ほしいまま)” の例文
からだて頂をし、もって万一に報ずるを思わず、かえって胸臆きょうおくほしいままにし、ほしいままに威福をす。死すべきの罪、髪をきて数えがたし。
続黄梁 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
こうして、天上のあこがれと、地上の瞑想めいそうが、二人の少年によってほしいままにされている時、その場へ不意に一人の殺生者せっしょうものが現われました。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
したがって「いき」は無上の権威をほしいままにし、至大の魅力を振うのである。「粋な心についたらされて、うそと知りてもほんまに受けて」
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
めざましきを好む演劇的な挙動をほしいままにして、わざと反動を招いて、かえってはなばなしくたおれることを望むのが宜いと言うのではない。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
近代の仏詩は高踏派の名篇において発展の極に達し、彫心鏤骨るこつの技巧実に燦爛さんらんの美をほしいままにす、今ここに一転機を生ぜずむばあらざるなり。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
第八 冬日地中ヨリ発スル蒸気ヲ遏抑あつよくシ冬天以テ暗晦ヲ致サズ もし冬日ノ地気ヲシテほしいままくうニ満タシムレバ冬日更ニ昏暗ヲ致スベキナリ
(新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
不屈ふとどきな奴だ、ほしいままに動物を殺傷せっしょうするとは容易ならぬ犯罪だ。金どんどうしてくりょうな。」とくだんの拳固に、はッはッと気勢きおいを吹く。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
然レドモ同一ノ人民ヲ目的ト為シテ強奪ヲほしいままニシ悪俗ヲ改メシメズンバ、ついニハ自主自裁ノ特権ヲ以テ国内ヲ悩マスニ至ルベシ。
酒色をほしいままにしてゐる人間がかかつた倦怠は、酒色で癒る筈がない。かう云ふはめから、二人は何時になくしんみりした話をした。
孤独地獄 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
野宿は大抵頂上と極めて翌早朝に於ける山上の大観をほしいままにすることにしていましたが、これは又一方に於て陰鬱な森林の中に寝るよりは
登山談義 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
「諸末寺の塔主看院等、本寺に断らずして坊主と号し、ほしいままに居住するを得ず」と云って、その名称の濫用を禁止した程であった。
賤民概説 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
「彼は、叡山の山領を、ほしいままけずった。——伝教大師でんぎょうだいしこのかた、不可侵境ふかしんきょうの山則を、またわれわれの体面を、はずかしめ踏みにじった!」
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自然を征服しようとする者は、自己の頭脳の中でほしいままなる構想をするのでなく、自然に忠実に従ってこれを実証的に研究しなければならない。
科学批判の課題 (新字新仮名) / 三木清(著)
自分独りでえらくなったように思って、ほしいままに羽根を伸したり、新手を編み出したりする者があれば、それは能楽界の外道である。
能とは何か (新字新仮名) / 夢野久作(著)
君側の奸をはらわんとすと云うといえども、詔無くして兵を起し、威をほしいままにして地をかすむ。そのすなわち可なるも、其実は則ち非なり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ほしいままに振舞っているが、その間にも彼の名声は遠く高く轟きわたるのだから、いよいよ以ってその素晴らしい運命が二重に羨ましい次第である。
これをいいことにして、誰か、私事をほしいままにしようと考えるやからがあろうか? 社会はよろしく今の子供たちに、深い同情を持たなければならぬ。
日本的童話の提唱 (新字新仮名) / 小川未明(著)
これはほとんど完全に保存せられた板本はんぽんで、すえに正保四年と刻してある。ただ題号を刻した紙が失われたので、ほしいままに命じた名が表紙に書いてある。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
古人は事に臨んでみだりに情をほしいままにせざる事を以てよみすべきものとなした。喜怒哀楽の情を軽々しく面に現さないのをもっとも修養せられた人格となした。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
自らほしいままにしようとしてしかもそれが出来ずに苦しんでいるようなものをどうすることも出来ないような心が起って来た。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この非倫な牧師は信者に懺悔をしいて秘密を告白させては、相手の弱点をにぎり、それをたねに脅迫して、獣欲をほしいままにし、私財を蓄えていたのです。
悪魔の聖壇 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
自分達の常識で正鵠せいこくな判断は致し難いが、土匪は、馬賊に倍する残虐と、偸盗ちゅうとう、殺戮をほしいままにすることで知られて居る。
聴く能わざらしめもってほしいままに人民を制圧せんと欲するところの政府は余これを目して国家を軽んずるの政府と言う云々
近時政論考 (新字新仮名) / 陸羯南(著)
僧院長アベセラピオンはその凝視の中に、何処となく洞察をほしいままにするやうな、審問をしてゐるやうな様子を備へてゐるので、わしは非常にが悪かつた。
クラリモンド (新字旧仮名) / テオフィル・ゴーチェ(著)
青年期への新入者は性慾を抑制するすべを知らない。手綱たづなをかけられぬ性慾はほしいままに荒れまわる。鶴見は最初から性慾道をそんな風に経験したのである。
都留の心にはいつかそういう疑いがきざしはじめた。——二十年にわたって藩政を壟断ろうだんし私曲をほしいままにした人だろうか。
晩秋 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
殊に私の大好きなお召や縮緬ちりめんを、世間はばからず、ほしいままに着飾ることの出来る女の境遇を、ねたましく思うことさえあった。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
し人の一枝の草一把の上を持ちても像を助け造らんと情願する者あらばほしいままこれゆるせ、国郡等司此の事にりて百姓を侵擾しんぜうして強ひて収斂しうれんするなかれ
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
彼は大いに疲労して、白昼の凡てに、惰気を催おすにもかかわらず、知られざる何物かの興奮の為に、静かな夜をほしいままにする事が出来ない事がよくあった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこから南下しカナノルへ行く途中では、商品と巡礼者とを満載してインドへ帰る大船を捕え、掠奪・放火・撃沈・殺戮など残虐をほしいままにしたと云われる。
鎖国:日本の悲劇 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
浩二はこの通り姉や妹の間に問題を起すくらい年寄の愛をほしいままにしている。お父さんお母さんに於ても小さいものは余計目をかけるのは自然の情愛である。
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
父母寵愛してほしいままそだてぬれば、おっとの家に行て心ず気随にて夫にうとまれ、又は舅のおしただしければ堪がたく思ひ舅をうらみそしり、なか悪敷あしく成て終には追出され恥をさらす。
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
だから、朝権の薄らいだ世には、執柄家が、ひのみこの名において、ほしいままに事を行うたことも、あたまから歴史的意義のないこととは出来ないのであつた。
日本文学の発生 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
こうに、「御字を補ひつ」と云ったのはほしいままに過ぎた観があってもあるいは真相を伝えたものかも知れない。「中大兄三山歌」(巻一・一三)でも「御」の字が無い。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
そんな莫迦な事をするより、例え短かくとも、夜が明けるまで、こうして葉ちゃんの、ふくよかな肩の感触をほしいままにした方が、どれ程気が利いていることか……
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
軍部のほしいままなしわざを天皇の命によったもののように見せかけようとしたところに、主なる由来がある。
風があわを吹きあつめて高さ数百丈となるを見、海中に雪山あり、そのうち快楽、甘果ほしいままに口にすと聞いたが今日始めて見る、われまず往き視て果して楽しくば還らじ
これあるは独り人間であるが、この人間もその蠢爾しゅんじたる原始生活を営む時代には、あたかも野獣の如く雑婚をほしいままにしていたので、生るる小供に母は有るけれども父はない。
現代の婦人に告ぐ (新字新仮名) / 大隈重信(著)
魯の国は季孫・叔孫しゅくそん孟孫もうそん三氏の天下から、更に季氏のさい・陽虎のほしいままな手に操られて行く。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
しかしながらそれをかかる見解において考えることなく、吾々は、それをもって吾々がほしいままに引上げまたは引下げ得るもの、主として国王の治安判事に依存するものと、考えている。
これは幼年時代のほしいままな童話的空想がそのままに頭の何処かに残っていたらしく思える。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
人烟稀薄な武蔵野むさしのは、桜が咲いてもまだ中々寒かった。中塗なかぬりもせぬ荒壁はほしいままに崩れ落ち、床の下は吹き通し、唐紙障子からかみしょうじも足らぬがちの家の内は、火鉢の火位で寒さは防げなかった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
彼らは皆意見を同じゅうしてはいなかったが、彼のほしいままな言葉には皆不快を感じていた。
若い娘の死に恥をさらさせるでもあるまいという町役人のはからいで、検屍前ですが、とにかく取り外して橋番所に運び、諸人のほしいままな眼から遠ざけて、八丁堀役人の出役しゅつやくを待ったのです。
利己主義とは自己の快楽を目的とした、つまり我儘わがままということである。個人主義はこれと正反対である。各人が自己の物質欲をほしいままにするという事はかえって個人性を没することになる。
善の研究 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
新鮮な色彩が眼に、芳醇ほうじゅんな香が鼻に、ほろ苦い味が舌にいずれも魅力みりょくほしいままにする。
異国食餌抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
かの天に夜毎清麗なる光をほしいままにする月は、由来我地球の分身にして、しかも地球よりも早く死滅したる一世界である、なんじに出ずるものは汝に帰るとかや、かの月は、やがて我地球と衝突して
太陽系統の滅亡 (新字新仮名) / 木村小舟(著)
自分で動かさうと思つて動かしたのではないけれど、押石おもしをとれば接木つぎきの枝がねかへる様に、俺の感情も押石の理智が除かれたから、おのづから刎ねかへつて、そのほしいままな活動を起して来たのである。
公判 (新字旧仮名) / 平出修(著)
これを材料たねにしてさかんやみから暗へ辛辣な手を延ばして、大金を強請ゆすり取り、ついには閣員を脅迫して代議士になりすまし、当路の大官、醜代議士連の弱点を押えては私利私欲をほしいままにしているが
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
ほしいままに当代の諸名士を捉え来って、この書の著者に擬したので、バーク(Edmond Burke)、ダンニング(Dunning)、マンスフィールド卿(Lord mansfield)
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)