先方さき)” の例文
夢中で二三げんけ出すとね、ちゃらんと音がしたので、またハッと思いましたよ。おあしを落したのが先方さきへ聞えやしまいかと思って。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
校長先生の筆で、是非彼に勧めたい人があると言って、先方さきでもこの話の成立つことをひどく希望していると書いてよこしてくれた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
いや結構な事ですな……え、私? ああ私は、ついこの先方さきのH市まで参ります。ええそうです。あの機関庫のあるところですよ。
とむらい機関車 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
何のかのと腹にもない親切を言われ先方さきは田が幾町山がこれほどある、婿はお前も知っているはずと説かれてお絹は何と答えしぞ。
置土産 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
須永のそばにいる母として彼女かのおんなのことごとく見たり聞いたりしたところであるから、行き届いた人なら先方さきで何も云い出さない前に
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
梅「これ/\先方さきの分らんということがあるか、何処へ……なに、先方が分っている、種々いろ/\な事を云いるの、先方が分ってれば云え」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
両親はすこぶる喜んで早速このよし先方さきへ通ずる、そこで、かたの如く月下氷人なこうどを入れて、芽出度めでたく三々九度も終ったというわけだ。
二面の箏 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
それは深川のある会社に勤める人にかたづいていて先方さきに人数が多いから、お母さんは私が養わなければならぬ、としおらしく言う。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
馬鹿言え、乃公おれは国に帰りはせぬぞ、江戸に行くぞと云わぬばかりに、席を蹴立けたてゝ出たことも、のちになれば先方さきでもしって居る。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
君のあの女に対する態度から、あの女が今日まで君のために尽して来たことなどを聞くと、先方さきの言い分にも理窟りくつがあるよ。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
尤も此方が神経過敏になっているせいで、先方さきでも責任を重んぜられるが故に、無暗にお口をお開きにならぬのでしょう。
職業の苦痛 (新字新仮名) / 若杉鳥子(著)
そして、それが出来上るとその翌日、七里も先方さき牧場まきばへ庄吉をつれて行つて、豚の一番ひとつがひ荷車に乗せて運んで来た。
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
自分じぶん内職ないしよくかね嫁入衣裳よめいりいしよう調とゝのへたむすめもなく実家さとかへつてたのを何故なぜかとくと先方さきしうと内職ないしよくをさせないからとのことださうだ(二十日)
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
それなら、此方こちらで思つてゐることがまる先方さきへ通らなかつたら、餒いのに御飯を食べないのよりかはるかに辛うございますよ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
どんなにツてたいへんですよ、先方さきにはお父さんやおツ母さんがいらつしやる処なもんですから、あの快活な方が全くしけておしまひなすつてよ。
当世二人娘 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
思えば思うという道理で、しょうが合ったとでもいう事だったが、先方さきでも深切にしてくれる、こっちでもやさしくする。
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そこで屋台店の亭主から、この町で最も忙しい商店の名を聞いて、それへ行って小僧でも下男でもいいから使ってくれと頼んだ。先方さきはむろん断った。
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
われまた目をとめてなほ先方さきを望み、一の大いなる川のほとりに民あるをみ、いひけるは、師よねがはくは 七〇—七二
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
置いて、すたこら逃げて来ましたわい。まったく、あとが怖い。憎いたかには餌をやれで、例の天瓜冬の三百か五百——先方さきもあてにしているんですなあ。
元禄十三年 (新字新仮名) / 林不忘(著)
だが、先方さきも正直な小娘である。店番をしている時、無銭ただでとっていったら泥棒とどなれと教えこまれていた。
旧聞日本橋:02 町の構成 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
それから後見こうけんけてもらうて、覺束無おぼつかなげにれい入場にふぢゃう長白つらねべるのもうれしうい。先方さき如何どうおもはうとも、此方こっち此方こっちで、おも存分ぞんぶんをどりぬいてかへらう。
「いゝえ、それは。——それは、もう、その時分だったら知らないものでも先方さきから頭を下げて来ました。」
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
「はい、そうです」こたえながら先方さき此方こちらを向いて来て、二人が近寄ってみると、先刻さっき帰した書生なので、「君は、一躰いったい如何どうしたのだ、僕は盗賊どろぼうだと思ったよ」
怪物屋敷 (新字新仮名) / 柳川春葉(著)
此方から強請ねだつた譯ではなけれど支度まで先方さきで調へて謂はゞ御前は戀女房、私や父樣が遠慮して左のみは出入りをせぬといふも勇さんの身分を恐れてゞは無い
十三夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「戯談は除けて、幾程美しいと云ッたッてあんな娘にゃア、先方さきもそうだろうけれども此方こッちも気が無い」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
一体に国人の話す仏蘭西フランス語は僕等に仏蘭西フランス人のよりも聞取きゝとりよい。此方こちら先方さきに劣らずまづいのだが、双方で動詞の変化などを間違へながら意思が通じ合ふから面白い。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
先方さきでも何言なにごとも云わずにまた後方うしろって、何処どこともなく出て行ってしまった、何分なにぶん時刻が時刻だし、第一昨夜私は寝る前に確かに閉めたドアが外からけられる道理がない
闥の響 (新字新仮名) / 北村四海(著)
先方さき越度おちどにならぬよう、それとなく身分を明かすがよいわい」優しくこういう声がした。
紅白縮緬組 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「さあ。大目付様にも何にも生まれて初めて見る御状箱で御座いましたけに、よくわかりませなんだが、お先方さき様のお名前は渋川様と御座いましたが……渋川ナニ吾様とか……」
家ごとに変わるは家風、御身おんみには言って聞かすまでもなけれど、構えて実家さとを背負うて先方さきへ行きたもうな、片岡浪は今日限り亡くなって今よりは川島浪よりほかになきを忘るるな。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
全く、此方こっちからは、小さな駅のある村里へ、一カ月のうちに二度ほど、二三人の者が米と味噌と塩とを取りに行くだけで、先方さきからは郵便配達夫が二週間に一度の割でやって来るだけだった。
熊の出る開墾地 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
煉瓦職人は皆威勢の好い石灰いしばひだらけの若衆わかいしゆ達で、先方さきから言葉を掛けた
椋のミハイロ (新字旧仮名) / ボレスワフ・プルス(著)
味醂屋や酒屋や松魚節かつを屋の、取引先へ無心を言うて來よるのが、一番強腹やな……何んぼ借して呉れんやうに言うといても、先方さきでは若し福造が戻つて來よるかと思うて、厭々ながら借すのやが
鱧の皮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
妹と云つてもこれは早くから里子に行つて居て、里子流れに先方さきへ取られたのを、ツイ四年前に返つて来たのゆゑ、自然湯村とは兄妹の情愛もうすい。教育も受けず、生れたまゝに育つて来たのだ。
茗荷畠 (新字旧仮名) / 真山青果(著)
靜子の顏は、先刻さつき怡々いそ/\した光が消えて、妙に眞面目に引緊ひきしまつてゐた。妹共はもう五六町も先方さきを歩いてゐる。十間許り前を行く松藏の後姿は、荷が重くて屈んでるから、大きい鞄に足がついた樣だ。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
以前のようには捨吉の方で親しい言葉を掛けないので、先方さきも勝手の違ったように一寸ちょっと挨拶だけして、離れ離れに同じ道を取って行った。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
大抵なら先方さきでも恟りするんでげすが、そこは約束のしてあることでございます。先方でもちっとも驚いた模様もありませんで
先方さき足袋跣足たびはだしで、或家あるいへて、——ちつとほいが、これからところに、もりのあるなかかくれてつたきり一人ひとり身動みうごきも出來できないでるんです。
三人の盲の話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「なに遠慮しないでもいい、先方さきまで送ってあげるから心配しないがいい。——袖摩そですり合うも何とかの因縁いんねんだ。ハハハハハ」
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
此方こちの心が醇粋いっぽんぎなれば先方さきの気にさわる言葉とも斟酌しんしゃくせず推し返し言えば、為右衛門腹には我を頼まぬが憎くていかりを含み、わけのわからぬ男じゃの
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
私は、女が口から出任せに譃八百を言っていると思いながら、聞いていれば、聞いているほど、段々先方さきの言うことが真実ほんとうのようにも思われて来た。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
先方さきじや知らない縁談を、お前の方へ、どしどしと、持込まれない者はないので、知れてもゐやう。己れもやはりその数に、漏れなかつたは、有難迷惑。
したゆく水 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
「君の評判は大したもんですぜ。」と和泉屋は突如だしぬけ高声たかごえしゃべり出した。「先方さきじゃもうすっかり気に入っちゃって、何が何でも一緒にしたいと言うんです。」
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
とかくくれさへすれば大事にして置かうからとそれはそれは火のつく様に催促して、此方から強請ねだつた訳ではなけれど支度まで先方さきで調へてはば御前は恋女房
十三夜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「シカシ考えて見れば此方こっちが無理サ、先方さきには隠然亭主と云ッたような者が有るのだから。それに……」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
思切おもいきり大声を張上はりあげて「誰だ!」と大喝だいかつ一声いっせい叫んだ、すると先方さきは、それでさも安心した様に、「先生ですか」というのだ、私はその声を聞いて、「吉田よしだ君かい」というと
怪物屋敷 (新字新仮名) / 柳川春葉(著)
頼母も刀の柄へ手をかけ、先方さきが斬り込んで来たら、斬り払おうと構えたが、それにしてもお浦と典膳との境遇が、あまりに悲惨に、あまりに意外に思われてならなかった。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
両親も大変喜んで種々いろいろ先方さきの男の様子も探ってみたが大した難もないし、ことに先方からのっての懇望のぞみでもあるから、至極良縁と思ってそれを娘にはなすと、一度は断ってはみたが
二面の箏 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
先方さきで弾かせられては大変と思って、一生懸命に耳を澄ましたが、あいにくその青年が調子外れ(音痴)だったので、歌の節が一々変テコに脱線して、本当の事がよくわからない。
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「だって仕方がねえ、先方さきでそう決めているものを……」小倉はわざと冷かにいった。
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)