さち)” の例文
天の王宮に在りて汝のために心を勞し、かつわが告ぐるところかく大いなるさちを汝に約するに汝何ぞ勇なく信なきや 一二四—一二六
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
遂げたる望みの恐しさは、如何なる強き夢をも破りぬべし。われは貧かりき。されば、われさちふかかりき。おゝ、ローザ、トリアニ。
舞姫 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
が、それは父や叔父と海の中へはいりかけたほんの二三分の感情だった。そのの彼はさざ波は勿論、あらゆる海のさちを享楽した。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
この大任を与えられたのは、時あって、めぐり会った武士最高のさち! ほまれ! そう思うにつけ五体の肉のまるのを禁じ得なかった。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
津々浦々に海のさちをすなどる漁民や港から港を追う水夫船頭らもまた季節ことに日々の天候に対して敏感な観察者であり予報者でもある。
日本人の自然観 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
海のさちとは古いことばのようですが、漁に獲物のあることを海のさちとも言いますし、海には海のさいわいがあることをもそう言うのです。
力餅 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
粮米が尽きてからは、島のさちで命をつないだ。雨はきまったように三日おきに降るので、大きな鮑貝あわびがいをいくつもならべ、足るほどに受けた。
藤九郎の島 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「我が眼の前に、わが死ぬべき折の様をおもい見る人こそさちあれ。日毎夜毎に死なんと願え。やがては神の前に行くなる吾の何を恐るる……」
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かれ、さちおおかれ、願はくば幸多かれ、オヽ神よ、神よ、かの友の清きラヴ、美しき無邪気なるラヴに願はくば幸多からしめよ、涙多きなんじの手を
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
言霊ことだまさちはふ日本語では、「大工」といつて、朝から晩から金鎚を叩いて暮してゐる、紺の法被はつぴに鉢巻をした男の事である。
うそをつきたもうな、おんみは常に当今の嫁なるものの舅姑しゅうとに礼足らずとつぶやき、ひそかにわがよめのこれに異なるをもっけのさちと思うならずや。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
それをおもひこれをおもへば今は、売文のほか落語家の真似び事して夜毎市井の寄席を打ち歩くこの身のさちいたく/\身にしむるぞありがたけれ。
滝野川貧寒 (新字旧仮名) / 正岡容(著)
わたし狩獵しゆれふらない。が、ものでない、やまさちは、姿すがた、その、ものがたりくのにある、と、おもひつゝ。……
鳥影 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
山幸やまさちも自分のさちだ。海幸うみさちも自分のさちだ。やはりお互にさちを返そう」と言う時に、弟のホヲリの命が仰せられるには
をんなの徳をさへかでこの嬋娟あでやかに生れ得て、しかもこの富めるにへる、天のめぐみと世のさちとをあはけて、残るかた無き果報のかくもいみじき人もあるものか。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
陰鬱いんうつな気候風土や戦乱のもとに悩んだ民族が明るいさちある世界にあこがれる意識である。レモンの花咲く国にあこがれるのは単にミニョンの思郷の情のみではない。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
せふかさね/″\りようえんあるをとして、それにちなめる名をばけつ、ひ先きのさち多かれといのれるなりき。
母となる (新字旧仮名) / 福田英子(著)
君は二人の寝顔を見つめながらつくづくとそう思った。そう思うにつけて、その人たちの行く末については、素直な心でさちあれかしと祈るほかはなかった。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
今和主の来りしこそさちなれ、大王もさこそ待ち侘びておわさんに、和主も共に手伝ひて、この下物さかなを運びてたべ。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
いかならむ遠きむくいかにくしみか生れてさちに折らむ指なき (以下十首人に別れ生きながらへてよめる)
恋衣 (新字旧仮名) / 山川登美子増田雅子与謝野晶子(著)
しばし母上と二郎がさちなき事ども語り合いしが母上、恋ほどはかなきものはあらじと顔そむけたもうをわれ、あらず女ほど頼み難きはなしと真顔にて言いかえしぬ。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
山のさち海のさちに生活し、殺生を悪事とせず、肉食を汚穢としなかった屠者とか、猟師とか、漁夫——漁夫もまた見様によっては屠者の族で、漁家の出たる日蓮上人は
特殊部落と寺院 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
聖母は無慈悲にも、創一つなく育たせしに、たけ伸びて美しければ、貴族の子かとおもはるゝ程なりといふ。さちなきことよ、と皆口々に笑ひぬ。めしひたるカテリナのいふやう。
『わが息子よ』と、父は書いていた。——『女の愛を恐れよ。かのさちを、かの毒を恐れよ』……
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
後の代の旅人は、前の代の旅人の跡を弔うて、己がさちを希ふ。これはお墓に、人々がおの/\土をかけるのとも縁があらう。(なほ「聖書民俗考」で、もすこし書きたい。)
石を積む (新字旧仮名) / 別所梅之助(著)
養父は大分たってから、一つはその旅客の迹を追うべく、一つは諸方の神仏に、自分のさちを感謝すべく、同じ巡礼の旅に上ったが、ついにそれらしい人の姿にも出逢わなかった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
……明日あす知れぬさちを占うことなかれ……沢子がなおした詩句を口の中で繰返しながら、詩稿を一つ一つ眺めてみた。三文の価値もない自分の残骸がごろごろ転ってる気がした。
野ざらし (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
日本は四方しほう海に囲まれているから海のさちは利用しつくしているはずだが、たった一つフランスに負けていることがある。それは烏貝からすがいがフランスほど普遍的な食物になっていないことだ。
異国食餌抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
急げ、紙ぎれ、わがふみぎれよ。さちうすくわが追われたる、幸多きかのおん側に急ぎゆけ。
いつの時代ときよなりけん。紀の国三輪が崎に、大宅おほやの竹助といふ人在りけり。此の人海のさちありて、海郎あまどもあまた養ひ、はたひろき物をつくしてすなどり、家豊かに暮しける。
「いと深き甘寝うまいさちを護りて、月のまたき光華は上にいませり」を思い出していた。
ドナウ源流行 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
よにさちなきもの二ツあり。又幸あるものふたつあり。すなはち吾儕わなみなんぢなり。己れは国主の息女むすめなれども。義を重しとするゆゑに。畜生にともなはる。これこの身の不幸なり。しかれどもけがし犯されず。
私の魂を平静に堅固に愉快になしてくれた音楽よ——私の愛でありさちである者よ——私は汝の純潔なる口に接吻せっぷんし、みつのごとき汝の髪に顔を埋め、汝のやさしいたなごころに燃ゆる眼瞼まぶたを押しあてる。
棒に縛られて舁がれてゆくこの高雅な山のさちは、まるで童話の中の不仕合せな王子のやうに慎ましく、痛ましい弾傷たまきずは見えなかつたけれど、いかめしい角のある首が変なところへ挟まつたまま
測量船 (新字旧仮名) / 三好達治(著)
地球では、しんの勝利はないのだし、まことのさちあがめない。
二十はたとせの我世のさちはうすかりきせめて今見る夢やすかれな
みだれ髪 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
夜の冷えを優しと思ふさちを得ていのちたたるる日は迫るなり
遺愛集:02 遺愛集 (新字新仮名) / 島秋人(著)
三夜荘さんやそう 父がいましし春の日は花もわが身もさちおほかりし
九条武子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
弱けれどたゞさちありて大木たいぼくの倒るゝ蔭にわれ生き残る
閉戸閑詠 (新字旧仮名) / 河上肇(著)
さてさちに欺かれて、美しかりぬべき時を失ひ、15
頼み入りしあだなるさちひとつだにも、忠心まごゝろありて
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
ヘクト,ル及びトロイアに取りて此事さちなりき
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
さちよくお歸りなさい。侯爵。——」
このさちある渓谷たにをさまよいし人々は
わが身のそのさち限りあらざりしを
独絃哀歌 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
胡桃くるみ割りるゝ女にさちあれと
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
君うつくしくさちありと
この日 (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
泥田の田螺さちもあるらむ
雑信(一) (新字新仮名) / 種田山頭火(著)
あはれなが世のさちありや
枯草 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)