乳母うば)” の例文
半蔵のところへは、こんなことを言いに寄る出入りのおふきばあさんもある。おふきは乳母うばとして、幼い時分の半蔵の世話をした女だ。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
えゝも、乳母うばめは跛足ちんばぢゃ! こひ使者つかひには思念おもひをこそ、思念おもひのこよるかげ遠山蔭とほやまかげ追退おひのける旭光あさひはやさよりも十ばいはやいといふ。
旅よそおいをした若い娘を乳母うばらしい老女と下僕しもべらしい男とが、守護でもするように前後にはさんで、入り込んで来た一組であった。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
豊前ぶぜん乳母うばの娘が参ったと仰っしゃって下されば、きっと、殿様も覚えておいで遊ばすことと存じます。お取次ぎくださいませ」
大谷刑部 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
御相談ごそうだんをおかけになりました。この乳母うばたいそうりこうった女でしたから、相談そうだんをかけられると、とくいらしくはなをうごめかして
鉢かつぎ (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
江戸の小咄こばなしにある、あの、「誰でもよい」と乳母うばに打ち明ける恋いわずらいの令嬢も、この数個のほうの部類にいれてつかえなかろう。
チャンス (新字新仮名) / 太宰治(著)
向うのかしの木の下に乳母うばさんが小供をつれてロハ台に腰をかけてさっきからしきりに感服して見ている、何を感服しているのか分らない
自転車日記 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自分はちひさい時乳母うばから、或お姫様がどう云ふ間違からか絹針を一本おなかの中へ呑込んでしまつた。お医者様も薬もどうする事も出来ない。
海洋の旅 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
乳母うばの六条のひざにのって、いつも院の御所ごしょ出仕しゅっしする時と同じように、何もしらないで片言かたことを言ってわしに話しかけていました。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
余りのわずらわしさと、富を目当の求婚のおぞましさに、茂は親切な乳母うばに任せ、たった一人で、偽名をして、気儘きままな湯治に出掛けたのだが。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
柳行李やなぎかうりから云はれた物を出して居るのは妹の乳母うばでした。私はまた何時いつにか蚊帳を出て、定七さだしちの火事装束をするそばに立つて居ました。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
刑執行人は母たり乳母うばたるその婦人に向かって、異端の信仰を去れ、と言いながら、小児の死か良心の死かいずれかを選ばせようとした。
もぬけのからなりアナヤとばかりかへして枕元まくらもと行燈あんどん有明ありあけのかげふつとえて乳母うばなみだこゑあわたゞしくぢやうさまがぢやうさまが。
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
登があれば乳母うばがなければならない。おのおの、その様によって集められた人材は、用い方でみな無くてはならぬものになる。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
葉子の乳母うばは、どんな大きな船でも船は船だというようにひどく臆病おくびょうそうな青い顔つきをして、サルンの入り口の戸の陰にたたずみながら
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
京子さん。これで僕はまだ三十二歳です。あなたとは十一違いです。もっとも子供は一人ありますがね。女の子だし、乳母うば
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
少しでも明るいところへかかへ出すと、かれは火のつくやうに泣き立てるので、両親も乳母うば持余もてあまして、よんどころなく彼女を暗い部屋で育てた。
梟娘の話 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
恐しかった。悲しかった。子供の時に乳母うばに抱かれて、月蝕げっしょくを見た気味の悪さも、あの時の心もちに比べれば、どのくらいましだかわからない。
袈裟と盛遠 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
人の橋を渡る気配がしたので、私はフト背後うしろをふりかえると、高谷千代子とその乳母うばというのが今橋を渡って権之助の方へ行くところであった。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
乳母うばは、あくる朝、夜のあいだにだれかおしろへはいってきたものはないかと、番兵ばんぺいにたずねてみました。ところが番兵は
里子さとご時代に、乳母うばの家族とせまくるしい一室でらしていたころの光景までが、おりおりかれの眼にかんでいたのである。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
佐兵衛夫婦はちょうど生れたばかりの総領をくして、悲歎にくれている時だったので、そのまま総領の乳母うばを留め置いて弥三郎を育てました。
やっぱり、夢ににぎやかなところを見るようではござんすまいか。二歳ふたつ三歳みッつぐらいの時に、乳母うばの背中から見ました、祭礼おまつりの町のようにも思われます。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私を育ててくれた乳母うば名古屋なごやに居まして、私が子供の内に銀杏ぎんなんすきで仕様がないものだから、東京へ来ても、わざわざ心にかけて贈ってくれる。
薄どろどろ (新字新仮名) / 尾上梅幸(著)
祖父じい様には貞夫もはや重く抱かれかね候えば、乳母うば車に乗せてそこらを押しまわしたきお望みに候間近々大憤発をもって一つ新調をいたすはずに候
初孫 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
嫡男万福丸どのゝ乳母うばをお呼びになりまして、「さあ、和子わこから先にしょうこうをするのですよ」と仰っしゃるのです。
盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
してたもれと言れて乳母うばにもと思ひしばし工夫にくれたり折柄をりから媒人なかうどの富右衞門來りしによりこれさいはひと乳母は彼の艷書を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
三年のあいだ私は彼女のあると云う事を、あなたには秘密にしていましたけれど、彼女が無事に育っていると云う事は乳母うばから聞いて知っておりました。
黄色な顔 (新字新仮名) / アーサー・コナン・ドイル(著)
一方の女はその乳母うばで髪の毛が赤く縮れていた。太郎左衛門の家では二人に食事をさして、一室へ入れて眠らした。
切支丹転び (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
乳母うばを雇わなければならなかった。初めはそれがたいへんつらかった——が間もなくそれは安堵あんどの念をもたらした。もう子供はたいへん丈夫になった。
するとあの人がせんにおよめに来るまえに奉公ほうこうしていたおくさんが、エジプトへ行くというので、そのおくさんにたのんで子どもの乳母うばにしてもらった。
自分が一条家に仕えるようになったのは、そもそも母親が鶴姫誕生の折り乳母うばあがって以来のことであるぐらいの経歴なら、とうの昔に知り抜いている。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
チビ公は急になきたくなった、かれは自分が生まれたときには、このやしきの中を女中や乳母うばにだかれて子守り歌を聞きながら眠ったことだろうと想像した。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
芳年よしとしの三十六怪選の勇ましくも物恐ろしい妖怪変化ようかいへんげの絵や、三枚続きの武者絵に、乳母うばや女中に手をかれた坊ちゃんの足は幾度もその前で動かなくなった。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
その当時、お神さんが乳母うばに行っていたので、彼女が自分のいる近所に、夫の職を見つけてやったのである。
「坊やのお乳母うばはどこへ行た、あの山越えて里へ行た。里のお土産みやに何もろた。でんでん太鼓にしょうの笛——」
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
子を生んだことの無いという乳母うばの乳房の先きは、赤く小さくて、お湯のしずくがぽたりぽたりと滴って居る。
かやの生立 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
順造は乳母うばのことを、頭の何処かにひっかかりながらも、いつとはなしに考えの外へ投り出しがちだった。所が或る日、桂庵の婆さんが不意に若い女を連れて来た。
幻の彼方 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
つい乳母うばや子守を頼むような気になる。しからば教師たるものは何を標準として自己をりっするか。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
中には、どこかの役人やくにんのうちの入口のところに、かごに入れたままて子にされて、こごえんだのもいるし、乳母うばにそえをされながら、いきがつまって死んだ子もいる。
忠義な乳母うばのお磯とを除いた村の人間のうちで、源次郎氏が金を隠している場所を発見する可能性が一番強いのは、誰でもない……その甥の当九郎という事になるのですからね
復讐 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そんなときにこの行燈が忠義な乳母うばのように自分の枕元を護っていてくれたものである。
追憶の冬夜 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ちょうど上流社会で小児の乳母うば田舎いなかから抱えて何でも滋養分を食べさせなければならんと肉や魚の御馳走を無闇むやみに与えると食物の変化で乳母の乳が出なくなるようなものです。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
新築後は以前から長くいたおだいという乳母うばもいなくなった。二人までいた同居の人たちも立退たちのいた。別れた母の代りには姉と叔母とが立働いている。これも家庭の改革であった。
寝床へ置いても泣出すのでひざの上で寝かせ、高坏たかつきを灯台として膝の前にともし、自分は背中を衝立ついたて障子にもたせかけて、百日の間は乳母うばにも預けずに世話をしたなどとあるのです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
母はまた赧くなり、そして女の子を生んだがその代り母はとられた。すぐ乳母うばを雇い入れたところ、おりから乳母はかぜけがあり、それがうつったのか赤児は生れて十日目に死んだ。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
身のまわりのせわは松尾という乳母うばがした。彼女は木下市郎右衛門という軽い身分のものの娘で、いちど物頭の屋代藤七へ嫁したが、二年めに子を産むとまもなく死別してしまった。
菊千代抄 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
千代は備前侯池田家に縁故のあつた人で、駕籠かごで岡山の御殿に乗り附ける特権を有してゐたさうである。恐らくは乳母うばではなかつたかと、私は想像する。此夫婦の間に私の父は生れた。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
「私の乳母うば丹精たんせいして大事に大事に育てたのです」と婦人がほこに口を添えた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
上京の途中は大阪の知人をたずね、西京さいきょう見物に日をついやし、神戸よりは船に打ち乗りて、両親および兄弟両夫婦および東京より迎えに行きたる妾と弟の子の乳母うばと都合八人いずれも打ち興じつつ
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)