雪ふぶきの音を虚空こくうに聴き澄ましながら
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
ならび咲く桜の吹雪ふぶきぽぷらあの若芽わかめの枝の枝ごとにかかる
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
吹雪ふぶきにぬれし顔を
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
吹雪ふぶきの山でまた一人
歌時計:童謡集 (旧字旧仮名) / 水谷まさる(著)
吹雪ふぶきはげしき
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
彼女かのじょは、吹雪ふぶきのうちにうずもれている、故郷こきょうのさびしいむらえがいて、そこにあわれなははや、姉弟きょうだいおもったのであります。
二番めの娘 (新字新仮名) / 小川未明(著)
闇の中を歩いていても、海後磋磯之介かいごさきのすけの眼には、未だに白い光りものがチラチラ見えてならない、あの日の吹雪ふぶきの幻影である。
旗岡巡査 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
雪をはらんだ凛冽りんれつたる風が颯と一陣吹いて来た、対岸の山の中腹から、濛々もうもうたる吹雪ふぶきが渦を捲いて、竜巻のように空へ昇ると
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
波よ、いからば怒れと、『最上』は、たてがみをふるわすライオンのような勇ましい恰好で、サッと吹雪ふぶきのような水煙を立てて、舵をぐっと右にとった。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
私どもが一時過ぎまで語り合って寝床にはいって後も、吹きまく吹雪ふぶきは露ほども力をゆるめなかった。君は君で、私は私で、妙に寝つかれない一夜だった。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ネルスキー特使が泣き言をならべていったように、今この土地は吹雪ふぶき厳氷げんぴょうとに閉じこめられている。
彼女かれ流石さすが狂人きちがいではない。吹雪ふぶきの中を的途あてども無しに駈け歩いたとて、重太郎の行方は知れそうも無いのに、何時いつまで彷徨うろついているのも馬鹿馬鹿しいと思った。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
吹雪ふぶきの夜に、わがやの門口に行倒れていた唇の赤い娘を助けて、きれいな上に、無口で働きものゆえ一緒に世帯しょたいを持って、そのうちにだんだんあたたかくなると共に
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「駕籠も乗物もないのに、外へ出れば人通りもあるまい、道で吹雪ふぶきに打たれてこごえて死ぬ……」
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
吹雪ふぶきはあくる日もつづいた。しかし、その後、それがどうなったものやら、私にはちょっと見当がつかない。とにかく、それは夜の間に、からりと晴れあがってしまった。
唯円 すごいような吹雪ふぶきの夜でしたっけね。私は子供心にもはっきりと覚えています。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)