つる)” の例文
そうして、間もなく、泉の水面に映っている白茅ちがやの一列が裂かれたとき、そこにはつるの切れた短弓を握った一人の若者が立っていた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
それはつるの切れた音で、しだいに悲しげに消えてゆく。ふたたび静寂。そして遠く庭のほうで、木に斧を打ちこむ音だけがきこえる。
桜の園 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
形式と物質と、或は合ひ或は離れて、あたかもみつつるある弓より三の矢の出る如く出で、缺くるところなき物となりたり 二二—二四
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
何処に敵が? ——と源吾の見ているうちに、その二間床に掛け並べてあった弓のつる一薙ひとなぎに彼の刀が小気味よく斬り払っていた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこへつるのあるかごにあかすぐりの実を入れて手に持った女中が通り掛かったので、それにこの家は誰が住まっているのだと問うた。
冬の王 (新字新仮名) / ハンス・ランド(著)
かくて二匹の馬三個の人は、つるを離れし矢の如くカムパニアの原野を横ぎりたり。前なる男の長き髮は、風に亂れて我頬を拂へり。
つるそうらへ/\」と、各地に呼び売りする行商人となっておりましたから、その呼び声を取ってツルメソと言われたのです。
その隙である、例の給仕ボーイは影のように身を退らすとまるでつるを放れた矢のようないきおいで地下室の方へ逃げだした。と見た博士が
亡霊ホテル (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その細引が弓のつるのように張っているのを伝わって矢のように早く、見上げるような高塀を上って行ったその身の軽いこと、わざの早いこと。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「日本よ、お前は海にはられた一本のつる。どっちから風が吹いても、鳴らずにいられない。——ほんとにそう思うでしょう?」
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
つまりこの場合は、つるってある橐荑木ビクスクラエの繊維紐三本のうちで、そのうちの一本に、抱水クロラールを塗沫しておくのです。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
貴女きじょは?」と正次は驚きながら訊ねた。訊ねながらも油断無く、ゆみ矢筈やはずをパッチリと嵌め、脇構えにおもむろつるを引いた。
弓道中祖伝 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
自分の眼の前に黒く横たわっている村の中に、つるの音や太刀の音が微かにひびくのを早くも聞き付けたのであった。小坂部も思わず足を停めた。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それから彼女は、まだ僧侶達が帰らないうちに呼びつけのタキシーの高級車を呼んで、つるを離れた矢のように飛出て行った。
二重心臓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
視れば我が子を除いては阿彌陀様より他に親しい者も無かるべき孱弱かよわき婆のあはれにて、我清吉を突き放さば身は腰弱弓のつるに断れられし心地して
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
寿平次は妹の見ている前で、一本の矢をつるに当てがった。おりから雨があがったあとの日をうけて、八寸ばかりのまと安土あづちの方に白く光って見える。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
八五郎はつるを離れた矢のやうに飛んで行きました。それを見送つて平次はもとの主人の部屋——あの薄暗い六疊に引返したことは言ふ迄もありません。
すると伊佐比宿禰いさひのすくねはそれですっかり気をゆるして、自分のほうもひとまずみんなに弓のつるをはずさせ、いっさいのいくさ道具をもかたづけさせてしまいました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
古い羊羹ようかん色の縁の、ペロリと垂れた中折を阿弥陀あみだにかぶった下に、大きなロイド眼鏡——それも片方のつるが無くて、ひもがその代用をしている——を光らせ
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)
京子は、次第に露骨に、いまわしいそぶりを見せ、つるを離れた矢のように、源吉の胸から、飛び出して行った。
鉄路 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
それより共に手伝ひつつ、はじの弓に鬼蔦おにづたつるをかけ、生竹なまだけく削りて矢となし、用意やがてととのひける。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
そのかせとはほそき丸竹を三四尺ほどの弓になしてそのつるに糸をかけ、かせながら竿さをにかけわたしてさらす也。
創造的勢力は未だ其のつるを張つてを交ふに至らず、かへつて過去の勢力と、外来の勢力とが、勢を較して、陣前馬しきりにいなゝくの声を聞く、戦士の意気甚だ昂揚して
国民と思想 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
終堆石しゅうたいせきつるの切れた半弓を掛けたように、針葉樹帯の上に、鮮明にかっているのみならず、そこから流下した堆石は、累々として、山麓さんろくに土堤を高く築いている。
火と氷のシャスタ山 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
つるの附いた鋸でものさしをあてつつ、その炭を同じ長さに切つて、大匏おほふくべ横腹よこつぱらり拔いた炭取に入れた。
父の婚礼 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
素戔嗚は天の鹿児弓に、しづしづと天の羽羽矢をつがへた。弓は見る見る引き絞られ、やじりは目の下の独木舟に向つた。が、矢は一文字に保たれた儘、容易につるを離れなかつた。
老いたる素戔嗚尊 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「これは殿、非常な大事件でございますぞ。さればとて天皇に向かい申して、弓引く訳にも参りませぬ。もはや仕方ございませぬ。かぶとをぬぎ、弓のつるをはずして降参なされませ」
初めから吠えかかった犬はそれなりも声も休めずに騒がしくく。従者がそれを追いかけようとすると、山荘のほうでは弓のつるを鳴らし、荒武者の声で「火の用心」などと呼ぶ。
源氏物語:53 浮舟 (新字新仮名) / 紫式部(著)
すなわちつるのない今日の鍔釜つばがまを、せるようにできていないクドも別に有ったのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ただこの平凡な一句でも自分には百萬の火箭を放つべき堅固なつるだ。昔希臘ギリシヤといふ國があつた。基督が磔刑はりつけにされた。人は生れた時何物をも持つて居ないが精神だけは持つて居る。
雲は天才である (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
道清みちきよめの儀といって、御食みけ幣帛みてぐらを奉り、禰宜ねぎ腰鼓ようこ羯鼓かっこ笏拍手さくほうしをうち、浄衣を着たかんなぎ二人が榊葉さかきはを持って神楽かぐらを奏し、太刀を胡籙やなぐいを負った神人かんどが四方にむかって弓のつるを鳴らす。
顎十郎捕物帳:23 猫眼の男 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
そうして、つるをはなれたのように、んでいきました。アッカは、コウノトリがじぶんをバカにしているとはよく知っていましたが、そんなことはちっとも気にかけませんでした。
こらへにこらへてた私はそのひと言に張りつめた気のつるをきられてわれしらず
銀の匙 (新字旧仮名) / 中勘助(著)
錨索は弓のつるのようにぴんと張っていた。——船はそれほど強く錨をひっぱっていたのだ。船体の周りでは、真黒な闇の中で、さざなみを立てた潮流が小さな山川のように泡立ちさざめいていた。
随分困ったわ。やっと眼を醒ました二人に先生が変だというと、二人はまるでつるから放れた矢のように部屋を飛び出したわ。あたしが後から追い駈けてゆくと、扉の所で二人が話しているの。
ニッケルの文鎮 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
しばしも待たぬ心はつるをはなれし矢の樣に一直線すぢにはしりて此まゝの御暇ごひを佐助に通じてお蘭さまにと申上れば、てもさてもと驚かれて、鏡を見たまへ未だ其顏色いろにて何處へ行かんとぞ
暗夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
そして貴様の出世が絶頂に達した今、俺の毒矢は遂につるを離れたのだ。第一は妹娘をたおした。第二矢は姉娘を斃した。そして、第三矢は今、この瞬間、貴様の心臓を射抜こうとしているのだ
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
波間隠なみまがくれ推流おしながさるるは、人ならず、宮なるかとひとみを定むる折しもあれ、水勢其処そこに一段急なり、在りける影はつるを放れし箭飛やとびして、行方ゆくへも知らずと胸潰むねつぶるれば、たちまち遠く浮き出でたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
次いで反問の表情を用意しましたが、わたくしの言い方のあまりにつる放れが良過ぎていたので、うっかりそれも出来にくい様子を見せ、一度、手と手をみ合せて逡巡しゅんじゅんしていましたが、それから
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
おなじふとさの、炭を、二十本ほど、つるのついた鋸で、おなじ長さに、切るのに、半日つひやすところがあるが、かういふ、几帳面さ、凝り性、癇性、妙な贅澤さ、それが病的でさへあつたところは
「鱧の皮 他五篇」解説 (旧字旧仮名) / 宇野浩二(著)
鏨を取った片肱かたひじを、ぴったりと太鼓にめて、銀の鶏を見据えなすった、右の手の鉄鎚かなづちとかね合いに、向うへ……打つんじゃあなく手許てもとつるを絞るように、まるで名人の弓ですわね、トンと矢音に
平靖号は、つるを切って放たれた矢のように、水面を滑りだした。
火薬船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
一、 秋風や白木しらきの弓につる張らん 去来
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
秋風や白木の弓につる張らん 去来
俳句の作りよう (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
尾羽をば矢羽根やばねよ、鳴くつる
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
つるにはなれし弓の矢の
枯草 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
今やかしこに、己が射放つ物をばすべて樂しきまとにむくるつるの力我等を送る、あたかもさだまれる場所におくるごとし 一二四—一二六
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
人間断末のうめきをすごくあげて、爪先立った万吉の体は、キリキリとつるに締められてゆく弓のようにくうをつかんでうしろへそる——。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
忽ち一隻の舟ありて、漁父等の立てるみさきの下より、つるを離れし征箭さつやの如く、波平かなる海原を漕ぎ出で、かの怪しき島國の方に隱れぬ。
浩は、張りきっていたつるが切れたような勢で駈け出した。今あの顔が見えたと思ったところへ来たとき、彼の姿はもうそこには見えなかった。
日は輝けり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)