さと)” の例文
盲人のさとき習として、少女はその常の錢ならぬを知りたるなるべし、顏は燃ゆる如くなりて、そのすこやかに美しき唇は我手背に觸れたり。
その瞬間であつた。一種の異臭のかすかに浮び出るをさとくも感覚した長次は、身体の痛みも口惜しさも忘れ、跣足はだしのまゝに我家へ一散走り
名工出世譚 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
「三人衆は抜けますまいが、幸いなことには、主水は兄とちがって、利慾にさとい人間ですから、これは利をもってすれば、使えましょう」
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
額安かくやすに、手取早く味覚の満足をふといつた風になり勝なので、感覚のさとさが段々だん/″\ゆるんで、しまひにはしびれかゝつて来るのではあるまいか。
茸の香 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
私はそれが嬉しかつた。奈何どんな尫弱かよわい體質でも、私は流石に男の兒、藤野さんはキッと口を結んでさとく追つて來るけれど、容易につかまらない。
二筋の血 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
そしてちいさいおりから母親にびることを学ばされて、そんな事にのみさとい心から、自然ひとりでことさら二人に甘えてみせたり、はしゃいでみせたりした。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「ても恐ろしい眼力じゃよなあ。老子は生れながらにさとく、荘子そうしは三つにして人相を知ると聞きしが、かく弥平兵衛宗清と見られた上は……」
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「すると、値上がりのところで、売ってもうけるつもりなんだな。すると、単に、目さきのさとい商人でしかないではないか」
火薬船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼らまた水を求むるにさとく、沙中水もっとも多き所を速やかに発見し、手ですなを掘る事人のごとく、水深けば相互交代す
からい時には辛酷以上に辛い、さとい時には狡猾こうかつ以上に敏いところはなければならないから、この物影がグッとこたえたものと見なければなりません。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
両手をつばの下へ、重々しゅう、南蛮鉄、五枚しころ鉢兜はちかぶとを脱いで、陣中に憩った形でござったが、さてその耳のさとい事。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、ナオミは早くも私の心の変化をて取ってそう云いました。学問の方にはうとくっても、私の顔色を読むことにかけては彼女は実にさとかったのです。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
お延はそれ以上にまださとい気を遠くの方まで廻していた。彼女は自分に対して仕組まれた謀計はかりごとが、内密にどこかで進行しているらしいとまでかんづいた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それでも非常にさとい赤蠅がそつと來ては軟かな子葉を舐め減すので、爺さんの苦心は容易ではありません。
白瓜と青瓜 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
言葉の感覺にはさとくありたい。その感覺に鈍くては文章の道には到り得ない。失敗を恐れて、試みることを躊躇するやうなものも、またこの道を行き盡せない。
桃の雫 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
さとい、冗談好きの頭のよさで以て、彼等の心にちょっとでも浮かぶ考えはどんな小さなものでも、本人達の気のつかないうちに見抜いてしまうらしいのでした。
初めの間は僕がさうやつて上げるが、直ぐにあなたは(僕にはあなたの力が分つてゐるから)僕同樣に、強くそしてさとくなつて、僕のたすけは要らなくなります。
そのあまりに利害にさと過ぎるのに、私の妻などは、時々反感を抱きながら、屡々その口車に乘せられた。
水不足 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
このあたりには大樹が多かった。大樹のそびゆるもとに落葉焚く煙が白くあがって、のお杉ばばあは窟を背後うしろに、余念もなくひえかゆを煮ていたが、彼女かれの耳は非常にさとかった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
和服も上等ではなかったが、時候に相当した物を、一二着ずつ調えて行く事が出来た。殊に彼の妻は、女性に特有な、衣類に対するさとい感覚と、執着とを持って居た。
大島が出来る話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「おおよその郷民は仁に近い木訥ぼくとつ、融通きかぬ手合いではござるが、中には利にさとい者もあって……」
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
これこそ、じつにどんなとりよりもさと不思議ふしぎ眼鏡めがねであって、まったく、わしがいつかいのちすくってもらったおれい太郎たろうってきてくれたものだとわかりました。
薬売り (新字新仮名) / 小川未明(著)
デップリした恰幅かっぷくで、柔和な眉、少し鋭い智恵の輝きを思わせる眼、二重あご、大町人らしい寛闊かんかつなうちにも、何となく商機にさとい人柄を思わせるのが、地味なつむぎを着て
容姿ようしすぐれて美しく才気あり万事にさとせいなりければ、誘工ゆうこうの事すべてお政ならでは目がかぬとまでにたたえられ、永年の誘工者、伝告者として衆囚よりうやまかしずかれけるが
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
「みゝずという奴は、眼も耳も無い癖に、さとい奴でね、お嬢さん。土から首を出しかけているときにねえ、つぐみの鳴き声が聞えると、ちゅっと、こう首を縮こますのですよ」
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
詩人の耳はさとくもその響を聽きとめて新たなる歌に新たなる聲を添へる——それのみである。
新しき声 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
不思議な眼のさとさで、それを間もなく見破つたのは、却つて須磨寺にゐる厚母喬彦であつた。
垂水 (新字旧仮名) / 神西清(著)
あるじの女がさとき耳には、少しあやしと聞かるゝ事あり、秋雨しと/\と降りて物あはれなる夜、ともし火のもとに独り手馴れの琴を友として、あはれに淋しき調べをもてあそびつゝ
琴の音 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
しかし時代を見る事の早くさとい山中定次郎翁は民藝品の骨董としての将来性を見てとってか
縹緻でのぞまれたのと、身分の違うのが不安だったけれども、頭のさとい小松はよく婚家の風に馴れ、案外なくらい良縁としておさまった。それから三年たって津留も結婚した。
日本婦道記:風鈴 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
しかし俄然私の友人の鋭い感覚が、さとく識取していたものを、私の感覚も受け取った。
オリヴィエのさとい眼は、現在の各方面の類型を、ゴチック彫刻中にも見出していた。
すなわち留吉の眼は猫よりも鋭く、またその鼻は犬よりもさといのであります。そのうえ彼は筋力にもすこぶる恵まれておりまして、一口にいえば、猩猩しょうじょうのように強かったのであります。
白痴の知恵 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
即ち、氏の生れながらに持つ、理にさとき頭脳の力と、他は其の明敏な理智に伴ふ知識の不足と云ふよりは、その知識に先だつて氏の才能を囚へた禅の智識である。私は敢て、禅の智識と云ふ。
平塚明子論 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
く思いて余は少し失望せしに目科はさとくも余の心を察せし如く
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
子供の眼はさとく、遠慮がないから、精一杯の声で
その青銅の投槍を、イドメニュースは眼さとくも
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
さとい植木才蔵は抜からず助言した。
討たせてやらぬ敵討 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
さとやさしき身を刺せば
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
が、これは未然にさとくも信長の知るところとなって、当時、安藤伊賀の一味は、詫状わびじょうを入れて、一応、すんだ問題になっている。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何事をかつらねけん、いまは覺えず。人々はわが詞の多かりしを、才豐なりと稱へ、わが臆せざるを、心さとしと譽めたり。
(次三郎とは本間のこと、第一回より三回の間に出でて毒を飲みたる病人なり。鎌倉より東京のことなれば、さと看官みるひとの眼も届くまじとて書添え置く。)
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と団さんは横手をって感歎した。団さんは数理の方がさとい代りに洒落と来ると余程血の廻りが遅いようだ。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
多分この計算は間違いないでしょう、高いところにいて、ことに物を見る目のさとい茂太郎の勘定ですから、報告にあやまりないものと見てよろしかろうと思います。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
おつぎはいた握飯にぎりめしを一つ枕元まくらもとにそつといてげるやうにかへつてた。老人としよりさと到頭たうとうひらかなかつた。卯平うへいつかれたこゝろしづまつてやうや熟睡じゆくすゐしたところなのであつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
栄えた船着場の名残なごりとしての、遊女町らしい情緒じょうしょの今も漂っているのと思いあわせて、近代女性の自覚と、文学などから教わった新しい恋愛のトリックにもさとい彼女が
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それでも夫は神経がさとくて、受けこたえにまめで、誰にむかっても自然と愛想好あいそよく、日々家へ帰って来る時立迎えると、こちらでもあちらを見る、あちらでもこちらを見る、イヤ
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
六十前後の一と掴みほどの老人で、利にはさとくも、氣力も體力も甚だ心細い仁體です。
けれど決して鼠一疋いっぴきといえども其処を通ったものはさとらずにはいない。それ程、彼の霊魂はさとくあった。老人自身でもよくいうのに、肉体が衰えれば精神はそれだけさとくなるものだと。
薔薇と巫女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
さとき感じにわななける
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)