干物ひもの)” の例文
「人間の干物ひものですよ、六十三ださうで。——あつしも、もう三十何年經つと、あんなになるかと思ふとこの世が情けなくなりますよ」
彼女は自分が酒とさかなを買いにいった。一と二〇で酒を一升買い、〇・三〇で干物ひものとうぐいす豆と佃煮つくだにを買い、残りはかあさんに渡した。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
室生犀星むろふさいせい君はこれは——今僕の前に坐つてゐるから、甚だ相済あひすまない気がするけれども——干物ひものにして食ふより仕方がない。
食物として (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ベッドの脇には干物ひもののようにせた男が立っていた。彼は兀鷹はげたかのように眼をぎょろつかせて、病人の不思議な感じのする顔をじっと睨んでいた。
卑怯な毒殺 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
母も一緒に、干物ひものの匂いを立てながら、つつましく食事をし初めた。牛乳だけを飲んだ父は、散歩代りに庭を歩いていた。
童貞 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
子供たちへの土産の海産物は、干物ひものだけ。私は、リュックサックを背負って友人のもとを辞し、れいの喫茶店に立ち寄り
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
燈下に濛々として人の顔さへ見えわかぬが中に、諸君我輩の叫声に耳をおおひつつ干物ひものの如き塩焼のさかな打眺めて坐する浮世の義理またつらしといふべし。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
梅の小枝に妙な物がと目をとめて見ると、かわず干物ひものが突刺してある。此はイタズラ小僧の百舌鳥もずめが食料にしていて其まゝ置き忘れたのである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
崖下がけしたにある一構えの第宅やしきは郷士の住処すみかと見え、よほど古びてはいるが、骨太く粧飾かざり少く、夕顔の干物ひもの衣物きものとした小柴垣こしばがきがその周囲まわりを取り巻いている。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
蝮蛇屋まむしや蜷局とぐろを巻いている。すべて大阪では廉くて利きが早いとなれば蛇や鰻の干物ひものが斯ういう霊場でも売れる。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
干物ひもののおいしいのを持って来て欲しいとか、この間のしゃけ不味まずかったとか、そういうようなことを言っている。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
三上於菟吉の『崇妻道歌すうさいだうか』によれば、彼も細君操縱さいくんさうじうについては干物ひものにしてたべるところまで悟入ごにふしてゐる。
こんな二人 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
是公は書斎の大きな椅子いすの上に胡坐あぐらをかいて、河豚ふぐ干物ひものかじって酒をんでいる。どうして、あんな堅いものが胃に収容できるかと思うと、実に恐ろしくなる。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「そうだ、徳川が亡びりゃ、八万騎の旗本の知行が上ったりだ、そうすると、八万枚の干物ひものが出来らあ」
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
種々くさ/″\の買物のほかに奈美女の好む甘き菓子、珍らしき干物ひもの、又は何処いづこより手に入れ来るやらむ和蘭オランダの古酒なんどを汗みづくとなりて背負ひ帰るなんど、その忠実々々まめ/\しさ。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
マーキュ はららごかれたにしん干物ひものといふ面附つらつきぢゃ。おゝ、にしは、にしは、てもまア憫然あさましい魚類ぎょるゐとはなられたな! こりゃ最早もうペトラークが得意とくい戀歌こひかをおものともござらう。
「悪かったわね。知事さんを情夫いろに持ってはいけないなんておきては女芸人の仲間にはござんせんのよ。大きなお世話じゃないか。猫の干物ひものみたいな婆のクセにして、おきでないよ」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分のようなものにはこの劇中でいちばんかわいそうなは干物ひものになった心臓の持ち主すなわちにんじんのおかあさんであり、いちばん幸福なのは動物にまでも同情されるにんじんである。
映画雑感(Ⅲ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
にこにこ笑いながら、縮緬雑魚ちりめんざこと、かれい干物ひものと、とろろ昆布こんぶ味噌汁みそしるとでぜんを出した、物の言振いいぶり取成とりなしなんど、いかにも、上人しょうにんとは別懇べっこんの間と見えて、つれの私の居心いごころのいいといったらない。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
薬味の中で是非ぜひるものは先刻さっき申した甘漬のチャツネーと西洋の酢漬のピックルとココナツをったものと、ボンベタークという西洋の魚かあじ干物ひもののような魚類をむしって小さくしたものか
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
与一は骨の無い方のあじ干物ひものを口からはなしてこういった。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
夕食に何ぞよい干物ひもの御無心出来ませぬかな
魚銀からは塩引のさけを二尾と干物ひものを十枚、干物は風に当てれば十日は大丈夫だって云いました、それから八百久では青物のほかに漬菜と沢庵たくあんを一と樽ずつに
あだこ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
八月には、僕は房総ぼうそうのほうの海岸でおよそ二月をすごした。九月のおわりまでいたのである。帰ってすぐその日のひるすぎ、僕は土産みやげかれい干物ひものを少しばかり持って青扇を訪れた。
彼は昔の彼ならず (新字新仮名) / 太宰治(著)
大寒だいかんさかりにこの貸二階の半分西を向いた窓に日がさせば、そろそろ近所の家からさけ干物ひものを焼くにおいのして来る時分じぶんだという事は、丁度去年の今時分初めてここの二階を借りた当時
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
莞爾々々にこ/\わらひながら、縮緬雑魚ちりめんざこと、かれい干物ひものと、とろろ昆布こぶ味噌汁みそしるとでぜんした、もの言振いひぶり取做とりなしなんど、如何いかにも、上人しやうにんとは別懇べつこんあひだえて、つれわたし居心ゐごゝろさとつたらない。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「ナニ、今度はたしかだよ。どうも金蔵さん、女房が干物ひものになる騒ぎだからな」
晩飯の時、叔母は叔父の好きな取っておきの干物ひものなどをあぶり、酒もいいほど銚子ちょうしに移して銅壺どうこけて、自身寝室ねまへ行って、二度も枕頭まくらもとで声をかけて見たが、叔父は起きても来なかった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「ま、しつこいね、この猫の干物ひものは。いいかげんにくたばっておしまいよ」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
はてさて迷惑めいわくな、こりやまい黄色蛇あおだいしやう旨煮うまにか、腹籠はらごもりさる蒸焼むしやきか、災難さいなんかるうても、赤蛙あかゞへる干物ひもの大口おほぐちにしやぶるであらうと、そツると、片手かたてわんちながら掴出つかみだしたのは老沢庵ひねたくあん
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
木戸の外でも猫の干物ひもの女狐めぎつねとがつかみ合いの一ト幕の事
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
はてさて迷惑めいわくな、こりゃ目の前で黄色蛇あおだいしょう旨煮うまにか、腹籠はらごもりの猿の蒸焼むしやきか、災難が軽うても、赤蛙あかがえる干物ひものを大口にしゃぶるであろうと、そっと見ていると、片手にわんを持ちながら掴出つかみだしたのは老沢庵ひねたくあん
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……城趾しろあとはやいて、天守てんしゆ根較こんくらべをらうなら、御身おみあしなか鉋屑かんなくづかへる干物ひもの成果なりはてやうぞ……この老爺ぢいはなか/\がある! 蝙蝠かはほりきざんでばせ、うをつておよがせるかはりには
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)