有明ありあけ)” の例文
引入れて雨戸を締めると、中は真っ暗、手と手を握った二人は、遠い廊下の有明ありあけを目当てに、逢曳あいびきらしい心持で、奥へ辿たどりました。
更にそのすえが裾野となって、ゆるやかな傾斜で海岸に延びており、そこに千々岩ちぢわ灘とは反対の側の有明ありあけ海が紺碧こんぺきの色をたたえて展開する。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
もぬけのからなりアナヤとばかりかへして枕元まくらもと行燈あんどん有明ありあけのかげふつとえて乳母うばなみだこゑあわたゞしくぢやうさまがぢやうさまが。
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
此外▲有明ありあけうら岩手いはでうら勢波せばわたし井栗ゐくりもりこしの松原いづれも古哥あれども、他国たこくにもおなじ名所あればたしかに越後ともさだめがたし。
夜はおそくまで経を学んで、有明ありあけの月の出るのを知らなかった事もありました。お勤めを怠るというような怠慢な事は思いも寄らぬ事でしたよ。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
いわおり抜いて造った家の部屋と部屋との仕切りにはむしろが釣ってあるばかり有明ありあけの灯も消えたと見えて家の内は真っ暗だ。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その光は、片すみにともされてる一つの有明ありあけから来るのだった。広間の中はひっそりとして、何も動くものはなかった。
川の上の有明ありあけ月夜のことがまた思い出されて、とめどなく涙の流れるのもけしからぬ自分の心であると浮舟は思った。
源氏物語:53 浮舟 (新字新仮名) / 紫式部(著)
目をつぶって腕組みした白髪童顔の玄鶯院を中央なかに、十五、六の人影が、有明ありあけ行燈の灯をはさんで静まり返っていた。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
穂高ほだか有明ありあけ安曇追分あずみおいわけと行くうちに、突然空の一部分が口をあいて、安曇平野の一部に、かなり強い日光を投げつけた。直径約一里ぐらいであろうか。
可愛い山 (新字新仮名) / 石川欣一(著)
磐石ばんじやくを曳くより苦く貫一は膝の疼痛いたみこらへ怺へて、とにもかくにも塀外へいそとよろぼひ出づれば、宮はいまだ遠くも行かず、有明ありあけ月冷つきひややかに夜は水のごとしらみて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
ふすまのすこしきたるあひよりそつとりて大座敷へいで、(中略)唐更紗たうざらさ暖簾のれんあげて、長四畳ながよでふを過ぎ、一だんたかき小座敷あつて、有明ありあけの火明らかに
案頭の書 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
また一説いつせつには、その丸木橋まるきばしいま熊本くまもとあたりから、有明ありあけうみわたつて肥前國ひぜんのくに温泉岳うんぜんだけまでかゝつてゐたともひます。おそろしいおほきなではありませんか。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
それを今日は珍らしく、まだ有明ありあけの月が空に残っているうちに、馬の鈴の音がこの丸山台のあたりで聞えます。
フィツジェラルドの英訳をテクストとした森亮もりりょう氏のすぐれた訳業に啓発されて、全部有明ありあけ調の文語体で翻訳したが(解説二、「ルバイヤートについて」の項参照)
ルバイヤート (新字新仮名) / オマル・ハイヤーム(著)
井の底にくぐり入って死んだのは、忠利が愛していた有明ありあけ明石あかしという二羽の鷹であった。そのことがわかったとき、人々の間に、「それではお鷹も殉死じゅんししたのか」
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そして、何かの拍子に眼をさましてみると有明ありあけ行燈あんどうの傍に人影があった。武士ははっと思った。
山寺の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そうして西に傾きかかった太陽は、この小丘のすそ遠くひろがった有明ありあけの入江の上に、長く曲折しつつはるか水平線の両端に消え入る白い砂丘の上に今は力なくその光を投げていた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
かたわらに、家業がら余程奇を好んだと見えて、棕櫚しゅろの樹が鉢に突立つったててある、その葉が獅子の頭毛かしらげのように見えて、私は、もう一度ぐらぐらと目がくらんだ、横雲黒く、有明ありあけに……
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
蚊遣かやりけむりになおさら薄暗く思われる有明ありあけ灯影ほかげに、打水うちみずの乾かぬ小庭を眺め、隣の二階の三味線を簾越すだれごしに聴く心持……東京という町の生活を最も美しくさせるものは夏であろう。
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
偉なる高麗焼こまやきの大花瓶に一個の梵鐘ぼんしょうが釣ってあり、また、銀の大襖おおぶすまにつらなる燭台の数は、有明ありあけの海の漁灯いさりびとも見えまして、さしも由緒ある豪族の名残はここにもうかがわれる。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宵惑よいまどいの私は例の通り宵の口から寝て了って、いつ両親りょうしんしんに就いた事やら、一向知らなかったが、ふと目を覚すと、有明ありあけが枕元を朦朧ぼんやりと照して、四辺あたり微暗ほのぐら寂然しんとしている中で
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
この界隈かいわいの製紙の業も盛なものでありましたが、私どもにとってもっと興味深いのは、この南安曇みなみあずみ有明ありあけ村から出る「山繭織やままいおり」であります。自然産であって、極めて堅牢であります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
現にわたしなども霜夜の枕にひびく餅の音を聴きながら、やがて来る春のたのしみを夢みたもので——有明ありあけ晦日みそかに近し餅の音——こうした俳句のおもむきは到るところに残っていた。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
越路こしじの方の峰には、雲が迷っていたけれど、有明ありあけ山、つばくろ岳、大天井おてんしょう、花崗石の常念坊じょうねんぼう、そのそばから抜き出た槍、なだらかな南岳、低くなった蝶ヶ岳、高い穂高、乗鞍、御嶽おんたけ、木曾駒と
雪の武石峠 (新字新仮名) / 別所梅之助(著)
腫物の湯治に、郷里熊本から五里ばかり有明ありあけ海辺うみべ小天おあまの温泉に連れられて往った時、宿が天井の無い家で、寝ながら上を見て居ると、真黒にすすけた屋根裏の竹を縫うて何やら動いて居た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
元亀げんき、天正とうちつづく戦国時代のことで、彼もまた一国一城の主になる野心をもったのであろう、多くの海賊なかまをひきつれて有明ありあけの海から島原しまばらへと入り、大村領の西岸へ上陸するとともに
伝四郎兄妹 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
有明ありあけ月夜つくよをあかみ此園このその紅葉もみじ見にその令開ひらかせ
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
有明ありあけ主水もんどに酒屋つくらせて 荷兮かけい
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
有明ありあけの月にたきぎを取り込んで
有明ありあけともしびを見る。
展望 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
「それが判りません。何しろ江戸一番の締り屋で、二階廊下が危ないのを承知の上で、どうしても有明ありあけけさせない人です」
此外▲有明ありあけうら岩手いはでうら勢波せばわたし井栗ゐくりもりこしの松原いづれも古哥あれども、他国たこくにもおなじ名所あればたしかに越後ともさだめがたし。
ほそぼそとともされている有明ありあけの灯で、良人の顔を見詰めていた早瀬は、起き上がってにわかに居住居を直した。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
有明ありあけの君は短い夢のようなあの夜を心に思いながら、悩ましく日を送っていた。東宮の後宮へこの四月ごろはいることに親たちが決めているのが苦悶くもんの原因である。
源氏物語:08 花宴 (新字新仮名) / 紫式部(著)
太郎左衛門は寝床からそっと起きあがって、枕頭まくらもとともした有明ありあけ行燈あんどんを吹き消し、次の室に眠っている女房に知れないようにと、そろそろと室を出て暗い縁側を通って往った。
切支丹転び (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
まず鶏のく声が耳に流れこむと一緒に、有明ありあけをつけて置いた朱塗の美しい行燈あんどんがぼんやりと——そうして、その行燈の下にうずくまっている怪しいものが一つ——睡眼に触れると
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
つれなくえし有明ありあけつき形見かたみそらながめて、(あかつきばかり)とうめきけんからず。
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
疑問は、一個の行燈あんどんです。——いや、その有明ありあけにしたためられた奇怪な文字です。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
有明ありあけの月のうすい光に、蕭条しょうじょうとしたやぶが、かすかにこずえをそよめかせて、凌霄花のうぜんかずらのにおいが、いよいよ濃く、甘く漂っている。時々かすかな音のするのは、竹の葉をすべる露であろう。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
廊下の有明ありあけに照らされて、それは哀れにも痛々しい姿ですが、今はそんなものに取合っているすきもなく、八五郎は精いっぱいの智恵を絞りました。
銭形平次捕物控:282 密室 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
中宮は夜明けの時刻に南殿へおいでになったのである。弘徽殿の有明ありあけの月に別れた人はもう御所を出て行ったであろうかなどと、源氏の心はそのほうへ飛んで行っていた。
源氏物語:08 花宴 (新字新仮名) / 紫式部(著)
いつもある有明ありあけの燈火が無く、兵馬が手さぐりに近づく物音にも、お雪ちゃんはいっこう驚かず、やっと火打をさぐりあて、カチカチときった物音にも、パッと明るくした明りにも
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
小さな有明ありあけの電燈の光にぼかされた椅子の人は顔をあげた。それは章一であった。
一握の髪の毛 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
平次はせわしく袷を引っかけると、部屋の外へ飛出しました。左手には有明ありあけ行灯あんどんげて、曲者の通ったらしい道を、めるように進んで行きます。
ちょうど有明ありあけの月がこの窓からは蔭になりますけれども、月の光は江川の本邸の内の土蔵のむねに浴びかかって、その反射で見た我が子の面が、この世の人のようには見えなかったので
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
有明ありあけの月が澄んだ空にかかり、水面も曇りなく明るかった。
源氏物語:53 浮舟 (新字新仮名) / 紫式部(著)
お越は絹を裂くような叱陀しったとともに、二階の奥の一と間、有明ありあけの光のほのかに隠れる障子をパッと、蹴開けたのです。
次の朝の有明ありあけ月夜に薫は兵部卿ひょうぶきょうの宮の御殿へまいった。
源氏物語:49 総角 (新字新仮名) / 紫式部(著)
遠い有明ありあけかした曲者は、ガラッ八の上に馬乗りになると、脇差の一と突き。が、その手は宙によどみました。何か見当の違ったものを感じたのでしょう。