)” の例文
窓ぎわに椅子をずらしてそんな思い出にふけっていた私は、そのとき急に、いまやっと食事をえ、そのままベッドの上に起きながら
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
シューマンのように、気が違って死んだヴォルフの作品には、潜伏した狂気とも言うべき、手にえない一脈の憂愁さが流れている。
煙草を銜え、飛行服のバンドをめ直し乍ら、池内いけうち操縦士が、折から発動機エンジンの点検をえて事務所に帰って来た、三枝さえぐさ機関士に訊ねた。
旅客機事件 (新字新仮名) / 大庭武年(著)
初め久野が合宿へ行った時、皆遠漕から前日に帰って、初めて練習をえたところであった。久野は皆の顔のひどく黒いのにびっくりした。
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
貴殿が、是と信じていることは、わしの非とするところ、この是非得失は、論じてもえまい。山は、当所だけでなく、愛宕も、鞍馬もある。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
中学の課程すらも満足にえていない今村謹太郎いまむらきんたろうにとっては、浅野護謨あさのごむ会社事務員月給七十五円という現在の職業は、十分満足なものであった。
犠牲者 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
だが、三年兵のうちで、二人だけは、よう/\内地で初年兵の教育をえて来たばかりである二年兵を指導するために残されねばならなかった。
雪のシベリア (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
みぞにうつ伏せになっている死骸しがいを調べえた巡査が、モンペ姿の婦人の方へ近づいて来た。これも姿勢を崩して今はこときれているらしかった。
夏の花 (新字新仮名) / 原民喜(著)
検屍やら骨上こつあげやら葬式やらと、福介と二人で何から何迄仕切ってやってのけ、大阪で初七日を済まし、奉行所の手続きもすっかりえてから
どこまで始末にえねえかすうが知れねえ。いや、地尻の番太と手前てめえとは、おら芥子坊主けしぼうずの時分から居てつきの厄介者だ。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
たたかハスニ/柳橋妓ニ命ズルハ少年ノ興/駒野禅ニ参ズルハ前世ノ因/廿歳旧游游ビテ未ダヘズ/又台麓酔吟ノ人ト為ル〕
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
誰とでも喧嘩けんかがしたい、誰と喧嘩をしても自分のとくになるだけだって、現にここへ来て公言して威張えばってるんだからね、実際始末にえないよ。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
祈りえた時、わらい声が風にゆれる高い葉の中に舞い上がった、それは眼に見えぬ鳥がそこにいて、樫鳥かしどりのように嘲けり鳴いているかと思われた。
(新字新仮名) / フィオナ・マクラウド(著)
けれども、私の傍には厳然と、いささかも威儀を崩さず小坂氏がひかえているのだ。五分、十分、私は足袋と悪戦苦闘を続けた。やっと両方えた。
佳日 (新字新仮名) / 太宰治(著)
今般四年がかりにて俳諧辞書編輯をえ大倉書店より出版につき大兄の序文もしくは校閲願度旨にて参上仕候につき御面倒ながら御面会相願度と存候。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
まず以上で花と実との概説がいせつえた。これは一気呵成いっきかせいふでにまかせて書いたものであるから、まずい点もそこここにあるであろうことを恐縮している。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
この方面の事をえて、秀吉が姫路へ帰って来たときは、もう九月となっている。木の香、丹青たんせいすべて新しき城に坐して、秀吉は初めて、こういった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
歌いえた姥は、大息をついて、ぐったりした。其から暫らく、山のそよぎ、川瀬の響きばかりが、耳についた。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
三といいうと同時に野猪が跳び出すその時遅くかの時速くまた蛙めが野猪の頸に飛び付いたのを一向知らず
一五六 なおこの章をえるに当って、先に論及した一点について、興味ある註釈を加えておかねばならぬ。
えて僕は、やけに苦しくなって、とても部屋にじっとしてはいられず、立ちあがって出て行った、と。
さもあらばあれ、われこの翁をおもう時は遠き笛のききて故郷ふるさと恋うる旅人のこころ、動きつ、またはそう高き詩の一節読みわりて限りなき大空をあおぐがごとき心地す
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
仏頂寺は立派に腹を切りえた上に、咽喉をききっている。これは反魂香はんごんこうの力でも呼び生かすすべはない。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
元来栄達に志す人ではなかったから、位にいた後、種々の善政を布き、良法を設けて、市民の信頼に報いわり、直ちに位をつること弊履へいりの如くであった。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
宗演師講演の英訳をえて、それを当時円覚寺内の帰源院に来て居られた夏目漱石さんに見てもらったことを覚えて居る。元良もとら先生も、その時居られたかと思う。
釈宗演師を語る (新字新仮名) / 鈴木大拙(著)
そうして機会おりを見て伯林ベルリン巴里パリーへ出て、どこかの寄席よせか劇場の楽手になりおせる計画だったのですが……しかしその計画はスッカリ失敗に帰してしまったのです。
死後の恋 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
門を出入りする官員らの大部分は、まげを残して白足袋たび穿いていた士族であった。通りがかりにじろじろと眺められる場所で、阿賀妻は恬然てんぜんと用意をなしえた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
この驚くべき報告が麓へ拡まると、町からも村からも大勢の加勢が駈着かけつけた。安行の屍体は自宅へ、お杉と𤢖の亡骸なきがらは役場へ、れに引渡ひきわたしの手続てつづきえた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
するのだから、始末にえねえや。奥様! こんな人に介意かまっているよりか旦那の容体が大事だ!
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
しかるに学校にりて多年蒐集しゅうしゅうしたる智識をば一旦業をえ校門をずると同時に、そのすべてを失却するもの甚だ多い。仏国ふっこくの如きこの例にれざるものと言うべきである。
教育の最大目的 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
ちょうど演奏のわる時刻だったので、やがて制服姿の彼が肩をすぼめながら、おそろしい厳粛な表情で、傍目わきめもふらずとっとと二人の前を行きすぎようとしたことがあったが
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
主人は打水をえて後満足げに庭の面を見わたしたが、やがて足を洗って下駄げたをはくかとおもうとすぐに下女をんで、手拭てぬぐい石鹸シャボン、湯銭等を取り来らしめて湯へいってしまった。
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
点火したのをそこへ載せておくと少時しばらくすると自然に消えて主人が観覧をえて再び出現するのを待つ、いわばシガーの供待部屋ともまちべやである。これが日本の美術館だったらどうであろう。
喫煙四十年 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
お返事をお書きえになったあとでもなお院は見えぬものに見入っておいでになった。
源氏物語:41 御法 (新字新仮名) / 紫式部(著)
今日からは起きてもい事になった。しかし歩いちゃいけないんだ。乃公は毛布巻にされて腕椅子の上に坐っていたが、おびんずる様のようで始末にえない。退屈で仕方がない。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
苔蒸こけむした井筒いづつあふれる水を素焼すやきかめへ落していたが、ほかの女たちはもう水をえたのか、皆甕を頭に載せて、しっきりなく飛びつばくらの中を、家々へ帰ろうとする所であった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ついでに書き加えておくが、私が以上の本文の清書をえたのは、昭和十六年十二月十日のことであるが、私はそれから十日目の十二月二十日、満十二年ぶりに、東海道線の汽車に乗って
御萩と七種粥 (新字新仮名) / 河上肇(著)
「かんだち」が一日中去来していた。今は宵の八時。澄んだ十四日の月が、静かな、一日の為事をえてのびのびした町の上に照っている。今夜は不動さまのお縁日で堀の方はにぎわっている。
彼氏はおもむろにポケットから取り出したダンヒルのパイプに、クレーブンミクスチュアをつめる。彼女は、汗ばんだ鼻をコンパクトの鏡に写しえてから、チョコレートの銀紙をむきはじめる。
案内人風景 (新字新仮名) / 百瀬慎太郎黒部溯郎(著)
「さあ、もう沢山たくさん、もう沢山」と、一同が食事をえたとき監督はそう言ったが、病人はまだ腰を上げずに鉢の上へのしかかって、片手では粥をすくい、のこる片手では胸をしっかり抑えていた。
「中途で弾き止めた清元の『山姥やまうば』、今生こんじょうの思い出にえとうござる」
大捕物仙人壺 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
だが、この晩の歌会は非常に静粛にえた。よく統一されていた。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
私はもう二三日すれば私のノオトを書きえられるだろう。それは私達自身のこうした生活に就いて書いていれば切りがあるまい。
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
讃之助は、もう葬送行進曲ヒューネラル・マーチえて華やかな第四楽章のプレストに入ったらしい音を遠音に聞き乍ら、場所柄を超越した呑気のんきさで話し出しました。
葬送行進曲 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
やがて食事をえて、わがへやへ帰った宗助は、また父母未生ふぼみしょう以前いぜんと云う稀有けうな問題を眼の前にえて、じっとながめた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
病妻の看護のために彼の家に来ていてくれた義母は、今はもう娘のためにするだけのことはえていたのだ。年老いた義母には郷里に身を落着ける家があるのだ。
死のなかの風景 (新字新仮名) / 原民喜(著)
建久六年三月二十日造営の功をえ、供養をとげられた。天子の行幸があり、将軍頼朝も上洛した。
法然行伝 (新字新仮名) / 中里介山(著)
……彼にいかなる不平があり、またいかなる好餌こうじをもって誘われたか知らぬが、要するに、毛利と本願寺のたてに使われ、楯の役目をわれば、可惜あたら、自滅のほかない。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
六一 我々は今や、市場における競争の機構がいかなるものであるかを、よく理解しえた。実際においても交換の問題は、価格の高騰及び下落によって解かれている。
新橋へ、人を見送りに行ったと云う以上、二時間もすれば帰って来るべきはずの夫を、夕餉ゆうげの支度をえて、ボンヤリと待ちあぐんでいる妻の邪気あどけない面影が、しばらく彼の頭を支配した。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)