苦患くげん)” の例文
じつは昨晩、ご悲嘆のさまを、見るに見かね、おのれの身一つさえやッとな乞食法師のぶんもわすれて、つい浮世いろいろな苦患くげんばなし。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
勿論そうなっては、熱い湯も、熱い奴も、却ってその苦患くげんをはッきりさせるばかり、決して以前のようないやちこなげんをみせなかった。
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
藝術家が空想の世界を作っての世の苦患くげんを超越するように、凡人は酒の力に依ってかろうじて救われるのだ。酒は凡人の藝術だ。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そこで、結局、聖母は神から毎年神聖金曜日から三位一体祭までの間の五十日間は、すべての苦患くげんを中止するという許しを得る。
兵右衛門へいゑもんがかたにはかゝることゝは露しらず、本妻と下女げぢよ修羅しゆら苦患くげんをたすけんと御出家ごしゆつけがたの金儲かねまうけとなりけるとなり。
案頭の書 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
あえて堕地獄だじごくの我身の苦患くげんたすかろうというのではない、ただひとえに蝶吉のためにしたのであったと、母親がその時の物語。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
僕はその時はっと思いついた。ああまちは眠っている。だが狂酔と苦患くげんとは目を覚ましている。憎悪、精霊せいれい、熱血、生命、みんな目を覚ましている。
すべての情を汲み分けて我らの苦患くげんを救う主。今日君よりの賜物たまものを、今宵こよい我が家に持ち行きて、飢えたる婆を悦ばせん。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
六道能化のうげの主を頼みて、父の苦患くげんを助け、身の悲哀を忘れ、要因によつて、かへつて勝道を成さんとしたのであると考へれば、まことに哀れの人である。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
しばらくも安らかなることなし、一度ひとたび梟身きょうしんつくして、又あらたに梟身を得。つまびらかに諸の苦患くげんこうむりて又尽くることなし。
二十六夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
まあそういった架空の肉体の苦患くげんを、あるかのごとくに悩んでいるわけなのですから、お前は死んだのだと、はっきりわからせておあげになれば、それで
雲の小径 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
この悲劇の主人公たちはその最後の日まで何んという苦患くげんに充ちた一生を送らなければならないのだろう。
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
地上ちじやうにあつて、この蒼白あをじろ苦患くげん取巻とりまかれてゐるわがは、いまこの無垢むくつてゐるしゆ幼児をさなごくび吸取すひとつてやらうと、こゝまで見張みはつてたのである。
、どんなに念じておりましたことか! ……道中の苦患くげんはこのお玉が、身に換えお引き受けいたしまする
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それに、実際物を書くべくいかに苦患くげんな状態であるか——にもかかわらず、S君は毎日根気よくやってきては、袴の膝も崩さず居催促を続けているという光景である。
死児を産む (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
それにしても、元の組織の落語界だったら、せめてはもう少し海老の苦患くげんも少なかったろうものを。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
そのためにあの世の苦患くげんは大変、娘さんを可哀相に思うなら、日頃大事にしていた品物と、三百両の小判を棺桶へ入れて、菩提所ぼだいしょへ葬ってやんなさい——とこう言います
足かけ五年の間片時も心の安まらなかった苦患くげんを免かれて、快い睡眠を得ることが出来るのだが。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
種々さま/″\詫言わびごとなし漸々にして追々に償ふ事をゆるされしかば直樣すぐさま引取の一さつ指出さしいだし久八を連歸りけるは無慈悲むじひなりける有樣なり久八は子供こどもの時より主人を大切と我が身の苦患くげん
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
俺、これで大したわる働いてゐねえから、どつちみち、大した苦患くげんふこともあるめえ。
野の哄笑 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
つまり運命の神の代理に立って、そうした苦患くげんから彼等を救うてやろうとしたのです。
誤診 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
旧識同伴の間闊とおどおしきを恨み、生前には名聞みょうもんの遂げざるをうれえ、死後は長夜ちょうや苦患くげんを恐れ、目をふさぎて打臥うちふし居たるは、殊勝しゅしょうに物静かなれども、胸中騒がしく、心上苦しく、三合の病いに
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
... その底意そこい如何いかに?』フルコム答ふ—『わが南蛮四十二国、みなデウス如来にょらいを拝むによつて、苦患くげんなく乞食なく病者なし、なんぞ貧者を駆つて施物を集めんや。いま却つて我らが底意を ...
ハビアン説法 (新字旧仮名) / 神西清(著)
しかしてこの七尾の泣女の作法は、明治以前まで殆ど全国的に行われた。死者の霊を巫女にかからせて苦患くげんを語らしめたものと共通しているが、その詮索を始めると柵外に出るので差控える。
本朝変態葬礼史 (新字新仮名) / 中山太郎(著)
胸衣チョッキの一番下のぼたんを隠すほどに長い白髯はくぜんを垂れ、魂の苦患くげんが心の底で燃えくすぶっているかのような、憂鬱そうな顔付の老人であるが、検事の視線は、最初からもう一枚の外紙の方に奪われていた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
『ほほほ、今更それは遅いぞえ。何のお前は大事な身体。私こそは要らぬもの。旦那のお心変つたからは、生存いきながらえて、何楽しみ。一時も早う、死んで苦患くげんが助かりたい。そこ離しや、ゑゑ離さぬか』
したゆく水 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
今日は陽気の為か苦患くげんでございまして、酷く気色が悪いようで
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
あたら一生を地獄の苦患くげんに送らなければなりません。
嫁取り二代記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その懼怖くふ、その苦患くげん、何にたとへ、何にたくらべむ。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
いずれもつるしんぼうの苦患くげんを今に脱せぬ貌付かおつき
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
一切いつさい快樂けらくを盡し、一切いつさい苦患くげんに堪へて
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
うゑちたる天竺てんぢく末期まつご苦患くげん
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
るる、苦患くげんの声か。
哀詩数篇 (新字旧仮名) / 漢那浪笛(著)
苦患くげんを受くる種となる
重い苦患くげん身悶みもだえて
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
持つべきものは友達だ、あの書状がなかったら、わしはまだ児島の城の業火ごうかの中に、みすみす昼夜の苦患くげんにわずらっていたかも知れぬ。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さまでせもせず、苦患くげんも無しに、家眷息絶ゆるとは見たれども、の、心のうち苦痛くるしみはよな、人の知らぬ苦痛はよな。その段を芝居で見せるのじゃ。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しばらくも安らかなるなし、一度ひとたび梟身けうしんを尽して、又あらたに梟身をつまびらかに諸の苦患くげんかうむりて、又つくることなし。
二十六夜 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
苦患くげんを受ける』ということが何を意味するか、おわかりですか! それはもう誰のためというのではなく、『ただ苦しまねばならぬ、苦患を受けねばならぬ』
と、そんな風な感想を述べて、結局「武州公は貴きおん身に地獄の苦患くげんを忍び給い、その功徳くどくに依ってわれら凡夫に菩提ぼだいの心を授けて下すった有難いお方である。 ...
ヨナは生きた地獄の穴に呑みこまれ、水は千尋ちひろの底に彼をひきこんだので、海草はこうべにまとい、あらゆる海の苦患くげんはヨナのうえにはげしく波うった……ヨナは大いに悔いた。
だいこん (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
くやみて泣沈なきしづみしが嗚呼あゝ我ながら未練みれんなり此上拷問がうもんつよければとても存命思ひも寄ず此苦みをうけんよりは惣内夫婦を殺したりと身に引受て白状なし娑婆しやば苦患くげんのがれんものと心を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
近く閻魔王ゑんまわううて彼の身邊に現じ、生き乍ら焦熱地獄に投げ入れて、阿鼻の苦患くげんめさせるであらうぞ。其方も前非を改めて、矢並行方を追ひ退け、身を愼んで罪を待つがよからう。
さまでの苦患くげんではないやうにおもはれては日の暮れつくすまで遊んでしまひ、人力車へと乗せられたのち、はじめて取返しの付かないことでも仕出来しでかしたかのやうに悔恨するのが常であつた。
異版 浅草灯籠 (新字旧仮名) / 正岡容(著)
おろかなり円位、仏が好ましきものにもあらばこそ、魔か厭はしきものにもあらばこそ、安楽も望むに足らず、苦患くげんも避くるに足らず、何を憚りてか自らこゝろを抑へおもひを屈めん、妄執と笑はば笑へ
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
一切の快楽けらくを尽し、一切の苦患くげんに堪へて
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
今はかの末期まつご苦患くげんひたひたと
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
むしろ、阿修羅あしゅらの世に、ぜひなく悪鬼正成と生れかわった自己の修羅道の苦患くげんは今日が第一歩ぞとさえ、ほんとには思っている。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
栄華の空より墜落して、火宅の苦患くげんめつつある綾子を犯す乞食お丹、自堕落のてい引替えて悪魔の風采ふうさい凜々りんりんたり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しばらくも安らかなるなし、一度ひとたび梟身きょうしんつくして、又あらたに梟身をつまびらかに諸の苦患くげんこうむりて、又尽ることなし。
二十六夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)