くつわ)” の例文
平次と八五郎と又六は直ぐ樣數寄屋橋までくつわを並べるやうに驅けました。三人の吐く息が、白々と見えるやうな、薄寒い冬の日です。
鋼鉄のような意志のくつわの下に荒立ってる熱狂的な想像力、どちらも広大な——(いずれが勝つともわからない)——利己心と他愛心
まだ娘のころ、若い男とくつわをならべて、田舎の畦道あぜみちを馬で乗りまわして、百姓をおどろかした。嘘か本当か、そんな噂話も伝っている。
すこしへだてて、一群の騎馬隊が燦々さんさん手綱たづなくつわをそろえて来るのが見えた。中ほどにある年歯ねんしまだ二十一、二歳の弱冠が元康その人だった。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と駒に打ち乗り、濁流めがけて飛び込もうとするので式部もここは必死、しのつく雨の中をみのかさもほうり投げて若殿の駒のくつわに取りすが
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
正勝はそう言って、巡査の乗っている馬のくつわを捉えた。巡査は手綱をほうって、馬から下りた。そして、長靴のままで露台へ上がっていった。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
口には別段にくつわをはめられているわけでもないのに、眼はどろりとして、口はおしの如く、助けを呼ぶの気力さえないようです。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
善「えりってくつわの紋付を買って来たのは何ういう訳だ、薩摩様の御紋所のようだなア、多助、何かそれがお前のうちの定紋か」
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その時ドッと喊声が起こり、数百の騎馬武者がくつわを揃え、この大藪地の密林を分けて、移動する松明の方角へ、走って行く音が聞こえて来た。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
御者ぎょしゃは馬のくつわを取ったなり、白いあわを岩角に吹き散らして鳴りながら流れる早瀬の上にけ渡した橋の上をそろそろ通った。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
急いで一散に街道を東へくつわを並べながら、丁度そこの洗い馬の岸辺近くまでさしかかって来た刹那——、全く不意でした。
その隙に藁庖丁の上に懸けて在る手綱を外して、馬塞棒ませぼうの下を潜って、驚く赤馬をドウドウと制しながら、眼にも止まらぬ早業でくつわを噛ませた。
名君忠之 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
然るに徳永商店では教頭の飼犬の中の一頭だけくつわを施こして鎖でつないだが、残りの何頭かは野犬として解放してしまった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
戦の潮合しほあひを心得た将門は、くつわつらね馬を飛ばして突撃した。下野勢は散〻に駈散けちらされて遁迷ひ、余るところは屈竟くつきやうの者のみの三百余人となつた。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
勘次かんじ百姓ひやくしやうもつとせはしいころの五ぐわつ病氣びやうきつた。かれくつわけた竹竿たけざをはしつてうまぎよしながら、毎日まいにちどろだらけになつて代掻しろかきをした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
勝頼騒がず真先にけ合せようとするのを、土屋惣蔵馬のくつわを押え、小山田十郎兵衛以下旗本の士四百騎が、悉く討死して防ぐ間を、落延びさせた。
長篠合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
せまい刈分け路では二頭の馬はくつわを並べる余地が無かった。むろん、もはやお互いでも、話すべき何ものもなかった。おのれの思いに沈潜するのだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
がたくた引込ひっこむ、石炭を積んだ大八車の通るのさえ、馬士まご銜煙管くわえぎせるで、しゃんしゃんとくつわが揺れそうな合方となる。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「馬が待遠しがつて、戸口でくつわを噛んでゐるわ。今時分はもう此処から三十哩も先きへ行つてゐる筈だつたのよ。」
クラリモンド (新字旧仮名) / テオフィル・ゴーチェ(著)
くつわをならべて、討死うちじにさせなければ、この若松に、いつまで経っても、市民の平和と幸福とは実現しないのであります
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
武士はくつわの音で眼をさますというが、伊賀侍は、こけ猿というひとことで、みないっせいにガバッと起きあがった。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
決しつか/\と進みよりつゝ大岡殿の馬のくつわに取り付てをつとの身にとり一大事の御願ありと申にぞ前後をかためし家來を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
女ッてえやつアね、がみがみどなってあばれるにしろ、温和おとなしそうにはいはいと猫をかぶッてるにしろ、どっちみち男にくつわませて、手綱をしばって
嘘アつかねえ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
六十七十の将軍達が切腹もせずくつわを並べて法廷にひかれるなどとは終戦によって発見された壮観な人間図であり、日本は負け、そして武士道は亡びたが
堕落論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
かう思つて、あらかじめ利仁が牽かせて来た、蘆毛の馬にまたがつた。所が、くつわを並べて此処まで来て見ると、どうも利仁はこの近所へ来るつもりではないらしい。
芋粥 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
わがすくひにゆかむとするを待たで、かたえなる高草の裏にあと叫ぶ声すと聞くに、羊飼のわらべ飛ぶごとくに馳寄はせより、姫が馬のくつわぎはしかと握りておししずめぬ。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
一行が警察署の門前へ差しかかったとき、警戒の巡査が野口春蔵の馬のくつわをとらえて引きずり下そうとした。
渡良瀬川 (新字新仮名) / 大鹿卓(著)
そんなわけで、この一派の人はくつわをならべて和歌所に列した。後鳥羽院の御好みが和歌所の歌風をこのようにして俊成・定家の御子左流に色づけたのである。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
ベルセネフはいきなり馬のくつわつかんだ。馬は身をもだえるように轡を掴まれたなりにぐるぐると廻わった。
警察署長 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ぎに動物どうぶつぞうにはうま一等いつとうおほく、それにはくつわだとかくらだとかの馬具ばぐをつけてゐるところがられます。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
よく草むらで捕えるときに指さきに噛みつくが、くつわ形の大きな複雑そうな切物で一ぱいになった口でパックリとやると、指さきに血がにじむくらいの傷をつけるのである。
螽蟖の記 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
赤天狗青天狗銀天狗金天狗という順序で煙草の品位が上がって行ったが、その包装紙の意匠も名に相応ふさわしい俗悪なものであった。くつわの紋章に天狗の絵もあったように思う。
喫煙四十年 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
もうこれだけはと思いつつ、あがき進む馬のように彼は自分のくつわを噛み破ろうとするのだった。
旅愁 (新字新仮名) / 横光利一(著)
孫一の生れた時は、京子の父が初めての孫だと言つて、自分に孫一といふ名を選び、舊藩主から拜領の、くつわの紋を散らした黄金作りの大小を幼い孫へ贈り物にして喜んだ。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
くつわを執っていた子貢が、いまだ子路を見ずしてこれを褒める理由を聞くと、孔子が答えた。すでにその領域に入れば田疇でんちゅうことごとく治まり草莱そうらい甚だひら溝洫こうきょくは深く整っている。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
節廻しがすべて艪拍子に連れて動いて、緩く、哀調になっています。信濃のは馬子唄まごうたですから、上り下りの山路やまみちの勾配から、くつわの音、馬の歩調に合せて出来上ったものなのです。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
直刀ちよくたうが二ほん交叉かうさしてある。鐵環てつくわんくつわ槍先やりさき祝部いはひべ土器等どきとうが、其所此所そここゝかれてある。
くつわを並べて遠乗をして、美しい谷間から、はるかにアルピイの青い山を望んだこともある。
それをば無理無体に荒くれた馬子供まごども叱咜しったの声激しく落ちた棒片ぼうぎれで容捨もなく打ちたたく、馬は激しく手綱たづなを引立てられ、くつわの痛みに堪えられぬらしく、白い歯をみ、たてがみを逆立て
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
馭者は黙って返事もせず、くつわをとると邪慳じゃけんに馬の首を引っ張って位置をなおした。
黄昏 (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
彼が注意深く接骨木の根のくさむらを廻って行くと、その馬のくつわを取って一人の男が呆然と停って居る。その男は、前夜小田島がカジノの切符台に納って居るのを見た勘定係の四十男だった。
ドーヴィル物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
消化不良から来た急性の心悸亢進しんきこうしんのためにとんだ失礼をしましたと、まことしやかに弁解したので、キッティのご機嫌も直って、その日の午後に二人はまた馬のくつわをならべて外出したが
瀝青チャンを塗った柳編みの屋根のついてる一種の従軍行商人の小さな車のようなものが止まっていて、くつわをつけたまま蕁麻いらくさを食ってる飢えたやせ馬がそれにつけられていて、その車の中には
幅のせまい、濃い緑、赤黄などで彩色したこし型のながえの間へ耳の立った驢馬をつけ、そのくつわをとって、風にさからい、背中を丸め、長着の裾を煽られながら白髯の老人がトボトボ進んで行く。
石油の都バクーへ (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「将軍家は明早朝に京へ引き揚げらるるという。われらも成るべくお側を離れぬようにして、くつわをならべてまいるが肝要じゃ。将軍家の見る前では、何者もさすがに手出しはあるまいぞ。」
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
下人祝してお前は長崎丸山の出島屋万六とて女郎屋の一番名高いくつわ、その轡へ新しい上赤貝の女郎が思い付いて招かぬに独り食い付くと申す前表ぜんぴょうと悦ばす所あるはこれに拠って作ったのだ。
どうして各中隊の先頭には、士官とくつわを並べてがっしりした砲兵下士が一人馬を進ませているのか、なぜこの下士が『前駆』と呼ばれているのか、なんていう事はとうの昔に知り抜いている。
接吻 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
世界文明の微光は兵の運動とともに始まり、武備の機関進歩するに従い社会はいよいよその歩を進め、二者並行いまだかつてくつわならべ、たもとを連ねて運動せざることはあらず。吾人は実に断言す。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
姉妹ともそれをに受けて、初めは父親の死後も二人で仲よくくつわを並べて、郵便局へ手紙を取りに来ていたが、姉妹間に争いが起ったというのもその大学生が両方にいいことを並べたばっかりに
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
昨日は東關の下にくつわならべし十萬騎、今日は西海の波に漂ふ三千餘人。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)