嶮岨けんそ)” の例文
こうして、さしもの嶮岨けんそものぼり切ってしまうと、彼は厚ぼったい唇をいて、陶山の前に、強欲な手のひらをすぐつき出した。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その北は遠眼鏡スパイグラース山の傾斜した南の肩に接し、南の方へ向ってはまた隆起して、後檣ミズンマスト山と言われているごつごつした嶮岨けんそな高地になっていた。
登山流行時代の今日スポーツの立場から嶮岨けんそをきわめ、未到の地を探り得てジャーナリズムをにぎわしたような場合でも
地図をながめて (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
一歩さきはどうなっているのか見当のつかない嶮岨けんそな山道をのぼって行くような困難さで、のみこもうとするのだった。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
馬も通わないという嶮岨けんそ加子母峠かしもとうげを越して、か弱い足で二十余里の深い山道を踏んで行ったことは、夫を思う女の一心なればこそそれができた。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
わが輩が歩いた道のことをくわしく知らぬ人が、よその人から聞いて、この道は非常に悪路である、嶮岨けんそだとか、危険の多い道だとか信じている人は
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
およそ其半なるをたしかめたり、利根山奥は嶮岨けんそひとの入る能はざりしめ、みだりに其大を想像さう/″\せしも、一行の探検に拠れば存外ぞんぐわいにも其せまきをりたればなり
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
期せずして二人とも一直線に山を登り始めたが、その山が又、案外嶮岨けんそな絶壁だらけの山で、道なぞは無論無い。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
其処へ落ちては五体粉微塵となるくらいの嶮岨けんそな処でありますから、決して助かりよう筈はないのでございます。
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
だんなさま、不思議ふしぎなこともあるもんです。それは、とうてい人間にんげんのゆけるようなところでありません。嶮岨けんそやま、またやまおくで、しかもたにこうがわです。
大根とダイヤモンドの話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
しかし近間の山林は官林なので、民有林から伐木ばつぼくしてまきを運ぶのに、嶮岨けんそな峰を牛の背でやった。製煉せいれんされた硫黄も汽車の便がある土地まで牛や馬が運んだ。
旧聞日本橋:08 木魚の顔 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
私は長い橋の中ほどにたたずんで川の上流の方をながめると、嶮岨けんそな峰と峰とがえりを重ねたように重畳ちょうじょうしている。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
このもの頭大に体大きな割合に脚甚だ痩せ短いから、迅く行く能わず。その蹄の縁極めて鋭く、中底に窪みあり、滑りやすき地を行き、嶮岨けんそな山腹を登るにゆ。
二 上野黒竜山不動寺は、山深く嶮岨けんそにして、堂宇どうう其間に在り。魔所と言ひ伝へて怪異甚だ多し。山のぬしとて山大人と云ふものあり。一年に二三度は寺の者之を見る。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
老爺ぢいいてこして、さて、かはる/″\ひもし、きもして、嶮岨けんそ難処なんしよ引返ひきかへす。と二時ふたときほどいた双六谷すごろくだにを、城址しろあとまでに、一夜ひとよ山中さんちゆう野宿のじゆくした。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
なかなか良い馬で、嶮岨けんそな坂でもほとんど人が手足で登り駆けるかのごとくうまく進みました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
竹助は嶮岨けんその道もこれがためにやすく、およそ一里半あまりの山みちをこえて池谷村いけだにむらちかくにいたりし時、荷物をばおろし山へかけのぼる、そのはやき事風の如くなりしと
つづらおりの嶮岨けんそな山道を、およそ八里くらいもはなれた山奥……おまけにその白上という部落は、佐賀県とのさかい、多良岳のふもとで、そんなところから、こんな老婆の足で
亡霊怪猫屋敷 (新字新仮名) / 橘外男(著)
左手に赤城あかぎ榛名はるなの山を眺め、あれが赤城の地蔵岳だの、やれあれが伊香保いかほの何々山だのと語りながら馬を進ませたが、次第に路が嶮岨けんそになって、馬がつまずいたり止まったりすると
ふとしたはずみに心づいて、この刀道の悟りをひらいたという、いわば天来の妙法なのだから、わざここに至らんとねがう者は、身みずから孫六のあえいだ嶮岨けんそを再び踏み越すよりほかに
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
で、この難所を通ることも、道が嶮岨けんそで狭いから、一人ずつしか通れない。
黒ん坊は深山みやまに生長しているので、嶮岨けんその道を越えるのは平気である。
くろん坊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
白河二所の関とは一夫道にあたりて万夫も進まざる恐ろしき嶮岨けんそ、鬼も出づべしと思ひきや、淋しき町はづれにいかめしき二階づくり、火にぎやかにともし連ねたるを何ぞと近よれば、ここも一廓
(新字旧仮名) / 正岡子規(著)
(涙声になり)あたし達の行く先々は、嶮岨けんそな路だねえ。
沓掛時次郎 三幕十場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
白い上被も着た人相骨格の嶮岨けんそに見える者ばかりだ。
春:――二つの連作―― (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
一昨日おとといの晩から、牛渚ぎゅうしょとりでの裏山へ嶮岨けんそをよじてもぐりこみ、きょうの戦で、城内の兵があらかた出たお留守へ飛びこみ、中から火をつけて
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
高島城から三里ほどの距離にある。当方より進んでその嶮岨けんそな地勢にり、要所要所を固めてかかったなら、敵をち取ることができようと力説した。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
植木屋うえきやは、そのみち嶮岨けんそなことをかんがえました。また、あきわりやすい天候てんこうのことをおもいました。
大根とダイヤモンドの話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
竹助は嶮岨けんその道もこれがためにやすく、およそ一里半あまりの山みちをこえて池谷村いけだにむらちかくにいたりし時、荷物をばおろし山へかけのぼる、そのはやき事風の如くなりしと
平日の薪採たきぎとりが十分で、事あらば駈け登るべき嶮岨けんその要害山にも近く、さらに家人郎従を養うだけの田園があって、籠城の兵糧ひょうろうも集めやすく遠見と掛引きとに都合の好い山城は
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
彼等はそれから嶮岨けんそな山道を越えたり、追剥おいはぎや猛獣の住む荒野原を横切ったり、零下何度の高原沙漠を、案内者の目見当一ツで渡ったりして、やがて崑崙山脈の奥の秘密境に在る
狂人は笑う (新字新仮名) / 夢野久作(著)
やうやく両足をるるにふ、之れこそ利根の戸倉と会津の檜枝岐とのあひだに在る県道なれば、其嶮岨けんそ云ふべからずと雖も、跋渉ばつせうれたる余等の一行は、あたかたんたる大道をあゆむ如き心地をなし
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
重太郎はお葉の跡を追って、これも東西のきらい無しに山中やまじゅうを駈け廻ったが、容易に女を捉え得なかった。嶮岨けんそに馴れたる彼は、飛ぶが如くに駈歩かけあるいて、一旦はふもとまで降ったが又思い直して引返ひっかえした。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
楊儀ようぎ姜維きょういの両将は、物見を放って、しばらく行軍を見合わせていた。道はすでに有名な桟道さんどう嶮岨けんそに近づいていたのである。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのたびに徴集されて嶮岨けんそな木曾路を往復することであるから、自然と人馬も疲れ、病人や死亡者を生じ、継立つぎたてにもさしつかえるような村々が出て来た。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
しかし、こうした嶮岨けんそ場所ばしょしょうじたために、しんぱくは、無事ぶじ今日こんにちまでおくることができたのであります。けれど、それは、また偶然ぐうぜんであるといわなければなりません。
しんぱくの話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
他の一方には裏口のがけを斜めに、樹隠れの嶮岨けんそを降って出る路が近戸である。根搦へ下りて行くからすなわち搦手というのであろう。これは古い世からの風習のままらしく思われる。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「福島の嶮岨けんそようし、難所に奇計をもうけ、お味方の先鋒もまだそれへ近づくだに、よほど日数を要するものと見られます」
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
木曾福島の関所を破ることは浪士らの本意ではなかった。二十二里余にわたる木曾の森林の間は、嶮岨けんそな山坂が多く、人馬の継立つぎたても容易でないと見なされた。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
かの者等は何事か語り合ひしが、やがて九助を小脇こわきにかゝへ、嶮岨けんそ巌窟がんくつの嫌ひなく平地の如くに馳せ下り、一里余りも来たりと思ふ頃、其まゝ地上に引下して、たちまち形を隠し姿を見失ひぬ。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
それは、人間にんげんのちょっとゆけるような場所ばしょでありません。高山こうざんの、しかも奥深おくふか嶮岨けんそながけの岩角いわかどにはえて、はげしいあらしにかれていたです。このしみは、なだれにたれた傷痕きずあとでございます。
しんぱくの話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
だが、地の利と、嶮岨けんその安全感から、この人々は、台風たいふう圏外けんがいにいる気もちで、至極、悠暢ゆうちょうにかまえこんでいたらしい。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おかげにていかようにも宿相続つかまつり来たり候ところ、元来嶮岨けんそ、山間わずかの田畑にて、宿内食料は近隣より買い入れ、塩、綿、油等は申すに及ばず
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
こうして二里三里の嶮岨けんその山を越えなければ、入って行かれない川内が日本には多かった。それを住む人の側ではあるいはオグニ(小国)などとも呼んでいた。出羽・越後にも幾つかの小国がある。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
陽平関は、その左右の山脈に森林を擁し、長い裾野には、諸所に嶮岨けんそもあり、一望雄大な戦場たるにふさわしかった。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
飛騨を知らない半蔵が音に聞く嶮岨けんそ加子母峠かしもとうげの雪を想像し、美濃と飛騨との国境くにざかいの方にある深い山間の寂寞せきばくを想像して、冬期には行く人もないかと思ったほど途中の激寒を恐れたことは
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ここは孫権そんけんの地で、呉主すでに三世をけみしており、国は嶮岨けんそで、海山の産に富み、人民は悦服えっぷくして、賢能の臣下多く、地盤まったく定まっております。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
道の狭いところには、木をって並べ、ふじづるでからめ、それで街道の狭いのを補った。長い間にこの木曾路に起こって来た変化は、いくらかずつでも嶮岨けんそな山坂の多いところを歩きよくした。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
定軍山のふもとまで押し寄せ、数度となく攻め挑んだが、魏の軍は固く閉じて現れないため、直ぐにも攻め上ろうとの試みも、山道はなかなか嶮岨けんそであるし
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この深い木曾谷が昼でも暗いような森林におおわれた天然の嶮岨けんそ難場なんばであり、木曾福島に関所を置いた昔は鉄砲を改め女を改めるまでに一切の通行者の監視を必要としたほどの封建組織のためにも
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)