最中もなか)” の例文
そんなに急ぐならば此方は知らぬ、お前一人でお出と怒られて、別れ別れの到着、筆やの店へ來し時は正太が夕飯の最中もなかとおぼえし。
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
昨日きのふ美味うま最中もなかが出来たが今日けふの茶の時間には温かい饅頭まんぢうが作られた。晩餐には事務長から一同浴衣掛ゆかたがけよろしいと云ふ許しが出る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
ころは夏の最中もなか、月影さやかなる夜であった。僕は徳二郎のあとについて田んぼにいで、稲の香高きあぜ道を走って川の堤に出た。
少年の悲哀 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
お作は柳町まで来て、最中もなかの折を一つ買った。そうしてそれを風呂敷に包んで一端いっぱし何かむくいられたような心持で、元気よくあるき出した。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
夏の最中もなかには蔭深き敷石の上にささやかなる天幕テントを張りその下に机をさえ出して余念もなく述作に従事したのはこの庭園である。
カーライル博物館 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
凌霄花のうぜんかづらはますます赤く咲きみだれ、夾竹桃の蕾は後から後からと綻びては散つて行く。百日紅は依然として盛りの最中もなかである。
虫の声 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
今夜の宿はみちに向って古い手すりのある旅籠はたごだ。御茶菓子おちゃがしに EISEIGIYO という判を押した最中もなかが出た。明日は朝早く海峡を渡る……
由布院行 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
最中もなかにありつけるだろうなんぞと云う。人の親を思う情だからって何だからって、いたわってくれるということはない。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
翌日仙台に著いて一泊し、東北での城下仙台に目のあたり来たことを感じ、旅館では最中もなかという菓子をはじめて食った。
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
志「旨かったなア、感服だ、実に感服、君の二三の水出し、やらずの最中もなかとは感服、あゝうもそこが悪党、あゝ悪党」
ただその大騒ぎの最中もなかにも、あの猿のような老婆だけは、静に片隅にうずくまって、十六人の女たちの、人目をはばからない酔態に皮肉な流し目を送っていた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
話の様子では机の上にあった菓子折の中には最中もなかが入って居り、その中には少量のモルヒネを含んでいたのである。
琥珀のパイプ (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
首尾が好いと女世帯せたい、お嬢さん、というのは留守なり、かみさんもひまそうだ。最中もなか一火ひとひで、醤油おしたじをつけて、とやっこ十七日だけれども、小遣こづかいがないのである。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
是より最後のたのしみは奈良じゃと急ぎ登り行く碓氷峠うすいとうげの冬最中もなか、雪たけありてすそ寒き浅間あさま下ろしのはげしきにめげずおくせず、名に高き和田わだ塩尻しおじり藁沓わらぐつの底に踏みにじ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
だから、しまいには、そうした精神の昂揚の最中もなかに在ってすら、後の幻滅の苦々しさを警戒して、現在の快い歓びをも抑え殺そうとつとめるようにさえなったのだ。
狼疾記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
そして籠詰めの最中もなかをぶらさげて万世駅に辿たどりつくと、軍神の銅像の下なる僕の女房の御機嫌、晴のち曇⁉
青バスの女 (新字新仮名) / 辰野九紫(著)
眼路の限りは広々とした夏の最中もなかの裾野原で、覗いている庄三郎の鼻先から丸くなだらかに延びている。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
石材屋と、最中もなか屋との間を抜けて谷中の墓地へ這入るとさすがに清々せいせいとした。寺と云う寺の庭には山茶花さざんかの花がさかりだし、並木の木もいい色に秋色をなしていた。
貸家探し (新字新仮名) / 林芙美子(著)
ただこのときの伴蔵が傍らの志丈もあとで賞めるよう「悪いという悪い事は二、三の水出し、らずの最中もなか野天のてん丁半の鼻ッ張り、ヤアの賭場とばまで逐ってきたのだ」
「そうそう、何処やらのおいしい最中もなかを買って来ると、この前帰る時に、約束をして行きましたが」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さてそののちのことですが、ちりとりはある日、ツェねずみに半分になった最中もなかを一つやりました。するとちょうどその次の日、ツェねずみはおなかが痛くなりました。
ツェねずみ (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
ある夏の土用に、宝生太夫はうしやうだいふが親子打揃つて、この下屋敷へ暑さ見舞にあがつた事があつた。土用の最中もなかだといふのに、座敷には蒲団が天井にとゞきさうに高く積んであつた。
正装した二人の不良少女が手みやげの最中もなかかなんかぶらさげて、まだ戻らはらしまへんか、どんなことどすな、なんぞと敵情偵察かたがたお悔みにやつて来られた時には
探偵の巻 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
勿論もちろん美妙の家で蕎麦そば一つ御馳走ごちそうになったという人もなかったようだ。かえって美妙を尋ねる時は最中もなかの一と折も持って行かないと御機嫌ごきげんが悪いというような影口かげぐちがあった。
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
「わたくしもあとからお手伝いに行きますよ」というしまに見送られ、自動車の広い座席にわたくしはお土産の栄太楼の最中もなかの折箱とちょこなんと並んで目黒に向いました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
いざよい最中もなかといって、栗のはいったあんの最中を、昔から自慢にいたして売って居ります。
誰も知らぬ (新字新仮名) / 太宰治(著)
看経も時によるわ、このきがたい最中もなかに、何事ぞ、心のどけく。そもこの身の夫のみのお身の上ではなくて現在母上の夫さえもおなじさまでおじゃるのに……さてもさても。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
午中ひるなか三時間許りの間は、夏の最中もなかにも劣らぬ暑気で、澄みきつた空からはそよとの風も吹いて来ず、素足の娘共は、日に焼けたこいしの熱いのを避けて、軒下の土の湿りを歩くのであるが
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
向う両国の観世物小屋でこんな不意の出来事が人を驚かしたのは、文化三年の江戸の秋ももう一日でちょうど最中もなかの月をようという八月十四日のひるの七つ(四時)下がりであった。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
オブラートがなければ最中もなかの皮をしめして包んでもいいが薬ばかりでは飲みにくいかつ歯を刺撃して毒になる。それから次に炭酸曹達を三グラム以内即ち七、八分ばかり水で飲むのだ。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
薄地某が宗右衛門町の友恵堂の最中もなかを手土産に出しぬけに金助を訪れ、呆気にとられている金助を相手に四方山の話を喋り散らして帰って行き、金助にはさっぱり要領の得ぬことだった。
青春の逆説 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
大のたれ、荒匂あらにおい、斬り手によっては血音ちおとも立てぬという代物しろものじゃ。鯛ならば赤穂鯛あかほだい最中もなかならトラヤのつぶし饀、舌の奥にとろりと甘すぎず渋すぎず程のよい味が残ろうという奴じゃ。
急にひろくなった原の上を、迷い気味に飛んで行く、林の半ばほどの路で、立場たてば茶屋に休む、渋茶を汲んで出された盆の、菓子皿には、一と塊まりの蠅がたかって、最中もなかが真ッ黒になって動いている
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
七時半より七時四十分まで、女中に茶菓を命じ、風月の最中もなかを二箇、お茶を三碗きっした。七時四十分より上厠じょうし約五分にして、部屋へ戻った。それより九時十分頃まで、編物あみものをしながら物思いにふけった。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そこへ繼母が五つばかり最中もなかの這入つた菓子皿を持つて來て
泡鳴五部作:01 発展 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
カドモス族の數多き最中もなかにありておののかず
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
月夜善しよゝの最中もなかの秋の空 専順
古池の句の弁 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
ああ野は秋の最中もなか
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
などとお増は、そこへ土産物みやげもの最中もなかの袋を出しながら、訊ねた。そこからは、芝居の木の音や、鳴物なりものの音がよく聞えた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
小供が泣くときに最中もなかの一つもあてがえばすぐ笑うと一般である。主人がむかし去る所の御寺に下宿していた時、ふすまを隔てて尼が五六人いた。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この砂糖店は幸か不幸か、繁昌の最中もなかに閉じられて、陸は世間の同情にむくいることを得なかった。家族関係の上に除きがたい障礙しょうがいが生じたためである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ときなつ最中もなか自分じぶんはたゞ畫板ゑばんひつさげたといふばかり、なにいてにもならん、ひとりぶら/\と野末のずゑた。かつ志村しむらとも寫生しやせい野末のずゑに。
画の悲み (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
そこで敵打の一行はすぐに伊予船いよぶね便びんを求めて、寛文かんぶん七年の夏の最中もなかつつがなく松山の城下へはいった。
或敵打の話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
翌朝よくちょう出入でいりとびの者や、大工の棟梁とうりょう、警察署からの出張員が来て、父が居間の縁側づたいに土足の跡を検査して行くと、丁度冬の最中もなか、庭一面の霜柱しもばしらを踏み砕いた足痕あしあと
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
ちやうど冬の最中もなかで、寒さは無遠慮に俳諧師の背筋から懐中ふところから入つて来た。素行はべそを掻きさうな顔をして、野道を急いだ。すると、やつと一軒の百姓家が見つかつた。
私なんぞは首が三ツあっても足りねえ身体だ、十一の時から狂い出して、めえりから江戸へ流れ、悪いという悪い事は二三の水出し、らずの最中もなか野天丁半のでんちょうはんはな
腹掛のかくしへ若干金なにがしかをぢやらつかせ、弟妹引つれつゝ好きな物をば何でも買への大兄樣、大愉快の最中もなかへ正太の飛込み來しなるに、やあ正さん今お前をば探して居たのだ
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
声を涸らした老鶯ろうおうが白いあんずの花の間で間延びに経を読んでいる。山国の春の最中もなからしい。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「牛肉を買って行こうか。おっ母あは甘い物が好きだ、風月の最中もなかを買って帰ろうか」
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何にしてもそれを聞いた以上、彼女は知らない顔をしているわけにもゆかないので、進まないながらも其の日の午すぎに、近所で買った最中もなかおりを持って、津の国屋へ見舞に行った。
半七捕物帳:16 津の国屋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)