たぎ)” の例文
そして、傍らの釜にたぎらせておいた熱湯を充分にかけると、すっぽんのからだについた泥臭がきれいに洗い去られてしまうのである。
すっぽん (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
二叔の信雄、信孝へむかって、こううながすのさえ、あごのさきで、声こそ低かったが、業腹ごうはらたぎりが息になって洩れたような語調だった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
遣瀬やるせの無い焦燥が全身を駈巡って、心臓が熱く激しく急速度の動悸を打出して来る。同時に頭部がたぎって来る。続いて眩暈が来る。
新大橋を過ぐる折から雨またばら/\と降り来。されど舟子の少しも心にかけぬさまなるに我等も驚かで、火をおこし湯をたぎらしなどす。
鼠頭魚釣り (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
「成程、あの墓石はかいしに耳を当てがふと、何時いつでも茶の湯のたぎる音がしてまんな。わて俳優甲斐やくしやがひ洒落しやれ墓石はかいしが一つ欲しうおまんね。」
それはゴトゴトとして湯のたぎるに似た音であつたが、部屋の何処から、或ひは戸外の何処からか聞えてくるやうに考へることが出来た。
竹藪の家 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
赤ともつかず、黄ともつかぬすさまじい色彩は、湯のようにたぎっている熔融炉ようゆうろの、高温度を、警告しているかのようであった。
夜泣き鉄骨 (新字新仮名) / 海野十三(著)
今こゝへ来てたゝずんでみると、矢張土間にはかまどの湯がたぎらしてあって、生暖なまあたゝかい空気の中に、あの忘れられない異臭が匂っているのである。
明日の神田祭を控えて、九月十四日の明神下——御台所町、同朋町から金沢町へかけては、全くたぎり返るような賑わいでした。
どうしてそんなことで、たぎり立つ憎しみがおさまろう。それから僕が、涙を流しながら、灰掻棒でなにをしたか、もう君は知っている筈だ。
寒の夜晴れ (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
うたごえと撥の音と、あちこちに出来た塊りではやかましい話しごえがたぎり立って、はるか下座のこの老人の言葉などは揉みくたにされていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
私は秀岡の顔を見るとかっとなりました。胸の中がたぎるような昂奮に襲われて了ったのです。秀岡もおどろいていたようです。
旅客機事件 (新字新仮名) / 大庭武年(著)
前にとこを取り、桐の胴丸がたの火鉢へ切炭きりずみけ、其の上に利休形の鉄瓶がかゝって、チン/\と湯がたぎって居りまする。
湯はたぎらせましたが——いや、どの小児衆こどもしゅも性急で、渇かし切ってござって、突然いきなりがぶりとあがりまするで、気を着けて進ぜませぬと、直きに火傷やけどを。
朱日記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
たッぴつに惜しげなくついだ備長の匂があかるい燈火のなかにうごいていた。——かれはたぎった鉄瓶の湯を湯呑についでうまそうに一口飲んだ……
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
えり引き合わせ、履物はきものをぬぎすてつつ、浪子は今打ち寄せし浪の岩に砕けて白泡しらあわたぎるあたりを目がけて、身をおどらす。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
二五八九、二、一八、午後十二時。うどんを煮る鮒の汁のたぎる音をききつつ。(月は三時ちょっと前に落ちた)。
此小使室の土間に、煉瓦で築き上げた大きなかまどがあつて、其上に頗る大きな湯釜が、昔の儘に湯をたぎらして居る。
葬列 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
醫者いしやかへつたあとで、宗助そうすけきふ空腹くうふくになつた。ちやると、先刻さつきけていた鐵瓶てつびんがちん/\たぎつてゐた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
煮えたぎるような憤怒を感じながら、その憤怒をどこへ向けるかを知らぬ私は、ただこうして部屋の中をあえぐような気持で歩き廻る外はなかったのであった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
その最後のありゃりゃんを、ことさら、瓦斯ガスの灯の燃えたぎるほど、ひとふし、張りあげてうたうのだった。
寄席行灯 (新字新仮名) / 正岡容(著)
お絹はいつでもお茶のはいるように、瀟洒しょうしゃな瀬戸の風炉ふろに火をいけて、古風な鉄瓶に湯をたぎらせておいた。
挿話 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼はぼんやりとそれを見下ろし、その日の朝刊の見出しをけんめいに思い出そうとしていた。たぎるような欲望を抑えつけるときの、それは彼のいつものおまじないだった。
メリイ・クリスマス (新字新仮名) / 山川方夫(著)
湯を出ると、部屋は奇麗に取り片付けられ、青磁の火鉢に銀瓶がたぎっていた。茶菓が出されていた。
自殺を買う話 (新字新仮名) / 橋本五郎(著)
たぎりたつ感情を噛み殺して生きねばならぬ、あの監視兵の横っ面を思う存分ひっぱたいてやろうという気持に駆りたてられながら、慌てて自分を宥めたりすかしたりする
その真上まうえには電灯が煌々くわうくわうと光を放つてゐる。かたはらには瀬戸火鉢せとひばちの鉄瓶が虫の啼くやうにたぎつてゐる。もし夜寒よさむが甚しければ、少し離れた瓦斯煖炉ガスだんろにも赤々と火が動いてゐる。
漱石山房の秋 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
彼女は、年が年じゅう、湯がたぎるのを聞き、鍋が空っぽになれば、たとえ雨が降ろうが、風が吹こうが、また日が照ろうが、年が年じゅう、そいつをいっぱいにして来たのだ。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
それでも蕎麥掻そばがき身體からだあたゝまるやうこゝろよかつた。かれはたべたあと茶碗ちやわんたぎつたいではし茶碗ちやわん内側うちがはおとしてまゝたないた。さうしてはかれ毎日まいにち仕事しごとのやうにそとた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
小母さんは、火鉢の上で、快い音をたてて、たぎっている鉄瓶のお湯を湯呑に入れて、二階へもって行かれました。丁度、その時菓子屋の幸吉こうきちさんが、這入って来られたのでございます。
が、七輪にたぎっている味噌汁の鍋を覗き込みながら、葬式彦兵衛は口を尖らせた。
穏かな冬の日光が障子しょうじ一杯にひろがって、八畳の座敷をほかほかと暖めていた。大きな桐の火鉢ひばちには銀瓶ぎんびんが眠気を誘う様な音を立ててたぎっていた。夢の様にのどかな冬の温泉場の午後であった。
二癈人 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
私は先づそれを書く積りでゐたのであるが、すぐその次に来る出来事を思ひ返す度に、感情が盛り上がり、たぎり立つ為に、心の平静が破れて、先を書き続ける気になれなかつたものに違ひない。
吉右衛門の第一印象 (新字旧仮名) / 小宮豊隆(著)
今日はよいの内から二階へ上って寝てしまうし、小僧は小僧でこの二三日の不足に、店の火鉢の横で大鼾おおいびきを掻いている、時計の音と長火鉢の鉄瓶のたぎるのが耳立って、あたりはしんと真夜中のよう。
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
尻尾を卷きかへる 風が鳴る 榾がはじける 文福茶釜に湯がたぎ
山果集 (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
をどりぞ過ぐれ、湯は釜に飛沫しぶきくわつくわとたぎりたる
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
海波は最後の一滴までたぎり墜ち了り
わがひとに与ふる哀歌 (新字旧仮名) / 伊東静雄(著)
血はたぎ
夜明の集会 (新字新仮名) / 波立一(著)
鉄甲によろわれた氷の皮膚の下にも、やはり親の血は熱くたぎっているのだ。そうさとると、郎党の金王丸もまた、鎌田正清につづいて
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鍋のなかには予めあつものたぎつてゐて、三蛇は互に毒を以て毒を制し、その甘膩かんじ、その肥爛ひらんまことにたとふべからずと言ふのである。
たぬき汁 (新字旧仮名) / 佐藤垢石(著)
明日の神田祭を控へて、九月十四日の明神下——御臺所町、同朋町から金澤町へかけては、全くたぎり返るやうな賑はひでした。
不鍛煉ふたんれん」は「不覚」が、心掛のたぎり足らないところから起るに比して又一段と罪の軽いもので、場数を踏まぬところから起る修行不足である。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
犯人は云うまでもなく同一人であり、しかも坑殺された峯吉の燃えたぎ坩堝るつぼのような怨みを継いだ冷酷無比の復讐者だ。
坑鬼 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
湯はしづかに煮えたぎつてゐました。主人の顔からはいつのまにか押しつけがましさが消えて、物を頼むときのやうな弱々しい表情が見え出しました。
利休と遠州 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
番頭は気がさしたか、そっと振返って背後うしろを見た、かまの湯はたぎっているが、ちり一つ見当らず、こういう折には、余りに広く、且つ余りに綺麗きれいであった。
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
此小使室の土間に、煉瓦で築き上げた大きなかまどがあつて、其上に頗る大きな湯釜が、昔の儘に湯をたぎらし居る。
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
おまけに、竃の上にかまけてあって、湯がたぎらしてあるせいか、妙にその臭いが生暖なまぬるくたゞよって来る。
今はかの当時、何を恥じ、何をいかり、何を悲しみ、何を恨むともわかち難き感情の、はらわたたぎりし時は過ぎて、一片の痛恨深くして、人知らずわが心をくらうのみ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
茶の間へ出ると、先刻さっき掛けておいた鉄瓶てつびんがちんちんたぎっていた。清を呼んで、ぜんを出せと命ずると、清は困った顔つきをして、まだ何の用意もできていないと答えた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼のッとしておれない気持がふいにたぎりあげて来た。これからトウベツに行こうと心が決った。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
その真上まうへには電燈が煌々くわうくわうと光を放つてゐる。かたはらには瀬戸火鉢せとひばちの鉄瓶が虫のくやうにたぎつてゐる。もし夜寒よさむが甚しければ、少し離れた瓦斯煖炉ガスだんろにも赤々と火が動いてゐる。
東京小品 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)