赭黒あかぐろ)” の例文
でそうした巌丈がんじょう赭黒あかぐろい顔した村の人たちから、無遠慮な疑いの眼光を投げかけられるたびに、耕吉は恐怖と圧迫とを感じた。
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
斧田が声をかけると、老人はしずかに振返って赭黒あかぐろい顔を愛相のいい笑いで崩しながら、べらを釣っているのだと答えた。
麦藁帽子 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ふくろのような声を発した。つら赭黒あかぐろく、きば白く、両の頬に胡桃くるみり、まなこ大蛇おろちの穴のごとく、額の幅約一尺にして、眉は栄螺さざえを並べたよう。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ところに、また一人インバネスを着た三十五六の男がずっとはばかり気もなく入って来た。赭黒あかぐろい、髭のあとの多い、目の切れた男で、酒を飲んでいた。
帰途 (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
二重瞼ふたえまぶたの大きな眼を見張っている。鼻筋が真直まっすぐに通っている。色が赭黒あかぐろい。ただの坑夫ではない。突然として云った。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そしてくろずんだ変な洋服を着ていた。その幅広の肩の上には、めりこんだような巨大な首が載っていた。頭髪はよもぎのように乱れ、顔の色は赭黒あかぐろかった。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
淵沢小十郎はすがめの赭黒あかぐろいごりごりしたおやじで胴は小さなうすぐらいはあったしてのひらは北島の毘沙門びしゃもんさんの病気をなおすための手形ぐらい大きく厚かった。
なめとこ山の熊 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
言いすてて弥太郎は陣笠をかぶって、すたすたと表へ出かかると、大きい椿のかげから四十五、六の小作りの男が赭黒あかぐろい顔を出して、小腰をかがめながら丁寧に一礼した。
(新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
きらきらする眼とてもそう威厳いげんのあるものではなく、顔はこの炎天に赭黒あかぐろけて、それと知る者でなければまず兵百人持ぐらいな一将校としか思われない風采ふうさいであった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふんどしもシャツも赭黒あかぐろく色が変って、つまみ上げると、硫酸でもかけたように、ボロボロにくずれそうだった。へそくぼみには、垢とゴミが一杯につまって、臍は見えなかった。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
黒部川はこの黒部別山の赭黒あかぐろい岩壁に撞き当ると、これを突破することが出来ないので、東北の方向に転ずるが、其処そこには後立山山脈の派出した峻直な尾根が行手を遮っているので
渓三題 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
それにあのとき空模様そらもようあやしさ、赭黒あかぐろくもみねが、みぎからもひだりからも、もくもくとむらがりでて満天まんてんかさなり、四辺あたりはさながら真夜中まよなかのようなくらさにとざされたとおももなく
敷台しきだいに立ちはだかって戸外おもて呶鳴どなった玄蕃、三ッ引の紋を置いた黒羽二重はぶたえを着流し、茶博多ちゃはかたを下目に結んで、大柄な赭黒あかぐろい顔と言い、身体がたっぷりしてるから、なかなかどうして
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
またしても隊長が、日焦けのした赭黒あかぐろい顔をこちらにむけて、高村に呼びかけた。
シベリヤに近く (新字新仮名) / 里村欣三(著)
しばらくたつと、また隔ての襖が二寸ほど開いて、じっとこっちを見たのは眼の大きいかおの色の赭黒あかぐろ総髪そうはつの男であったが、今度はとくと竜之助の面を見定めてから、また襖を締め切り
両の肩怒りてくびを没し、二重ふたえあぎと直ちに胸につづき、安禄山あんろくざん風の腹便々として、牛にも似たる太腿ふとももは行くに相擦あいすれつべし。顔色いろは思い切って赭黒あかぐろく、鼻太く、くちびる厚く、ひげ薄く、まゆも薄し。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
「さうですねえ、赭黒あかぐろいつていふのかねえ。」
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
まるい輪廓のぼっとした、目と鼻の小さい、赭黒あかぐろい顔。それを見てこの人達も私の友人のような封じられているような声でものを言うのだろうと思った。
遠野へ (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
時計は赭黒あかぐろい宗近君のてのひらしっかと落ちた。宗近君は一歩を煖炉に近く大股に開いた。やっと云う掛声と共に赭黒あかぐろい拳がくうおどる。時計は大理石のかどで砕けた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すると、幕舎の幕の間を割って、ぬっと、赭黒あかぐろい面をつき出して言った者がある。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かれは手も足も肉落ちて、赭黒あかぐろき皮のみぞ骸骨がいこつつつみたる。たけ低く、かしら禿げて、かたばかりのまげいたる十筋右衛門とすじえもんは、略画りゃくがからすひるがえるに似たり。まゆも口も鼻も取立ててうべきところあらず。
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
だ頂上直下から早月川の谷へ引き下ろした一線が割合いになだらかだ。赭黒あかぐろい骨だらけな山の肌には、波頭の砕けたような白いものがチラチラ目に入るが、南から望んだような大雪渓は見られない。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
忽然こつぜんとして黒田さんが現れた。小倉こくらひだを飽くまでつぶしたはかますそから赭黒あかぐろい足をにょきにょきと運ばして、茶を持って来る。煙草盆たばこぼんを持って来る。菓子鉢を持って来る。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
くちの大きいのは、意志の強さを示している。眉骨びこつたかく、鼻ばしらは太い。野性というか、壮気というか、何しろさかんな生命を内に蔵していることは赭黒あかぐろい皮膚の光沢や眼の光でもわかる。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
圓明寺ゑんみやうじすぎげたやう赭黒あかぐろくなつた。天氣てんきには、かぜあらはれたそらずれに、しろすぢけはしくえるやまた。とし宗助そうすけ夫婦ふうふつて日毎ひごとさむはうせた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「もし、ちょっとお訊ね申すが……」と、その人群ひとむれへ、錫杖しゃくじょうを止めた山伏がある。久しぶりに、峰入りから都へもどってきたものとみえ、山伏は、ひげをのばし、皮膚は、松の皮みたいに赭黒あかぐろかった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
老師らうしといふのは五十格好がつかうえた。赭黒あかぐろ光澤つやのあるかほをしてゐた。その皮膚ひふ筋肉きんにくことごとくしまつて、何所どこにもおこたりのないところが、銅像どうざうのもたらす印象いんしやうを、宗助そうすけむねけた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
円明寺の杉がげたように赭黒あかぐろくなった。天気の好い日には、風に洗われた空のずれに、白い筋のけわしく見える山が出た。年は宗助そうすけ夫婦をって日ごとに寒い方へ吹き寄せた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
老師というのは五十格好がっこうに見えた。赭黒あかぐろ光沢つやのある顔をしていた。その皮膚も筋肉もことごとくしまって、どこにもおこたりのないところが、銅像のもたらす印象を、宗助の胸に彫りつけた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)