無闇むやみ)” の例文
福岡あたりの電車は、小さな停留場を無闇むやみに殖やして、お客を拾うことに腐心しているようであるが、東京では正反対だから面白い。
しかも私は書物を買うことがすきで、「お前は役にも立たぬ書物を無闇むやみに買うので困る」と、毎々両親から叱られている矢先である。
一日一筆 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その仙台平なるものの思い出を大事にして、無闇むやみに外に出して粗末にされたくないエゴイズムも在るようだ。「セルのが、あります。」
善蔵を思う (新字新仮名) / 太宰治(著)
この間から無闇むやみと話を急いだ様子や、たった今の狼狽ろうばいしたような態度を見ると、矢張知っていたのであろうかと思わざるを得なかった。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ホワイトポイントへ魚釣さかなつりにも行きましたが、ぼくは釣なぞしたことがないので、無闇むやみやたらにそこいら辺を歩きまわっただけでした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
彼が蛇を恐れる如く、彼が郎党ろうとうの犬のデカも獰猛どうもうな武者振をしながら頗る蛇を恐れる。蛇を見ると無闇むやみえるが、中々傍へは寄らぬ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ちょうど食物を料理すると同様で生理上や衛生の方法を構わずに自分の好きなものばかり無闇むやみに食べたら必ず胃を害すでしょう。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
無闇むやみに恩に被せる事ばかりいって、ただ漠然と不親切と云うような事を云て貰いたくないと云うような調子で、始終しじゅう問答をして居ました。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
第二は、無闇むやみに人を区別せず、また責めない点である。たとえば、議論をするにしてもその相手を選ばず、またその題目をも別に選ばない。
ソクラテス (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
こま/\した幾つかの小さな畑に区劃くくわくされ、豆やら大根やらきびやらうりやら——様々なものがごつちやに、ふうざまもなく無闇むやみに仕付けられた。
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
独逸どいつ名高なだかい作者レツシングとふ人は、いたつて粗忽そそつかしいかたで、其上そのうへ法外ばかに忘れツぽいから、無闇むやみ金子かねなにかゞくなる
「どこへ行くんだい。また赤坂かい。あの方面はもう御免だ。せんだっては無闇むやみにあるかせられて、足が棒のようになった」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
名探偵明智あけち小五郎は、書斎の肘掛椅子ひじかけいすにグッタリともたれこんで、無闇むやみに煙草を吹かしながら、考えごとにふけっていた。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
無闇むやみな事も出来ますまいが、今度の設計なら決して高い予算じゃ御座いませんよ、何にしろあの建坪ですもの、八千円なら安い位なものです」
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
あの長尻ながちりだから、さあ又還らない、さうして何か所思おもはくでも有つたんでせうよ、何だか知らないけれど、その晩に限つて無闇むやみとお酒をしひるんでさ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「さうさね、巡査じゆんさだつて無闇むやみにどうかするといふこともないんだらうとおもふやうだがね」内儀かみさんは意外いぐわい面持おももちでいつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
だから人は無闇むやみに他人の世話にならないで、独立してやって行けるようにならなくてはいけませんとおっしゃった。
贋紙幣事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
第一本文が無闇むやみむつかしい上にその註釈なるものが、どれも大抵は何となくかび臭い雰囲気の中を手捜りで連れて行かれるような感じのするものであった。
変った話 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
もし道のない所を無闇むやみに進んで行こうものならそれがために村人の疑いを深くして追窮ついきゅうされるかも知れない。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
見濟みすま大音だいおんあげくづはございませんか屑はございませんか/\と無闇むやみ呼習よびならつて居たりし處に近所の子供等是を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
が、父は、賢の性質も考えず、自分達の生活程度のことも考えず、ただ無闇むやみに、賢を大学にでもやって法律を学ばせ、あっぱれ偉いものにしようと考えていた。
帆村は何を思ったものか、無闇むやみうなり声をあげると、糸子の袖を引張って道の脇の林の中に連れこんだ。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
理由わけを知らぬ村人は猟師の鉄砲の音と思っているが、私は知っている——あの団長はかような好天気の日には却って身を持ち扱って、無闇むやみに煙草を喫す習慣である
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
これを知らずにいぎりすの店員は親切で熱心だなどと無闇むやみに感心する人がよくあるが、たちまち自分のぽけっとへ影響して来るんだから、露骨に熱心にもなろうし
「ひとのうちへ無闇むやみに入って行くのはいい事じゃあないが、子供同志の事だから構わないだろう。」
遺産 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
先日も手紙で申上げたやうな次第わけで、当時差しかゝつた用事がありますので、ほとんど足を抜くことが出来ないのですが——何だか無闇むやみに貴女が恋しくなつたもんですから
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
病気の根源を知らずに、無闇むやみと解熱剤や下痢止めを飲むことは、却って病状を悪化する。どんなに恢復を熱望しても、あせって悪い場合には、あせることは禁物である。
捨てる文化 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
しかし、それらのものはきんつくつてありますけれども、そのつくかたはあまり精巧せいこうでなく美術的びじゆつてきといふよりも、たゞ無闇むやみきん使つかつた趣味しゆみひく品物しなものといふほかはないのです。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
このたけの高いぶっきらぼうなじいさんを、霊公が無闇むやみに賢者として尊敬するのが、南子には面白くない。自分を出し抜いて、二人同車して都をめぐるなどとはもっての外である。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「いえね。なんてえこともなく、ただこう無闇むやみに気ぜわしくてね、ははは、やりきれません」
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ふつうの家庭では、なにかの時だけ、儀式的なことに、無闇むやみと飾りたてたりしながら、平常はぞんざいにものごとを扱っている弊風へいふうがあるのを、私はどうもおもしろく思わない。
鍋料理の話 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
「けれど自覚と云うのは、自省ということをも含んでおるですからな、無闇むやみに意志や自我を振廻しては困るですよ。自分の遣ったことには自分が全責任を帯びる覚悟がなくては」
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
一、自ら著く進歩しつつあるが如く感じたる時、あるいは何とはなけれどただ無闇むやみに趣向のあふれ出るが如く感じたる時は、その機をかさず幾何にても出来るだけものし見るべし。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
(阿難少時緘黙かんもく、再び激昂の調子になり)その刹那せつな、血塗った蓮華が何処よりともなくばらばらと飛んで来て、わたしの身心にまとい付き、そしてわたしは無闇むやみにここへ運ばれて来た。
阿難と呪術師の娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
糀街こうじまち」と唐文字からもじ刺繍ぬいとりした唐幡とうばん青龍幡せいりゅうばんを先にたて、胡弓こきゅう蛇皮線じゃびせん杖鼓じょうこけい、チャルメラ、鉄鼓てっこと、無闇むやみに吹きたて叩きたて、耳もつんざけるような異様な音でけたたましく囃してゆく。
背後は丘を切り崩した赤土のがけだった。窓の前は白楊はくようや桜やかえでなどの植込みになっていた。乱雑に、しかも無闇むやみと植え込んだその落葉樹が、晩春から初秋にかけては真っ暗に茂るのだった。
錯覚の拷問室 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
良薬にも過量があるから、効くからといって、無闇むやみに量を多くのんだところで、かえって害になる。なにも、いて多くの金を払って、相手の気持ちを不純にせんでもよかろうじゃないか。
(新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
はい、はい、御尤ごもっともで。実はおかを参ろうと存じましてございましたが、ついこの年者としよりと申すものは、無闇むやみと気ばかりきたがるもので、一時いっときも早く如来様にょらいさまが拝みたさに、こんな不了簡ふりょうけんを起しまして。
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
氏は物語の合間合間、自分の正しいことを力説したが、今から考えてみると、その無闇むやみ激昂げっこうや他に対する嫌味いやみなまでの罵倒ばとうも、皆自殺する前の悲しい叫びとして、私には充分理解できる気がする。
地図にない街 (新字新仮名) / 橋本五郎(著)
安心してくれ、いくら俺でも、そう無闇むやみな真似をするもんか。
中山七里 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
無闇むやみに酒を強いられぬうち腹をこしらえて置くにかずと佐助は別室へ引き退って先に夕飯の馳走ちそうを受けたが御飯ごはんいただきますというのを銚子ちょうし
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
酒を呑まぬ媒妁は、ぽかんとして皆の酒を飲むのを眺めて居る。料理が出たが、菜食主義の彼は肉食をせぬ。腹は無闇むやみに減る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
此頃このごろ無闇むやみ金子かねくなつてやうがいから、これ/\ふ事にしてた、これたれが取るとふのがチヤンとわかるね。
それは考えるのが悪いのでない、まだ考えるだけの智識と経験を蓄えないでただ無闇むやみに考えるからだとよく兄が申しますよ。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
だからそんなものを無闇むやみに造って使われたら大変なので、重い罪にしてあるそうだ。この紙幣さつの発行は日本銀行だけれども、こしらえるのは印刷局だそうだ。
贋紙幣事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
風「チョオクの多少はわざの巧拙には関せんよ。遊佐が無闇むやみキュウ取易とりかへるのだつて、決してとも好くはない」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
またその試験というのが人工的に無闇むやみに程度を高くじり上げたもので、それに手の届くように鞭撻べんたつされた受験者はやっと数時間だけは持ちこたえていても
アインシュタインの教育観 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
地下室の豪華絢爛けんらんさに比べると二階はさながらに廃屋みたような感じである。窓が多くて無闇むやみに明るいだけに、粗末な壁や、ホコリだらけの板張が一層浅ましい。
冥土行進曲 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「ハハハハハハ、びっくりしなくてもいい。声さえ立てなければ、無闇むやみに発砲する訳じゃないんだから」
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その人の恩誼おんぎをさらに感知しないで、見当違いのかた無闇むやみに有難がっていることもあり得ると思う。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)