くび)” の例文
外套を着ていないから僕のくびはむきだしなのだ。座席の後板に背筋を着け、僕は両手をすくめて膝にはさみ眼をしっかり閉じていた。
(新字新仮名) / 梅崎春生(著)
小腰をかがめておうな小舞こまいを舞うているのは、冴々さえざえした眼の、白い顔がすこし赤らみを含んで、汗ばんだ耳もとからほおへ、頬からくび
大橋須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
くびに縄を付けて、池にほうり込まれるまで、瓢々斎が音も立てなかったということは、どう考えても少しテニヲハが合わなくなります。
部屋中がグルグル廻転し、耳のそばで馬鹿ばやしがチャンチャン囃し立てている中で、何かうるさく、彼女のくびまといつくものがあった。
江川蘭子 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
伯爵はうなっていた。主翁は小紐を出して、そっと伯爵のくびに捲こうとした。と、小紐は風に吹き寄せられるように手許てもとに寄って来た。
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
私はそのくびから鉄鎖てつぐさりを取り、羊飼ひつじかいに手伝わせて、ロボをブランカの死体をおいた小舎こやへ運び入れて、そのかたわらにならべてやった。
田島はこれがためにこの家に大分借金が出来たし、また他の方面でも負財のためにくびがまわらなくなっている。僕が吉弥をなじると
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
そのくび筋とほおが少し彼の眼にはいった。——そして彼女をながめているうちに、彼女が赤くなってるのに気づいた。彼も赤くなった。
「——でござりましょうか」と外記はくびをふるわした、そうではない、と、反駁はんばくする気持が語気に出て、力を入れて云うのであった
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
蛇と云えば、いつぞやお化け師匠のお話をしたことがあるでしょう。師匠を絞め殺して、そのくびに蛇をまき付けて置いた一件です。
半七捕物帳:55 かむろ蛇 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そうしてその一軒の大きい方の店頭には、いつも一匹の黒斑くろぶちの猫がくびも動かさずに、通りの人人を細目に眺めながら腹這はらばって寝ている。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
黄金の黄ろい頸鎖をくびに巻き、三本の尖頭とげある黄金の輪を頭に載せ、脚は鹿皮の革紐で巻いて、赤く染めた牝牛の皮で足を包んでいた。
かなしき女王 (新字新仮名) / フィオナ・マクラウド(著)
庭にはふじが咲き重つてゐた。築山つきやまめぐつてのぞかれる花畑にはヂキタリスの細いくびの花が夢のほのおのやうに冷たくいく筋もゆらめいてゐた。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
娘は糠袋ぬかぶくろくびから胸、腹からももへと洗いながら、また湯を汲みに立ったりして、前後左右いろいろな角度と姿勢をこちらへ見せた。
追いついた夢 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
裸になった彼女は花束の代りに英字新聞のしごいたのを持ち、ちょっと両足を組み合せたまま、くびを傾けているポオズをしていた。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
都の女はすての顔立にある男らしさを美しいといい、すては女はみなこうあらねばならぬくびのほそれを、都の女にむかってめていった。
そのほか、私の正面には、ルセアニア人の羸弱フラジルな眼鼻立ちがあった。彼は、くびへ青い血管を巻いて、蓴菜じゅんさいのような指を組んでいた。
踊る地平線:10 長靴の春 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
おかけになっていらっしゃるくび飾りが取り換えられたということは、普通では考えられぬ、魔術のような早業はやわざだということになります。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
続いてるはアグラヴェン、たくましき腕の、ゆるき袖を洩れて、あかくびの、かたく衣のえりくくられて、色さえ変るほど肉づける男である。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
百合、のび上って、晃がひもを押えくびに掛けたる小笠おがさを取り、瓢を引く。晃はなすを、受け取ってかまちにおく。すぐに、鎌を取ろうとする。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼女はしかしその間、目をつぶったまま、何か自身の考えに沈んでいた。ときどき痙攣けいれんのようなものが彼女のせたくびの上を走っていた。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
城太郎は、竹筒のせんを抜いてから、中をのぞいた。吉岡道場の返書はたしかに入っている。やっと安心して、またくびへかけながら
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いやどうして」と法水は強くくびを振って、「この事件の犯人ほど冷血な人間が、どうして打算以外に、自分の興味だけで動くもんか」
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
くびの逆毛を針のように立て、射られた一眼に矢を折り掛け、二振りの剣と見まがうような二本の牙を喰いそらして雷光の如く突いて来た。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
右の眼の上と耳あたりが特別大傷らしく、生温かい血が噴いてはくびへ流れ伝わる。痛くはない。目に見えぬ大きな拳骨が室中を暴れ回る。
長崎の鐘 (新字新仮名) / 永井隆(著)
私は軽はずみの例にれず、少しくとりのぼせていたのである。よく見ると、犬のくびには最近まで首輪をはめていた形跡がある。
犬の生活 (新字新仮名) / 小山清(著)
激情に満ち満ちた声で叫んだ弟はイキナリ私のくびッ玉に飛付いた。横頬を私の胸にスリ付けてシャクリ上げシャクリ上げ云った。
冥土行進曲 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そうして、私が語り終るなり、あッという間もなく、百五十歳の隠居さんはその皺くちゃの両腕をのばして、私のくびにいだきつきました。
血友病 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
けげんな面持でくびをひねり、「氣のせゐかなあ。あれあれ、何だか火が燃えてゐるやうな、パチパチボウボウつて音がするぢやないか。」
お伽草紙 (旧字旧仮名) / 太宰治(著)
ついに彼は、のどのあるあたりのくびに接吻し、そこに唇を長いあいだ押しあてていた。大尉の部屋から物音が聞えたので、彼は眼を上げた。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
それでくびを押えて、うなじまで棒を転がして行って、頭の直ぐ根の処を掴むのです。これは俗に云う青大将だ。棒なんぞはいらない。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
最初は恐怖のために死んだのであろうと想像していたが、そのくびの骨が実際にくだかれているのを発見して、わたしはまた驚いた。
面は火のように、眼は耀かがやくように見えながら涙はぽろりとひざに落ちたり。男はひじのばしてそのくびにかけ、我を忘れたるごとくいだめつ
貧乏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
花鬘けまんをそのくびにかけ、果を供え、樟脳しょうのうに点火してくゆらせ廻り、香をき飯餅を奉る、祠官神前に供えた椰子を砕き一、二片を信徒に与う。
どうも、樹の蔭に、鳥がくびを立てているように見える。すると、心臓の鼓動がはげしくなる。この草の中に鷓鴣がいなくって何がいよう。
彼女のくびにした白狐びゃっこの毛皮の毛から、感じの柔軟な暖かさが彼のほおにも触れた。この毛皮を首にしていれば、絶対に風邪かぜはひきッこない。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
けれども、両親の意に逆らうのもどうかと思う心から、ただくびをたてにって、無言のうちに「行く」という返事をしてしまったのだった。
初雪 (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
私は刑事が手を触れてはいけないと云う言葉も忘れていきなり、姉のくびからその呪うべき紐を解かずには居られませんでした。
ある抗議書 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「これもこちらへ隠しまして」と美少年は草籠くさかごを片寄せると見せて、利鎌とがま取るや武道者のくびに引掛け、力委せにグッと引いた。
怪異黒姫おろし (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
『太平記』に「雨の降るが如くにける矢、二人の者共がよろいに、蓑毛の如くにぞ立たりける」。一つはさぎくびに垂れたる蓑の如き毛のこと。
蓑のこと (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
だけど、古屋さん、貴方自身は所長さんとふくろの中に入っていたようなもので、手を一寸ちょっと伸ばせば所長さんのくびに届くでしょうね
階段 (新字新仮名) / 海野十三(著)
いま、このあたらしくはいって仲間なかま歓迎かんげいするしるしに、立派りっぱ白鳥達はくちょうたちがみんなって、めいめいのくちばしでそのくびでているではありませんか。
そんな場合に、彼はもう一方の手で、猫の一番喜ぶ場所、あのくびの部分を撫でゝやると、直ぐにリヽーはゴロ/\云ひ出した。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
しかるに水をお飮みにならないで、くびにお繋けになつていた珠をお解きになつて口に含んでその器にお吐き入れなさいました。
時々は馬鹿にした小鳥が白い糞をしかける。いたずらなくもめが糸でくびをしめる。時々は家の主が汗臭い帽子を裏返しにかぶせて日にらす。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
そして、飲みなれぬ酒は中田の頭をすっかりまわしてしまったらしく、くびをかしげる度に頭の中で脳髄が、コトコトと転がるように感じた
自殺 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
燕は目をきょろきょろさせながら羽根を幾度いくどか組み合わせ直してくびをちぢこめてみましたが、なかなかこらえきれない寒さでつかれません。
燕と王子 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
暫くの間じっと息をうかがっていたが、やがて真白い肉付きのいい二本の腕を忍ばすように静かに延ばすと、伊豆のくびを圧えて力強く絞めつけた。
小さな部屋 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
すると、うずくまっているその乞食こじきは、くびが自由にならぬままに、赤く濁った眼玉めだまをじろりと上向け、一本しかない長い前歯を見せてニヤリとした。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
何もかもみな思い出の種で、源内先生は、深い感慨を催しながら舷側にって街や海岸を眺めていたが、そのうちにくびに下げた骨箱に向って