空車からぐるま)” の例文
思ふさまにたたかれてられてその二三日は立居も苦しく、夕ぐれごと父親てておや空車からぐるまを五十軒の茶屋が軒まで運ぶにさへ、三公はどうかしたか
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
鳥の羽音、さえずる声。風のそよぐ、鳴る、うそぶく、叫ぶ声。くさむらの蔭、林の奥にすだく虫の音。空車からぐるま荷車の林をめぐり、坂を下り、野路のじを横ぎる響。
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
空車からぐるまを引いている折柄で御座います、戻り駄賃に一世一代の大物を引いて見ようか……と存じますと一気に釣り出された仕事で御座いましたが
斬られたさに (新字新仮名) / 夢野久作(著)
H軒を飛びだすなり俊夫君は、私を引っ張るようにして、ちょうどそのとき通りかかったタクシーの空車からぐるまを拾い、まっしぐらに警視庁さして急がせました。
墓地の殺人 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
それよりもくだり掛った時は構わないで打棄うっちゃって置いて其の車が爼橋まないたばしまで下ってから、一旦いったん空車からぐるまにして、あとで少しばかりの荷を付けて上げた方がよろしいようなもので
後押あとおしを加えたれども、なおいまだおよばざるより、車夫らはますます発憤して、もだゆる折から松並み木の中ほどにて、前面むかいより空車からぐるまき来たる二人の車夫に出会いぬ。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「乘らん車屋に、空車からぐるま曳かして連れて來たんやもん、阿呆あほらしい話や、錢只取られて。……けんどわたへは一里も乘つたかいなア、あんたはまるで乘りなはれへなんだなア。」
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
ほかのしなとはちがい、これをもらうとたいそうよろこびました。そして、おじいさんとはまちなかわかれて、自分じぶん仕事しごとをすまして、やがて空車からぐるまいて、かえってきました。
村の兄弟 (新字新仮名) / 小川未明(著)
平岡のんでゐるまちは、猶静かであつた。大抵なうち灯影ひかげらさなかつた。向ふからた一台の空車からぐるまの輪のおとが胸を躍らす様にひゞいた。代助は平岡のいへの塀際迄とまつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
普請中ふしんちゅう貸家かしやも見える。道の上には長屋の子供が五、六人ずつ群をなして遊んでいる。空車からぐるまを曳いた馬がいかにも疲れたらしく、たてがみを垂れ、馬方うまかたの背に額を押しつけながら歩いて行く。
元八まん (新字新仮名) / 永井荷風(著)
人力車に乗って降りられないのは勿論もちろん空車からぐるまにしてかせて降りることも出来ない。車を降りて徒歩で降りることさえ、雨上あまあがりなんぞにはむずかしい。鼠坂の名、真にむなしからずである。
鼠坂 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
野菜の荷を東京へ出した帰りの空車からぐるまいた男なんどのちょっと休むうちで、いわゆる三文菓子さんもんがしが少しに、余り渋くもない茶よりほか何を提供するのでもないが、重宝になっているうちなのだ。
蘆声 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ちょうど誂え向きに空車からぐるまの札をかけてやってきたタクシーを呼びとめて、青年はそれにとび乗った。「あなたもそこいらまで一緒に行きなさい」と言われるままに私も彼と並んで腰をかけた。
動物園の一夜 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
「この空模様で、ひざを没する泥濘道ではとてもおぼつかない」とまた思案をしたが、ともかく橋を向うに渡ってなお歩いていると、そこへ後からがらがら空車からぐるまいた若い男の荷馬車がやって来た。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
寺のさかいにひょろ長いはんの林があって、その向こうの野の黄いろく熟した稲には、夕日が一しきり明るくさした。こうの巣に通う県道には、薄暮はくぼに近く、空車からぐるまの通る音がガラガラといつも高く聞こえる。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「その空車からぐるまは、どこにありました」
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
すると二人が今来た道の方から空車からぐるまらしい荷車の音が林などに反響して虚空こくうに響き渡って次第に近づいて来るのが手に取るように聞こえだした。
忘れえぬ人々 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
つみのない横町よこてうの三五らうなり、おもふさまにたゝかれてられてその二三にち立居たちゐくるしく、ゆふぐれごと父親ちゝおや空車からぐるまを五十けん茶屋ちやゝのきまではこふにさへ、三こううかしたか
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
いて来たは空車からぐるまで、青菜あおなも、わらも乗って居はしなかったが、何故なぜか、雪の下の朝市に行くのであろうと見て取ったので、なるほど、星の消えたのも、空がよどんで居るのも
星あかり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
平岡の住んでいる町は、なお静かであった。大抵な家は灯影ひかげを洩らさなかった。向うから来た一台の空車からぐるまの輪の音が胸を躍らす様に響いた。代助は平岡の家の塀際へいぎわまで来て留った。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すると、こっちから、馬子まごが、手綱たづなをとり、うま空車からぐるまかせてやってきました。
写生に出かけた少年 (新字新仮名) / 小川未明(著)
大八車が二台三台と続いて通る、その空車からぐるまわだちの響がやかましく起こりては絶え、絶えては起こりしている。
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
いてたは空車からぐるまで、青菜あをなも、わらつてはしなかつたが、何故なぜか、ゆきした朝市あさいちくのであらうとつたので、なるほど、ほしえたのも、そらよどんでるのも
星あかり (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
お別れ申すが惜しいと言つてもこれが夢ならば仕方のない事、さ、おいでなされ、私も帰ります、けては路が淋しう御座りますぞとて空車からぐるま引いてうしろ向く、其人それは東へ、此人これは南へ
十三夜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
おじいさんは、すいかを八百屋やおやおろして、自分じぶんはまたしずかな平和へいわむら空車からぐるまいてかえってゆきました。これから、つぎつぎと生長せいちょうするはたけ野菜物やさいものをいれてやらなければなりません。
初夏の不思議 (新字新仮名) / 小川未明(著)
わかまをすがしいとつてもれがゆめならば仕方しかたのないこと、さ、おいでなされ、わたくしかへります、けてはみちさびしう御座ござりますぞとて空車からぐるまいてうしろく、其人それひがしへ、此人これみなみ
十三夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ちょうちちょうちあわわ、と云うてな、そのをあやして、お色の白い、手をたたいておいでなさる。処へ、空車からぐるまかせて老人、車夫めに、何と、ぶつぶつ小言を云われながら迷うて参った。
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
車夫わかいしはたった今乗せたばかりの処だろう、空車からぐるまの気前を見せて、ひとけで、顱巻はちまきの上へ梶棒かじぼうを突上げるいきおいで、真暗まっくらな坂へストンと摺込すべりこんだと思うと、むっくり線路の真中まんなかを躍り上って、や
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ふんどしかけがえを一条ひとすじ煮染めたような手拭てぬぐい、こいつで顱巻はちまきをさしたまま畳み込んだ看板、兀げちょろの重箱が一箇ひとつ、薄汚え財布、ざッとこれで、身上しんしょうのありッたけを台箱へ詰め込んだ空車からぐるまをひいて
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)