かた)” の例文
源吉は、頭の中で、もやもやしていた恐怖の雲が、スーッとかたまりになったのを意識した。『やっぱり』という意味が、飲み込めた。
鉄路 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
燈火ともしびに反射した鉞の刃は、蛍合戦の時数千の蛍が、かたまって巨大な球となり、それが虚空に渦巻くがように、青光り閃き渦をまいた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
... 長い奴が、寒いもんだから御互にとぐろのきくらをやってかたまっていましたね」「もうそんな御話しはしになさいよ。厭らしい」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
左の乳の下から背中へ抜け通ったままになっていた。ホラこの通りこの血のかたまりの陰にナイフの刺さった小さいあとがあるじゃろう
二重心臓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
皆其隣のうちの者の住居すまいにしてある座敷にかたまっているらしい。塩梅あんばいだと、私は椽側に佇立たたずんで、庭を眺めているふりで、歌に耳をかたぶけていた。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
印度藍インヂゴーの岩壁のやうに突つ立つてゐる、それがまばらの林を、怖ろしく厚ぼつたくも見せるし、又遠くからは、青空に黒くかたまつた怪鳥のやうにも見える。
亡びゆく森 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
円くかたまって浮いている痰の中に、糸を引いたような血のすじが交っていた。
二つの途 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
例の騒がしい小クラチットどもは立像のように片隅にじっとかたまって、自分の前に一册の本を拡げているピータアを見上げながら腰掛けていた。母親と娘達とは一生懸命に針仕事をしていた。
荷を積んだ駄馬は自然にうしろに並んで、家族はそれぞれ、自分の戸主を囲んでかたまるようにたたずむのであった。その男たちは大ごえに話しあっていた。ここまで来れば、気持は落ち着いていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
中に入ると人々の混雜が、雨の軒端のきばに陰にしめつたどよみを響かしてゐた。表から差覗さしのぞかれる障子は何所も彼所かしこも開け放されて、人の着物の黒や縞がかたまり合つて椽の外にその端を垂らしてゐた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
生家うち出奔しゅっぽんしたんだ、どうしたんだ、こうしたんだとまるで十二三のたんだがむらむらとかたまって、頭の底から一度にいて来た。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と、燭台の燈火がえた。で、あたかも老女たちの頭は、小長い無数の銀の線を、い合わせてできた畸形きけいな球が、四つかたまっているように見えた。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そのまぶたの内側がおのずと熱くなって、何ともいえない息苦しいかたまりが、咽喉のどの奥から、鼻の穴の奥の方へギクギクとコミ上げて来るのを自覚しながら……。
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
眼を放って見渡すと、城下の町の一角が屋根は黒く、壁は白く、雑然ごたごたかたまって見える向うに、生れて以来十九年のあいだ、毎日仰ぎたお城の天守が遙に森の中に聳えている。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
荒砥あらとのような急湍きゅうたんも透徹して、水底の石は眼玉のようなのもあり、松脂やにかたまったのも沈み、琺瑯ほうろう質に光るのもある、蝶は、水を見ないで石のみを見た、石を見ないで黄羽の美しい我影を見た
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
あの洗い落したような空のすそに、色づいた樹が、所々あったかくかたまっている間から赤い煉瓦れんがが見える様子は、たしかにになりそうですね
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一所に野茨のくさむらがあった。五月が来たら花が咲こう。今は芽さえ出ていなかった。ただきたならしくかたまっていた。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
と吐き出すように云って、眼の前の机の上に、新聞紙を敷いて横たえてある鶴嘴つるはしを睨みつけた。その尖端の一方に、まだ生々しい血のかたまりが粘りついている。
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
木造もくぞうの廊下をまはつて、部屋へやへ這入ると、早くたものは、もうかたまつてゐる。其かたまりが大きいのとちいさいのとあはせて三つ程ある。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
五人の者はかたまっていた。臭気が四辺へ広がった。臭気の持ち主の五人には、それが不快とも感じないらしい。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
片隅のドアの前に置いて在る汚いバケツの中を這い寄って覗いてみますと、ジャガ芋と肉のゴッタ煮の上にパンのかたまりと水と、牛乳の瓶が投込んで在ります。……つまり何ですね。
人間腸詰 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼は大きな鉄砲丸てっぽうだまを飲みくだしたごとく、腹の中にいかんともすべからざるかたまりをいだいて、この両三日りょうさんち処置に窮している。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
雲のようにかたまった鳥の群が薔薇色の空を右に左に競争するように翔け廻る。湖水もだんだん色着いて来た。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
生命の本源はこの千二百グラム乃至ないし、千九百瓦の蛋白質のかたまりの中に宿っているのだ。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼は残酷に在来の家屋をむしって、無理にそれを取り払ったような凸凹でこぼこだらけの新道路のかどに立って、その片隅かたすみかたまっている一群いちぐんの人々を見た。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
二組の人数がガッとかたまり、サッと開いた瞬間において、砂塵がムーッと月夜に立った。月夜にムーッと立ち上がった砂塵は、時ならぬ煙りの壁と見てよかろう。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
大きな赤黒い血のかたまりをダラリとあごの下へ吐出し、薄い、青絹の寝衣を胸の処までマクリ上げたまま虚空を掴んで悶絶している状態は、トテモ凄惨で二目と見られた姿ではなかった。
S岬西洋婦人絞殺事件 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
おれと山嵐は机を並べて、隣り同志の近しい仲で、お負けにその机が部屋の戸口から真正面にあるんだから運がわるい。妙な顔が二つかたまっている。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
突然、横町から十人余りの幕兵がかたまって現われたが、互いに耳打ちをしたかと思うと麟太郎の行く手をさえぎった。そしてその中の頭領らしい一人の武士が声を掛けた。
開運の鼓 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
四十年の生涯のうちに一度も体験した事のない……髪の毛が一本一本に白髪しらがになってしまいそうな、危険極まる刹那刹那を、刻一刻に新しく新しく感じながら、死ぬ程重たい花と土のかたまりを
白菊 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その根元に豆菊がかたまって咲いて累々るいるい白玉はくぎょくつづっているのを見て「奇麗ですな」と御母さんに話しかけた。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
手組輿てくみごしの上へ桔梗様を乗せ、群像のようにかたまった。七福神組六人が、塊まったままで廻わるのであった。まず左へグルグルと廻わる。それから右へグルグルと廻わる。
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
蚕棚の下を嘔吐き続けながら、ズット向うの船底ダンブルの降り口の所まで旅行していたが、どこかに猛烈につかったものと見えて、鼻の横に大きな穴が開いて、そこから這い出した黒い血のかたまりが
幽霊と推進機 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
雨は段々くなつた。しづくちない場所は僅かしかない。二人ふたり段々だん/\一つ所へかたまつてた。肩と肩とれ合ふ位にして立ちすくんでゐた。雨のおとなかで、美禰子が
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
と、はたして木蔭から、十数人の人影が、一団にかたまって現われた。太刀を抜き持った武士である。数間の先でタラタラと、半円を描いて足を止めた。つと進み出た一人の武士
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
宗助そうすけくら座敷ざしきなか默然もくねん手焙てあぶりかざしてゐた。はひうへかたまりだけいろづいてあかえた。そのときうらがけうへ家主やぬしうち御孃おぢやうさんがピヤノをならした。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
怖々こわごわ強請ゆすりかけているが、以前むかしの浪人とくると、抜き身の槍や薙刀を立て、十人十五人とかたまって、豪農だの、郷士だのの屋敷へ押しかけて行き、多額の金子きんすを、申し受けたものよ
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
三つの煙りがふたの上にかたまって茶色のたまが出来ると思うと、雨を帯びた風がさっと来て吹き散らす。
一夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
グルリと黒塀が取りまいていた。一本の八重桜の老木が、門の内側から塀越しに、往来の方へ差し出ていた。満開の花は綿のように白く団々とかたまっていた。女は前後を見廻した。
銅銭会事変 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
宗助は暗い座敷の中で黙然もくねん手焙てあぶりへ手をかざしていた。灰の上に出た火のかたまりだけが色づいて赤く見えた。その時裏のがけの上の家主やぬしの家の御嬢さんがピヤノを鳴らし出した。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と、闇から生まれたように、浅草花川戸の一所ひとところに、十人の人影が現われた。一人の人間を真ん中に包み丸くかたまって進んで来た。一軒の屋敷の前まで来た。黒板塀がかかっていた。
銅銭会事変 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
なかには無言で備付そなへつけの雑誌や新聞を見ながら、わざと列を離れてゐるのもある。はなし方々ほう/″\に聞える。話のかずかたまりの数より多い様に思はれる。然し割合に落付いて静かである。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
二十人あまりの人影が、墨のように橋の上へかたまった時、一個ひとつの大きな黒い箱が船の中から持ち上げられた。桟橋の上の人影が、揃って前へ手を突き出し、その黒い箱を受け取った。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
こう云う連中だから、大概は級のしりの方にかたまって、いつでも雑然と陳列ちんれつされていた。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その駕籠と侍との遠退くのを、四人の者は一つにかたまり、残念そうに見送ったが
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
子供は犬ころのようにかたまってていた。細君も静かに眼を閉じて仰向あおむけに眠っていた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その時火光を背景にして、一団の人数が丸くかたまり、空地をこちらへ走って来た。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
当りの強くはげしく来るのは、彼女の胸から純粋なかたまりが一度に多量に飛んで出るという意味で、とげだの毒だの腐蝕剤ふしょくざいだのを吹きかけたり浴びせかけたりするのとはまるで訳が違う。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一所ひとところ黒雲がかたまっていた。へりが一筋白かった。そこに太陽がいるのかもしれない。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「やはり延暦寺えんりゃくじの区域だね。広い山の中に、あすこにかたまり、ここに一と塊まりと坊がかたまっているから、まあこれを三つに分けて東塔とか西塔とか云うのだと思えば間違はない」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)