藤蔓ふじづる)” の例文
夜はけた。彼女は椎のこずえの上に、むらがった笹葉ささばの上に、そうして、しずかな暗闇に垂れ下った藤蔓ふじづる隙々すきずきに、亡き卑狗ひこ大兄おおえの姿を見た。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
してみると、断崖から小六が槍を投げ飛ばした刹那新九郎も運を天に任せて藤蔓ふじづるから身を放したのが、この奇蹟となったのであろう。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それをかくかく)の病いというんだ」こんどは又左衛門が冷やかした、「胃のがんの出来るやつさ、藤蔓ふじづるこぶをやぶれば治る」
ひやめし物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
廬山ろざんのみなみ、懸崖けんがい千尺の下は大江に臨んでいる。その崖の半途に藤蔓ふじづるのまとった古木があって、その上に四つの蜂の巣がある。
目標は、カムポスが三上に会った地点——五本の大蕨おおわらび。なお、それに加えて千フィートあまりの、藤蔓ふじづるが三人分用意されている。
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
しかし幸いにも野原の中に、一つの古い井戸がありました。そしてその井戸には、一筋の藤蔓ふじづるが下の方へれ下がっていました。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
ぎいぎいとかいが鳴る。粗削あらけずりにたいらげたるかし頸筋くびすじを、太い藤蔓ふじづるいて、余る一尺に丸味を持たせたのは、両の手にむんずと握る便りである。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼はそこで山々の前に、思わず深い息をつくと、悄然しょうぜんと頭をれながら、洞穴の前に懸っている藤蔓ふじづるの橋を渡ろうとした。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そして藤蔓ふじづるを押し分けて、棚の一部分に穴を開けて、そこから下へ両手を伸ばして、妙子を棚の上へ引っ張り上げた。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そこいらにあった藤蔓ふじづるで縛ってしばらく寝かしておきますと、やがて二人ともグーグーといびきをかき初めました。
豚吉とヒョロ子 (新字新仮名) / 夢野久作三鳥山人(著)
流れに渡したる掛橋は、小柴こしばの上に黒木を連ねて、おぼつかなげに藤蔓ふじづるをからみつけたり。橋を渡れば山を切り開きて、わざとならず落しかけたる小滝あり。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
「はっ」と加藤次は飛び上がりかたえ藤蔓ふじづるを掴んだが、そのまま白萩に走り寄り、両手を背中へねじ上げた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
聴水がうたへば黒衣が舞ひ、彼が篠田しのだの森をおどれば、これはあり合ふ藤蔓ふじづるを張りて、綱渡りの芸などするに、金眸ますます興に入りて、しきりに笑ひ動揺どよめきしが。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
藤蔓ふじづるを曲げ樹の皮をもって織ってあるなどと、なかなか手のこんだもののように言い伝えているのである。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
それは両岸に高く材木を三本組合せて立て、それに藤蔓ふじづるって引張って置き、それに小さな針鉄はりがねの輪をめて、其輪に綱を結んで、田船のみよしに繋いで有るのだ。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
「いき」な建築は円窓まるまど半月窓はんげつまどとを許し、また床柱の曲線と下地窓したじまどの竹にまと藤蔓ふじづる彎曲わんきょくとをとがめない。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
二人の坐っている病院の焼跡のひとところに支えのちた藤棚があって、おどろのように藤蔓ふじづるが宙から地上に這い下り、それでも蔓のさきの方には若葉を一ぱいつけ
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
勝、この間から苦労をかけたな、行くぞ、彼はそういうと藤蔓ふじづるさやのように巻いた山刀を、石の上でしごいて藤蔓を切り放った。そして白刃を勝の眼の前にのべた。
彼の頭の奥で、あたかも消えかかってる燈火のように、いろんな面影が一瞬間ひらめいた……。一軒の田舎家、壁には藤蔓ふじづるがからまり、庭には子供が一人遊んでいた。
ず/\橋板を踏むと、足のそこがふわりとして、一足毎ひとあしごとに橋は左右に前後に上下にれる。飛騨ひだ山中、四国の祖谷いや山中などの藤蔓ふじづるの橋の渡り心地がまさに斯様こんなであろう。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
時々藤蔓ふじづるにぶら下って、激流の空を綱渡などしたが、いや、見当の着かぬ心細い事は、——門外漢が学校のその奥へ行く廊下伝いは、奥山を歩行あるくどころではなかったです。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しまセルの背広に、麦稈帽むぎわらぼう藤蔓ふじづるステッキをついて、やや前のめりにだらだらと坂を下りて行く。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
山田川で筏を組みますには藤蔓ふじづるを用います、これを上拵うわごしらえととなえ、筏乗の方では藤蔓のことを一二把と申しませんで、一タキ二タキと云います、一ずつ有りまして
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
折悪おりあしく、そこへ油単ゆたんの包みが破れて、その紙片が長く氷柱つららのようにブラ下がっていたのを、火の手が、藤蔓ふじづるにとりついた猿のように捉えると、火は鼠花火の如く面白く走って
大菩薩峠:30 畜生谷の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
時ならぬ人の気配に驚いてか、山鳥が近くの草叢くさむらから飛出す。ハタハタと彼方に音するのは、鳩であろう。山毛欅ぶなの大木にから藤蔓ふじづる、それをあなたこなたと跳び走っているのは栗鼠りすである。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
うねりのように起伏した緑の芝生の上に、城砦とりでのごとくに張り出した突端……そこにはアカンザス模様の円柱に蔓草つるぐさが一杯にまつわり付いて、藤蔓ふじづるが自然の天井のように強烈なる陽をさえぎっておりました。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
藤蔓ふじづるの船の屋根る音なりし
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
檻の戸口は藤蔓ふじづるで絡げてあった。孝也は脇差を抜いてそれを切り、戸口をあけた。仔熊は出て来て彼を見あげた。仔熊の眼が青白く光った。
月の松山 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
藤蔓ふじづるの着いた大きな急須きゅうすから、胃にも頭にもこたえない番茶を、湯呑ゆのみほどな大きな茶碗ちゃわんいで、両人ふたりの前へ置いた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼は藤蔓ふじづるの橋を渡るが早いか、けもののように熊笹をくぐって、木の葉一つ動かない森林を、奥へ奥へと分けて行った。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
と、顔に触った藤蔓ふじづるを指に巻いて引っ張ると、散り残りのもろい花が老人や久米之丞の頭へ面白くこぼれました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「こまかいことでは、藤蔓ふじづるというものがみんな右巻きだということまで、知っているんだ。」
蜜のあわれ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
頭の上には、らんを飾った藤蔓ふじづると、数条のつたとがけやきの枝から垂れ下っていた。二人の臥床は羊歯しだにら刈萱かるかやとであった。そうして卑弥呼ひみこは、再び新らしい良人おっとの腕の中に身を横たえた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
源兵衛は四人を連れて帰って、かねて用意してあったらしい太い藤蔓ふじづるを取出した。
くろん坊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
室内に目立つのは、幾筋も藤蔓ふじづるを張って、それに吊下げて有る多数の印籠。二重物、三重物、五重物。蒔絵、梨地、螺鈿らでん堆朱ついしゅ屈輪ぐりぐり。精巧なのも、粗末なのも、色々なのが混じていた。
怪異黒姫おろし (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
それから『越後野志えちごやし』巻十八には、山男の屍骸の例が一つある。天明の頃、この国頸城くびき姫川ひめかわの流れに、山男が山奥から流れてきた。裸形にして腰に藤蔓ふじづるまとう。身のたけ二丈余とある。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
白山の白水谷を渡る時には、かごの渡しというものがある。藤蔓ふじづるを長くあちらとこちらとにかけ渡し、それに同じく藤蔓を編んだ籠を下げ、人一人ずつを乗せて、この岸よりかの岸に引渡す。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
足掛りの無い処を狙いすまして新吉が腰にしたる小刀しょうとうを引抜き、力一ぱいにプツリと藤蔓ふじづる蔦蔓つたかつらを切ると、ズル/\ズーッと真逆まっさかさまに落ちましたが、うして松柏の根方は張っているし
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
真先まっさきかの留吉とめきち、中にお花さんが甲斐〻〻かいかいしく子をって、最後に彼ヤイコクがアツシを藤蔓ふじづるんだくつ穿き、マキリをいて、大股おおまたに歩いて来る。余は木蔭からまたたきもせず其行進マアチを眺めた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
藤棚ふじだなが、藤蔓ふじづるからんだ棚の部分だけ地面とすれすれに残ってい、その傍に流木が二三本積み重なったまま動かなくなっていたが、その時思いがけなくも、住宅の赤瓦あかがわらの屋根の上に、妙子と、板倉と
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
絶壁に懸かった藤蔓ふじづるづたい、身軽に忠三、スルスルとおりた。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
するとしばらくして向うの岸へ、藤蔓ふじづるを編んだ桟橋かけはしが、水煙みずけむりと雨のしぶきとの中に、危く懸っている所へ出た。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その間に、身軽な敵勢は、小道を駈け下り、或いは、藤蔓ふじづるなどにすがって、蜘蛛くもの子のように逃げ降りてゆく。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうして、みんな長い髯をやしていた。革の帯をめて、それへ棒のようなつるぎを釣るしていた。弓は藤蔓ふじづるの太いのをそのまま用いたように見えた。うるしも塗ってなければみがきもかけてない。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
藤蔓ふじづるの皮で布を織って常服とすることは、山村一般の生活技術であった。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
数人の兵士たちは、藤蔓ふじづるを持って一時に訶和郎の上へ押しかむさった。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
山道からふと見ると、百姓らしい男や女が幾人か、背に荷を負い、藤蔓ふじづるにしがみつき、あるいはかずらにとびついたりして、山を越えてゆく姿が張飛の眼にとまった。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
脇差を抜いて、牢格子の藤蔓ふじづるを切りはじめた。朱王房は、渾身こんしんの力で、それを、りうごかした。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その手がつかんだのは、窓から這い入っていつか伸び放題の姿態したいをしていた藤蔓ふじづるの先であった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
中には暑いので、藤蔓ふじづるよろいを脱ぎ、水に浮かせて、その上に坐って渡ってゆく兵などもある。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)