伽羅きゃら)” の例文
あるひは炬燵こたつにうづくまりて絵本読みふけりたる、あるひは帯しどけなき襦袢じゅばんえりを開きてまろ乳房ちぶさを見せたるはだえ伽羅きゃらきしめたる
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それについておもい出しますのは父は伽羅きゃらの香とお遊さんが自筆で書いた箱がきのあるきりのはこにお遊さんの冬の小袖こそでひとそろえを
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それはもう朽ちた木で何ともわからなかったが、白檀びゃくだんとか伽羅きゃらとかいう霊木ででもあったのだろうか、不思議の名香に驚いたのである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
侍女の万野までのは、姫の黒髪の根に伽羅きゃらの香をきこめたり、一すじの乱れ髪も見のがさないように櫛をもっていたりしていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「キャラコ」のキャラは、白檀びゃくだん、沈香、伽羅きゃらの、あのキャラではない。キャラ子はキャラコ、金巾かなきんのキャラコのことである。
キャラコさん:01 社交室 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
かくて某は即時に伽羅きゃらの本木を買い取り、仲津なかつへ持ち帰り候。伊達家の役人は是非ぜひなく末木を買い取り、仙台へ持ち帰り候。
興津弥五右衛門の遺書 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それにしては、今三次がたくさんの珊瑚の中からそれと図星を指した問題の品に、伽羅きゃら油の滑りとにおいが残っているのが、不思議であった。
仙台の殿様が伽羅きゃらの下駄をいたという時代、はるかへだたっては天保年間のお女郎は、下駄へ行火あんかを仕掛けたと言う時代です。
心なき門附かどづけの女の歌。それに興を催してか竜之助も、与兵衛が心づくしで贈られた別笛べつぶえの袋を抜く、氏秀切うじひでぎり伽羅きゃら歌口うたぐち湿しめして吹く「虚鈴きょれい」の本手。
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
また金唐革とか、紅革などとわれるものを製作したり、伽羅きゃらの木で源内櫛げんないぐしというのを作ったり、硝子ガラス板に水銀を塗って自惚鏡うぬぼれかがみという鏡をも作りました。
平賀源内 (新字新仮名) / 石原純(著)
伽羅きゃらかおりくんずるなかに、この身体からだ一ツはさまれて、歩行あるくにあらず立停たちどまるといふにもあらで、押され押され市中まちなかをいきつくたびに一歩づつ式場近く進み候。
凱旋祭 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
それは、彼にとっては、不思議なほど色彩のあざやかな記憶である。彼はその思い出の中に、長蝋燭ながろうそくの光を見、伽羅きゃらの油の匂を嗅ぎ、加賀節かがぶしの三味線のを聞いた。
或日の大石内蔵助 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ばらりといたお七のおびには、夜毎よごときこめた伽羅きゃらかおりがかなしくこもって、しずかに部屋へやなかながれそめた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
あるある島田には間があれど小春こはる尤物ゆうぶつ介添えは大吉だいきちばば呼びにやれと命ずるをまだ来ぬ先から俊雄は卒業証書授与式以来の胸おどらせもしも伽羅きゃらの香の間から扇を
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
麝香じゃこうでも肉桂にっけいでも伽羅きゃらでも蘭奢待らんじゃたいでもない。いやそんなものよりもっとよい、えも言われぬ香りでした。
天狗の鼻 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
主僧の室は十畳の一で、天井は高かった。前には伽羅きゃらや松や躑躅つつじ木犀もくせいなどの点綴てんてつされた庭がひろげられてあって、それに接して、本堂に通ずる廊下が長く続いた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
七十五里を一目に見る遠目金とおめがね芥子粒けしつぶを卵のごとくに見る近目金、猛虎の皮五十枚、五町四方見当なき鉄砲、伽羅きゃらきん、八畳釣りの蚊帳かや、四十二粒の紫金しこんいたコンタツ。
ハビアン説法 (新字旧仮名) / 神西清(著)
南蛮船が来航し、次で和蘭陀オランダからもって来る。支那シナとの交通はもとよりのことである。香木の伽羅きゃらを手に入れることで、熊本の細川家と仙台の伊達だて家との家臣が争っている。
さあ、今度はたいしたもんだぞ、木質は天竺、檀特山だんどくせんから得ました伽羅きゃら名木めいぼくと来るかな。わが朝は仏縁深重の地とあって、伊勢ノ国阿漕ヶ浦に流れ寄り、夜な夜な発する霊光。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
パリー近くのその地方にかかる一般に信じられた迷信があることは、ちょうどシベリアに伽羅きゃらの名木があるように意外なことで、そのためにいっそう珍しがられ尊重されていた。
香料は皆言わば稀薄きはくである。香水の原料は悪臭である。所謂いわゆるオリジナルは屍人くさく、麝香じゃこう嘔吐おうとを催させ、伽羅きゃらけむりはけむったい油煙に過ぎず、百合花の花粉は頭痛を起させる。
触覚の世界 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
ういう華美はでなりを致しまするのを、延享えんきょう年中の流行はやり言葉で伽羅きゃらなりと云い、華美な装をする人を伽羅な人と云い、ちょっと様子のい事を伽羅じゃアないかと云い、持物が伽羅だとか
伽羅きゃらも及ばぬ微妙な香気が、ほのぼのと部屋にこめて、夜空へ流れた。
紫大納言 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
踊りを踊る人。伽羅きゃらを焚いてぐものもある。……
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
伽羅きゃらくさき人の仮寐かりね朧月おぼろづき
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
伽羅きゃらのようにからみつくようなところもなく、白檀びゃくだんのように重くもない。すが々しい、そのくせ、どこかほのぼのとした、なんとも微妙な匂いである。
顎十郎捕物帳:16 菊香水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
かくてそれがしは即時に伽羅きゃら本木もときを買取り、杵築きつきへ持帰り候。伊達家の役人は是非ぜひなく末木うらきを買取り、仙台へ持帰り候。
平たい塗筥ぬりばこである。ゆるしをうけて、吉次は、そっと、ふたをとって見た。伽羅きゃらの香が、煙かのように、身をくるむ。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「外でもございません、——研屋五兵衛の遺書に伽羅きゃらの匂いの浸み込んでいたことを御存じでしょうか」
それにしてもあの家中にほんのりと籠つてゐたなまめかしい伽羅きゃらの薫りを私は今も忘れない。
青春物語:02 青春物語 (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
地は縮緬ちりめんで、模様は松竹梅だか何だか知らねえが、ずいぶん見事なものだ、それでこの通りいい香りがするわい、伽羅きゃらとか沈香じんこうとかいうやつの香りなんだろう、これを一番
備前宰相びぜんさいしょう伽羅きゃらを切ったのも、甲比丹カピタン「ぺれいら」の時計を奪ったのも、一夜いちやに五つの土蔵を破ったのも、八人の参河侍みかわざむらいを斬り倒したのも、——そのほか末代にも伝わるような
報恩記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
短夜や伽羅きゃらの匂ひの胸ぶくれ 几董きとう
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
伽羅きゃらくさき人の仮寝や朧月おぼろづき
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
まだ、まことのちぎりは結ばない二つの枕は、伽羅きゃらもむなしく、他人のように行儀よくねやに並んだままなのである。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「香木のある穴だ。伽羅きゃらだか、沈香じんこうだか知らないが、とにかく、名香をしまってある穴だ。来い、八」
また長崎から取り寄せた伽羅きゃらで櫛をかせ、そのみねに銀の覆輪ふくりんをかけて「源内櫛げんないぐし」という名で売出したのが大当りに当って、かみは田沼様の奥向おくむきからしもは水茶屋の女にいたるまで
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ひまなときには伏籠ふせごをおいて着物に伽羅きゃらをたきしめたり腰元たちと香を聴いたり投扇興とうせんきょうをしたり碁盤ごばんをかこんだりしている、お遊さんのはあそびの中にも風流がなければあきませぬので
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
呂宋助左衛門るそんすけざえもん手代てだいだったのも、備前宰相びぜんさいしょう伽羅きゃらを切ったのも、利休居士りきゅうこじの友だちになったのも、沙室屋しゃむろや珊瑚樹さんごじゅかたったのも、伏見の城の金蔵かねぐらを破ったのも、八人の参河侍みかわざむらいを斬り倒したのも
報恩記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
幸なる事には異なる伽羅きゃらの大木渡来いたしおり候。
興津弥五右衛門の遺書 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
芸妓おんなたちは、どやどやと、中へ入った。屋形は、美しい人間と、伽羅きゃらの香で、いっぱいになってなお揺れた。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
盗賊は入りませんかと——いや待て待て——大名屋敷に伽羅きゃら沈香じんこうがあるのは不思議はないが、大名が町家の子供を五人もさらって行く道理はない——それにお新の弟の信太郎は
幸なる事には異なる伽羅きゃらの大木渡来致しおり候。
「おのれ、それには、今日の御所の御宴ぎょえんで、姫君がさるお方からいただいた伽羅きゃら銘木めいぼくが入っているのじゃ、下人などが手にふれたら、罰があたるぞ、返やせ、返やせ!」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
道誉は、胸の前で、サラリと唐扇を開いて、ばさらな扇使いに、伽羅きゃらと汗の香を放ちながら
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこのほのかな明りと、ふたつの枕に焚きこめてある伽羅きゃらの香が、ふと高氏を心づかせた。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しとみをあげたそこの窓に、桔梗ききょう色の暁空あけぞらが切り抜いたように望まれた。そして吹き入る風にその人の黒髪が揺れ、小姓たちのたたずんでいるところまで、伽羅きゃらにおいが送られて来た。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かぶとを取って、無造作に藤吉郎はかしらにいただいてを結んだが、その時、馥郁ふくいくたる伽羅きゃらのにおいが全身にみとおった。彼はニコと寧子の顔を見ながら、伽羅の香をかたく結んだ。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
内裏だいり典侍てんじ命婦みょうぶのかよう廊ノ間に落しぶみをしておけば、その夜の忍ぶ手のまさぐりに、ねばき黒髪と熱いくちびるが、伽羅きゃらなどというこうるるにやあらんやみに待ちもうけていて
吉保は、一門一族をあげてこれを迎え、歓楽つきて、秘室、伽羅きゃらきこめた屏裡へいりには、自分の妻妾でも、家中のみめよき処女でも、綱吉のとぎに供するのを否まなかったとさえいわれる。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)