なだ)” の例文
そしてそれにつれて少年の悲しそうにしゃくり上げる声とそれをなだめるらしい老爺の声とが低く低く夢のように私の耳に聞えてくる。
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
濱町の家では、お富と徳之助が、平次に言ひなだめられながら、事情を知らない乍らも、何やら吉報らしいものを待つてゐることでせう。
これは到底ちからで歯向っても甲斐かいはあるまい、この倉の中味を説き聴かせ、なだめて帰すほかはあるまいとわたくしは心づきまして
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
妻は事を分けて、なだめるやうに彼に説明するのであつた。しかし彼は王禅寺の犬が気違ひになつた話などは聞いたこともないと思ふ。
その若気わかげを、ひとまずはなだめながら、実は、不抜な意志にかためさせているような言葉が、国香や良兼たちの老巧な態度に見られる。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
長男の竜一には学資として多少の金が取除かれてあつたが、始の中は止めると云ひ張つてゐた学校の寄宿舎へ、なだめられて立ち去つた。
鳥羽家の子供 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
はじめ太祖、太子に命じたまいて、章奏しょうそうを決せしめられけるに、太子仁慈厚くおわしければ、刑獄においなだめ軽めらるゝこと多かりき。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
なだめるように言った。それがサト子の耳に、いかにもそらぞらしくひびいたので、すっかりやられて、ものを言う元気もなくなった。
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
それをなだめたりすかしたりしながら、松井町まついちょううちへつれて来た時には、さすがに牧野も外套がいとうの下が、すっかり汗になっていたそうだ。……
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
一度二度喧嘩けんかしてい出したこともあるが、初めの時はこっちがなだめて連れて帰り、二度目の時は、女の方から黙って帰って来た。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「まあ其麽そんなことゆはねえで折角せつかくのことに、勘次かんじさんもわる料簡れうけんでしたんでもなかんべえから」となだめても到頭たうとう卯平うへいかなかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
結局、鬼太郎君をなだめてべらぼうの屈辱を甘んじて受けることになった。そうして、先方の註文通りに再び訂正することになった。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
いずれにせよ、我々は、怒鳴ってもなだめても揺すぶっても決して脱がせることの出来ぬ不思議な仮面の前に茫然とせざるを得ぬ。
南島譚:03 雞 (新字新仮名) / 中島敦(著)
それから騒ぎで、ただぼんやりしてる婆さんを、いろいろなだめすかしたり、道理を説いてきかしたり、しまいに看護婦をつけて送り届けた。
「君、さう泣くな、村井」とポンと肩をたゝいてなだめたるは、同じく苦学の配達人、年は村井と云へるに一ツ二ツも兄ならんか
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
或る日、見おぼえのある海老茶の袴をつけた、若い女の人が訪れてきた。私はなだめすかされて、又次ぎの日から幼稚園に行くことになった。
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
何故といつて、富豪は懐中ふところに手を突込んで相手をなだめるじゆつを知つてゐるが、貧乏人はかつとなるより外には仕方がないのだから。
さてちゃって置く訳にいかないものですからまずその婦人をよくなだめてまあ静かに寝さしてしまうような方法を取りました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
わたしは日頃の世事不如意の鬱屈、それから宿の妻の刺激に疲れていた頭がこの妓によって意外になだめられるような気がした。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ガルールは一生懸命なだめにかかったが、饑渇きかつ自暴自棄やけくそになった九人の男は、そんな言葉を耳にもかけず、気色ばんでじりじりと詰め寄った。
「あなたは、あまりに興奮し過ぎる。あなたはもっと現実を見なければいけない」顎髭あごひげたくわえた五十近い艦長は、若者をなだめるようにいった。
船医の立場 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
けれどもそれはただ原告をなだめるのに有効なために私へお云ひになつただけでしたから、私自身は罰らしい苦しい気持でお受けしませんでした。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
今更如何いかめたりともそのかいあらんようなく、かえって恥をひけらかすにとどまるべしと、かついさめかつなだめけるに、ようように得心とくしんし給う。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
『いいえいいえ、昂奮なすつちや不可いけません。昂奮なすつちや不可ません』と、私に背を向けたまゝ、医者は弟をなだめすかしてゐるのであつた。
亡弟 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
僕らが何といってなだめても聞かばこそ、洋行なんぞとこしらえ事に違いない、婚礼するのがイヤだから急に小山さんを頼んで洋行の口を捜したのだ
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
私はすこしも金など欲しいとは思わないので、飛んだことになったと、はらはらしながら、まゆしわを寄せてなだめるように
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
後でお雪伯母が出て来て、いろ/\なだめて呉れたが、私は故もなくお雪伯母が伯父に告げ口をしたのではないかと疑つた。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
あわてたのなんのではない、が、はげしく引張ひつぱるとけさうなところから、なだめたが、すかしたが、かひさらになし、くちくはへた。
二た面 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
そして姉を通して、無理には勧めないというだけの父の答を聞いたが、この間に立って皆を言いなだめたのは祖母さんであったと書いてよこした。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
得ず名乘出しなり因て下死人は此三五郎めにいさゝかも違ひ御座らぬと白洲に鰭伏ひれふし少しも動かねば役人は勿論もちろん村役人共持餘し叱りつなだめつ漸々に白洲を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
初めにファラデーはサウスに、やめてくれと断わりを言ったが、ファラデーの舅のバーナードがなだめたので、ファラデーは断わるのだけはやめた。
依志子 (なだむるごとく寄り縋り)気を鎮めて下さいまし妙念様。(手を取りて)こんなむごたらしい血を流して、まあ青すじまでが、みみずのように。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
パシエンカも昨夕ゆうべは大分遅くなつて床に這入つた。それは婿のだらしのない事に就いて娘が苦情を云ふのをなだめなくてはならなかつたからである。
とお父さんが居ては面倒ゆえなだすかして船へ乗せ、本郷春木町へ帰しました。そこが女親は甘いものでございますから
私の好奇心かうきしんが彼を怒らせるかどうかは問題ではない。私は彼を怒らせてみたりなだめてみたりする事に興味を感じてゐた。
年配の私服が二人、慌てるわたしをなだめて、ともかく浴室へ引返した。そこで死体を引上げる段になったのですが、何しろ温泉づけだから肌が温い。
浴槽 (新字新仮名) / 大坪砂男(著)
もし泊まって事が知れたらまずいからといつも私をなだめて帰しましたので、私も決して泊ったことはなかったのです。
女難 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
庄造はつぱいやうな顔をして、口をとがらせて俯向うつむいてしまつた。母から云はせて福子をなだめる目算もくさんでゐたのが、すつかり外れてしまつたのである。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
で、⦅まあ待っておいで、今においでになるから⦆と、いつもなだめていたのですよ。ところが、とうとう望みが叶って、お訪ねにあずかった訳です。
しかし世馴よなれた優善は鉄を子供あつかいにして、ことばをやさしくしてなだめていたので、二人の間には何の衝突も起らずにいた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それゆゑにこれ異變いへんがあるたびに、奉幣使ほうへいしつかはして祭祀さいしおこなひ、あるひ神田しんでん寄進きしんし、あるひ位階いかい勳等くんとうすゝめて神慮しんりよなだたてまつるのが、朝廷ちようてい慣例かんれいであつた。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
私はあとでそつと禿を捉へ、なだすかし、誰にも言はないから打明けろと迫つて見たが、禿は執拗しつえうにかぶりをつた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
斯うなるとお浦をなだめて機嫌好くせねば、折角の晩餐小会も角突き合いで、極めて不味く終る恐れが有るから、余は外交的手腕を振い、お浦に向って
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
子供が夜中に不安になった時、母がなだめるような工合ぐあいである。見る見る男は弱って行く。しかし苦痛はひどくない。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
この時淑女、あたかもあをざめていきはずむ子を、その心をば常にはげます聲をもて、たゞちになだむる母のごとく 四—六
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
それをなだめて、もとの家中の重役にいた阿賀妻は、とにかく、春の来るのを待っていた。日本海の水が緑を帯びて、日毎ひごとに南の風があたたかくなって来た。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
なあに、銀平さんに文ちゃんだから、酔っぱらってなンか居るもンか。最早もう来る時分だ」仁左衛門さんがなだめる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
若い男の影と若い女の影があった。始めは男がげきして女が泣いた。あとでは女が激して男がなだめた。ついには二人手を引き合って音のしない砂の上を歩いた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「心配することはないよ。わしがお酒を持って行って、免状をもらって来てやるから」と私をなだめてくれた。
老臣たちが、それをなだめるけれど聞き入れない。止むを得ず、急を新太郎に告げて、この場を立去らしめた。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)